森の外 42
今回の旅程は中々ハードだった。いや、そもそも、森の中から出たことがないのだから、ある意味この深い森の中が日常ではあるのだが、そんな森の中の道でもとてもハードな部類に該当するのではないか、という意味である。
「……ここ通る? 本当に?」
「これが最も早い」
そう言って、マルサスが幅一メートルほどの丸太の上を進んでいく。一応、命綱はつけさせてもらったので、落ちても死なないかもしれない。しかし、恐い。
足を踏み出すと、木が若干たわむ気配が伝わってくる。ミシミシ、ペキッという音が聞こえると背筋が寒くなった。
不意に、丸太の下に視線がいく。そこは高さ百メートルはあろうかという渓谷だ。風は吹いているし、足元では恐竜のような雄たけびが幾つも聞こえてくる。足の裏がふわふわするような気持ちになり、身震いした。腰に巻いた命綱の先を見ると、紐が結び付けられているマルサスの逞しい腕がある。
よし、大丈夫だ。あの腕ならば俺が落ちても持ち上げてもらえるはず。そんなことを思いつつ、恐ろしい渓谷渡りも成し遂げた。
しかし、この森の恐怖はそれだけではない。山道をヒィヒィ言って登っていたら、巨大なワニが坂道を猛烈な勢いで追いかけてきたり、横から三十を超える軽トラサイズの狼の群れが突撃してきたり、空から翼の生えたコモドドラゴンみたいな翼竜が襲い掛かってきたり……本当に、なんという森なのか。
一方、こちらはマルサス一人である。一応、紐を腰に巻いた俺もいるが、利用できるとしたら餌としては走り回って注意を引くくらいだろう。ベイト・ソータの異名を欲しいままにしてしまうこと間違いなしだ。
とはいえ、ベイト・ソータは不要である。何故なら、ワニはジャンプして剣で口を突き刺し、狼の群れは俺を小脇に抱えてやり過ごした。その上、空から襲い掛かってきた翼竜にいたっては剣の一振りで真っ二つときたもんだ。鬼人族恐るべし。
大きくて素早い魔獣すらも圧倒してしまう恐ろしい鬼人族だが、今は味方なので心強い。いや、本当に味方で良かった。
野宿を一回と森の中を二日間歩き続ける。その間、恐ろしい化け物に遭遇すること十数回。もし、自分だけで森を抜けようとしていたら十数回死んでいたことになる。
ああ、恐ろしい、恐ろしい。
生まれたばかりの鹿のように震えながらマルサスの後に続き、時刻も夕方、十七時に差し掛かる頃になった。ようやく、森の木々の隙間から強い陽の光が差し込むようになり、森の切れ目が近いのだと知れる。
「この辺りで良いか」
森の端、最後の木々がある所までたどり着き、マルサスにそう言われた。顔を上げると、マルサスは木の陰から森の外を警戒するように眺めている。これだけ強い鬼人族が、どうしてこんなに警戒するのだろうか。
そう思いつつ、マルサスにお礼を言ってから森を抜ける第一歩を踏み出した。
「ありがとうね。また、ここに十日後には戻ってくるから」
「分かった。その頃、迎えに来よう」
そんなやり取りをして、前へと進む。
パッと視界が開けた。どこまでも続く平原だ。遥か遠くには高い山々があり、夕日の光が山の稜線を美しく彩っている。空は高く、暗い青と濃いオレンジが下の方で混ざり合っていた。
「これは、絶景だな」
そう呟き、目を細める。その景色は美しい絵画のようだった。地平線には確かに、村のような建造物の集まりらしき影も見える。
というか、物凄く遠い。あまりにも遠い。アホなのかと思うほど遠い。
「……夜までに辿り着くのか?」
口の中で疑問を口にしつつ、歩き出す。地面は背の短い草が伸びており、歩きやすい。ただ、地面が少し柔らかい為、体力を使う気もする。
そんなことを思いつつ歩き続けて二時間。案の定、日が暮れた。
「うわぁ、すごい星空……」
空を見上げて、思わずそんな感想が漏れた。
吸い込まれそうな暗い青の中に、宝石が散らばめられたように美しい星々が輝いている。驚くべきは月だ。大きな月と半分に欠けた小さな月が二つ浮かんでいるのだ。それだけで、この世界が地球とは別のものなのだと理解できる。
そんな空を見上げていると、やがて肩の力が抜け、気持ちが楽になったような気がした。
「……まだ、町までは遠くて着きそうにないし、今日はここで寝るか」
空を見上げながらそう呟き、タブレットに視線を移す。地図は大きく拡がっていて、緑色の森の区画から土色の区画の地図も少しずつ描かれている。その土の部分の一角に、青い丸が点滅していた。現在地である。
「とりあえず、地下が良いかな。やっぱり」
そう呟き、タブレットの画面を指で触れ、メニューから住宅を選択する。地下タイプの家だ。あ、先に道を作らないと住宅区画が設定できないか。
パパッと操作を進めていき、CPを少し消費した。最低限の道路と家だけなので、それほど大したポイント消費ではないから助かる。
実行のボタンをタップした瞬間、地響きがした。よし。家が出来たから、一先ず今日はここで野宿するとしよう。うん? 野宿とは違うか。あ、電気が使えないではないか。どうしたものか。




