お仕えしている皇家一の問題児と名高い第二皇女様の様子がおかしい 3
気分転換の続きの続き。
時間軸的には、【1前半】→【2】→【この話】→【1後半】になります。1話2話を読まないとわけがわかりません。
相変わらず、勢いで書いてる話です。さらっとお読みいただければ。
ここは大陸の半分を支配する帝国の、皇帝の住まう巨大な巨大な宮殿。その中には皇帝の住まわれている国の中枢でもある本殿と別に、皇帝陛下のお子である皇女皇子たちが暮らす離宮がいくつも存在している。
私はそのうちの一つ。第二皇女が暮らす第二皇女宮で働く侍女である。この建物の主人である第二皇女は、色々な意味で有名だ。
性格最悪な悪辣な第二皇女。
我儘で傲慢で強欲で、気分屋で飽き性。
自分以外の人間の命を命と思わない。
気に入らない事があると周囲の人間を折檻し、物を破壊する。
そんな第二皇女の元で働きたい人間がいるはずもなく、第二皇女宮は年がら年中人手不足。あまりに人が逃げ出すので、他の宮殿より給金を二倍にして、なんとか使用人を雇い入れている状態だ。ここで働いている人は他所で問題を起こし過ぎて追いやられたか、様々な事情から金が必要でここで働くしかないような人である。
私はもちろん、金目的で第二皇女宮で働いている。それ以外でここで働きたい要素などない。
◆
さて。ここ最近、第二皇女宮は大騒ぎであった。
第二皇女が何の気まぐれか、長年の付き合いらしい侍女長を地下牢に監禁したかと思えば、その数日後、侍女長や宮長、経理の人間たちが第二皇女に割り当てられていたお金を横領していた事が発覚。物理的に首を飛ばす事態となった。
その後数日間、私たちは残った人間の中で一応、一番歴が長い人間を臨時のトップとして仕事をしている。
……が、どう考えても破綻している部署が一つ。
そう、経理だ。
なにせ経理の人間、みんなで美味しくお金を横領していたらしいく、全員そろって首が飛んでしまった。
なので色々な業務が、経理のところで止まる。
困った私たちであったが、そうなる事は横領を暴かれた宰相閣下も把握されていたのだろう。宰相閣下のところから、数人の人間が派遣される事となった。
「本日より、宮長に就任した。以降、経理はこちらの者たちが担当する」
そういったのは(高位貴族出身だろうな)という、やたらこちらを見下す人だった。
名乗りの通り、新しい宮長らしい。
彼の態度に不満を抱く同僚もいたが、さもありなん、だと思う。何せ第二皇女宮は使用人の墓場なんて言われているところだ。ここで働く人間の能力も平均的に見て、大して高くない。
そういう人間しか、残れない。残らない。
給金が二倍といえど、仕事が出来るならまっとうな主の元に行きたいはずである。なので皆、移動願いを出して出ていってしまう。ごくごくまれに金に困って、という理由で残る人もいるが、そういう人も、お金の問題が解決すればすぐにいなくなる。
なので、宰相閣下の元で働いていたという彼らからすれば、私たちは下の下な仕事能力しかない使用人だろう。
私としては、今まで通りのお給金がもらえるのであれば上司がこちらを見下していようがどうでもいい。
ちなみにこの時の人事異動の第一陣では新しい侍女長は来なかった。
まあ、侍女の仕事が、一番なんとかなっているからなあ。他所とのかかわりは、上から命じられた荷物の運搬ぐらいだから。
備品不足では困っているけれど、それは経理が正常に動き出してお金が動くようになれば、解消されるはずだ。後回しにされるのも致し方ないって感じである。
◆
さて。
さてさて。新しい宮長や経理の人間が来て数日後、第二皇女宮に外部の人間がやってきた。
「お久しぶりでございます、第二皇女殿下ッ!」
丸く膨れた両手をこすり合わせながらそう発言するのは、第二皇女宮に定期的に出入りしている商人である。
第二皇女は商人や医者からも嫌われている。なので、ここに訪れる商人なんてのは、まともなのはいない。ゴマすりが上手くて第二皇女の機嫌を損ねないような者だけが残るのだ。
第二皇女はいつもであれば、この商人が来るのを待ち遠しくしていた。商人は第二皇女が欲しがる物をなんでも持ってくるからだ。
「ふん」
ただ、今日は違う。見るからに機嫌が悪そうであった。
(さっきの言い争いのせいだろうな~)
と思いながら、私は、商人に同情した。
さっきの言い争いというのは、新宮長との間で起きた言い争いである。
端的に言うと、第二皇女が自分に割り当てられていた予算以上にお金を使い、足りない分は皇帝に申請して補填していた事を責めていたのだ。
勇者かな?
