愛情に餓えていた 35
カラビアの泣きじゃくる姿を見て、ミドが声を上げた。
「ま、マルサスさん。ここを開けてください」
ミドがそう言い、マルサスは無言で頷く。そして、剣を振った。太い丸太だったが、マルサスの力強い一撃には耐えられなかった。格子の端の部分が両断され、すぐにマルサスの手によって格子が解体される。マルサスが壊れた格子を片手でずらすと、洞窟の入り口は大きく開かれた。
それを見て、ミドが隙間から洞窟の中へ入っていく。そして、泣きじゃくるカラビアの肩に手を置いた。
「……っ」
ミドの手が触れると、カラビアは驚いて顔をあげる。息を呑み、顔が強張るほど驚いているが、ミドは気にせずに近づいた。
「カラビアさんは、マルサスさん達から捨てられたわけじゃないです。むしろ、多くの村の人たちから心配されてました! だから、だから……」
気が付けば、ミドは泣いていた。泣きながら自分の肩に手を置くミドに、カラビアも怯えの色が薄れる。ミドにとって、カラビアの境遇は他人事ではない。だから、カラビアの心の傷をどうにかしたかったのかもしれない。
とはいえ、結局最後のところは本人が何を選択するかだ。自分なら絶対に洞窟から出るが、この洞窟以外の世界を知らないカラビアにとっては違う。唯一の話し相手であり、家族であるマルサス。その唯一のつながりが絶たれてしまうのかもしれないと思い、絶望したのだ。そんな状態で、俺やミドと一緒に暮らせると言われても喜べないだろう。
そう思い、できるだけ優しくカラビアに話しかけた。
「……カラビアさん。一度だけ、うちに来てみないかな? もし嫌になったら、すぐにここへ戻してあげよう。そうしたら、これまで通り、洞窟の中で暮らせるよ。どうする?」
そう尋ねると、カラビアは複雑な顔でマルサスを見上げる。視線を受けて、マルサスも深く頷いて口を開いた。
「安心しろ。ソータのところに行っても、我はこれまで通り会いに行く。それは変わらない」
マルサスがそこまで言って、ようやくカラビアの表情は和らいだ。
「……ほ、本当? 僕は、忌み子だから、捨てられるんじゃ……」
「大丈夫だ。我を信じられないのか」
「そ、そんなこと、ない……!」
マルサスを否定することはできない。カラビアは首を大きく左右に振り、マルサスを信じると言った。それでも不安はあるだろう。怖がられないように配慮しながら、そっと洞窟の中に入り、跪く。視線が同じくらいの高さになった。こうしてみると、カラビアは鬼人族とは思えないくらい華奢で、小さかった。それでも身長は俺と同じくらいだろうけど、マルサスを見た後だと子供のように小柄に見える。
大粒の涙を流すカラビアに笑顔を向けて、声を掛けた。
「……友達になれたら嬉しいな。俺やミドと友達になるのは嫌かい?」
少しずるい言い方だが断りにくいように質問をしてみた。予想通り、カラビアは細かく首を左右に振った。言葉は出なかったが、嫌とは言えなかったようだ。
やはり、優しい性格だ。これまで一人ぼっちだったからだろうか。相手を否定したり、相手の言葉を拒否することは苦手なようだ。悪い人間に騙されないか心配である。いや、俺はなんだかんだで善人だからね。ノーカウントでお願いしたい。
「……良し。ちょうど日も暮れた。移動するとしよう」
話を聞いていてもう大丈夫と思ったのか、マルサスがそう口にした。
「……はい」
カラビアは神妙な顔で立ち上がり、ミドも涙を拭きながら振り向く。その様子を見て、俺も立ち上がった。
あ、若干カラビアの方が背が高いかもしれない。悔しい。
「……それじゃ、行こうか」
「うむ」
洞窟から出ながらマルサスに声を掛けると、しっかりとした返事をいただけた。ホッとする。なにせ、マルサスがいなければ帰宅することもできないのだ。
それからまた一時間半。いや、二時間近いだろうか。森の中を頑張って歩き続けた。明日は筋肉痛間違いなしだ。川の近くまで来て森が開け、舗装された短い道が出現する。我が家だ。
「や、やっと着いた……」
「頑張りましたね」
両ひざに手を付いて腰を曲げ、深く息を吐く。疲れたー。ミドはそんな俺を苦笑しながら見ていた。
「カラビアさんも疲れたでしょ?」
そう言って振り返ると、目を輝かせて周りを見るカラビアの姿があった。
「な、なに、これ? すごい! 外にはこんなのがあるの!?」
森の中でも大騒ぎだったが、ここにきて最高潮に到達している。カラビアは大騒ぎしながら風力発電機を見上げ、騒いでいた。
まぁ、いつからかは分からないが、幼い頃から洞窟の中で暮らしていたなら仕方がない。しかし、高揚しているにしても全然体力が尽きる様子もない。洞窟で暮らしていたとは思えない体力である。