忌み子 28
「はいはーい」
なんとなく返事をしながら玄関のほうへ向かう。壁に設置された画面を見ると、そこにはマルサスの姿があった。無表情で立っているのだと思うが、顔が怖い。本人には言えないが、物凄く怖い。こういったところから鬼人族は誤解されてしまうのではなかろうか。
「おはよう。すぐに外へ行きまーす」
「待っている」
それだけの簡単なやり取りをして、通話を切り、ミドと一緒に手早く後片付けをして外へと出た。
「おはようございます」
ミドが深々と頭を下げて挨拶をすると、マルサスは頷いて答える。
「うむ」
ほんの一言だったが、返事がもらえてミドは嬉しそうに頬を緩めた。その様子に微笑みつつ、マルサスに尋ねる。
「村はどうだったかな? 灯りは消えなかった?」
「ああ、皆も喜んでいた。それに、大きな湧水が助かっている」
「それは良かった」
一先ず、村の街灯と公園設備は上手くいっているようだ。CPも大きく減った形跡はなかったので、設備は壊されていないと思っていたが、それでも一安心である。
「それじゃあ、今日は妹さんのことで来たんだね?」
聞いてみると、マルサスは更に怖い顔になって顎を引く。いや、深刻そうな表情なのだろうが、下から見上げているせいか威圧感が凄い。
「……カラビアに会ってもらえるか」
「こっちは大丈夫だけど、本人は会って大丈夫そう? 急に人間が尋ねてきたら驚かない?」
そんな質問をしてみるが、マルサスは腕を組んで唸った。
「……族長には言えないが、月に一度、カラビアに会いに行っている。カラビアはそれ以外で誰とも会話をしていないのだ。話し相手になってくれるだけでも良い。ソータならば、大丈夫だと思う」
マルサスのその言葉は、本当に心から家族を心配しての言葉だ。それだけの想いがあって、どうして忌み子などという風習があるのだろうか。
不思議に思いながらも、マルサスの言葉に首肯した。
「それじゃあ、皆で行こうか」
「は、はい……っ」
「……頼む」
そう言って、マルサスにカラビアの元まで案内してもらう。
途中までは村に向かう時と同じく川に沿って上流へと向かう道だった。途中で飛び出てくる大きな魔獣を二体討伐し、マルサスが何でもないことのように深い森の方を指差す。
「こっちだ」
「は、はーい」
改めて鬼人族の強さに驚愕しつつ、森の中へと踏み入る。マルサスがいなければこんなところを通ろうとは思わないが、お陰でマップの拡大につながるので有難い。
「もう少しだ」
「お、おお、ついに……」
喜んでいたのも当初だけで、気が付けば森の中を二時間近く休まずに歩いていた。汗だくである。タブレットを確認してみると、恐らく森の中を二キロ以上歩いていると思われた。平地だったらそれほどでもないが、山あり谷あり樹木ありの過酷な道中だ。シティボーイには厳しいと言わざるを得ない。
そして、マルサスは小さな洞窟の前で立ち止まる。入り口には足くらいの太さの丸太で格子が作られており、中には入れないようになっていた。
「え? まさか、この中……?」
驚いてそう聞くと、マルサスは無言で頷く。
嘘でしょ? こんな洞窟でどうやって生活してきたんだ。てっきり、洞窟を家にして普通に暮らしているのかと思ったが、まさか檻に入れられているとは思わなかった。
洞窟と格子の物々しさに愕然としていると、マルサスが格子を構成する丸太に手を触れた。
「……カラビアを外に出さないためのものだ。角がない鬼人族は体が弱く、長く生きられない者が多い。そして、角がない鬼人族が子を成すと、角がない子が生まれやすい。だから、隔離して一族の者と交流しないようにしている」
「……そんな理由?」
マルサスの言葉に、思わず腹が立ってしまう。しかし、マルサスが悪いわけではないし、理由についても少しだけ理解できた。
鬼人族は強くあらねば生き抜けなかったのだ。だから、少しでも自分たちが弱くなる原因を排除したかったに違いない。そうでなくば、ただでさえ人数が少ない中で、更に数を減らすような選択をすることはないだろう。
それを理解しても、やはり納得はできない。そこで切り捨てられる者は、何も悪いことはしていないのだから。
頭の中で理不尽な現実にモヤモヤしていると、マルサスが格子の方を向いて口を開いた。
「……カラビア。起きているか?」
マルサスが声を掛けると、奥の方で微かに音がした。思ったより洞窟は奥が広いのかもしれない。今度は遠くから駆けてくるような足音が聞こえてくる。
「ま、マルサス兄様……? マルサス兄様なの?」
鈴が鳴るような可愛らしい声だった。大きく弾むような嬉しそうな声でマルサスの名を呼び、その人物は格子の前に姿を現す。
その姿に、俺は目を奪われた。
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