横領による被害は確かにあったが、改めて第二皇女宮のお金の流れを確認したところ、横領の問題が解決しても、意味がないほどに第二皇女がお金を使っているらしいのだ。
物理的に首が飛んだ先代もたまにいさめていたが、基本的には受け身だったので、第二皇女が止めるわけもなく、彼女はいつも散財していた。普通に考えれば、彼らも第二皇女の気分一つでひどい目に合う立場だったから、いさめきれなかったのだろう。
(――いや、先代宮長たちはそもそも横領していたから、それが分かりにくくなるように本気で止めていなかったのかもしれないけど)
だが、第二皇女に対抗出来る後ろ盾でもなければ、普通は指摘できない。
だがよくよく考えると、新宮長は宰相閣下の元から来た人間で、つまり、宰相閣下という後ろ盾がある。
皇族と宰相で宰相が上なのかといわれると肯定出来ないが、宰相閣下は帝国の太陽たる皇帝陛下に長く重用されているお方なので、すくなくとも、第二皇女殿下の我儘で消えるようなお方ではないだろう。
「わらわに命令するなッ!」
ともかく、そんな強い後ろ盾を持つ新宮長は容赦なくお金の使い方について責め立てられ、第二皇女は先程まで逆ギレでもの投げまくっていた。
物を投げられようと全く後退せず、必要な事を第二皇女に伝え続けていた宮長、心が激強。
彼女が先ほどまで過ごしていた談話室は現在、侍女たちが必死に片づけをしている。ワイン吹っ飛ばしたり高級なガラスを割りまくっていたから……片付け大変だろうな。
さてさてさて。そんな風に意識を飛ばす私の目の前で、商人は第二皇女にゴマをすっている。
「帝国の偉大なる星、第二皇女殿下におかれましては……本日の装いも……いつもと違う趣向でまた素晴らしく……」
いつも雑にほめていた容姿周りについて、一瞬、迷いが見えた。
久しぶりに訪れた商人がそう思うのも致し方ないだろう。
◆
かつての第二皇女は「私の顔は最高なんだから」といい、ほぼすっぴんという薄化粧をしていた。
第二皇女の顔立ちは……その、言ってはなんだが、普通だ。いや、さすがに過小評価過ぎるかもしれない。普通よりは上か。でも、とびぬけた美人ではない。
美人でないからすっぴんが悪いという訳ではない事を加えるが、やはり絶世の美女と言われる第四皇女ぐらいにとびぬけた美人でないと、すっぴんが見れた物になる事は稀であろう。
更に第二皇女は容姿にもう一つ問題を抱えていた。
それは彼女が顔に生えている毛を殆ど整えていなかった、という事である。
平民的な言い方をすると、顔中毛がボーボーなのだ。
眉、顔全体に生えている毛、鼻の下や口周り、鼻の中など、考えるだけで沢山毛が生える場所はあるが、そのほぼすべてを剃らず、切って短くするのもあまりしない状態で過ごしていたのだから……それはまあ、あまり見れた顔ではないだろう。
(私は侍女として接しているうちに見慣れたし、そもそも私の目には第二皇女の顔は実質お金に見えているので、あの方の顔に関する感情は無だ)
そんなわけで、第二皇女宮で働く人間含めて、想像する第二皇女の顔というのは眉毛はじめ顔の毛がすごく伸びており、そこにうす~~~く化粧をして、髪の毛をやたら豪華に編み上げている姿である。
……一応、顔の毛を剃っていないのには理由があるので、第二皇女に同情はする。
どんな理由かというと、昔、眉を整えるときに侍女の手が滑り、顔を切られた事があったそうだ。
目のすぐ横を切り血を流した経験のから顔の毛をそる事をしなくなった、と聞いているので、刃物を顔に近づけたくない気持ちは、まあ分かる。
あ。もちろん皇女の目のすぐ近くを切ったという侍女の首は物理で飛んでいる。
◆
見れたものではない容姿、と言われている第二皇女。そんな彼女は、今日、しっかりと顔面に化粧をしている。
更に、顔の毛も剃っている。数年ぶりに要らぬ毛をすべてそり落とし、眉毛なども整えられた結果、第二皇女の顔は全くの別人のようになっていた。
(驚くだろう驚くだろう! その化粧も顔の毛剃ったのも私だよぉ!!)
