桜色の心。
ユウちゃんは、桜を見たことがなかった。
ずっと白い部屋にいる。白いベッドの上で、いつもパジャマで寝ている。
タッくんには、ユウちゃんの腕についている細いストローが何なのかわからない。ストローの先につながってるのは、水なのかジュースなのか、おいしいのかもわからない。
「ユウちゃんは病気なの」
ってママは言う。
「病気って何、ママ」
それはね、とってもとっても苦しいことだよって教えてくれた。
タッくんはそうは思わない。だってユウちゃんは、苦しそうだったことなんてないんだもん。
タッくんがユウちゃんとお絵かきをしてるときだった。ユウちゃんがタッくんの絵を見て、不思議そうに言った。
「これは何?」
ユウちゃんが指差したのは、ピンク色で描かれたお花だった。
「これは、桜だよ」
「桜ってなぁに?」
ユウちゃんが首をかしげる。
「桜ってのは、春になると木に咲くピンク色の花のことだよ」
タッくんが説明すると、ユウちゃんは目を輝かせて言った。
「ユウちゃん、桜見てみたいなぁ!」
ニコニコと笑う。
ユウちゃんは、桜を見たことがない。ずっと病院にいるからだ。病院にも桜があればいいのに、あるのは白色だけでピンクはない。
「じゃあ、僕が見せてあげるよ!」
「やったー!嬉しい!」
タッくんは、ユウちゃんに約束した。ユウちゃんに桜を見せてあげよう。
病院を出ると、タッくんは桜の木があるところまで、走っていった。
桜が咲いている木を見つけた。タッくんは桜の木の近くに行く。腕を木に回すと、一生懸命引っ張った。
「おい、ボーズ。何やってるんだ?」
突然、後ろからおじさんに声をかけられた。
「ユウちゃんに、桜の木を見せるの!」
タッくんは無邪気に答えた。
「ユウちゃんに見せるのか。なんでだ」
「約束したから」
「そっか。優しいんだな。でも、これをもってくるのは無理だぞ」
おじさんがそう言うと、タッくんはがっかりした。それを見たおじさんが、ちょっと待ってろ、って言ってどこかに行ってしまった。
ちょっとして戻ってきたおじさんは、紙とクレヨンと封筒を持ってきた。
「ボーズ、絵を描くのは得意か?」
「うん!」
「じゃあ、この紙に桜の木の絵を描いてみて」
タッくんは、せっせと桜の木の絵を描いた。おじさんはずっと見ていた。
少しして、桜の木の絵が完成した。
「できたよ!」
「よし。次は桜の花びらを集めて」
タッくんとおじさんは桜の花びらを集めた。手にいっぱい集めた。
「集まったら、貸してごらん」
おじさんに花びらを渡すと、持ってきていた封筒に、花びらと桜の木の絵を入れた。
「これを、ユウちゃんに渡しな」
タッくんは、おじさんから封筒を貰う。
「わー、桜のおじさん、ありがとう!」
タッくんはとっても嬉しかった。おじさんがタッくんの頭をなでる。
ユウちゃんのいる病院まで、タッくんは走っていく。振り向くと、桜の木の下にまだおじさんがいた。タッくんが手をふると、手を振り替えしてくれた。
タッくんは、封筒を大事に大事に抱えて走った。
ユウちゃんのいる白い部屋のドアが近づく。思いっきりドアを開けると、いつものようにベッドの上にユウちゃんがいた。
「タッくん、桜は?」
「持ってきたよ!」
そう言って、封筒を差し出す。ユウちゃんはドキドキしながら封筒を開けた。
「わぁ!」
桜の花びらが、白い布団をピンク色に変える。桜の木の絵を下に引くと、そこには本当に桜があるようだった。
「すごい!これが桜なんだ!ユウちゃん初めて見たよ!」
嬉しそうにユウちゃんが笑った。それを見て、タッくんもすごく嬉しかった。
「よかった。ユウちゃんが喜んでくれて、僕も嬉しい!約束守れてよかった!」
ユウちゃんが桜の花びらを上に投げた。ふわりと舞って、花びらが一枚タッくんの頭に乗った。
「タッくんの頭に乗ったー!」
ユウちゃんが笑う。タッくんも笑う。
「ユウちゃん桜好き!」
白かっただけの部屋に、ピンク色が注ぎ込まれる。冷たかった空気が、タッくんとユウちゃんの笑顔で温かい空気になる。
その白かった部屋に、ふたつの笑い声はずっと響いてた。
あれから何度目の春だろうか。また桜の季節だ。
今でも舞い散る花びらの中に、桜のおじさんがいる。そこに、一つの影が近づく。
「よお、ボーズ」
背の高い少年に、桜のおじさんは紙と絵の具と封筒を渡した。
「約束か」
「はい。桜を見せてあげるんです」
少年がもらった紙の上に、桜の木が植えつけられる。
「優しいなぁ」
「ううん。そんなことないです。桜のおじさんのおかげです」
「そんなことはねぇよ」
少年と桜のおじさんは、桜の花びらを集めた。ピンクの花びらが、少年の腕の中にあふれる。
「桜のおじさん、この絵持ってくれませんか?」
桜の木の絵を差し出す。
「いいよ」
「ありがとうございます」
上を見上げると、青い空が広がっている。
「その絵、空に向けてください」
「おう」
桜のおじさんは、絵を空に高く向けた。
少年の腕から、ピンク色が空に広がる。
「ユウちゃん・・・」
桜の花びらを、風が巻き上げる。空へ空へ、高く舞っていった。