家族 32
一瞬、答えることができなかったハウラス。その様子を見て、マルサスが深く頷いた。
「……確かに」
マルサスがそう呟くと、ハウラスは眉間の皺を深くする。
「……教えでは、忌み子は陽の光を受けない洞窟の中で暮らすことで、呪いを少しずつ減らしていき、一族は浄化されるという。だから、我らは洞窟を探し、忌み子をそこに閉じ込めたのだ。教え通りにするというのなら、住む場所も変えることは出来ぬ」
ハウラスが低い声でそう口にするので、これ幸いと笑顔で返事をした。
「おお! それなら安心してください。我が家は地下にあり、洞窟よりも陽の光が差さない場所ですから。俺が家を作ってそこに住んでもらった方が、より鬼人族としての教えを守っているということになりますね」
そう告げると、今度こそハウラスは完全に言葉を失った。鬼人族との接触はなく、更に陽の光の差さぬ暗い場所に住む。条件は十分満たしている筈だ。
それが分かっているから、ハウラスは何も反論できなくなっていた。それを見て、ミドが嬉しそうに微笑む。
「……族長。鬼人族の教えとしては、問題はないだろう」
マルサスがそう告げると、ハウラスは腕を組んで唸っていたが、やがて浅く息を吐き、頷いた。
「……確かに、問題はないように思える。だが、これは村全体のことだ。簡単には決められない」
そう言って、ハウラスは難しい顔で首を左右に振る。どうやら、ハウラス本人はカラビアを自由にしてあげられるなら、と考えていそうだ。しかし、それでも許可が出せないほど呪いを恐れているらしい。まぁ、一族が滅亡するかもしれないという教えなら仕方がないことかもしれないが。
「よろしくお願いします」
後は、どうにかハウラスが皆を説得できることに賭けるだけである。そう思って頭を下げると、ハウラスが呆れたような顔でこちらを見下ろした。
「……何故、そこまでする? お前が得られるものなどないはずだ」
ハウラスからそう問われ、苦笑しつつ頷く。
「理由は二つですね。一つは、角が無いという理由だけで可哀想な扱いを受けるのはどうかと思いました。もう一つは、その人がマルサスさんの妹だと聞いたので、助けたくなりました。家族を思う気持ちは、俺でも分かるつもりですから」
答えると、ハウラスは目を細めて顎を引いた。数秒ほどこちらの顔を観察するように見ていたが、やがて静かに首を左右に振る。
「……ソータ。お前を見ていると、人間という種族への認識がおかしくなっていくようだ」
「ど、どういうこと?」
謎の発言に首を傾げる。それに口の端を上げて、ハウラスが立ち上がった。
「マルサス。付いてこい」
「分かった」
二人はそれだけの会話をして、そのまま家から出て行く。あまりにも唐突な退出に、俺とミドは顔を見合わせて固まった。
「……い、行こうか」
「そうです、ね」
慌てて外へ出ると、ハウラスが村人たちを集めているところだった。
あのキャンプファイヤー用の広場だ。焚き火台前でハウラスが立ち、周りには住民達が集まってきている。人数は百人以上はいるだろうか。
まだまだ全員というわけではないが、それでもかなりの人数だ。鬼人族は基本的に二メートル越え、下手をしたら二メートル五十センチ超えの巨人達なので、威圧感が半端ない。
なんとなくマルサスの後ろに隠れるようにして立っていると、徐々に人数は増えていった。気がつけばもう二百人くらいはいそうな状態になっている。これは村に待機している人数が多いのか。それとも外に出ている人が少ないのか。
なんにしても、威圧感は更に倍である。
まだまだ少しずつ人数は増えてきているようだが、ハウラスは集まっている鬼人族達に向かって口を開いた。
「今日は過去からの決まりについて、皆に問いたいと思い、集まってもらった」
ハウラスが少し声を張ってそう告げる。集まった者達はそれを聞き、ハウラスへと向き直った。一瞬で静まり返る光景はさながら軍隊である。
その様子を確認してから、ハウラスは話を続ける。
「……問いたいことは、忌み子についてだ」
その言葉に、皆がざわざわと動揺したような気配が伝わってくる。確かに、これまで触れないようにしてきた話に、族長自ら議題に挙げたのだ。なんの話なのかと思うだろう。中には忌み子が死んでいると思っていた者もいそうだ。
そんな皆の反応を見回しながら、ハウラスが口を開く。
「これまで、忌み子は教え通りに洞窟の奥深くに封じてきた。それ故に、呪いは広まっていないのだ。その教えについて、マルサスより問われた。忌み子を封じるのは、洞窟でなくても良いのではないか、というものだ」
ハウラスがそう告げ、皆は不思議そうにする。そこへ、マルサスが前に出て口を開いた。
「……教えは、陽の当らぬ地で、一族の者と関わらないようにすることだ。それ故に、我らは忌み子が生まれた時は、洞窟に封じるようにしてきた。だが、教えの通りなら、鬼人族と触れ合わないようにするなら、忌み子を封じる必要はないのではないかと思う。夜間は外へ出ることもでき、普段住む場所も洞窟だけでなく、地下などでも良い筈だ」
マルサスが自身の考えを述べると、どこかで異を唱える声が聞こえてきた。