心の中で商人にそう叫んだ。
突如第二皇女から「顔の毛を剃れ」「いつもと違う濃い化粧をしろ」と言われた、身の回りの世話担当の侍女は泣きながら逃げ出した。
そして私は人身御供として皆から、第二皇女の前に押し出された。
正直したくなかった。私は人並に出来るが、特別化粧が上手い訳でもない。あとから文句を言われたら困る。
したくなかったが、第二皇女は私が部屋に入ってくると、机の上にぢゃりんと音が鳴る革袋を置いた。
次の瞬間私は腹をくくり、剃刀を手に取ったのであった。
毛を剃る。それだけで第二皇女の顔は随分見れたものになったし、髪型も、最近お気に入りらしい、編み上げないおろしたスタイルである。
第二皇女宮で働く侍女たちですら「最近別人みたいだよね~」などと話すぐらい、見た目が別人なので、あまり会わない商人からしたら見た目は別人であるはずだ。
が、それでうろたえる商人ではなく、適度にゴマをすった後、今回持ってきた商品をいくつか見せ始めた。
様々な宝石を使った道具や装飾品が並ぶ。
が、そのどれもが第二皇女の機嫌を回復させるには至らず、第二皇女は機嫌悪そうに商品を見ていた。
それを察した商人は、目の前に並べていた商品の説明を早々に切り上げると、とっておきが入っているのだろう箱を持ってきた。
この商人の、いつも手である。
最初はいまいちな物を提示して、後から良いものを見せる。
そうすると第二皇女は喜んで、それを買うのである。
「実は本日は、特別にこちらを仕入れているのでございます……」
そういって商人が出した箱の中には、白い毛皮。
(あ、ホワイトタイガーの毛皮。よくもまあ、毎度の事だけれど、どこから噂を仕入れてくるのだか)
第二皇女が、第三皇子からこの毛皮を取ってこいと先代宮長に騒いでいたのを思い出す。
――数か月前の事。
第二皇女にとっては異母兄である第三皇子が仕留めたというホワイトタイガーの毛皮は、とても美しいと宮殿内で話題になった。
皇帝陛下に献上される場には第二皇女もいたらしく。それ以来、第二皇女はホワイトタイガーの毛皮に執心しているのだ。
ただ強欲第二皇女といえども、皇帝陛下には無理を言わない。なので陛下に献上されたままであれば、第二皇女の我儘もある程度落ち着いたと思われる。
――が、皇帝陛下に献上された品は即、第三皇子に対して祝いの品として下賜されたとかで、第三皇子の元に戻された。
こうなると、第二皇女は本物が欲しくて欲しくてたまらなくなってしまう。そうして、前の宮長には、第三皇子の元からホワイトタイガーの毛皮を取ってこいと、大騒ぎするようになった。
(どこで宮殿内の噂が漏れてるんだろうなあ)
第二皇女はすぐ悪い噂が立つ人であるが、ホワイトタイガーに関しては私が知っている限り、第二皇女宮内でしか騒いでいないはずだ。
(誰かが漏らしてるんだろうなぁ)
流石嫌われ者の第二皇女である。
――さてさてさてさて。
私がそんな事に意識を飛ばしている横で、ホワイトタイガーの毛皮を見た第二皇女の目の色が変わる。
皇族特有の、形を変化させる瞳孔が、期待するように揺らめいた。
すい、と手を出され、商人は毛皮を第二皇女に差し出したが、その顔は勝ったな、という声が聞こえてきそうな顔であった。
第二皇女はそれを数度撫でた後「いただくわ」と言った。商人は二コリと笑って、値段を言ったのだが……。
(たっっっっっっっっか!!!!!!!!!)
えげつない金額だった。私はこの第二皇女宮に割り当てられている予算がいくらぐらいか知らないが、ちょっと、その、使うと確実に怒られる金額では? という額である。
だがしかし、ここにいるのは他でもない第二皇女だ。彼女は即座に、
「いいわ」
とその毛皮を受け取り、どこから出したかわからない大きな革袋を、ぽいと投げる。
商人は大喜びで革袋の中を確認する。き、金貨が、金貨がぁっ! 大量にぃっ!
羨ましい……。
◆
さて。
さてさてさてさて。案の定、第二皇女が商人から高い高い買い物をしたと聞いた新宮長は険しい顔で第二皇女の元に乗り込んできた。お八つの時間での事であった。
「第二皇女殿下っ! この領収書はなんですか!」
「買ったのよ。ホワイトタイガーの毛皮。わらわが欲しいといっても、誰も取ってこないのだもの。どいつもこいつも、あの商人より役に立たない」
新宮長の額に血管が浮き出ている。
私は紅茶を入れながら、(うわ~)と思っていた。
凄く立ち去りたい。立ち去りたいが、最近の第二皇女は言葉を覚えたばかりの赤子のように何かあると「アシュリー・ゴールドバーグ!」と言うので、侍女仲間たちはこぞって私を人身御供に差し出すがの如く、私の背中を押すのである。
くそう、みんな、第二皇女にかかわりたくないからってっ!
