事件 55
何かが起きている。それは悲鳴の後に聞こえてきた木々のへし折れる音と、微かに地面を伝わる振動で理解した。
「……まさか、ミド達じゃないよな?」
ミド達が気になって森の外まで来てしまったとしても、マルサスが一緒のはずだ。マルサスがいれば大抵のことは大丈夫だろう。
ならば、今の悲鳴はなんなのか。
「ちょっと見に行くか」
そう呟き、街道を外れて悲鳴のした方向に行ってみることした。視線の先には森や山があるが、人影は見当たらない。
幸運にも魔獣の姿も見当たらなかった。ならば、悲鳴の主はどこにいるのか。周りを見ながら、少しずつ森に近づいてみる。
気がつけば、森の入り口にあたる部分の木々が一本ずつわかるくらいには近づいていた。ここまで来ると、先ほどの悲鳴は何かの勘違いだったかと思うようになる。
「……危ないから、そろそろ戻るか」
不安になってきたので、そう呟いて踵を返した。その直後、背後から激しい音が響き渡った。何か大きなものが砕けるような音と、重い物が地面にぶつかる音だ。
驚いて振り返ると、森の方に先ほどはなかった大きな影があった。そして、その前を走る人影も。
「た、助け……っ」
「そ、そこの者よ……っ! 我らを助けよ!」
「ぎゃああああっ!」
走ってくるのは三人の男女だ。先頭を走るのは金髪の少女だ。膝まである黒のコートに、白いズボン。茶色のブーツを履いている。一人の男は執事服とでもいうようなスーツ姿で、もう一人は鎧を着た中年の男である。
良く分からない三人組だ。とてもではないが、冒険者には見えない。そんな三人が、護衛も連れずに巨大な魔獣に追われている。
問題はその巨大な魔獣。黒い鱗をギラギラと光らせた鰐である。その巨大さは馬車三台分を優に超える。恐らく、長さでいうと四十メートルはありそうだった。体高もでかい。五メートルくらいあるかもしれない。そんなのが人間の全力疾走よりずっと早く迫ってくるのだ。
B級映画も真っ青なそんな怪物を見て、即座に走って逃げることを諦めた。
「ち、地下室! 急げ、急げ、急げ!」
その場でタブレットを操作し、青い丸が点滅している場所のすぐ横に道路を設置する。そして、素早く家を選択して実行を押した。もう四度目の建設ということで慣れたものである。
地響きが二連続で鳴り響く中、走って逃げてくる三人に声を掛ける。
「早く! ここへ逃げ込んで!」
「ど、どこへ!?」
遠くで戸惑う声が聞こえたが、こちらも待っている暇はない。大慌てで階段を駆け下り、壁に設置されているディスプレイに触れて住民登録をした。その間にも、鰐の走る地響きが近づいてきている。
「開いた!」
玄関の扉が上に吸い込まれるように開いた瞬間、地上から転げ落ちてくる三人の悲鳴が響き渡った。
「ぬぁあああ!?」
「か、階段……!?」
「ぎゃあああああ!?」
三人は悲鳴を重ねながら、ごろごろと階段を転げ落ちてくる。
「うわっ!?」
急いで玄関の中に入り、扉が閉まらないように近くに立って振り返った。玄関前の一メートルほどのスペースに、三人が折り重なるように倒れている。
それを確認した瞬間、鰐の口が地下室への入り口までたどり着いた。耳を劈くような咆哮と、地面を削るガリガリという音。そして、ばらばらと地上から土や小石が飛んでくる。階段の上を見上げると、そこには家ごと飲み込めそうな巨大な口があった。
「は、早く中へ!」
壊されるとは思えないが、それでも油断はできない。COCにあんな化け物は出てこないのだ。
折り重なった三人に声を掛けると、一番上になっていた執事服の男が泣きそうな顔で立ち上がり、残りの二人の手を引っ張った。真ん中で目を回している少女は何とか引っ張り込めたが、鎧の男は無理そうである。
「手伝うよ!」
「は、はいぃい……!」
助力を申し出ると、男は情けない声を出しながら頷き、二人で鎧の男を家の中に引きずり込む。脳震盪でも起こしたのか。男は目が白目を剥いてされるがままになっていた。
全員が家の中に入ったことを確認して、玄関を閉める。室内は一気に真っ暗になるが、とりあえず平和になった。
「……ど、どうなって……ここは、いったい!?」
まだまだパニックになっている執事服の男が騒ぐ中、タブレットを操作しながら答える。
「ちょっと静かにしててね。今、家を作ってるから」
「い、家を……!? ど、どうなってるんだ……!? まさか、貴方は森の賢者……!?」
「また別の呼び名がでてきたな……」
男の言葉に首を傾げつつ、地図上の色分けを変える。電力の供給状況を見る為のモードである。青い光の線が送電線だが、現在地までかなり遠い。仕方なく、途中までは送電塔を設置していき、森の出入り口から百メートルほどまで来て、地下に送電線を通すことにする。CPの減りが倍になるが、仕方ないだろう。
CPを五百使い、電気を通した。ついでに森を出て最初に作った家にも電気を通しておいた。本当なら上下水道も整備したいが、流石にこれ以上ポイントを使いたくない。
電気が開通したのを確認する為に、リビングの電気を点ける。室内が昼間のように明るくなり、ようやく全員の顔を確認できるようになった。
「お、おお……これが、賢者様の御力……」
そして、こちらに向かって跪き、祈る男の姿も。
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