異世界転移 3
おじいさんの言葉に頭が混乱していることを自覚する。
「あ、ちなみにガチャも引けるぞい? 引いてみるかの?」
「良く分からないけど、引けるガチャは全部引く主義です」
「偉いのう。ほい」
良く分からないけど褒められた。おじいさんは机の上に置いていた四角い箱を目の前に持ち、箱の横の部分を指差す。
「ここを押すのじゃ」
「ここ?」
良く分からないまま、箱の横の部分を指で押してみる。ボタンなどなかったが、箱に触れた瞬間、丸いカプセルが地面に落ちた。カプセルトイのようなパッケージだ。地面に転がるそれを拾い上げると、おじいさんは無言で頷いた。
かぱっと開けてみる。その瞬間、赤い光が周囲に放射され、カプセルは長方形の薄い板のようなものになった。
「おお、スーパーレアじゃ。ガチャ運があるのう。まぁ、わしならSSRを引くが」
「え? これって、タブレット型PC?」
「ゴッドタブレットじゃ。特別じゃぞ? ゴッタブと呼ぶが良いわい」
おじいさんからは良く分からない返答があった。いや、どう見ても売れ筋のやつだ。マグネット式のキーボードも取り付けられそうである。ご丁寧に手帳型のカバーまで付いていた。
しかし、色々とメタいことを言うおじいさんだったが、ここまでくると流石に普通ではないと理解してきていた。
本当に神様なのかは分からないが、夢という感覚でもない。神様か悪魔か。まぁ、マジシャンという可能性はあるのか。
「……これは何に使うんですか?」
一応、神様だったら困るので真面目に質問しておく。しかし、おじいさんはこちらの心を見透かしたように鼻を鳴らした。
「まーだ疑っておるのう。しぶとい奴じゃ。それで色々と作業ができるんじゃが、まずはこれを見よ」
嫌そうな顔でそう口にして、おじいさんは片手の手のひらを上に向ける。その直後、手のひらの上に丸い何かが出現した。
現れたのは地球のような惑星の模型のようである。しかし、その模型は手のひらの上でふわふわと浮いていた。
「これは惑星イリアスと言っての。父が作った世界の一つじゃ。この世界では魔素という地球にはない成分があり、それを介して魔法や魔術と呼ばれるものが存在しておる」
「剣と魔法の世界がここに!?」
「おぉ、テンションが急に上がったのう」
もしかしたら自分も魔法が使えるのだろうか。そう考えれば誰でも興奮することだろう。
「ど、ドラゴンとかも?」
「おお、おるぞい。人間もそうじゃが、身体の中には魔素を蓄える魔石と呼ばれる物があっての。それが大きいほど多くの魔力を蓄えることができるんじゃ。だから、基本的には身体の大きな生物は魔力も沢山蓄えることができる。特に、ドラゴンは特別じゃな。惑星イリアスで最強の生物と言って良いじゃろう」
「おぉ、すごい!」
なんということだ。実物のドラゴンを見ることができるなんて、想像しただけで小躍りしてしまいそうである。しかし、地球上で空想上の生物とされる生き物が何故違う世界にいるのか。
いや、そもそも人間もいるみたいなことを言っていた気がする。本来、各星々で違う生態系になっているのが普通だと思うが、イリアスはどうして人間が存在するのか。
「ほう。そんなことが気になるとは、ただのゲーム馬鹿じゃないのう」
失礼な。
「失礼な」
思わず、頭の中で思ったことが口からも出た。
「何を考えとるかも分かるから同じじゃわい。まぁ、良い。とりあえず、その世界で面白い街を作ってみるんじゃな。わしはそれを見学して楽しむとしよう」
「え? いや、まだ行くとは言ってないんですけど?」
さぁ、行ってこい! みたいなノリで話が進んでいる気がしたので、慌ててまだ返答はしていないと伝えてみる。
しかし、おじいさんは首を左右に振って笑った。
「もう決まったことじゃ。安藤奏太という地球上の存在はイリアスへと置き換えられておる。その代わり、地球で誰も体験できないような素晴らしい人生を送れることじゃろう。多分」
「いや、ちょっと待ってくれ! 先にCOCの最新作をプレイしたいんだ! せめて五千時間! せめて五千時間だけでも遊ばせてくれ!」
「馬鹿者。そんなに遊んでおったらまた次作の話が出て同じことになるわい。それじゃ、頑張ってくるんじゃぞ。まぁ、ぶっちゃけ、わしの嫉妬が強すぎての。お主はもう死んどるのじゃ」
「はぁ!?」
おじいさんがそう言うと、徐々に指先から感覚が失われていった。まるで、本当に存在が失われていくような恐ろしい感覚だ。
「う、嘘でしょ!? なんで嫉妬で死ぬのさ!?」
「神々の呪いを甘くみてはいかんぞ。人一人呪い殺すなぞ簡単なことじゃ」
「このジジイ!」
怒りのあまり、無意識に暴言を吐いてしまった。いや、頭の中には次々に多彩な罵詈雑言が思い浮かんでいるが、今はそんな時ではない。
「どっか別の世界に送るんじゃなくて、生き返らせれば良いじゃないか!」
「無理なんじゃな、それが。ごめんて」
「軽い!」
そんなやりとりをしている間に、手や足はもう半分以上消えてしまっていた。感覚も無いせいで体が浮いているような錯覚を受ける。
「わしが代わりにCOCの最新作を遊んでおいてやるから、気兼ねなく頑張ってくるのじゃ。そっちはリアルCOCみたいなもんじゃぞ? いやぁ、楽しそうじゃなぁ。はっはっは!」
「お、おじいさんめ! このおじいさんめ!」
人間、限界まで怒りを感じた時は文句もまともに言えなくなるんだな。
この言葉を思い浮かべたのを最後に、視界は全て白に染まり、意識は遠くなっていったのだった。