確かに第二皇女の相手をする代わりに、それ以外の掃除の仕事とかが免除になっているけどさ!
だけれども、最近の第二皇女は落ち着いていたかと思うと瞬間的に噴火したりもして、前のような平均的に機嫌が悪い感じでないから、よけいに心臓に悪いのだが! 私だって相手したくないのだが~!
……と、一人心の中で愚痴をこぼす私の前で、新宮長は第二皇女が購入したホワイトタイガーの毛皮を見て、スッと目の色に冷静さを取り戻す。
そして宮長の視線は、どことなく蔑みの滲んだものに変わった。
「恐れ多くも第二皇女殿下。こちらは偽物でございますね」
「なんですって? 証拠は何」
「この縞模様、恐らく塗って作ったものですな」
ええ、本当に?
そうだとするとあの商人、堂々と偽物を皇族に売りつけたってことになるのだが。
命が惜しくないのか?
死にたがりか?
「どこからどう見たって本物ではないか!」
激高した様子の第二皇女は、新宮長を指さした。
「これが偽物だという証拠を出せッ!」
こうして新宮長は、宮殿から様々な道具と技術者を呼び寄せた。そして第二皇女の前で、塗られた塗料を落とすという薬剤を使ったところ……。
(ワア……)
綺麗に、黒の縞模様は消えてしまったのであった。
「御覧の通り、こちらは真っ赤な偽物でございます」
すました顔で言う新宮長の前で、第二皇女はうつむいている。斜め後ろにいる私は、ちらりと彼女の横顔を見た。
(……? 笑っ)
「あの商人を呼べッ!」
顔を上げた第二皇女は、怒り狂った顔で、商人との連絡役を担っていた使用人を怒鳴った。
担当であった使用人は怯え震えながら、商人を呼び出した。
◆
――さて。
その後の話をしよう。
商人が持ち込んだホワイトタイガーの毛皮が真っ赤な偽物だった事から始まり、もしやという事で第二皇女宮中の、あの商人から購入した品の真贋判定が行われる事となった。
結果、八割ぐらい偽物や贋作。
(どんな度胸だあの商人)
バレない、と思っていたという事である。何年も何年も、偽物や贋作を、皇族に売っていたのだ。詐欺師という枠組みに収まらないだろう。
自分の見る目がない事を晒した第二皇女は贋作の壺やら皿やら割りまくるという侍女泣かせの行動を取り、さらに新宮長に、商人をひっとらえろと命じた。
新宮長にしても、今まで第二皇女宮の出費が多額だった一端を担う商人に良い感情は抱いていないようで、商人をそれとなく呼び出すとともに、これまで購入した品――中には本物であるという偽の証明書までついているものもある――を商人に見せ、相手を追い詰めたとか。このあたりは又聞きなのでよくわからない。
ただ確かなのは、第二皇女はこの商人に怒り心頭で「手を切り落とせ!」と罰を命じた事。
そして最終的に商人は皇族を謀った罪で罰を与えられ、騙して得ていた分のお金と、両手を失った事である。
ちなみにこの商人、いたるところで同じようにだましていたそうで、発覚した範囲でその被害者たちにも補填されるよう、新宮長は取り計らったらしい。
自分の仕事の範囲だけ考えれば、第二皇女宮以外の被害は見て見ぬふりをすればよかったはずだ。けれどそうせず、可能な範囲で補填が回るように段取りを組んだあたりに、新しい宮長の人間性が垣間見えるような気がした。
罰を受けた商人だけでなく、第二皇女宮に出入りする商人たちは全員、持ち込む商品などが厳しく検査をされるようになった。
そうすると出てくる出てくる模造品や偽物の数々。
(完全に鴨扱いですわ)
新宮長はそれらもすべて切り捨てた。
以降、第二皇女宮に出入りする商人は、宰相閣下の縁でやってくる商人たちになった。
人当たりもよく、また、持ってくる物の品の良さも宰相閣下のお墨付き。金額が高い物を無理に売り込むこともしない、良心的な商人たちに入れ替わったのだ。
一つの不安は第二皇女が彼らにどんな対応をするかであるが、今のところは平穏である。もともと高位貴族相手に商品を売っている商人なだけあって、気難しい人間を相手にするのはお手の物。
また、新宮長も第二皇女を止められるよう、買い物の際には同室に滞在している。
第二皇女はご機嫌に商品を選び、時折新宮長に「今月お買いになれるのはそれまでのはずですが?」と小言をもらうのが、第二皇女宮の買い物風景の定番となるのは、そう遠くない未来の話である。