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08 違和感の正体 カイルSIDE

 

「まず、処刑をする崖に行く護衛騎士は全員、俺の隊の者に変えろ。崖についたら俺が彼女を連れて行く。その間、アンジェラ王女が俺たちの側に来ないよう、できるだけ馬車の中で待機させるように促してくれ」


「わかりました。しかしその後、団長たちはどうするのですか? まさか、そのまま崖下にドボンなんてことはないですよね? 昨夜の大雨で川は激流です。いくら団長でもさすがに……」


「それは大丈夫だ。彼女と一緒に崖から飛び降りた瞬間に、転移する予定だ。むしろ心配なのは、その後のアンジェラ王女だな……」



 俺が崖から飛んだ後は、主にケリーが王女の相手をしないといけない。騎士団長の俺まで崖に飛び降りたことの理由がないと、混乱を招くだけだ。しばし俺が考え込んでいると、ケリーは真剣な顔である提案をした。



「そうですね。ここは彼女を悪者にするのはどうでしょうか。やっぱり彼女には誰か仲間がいて、騎士団長ごと連れ去られそうになったが、間一髪、転移で逃げたとか……」



 その言葉で一気に眉間にシワを寄せ、グッと唇を噛みしめる。



 そんな俺の険しい表情に違和感を感じたのだろう。真っすぐな気質のケリーは、俺に対しても物怖じせず、意見を言ってくる。



「この作戦は、いったん彼女を別の場所に留置して、取り調べを続けるということではないのですか?」

「…………」



 ケリーの発言に、何も言葉が出てこない。なぜなら俺の頭には、彼女を取り調べるという考えがまったくなかったからだ。



(俺はただ彼女を連れて、逃げたい一心だったのかもしれない。これでは本当に騎士失格だ……)



 黙り込む俺の態度を見たケリーは、目を丸くして驚いている。それでもまだ俺を信用してくれているのだろう。まるで俺に正気に戻れというように、強い口調で話を続けた。



「そもそも、団長がご自身の命をかけてまで、謎の侵入者を助けることの意味がわからないのです。もちろん王宮に侵入した彼女を、すぐに処刑するのは反対です。その裏にどんな思惑があるのかも、わからないのですから。しかし今の団長は感情で動いているように見えます。違いますか?」



 もともと俺とケリーは同じ年で、騎士としてずっと一緒に過ごしてきたのだ。誰よりも俺の行動や考えを理解している。彼女に対しての気持ちを隠していたら、今まで築いてきた信頼すらも裏切ってしまうだろう。



「いや、ケリーの言うとおりだな。不思議なんだが、昨日彼女が現れてからというもの、俺の頭は変なんだ」



 俺が昨日から続く彼女への好意や頭に浮かぶ言葉をケリーに話すと、彼もまた黙り込んでしまった。しばし二人で静まり返った部屋で考え込んでいると、ケリーが何か思いついたように口を開いた。



「……もしかしたら、団長の聖魔力に関係しているのかもしれませんね」

「聖魔力?」

「はい。通常、聖魔力をもった者は、精神関与の魔術は効きません。聖なる力が守っているからです。しかし彼女が現れてから、団長の頭には不思議な声が聞こえている……」

「ああ、しかも彼女に関することだけだ」



 ケリーはそれを聞くと納得した顔で「ふむ。それならやはり……」とうなずいている。



「今牢屋にいる彼女は、聖魔力に似た力を持った者。もしくは聖魔力が未覚醒であるのかもしれません。もしかしたら、お互いの魔力が共鳴しているのではないでしょうか?」

「彼女の聖魔力と共鳴……」



 たしかに彼女の心に「共鳴」していると言われると、一番しっくりくる。



 彼女が悲しめば、俺も苦しくなってくる。反対に彼女の笑顔で、俺の心も癒やされるのだ。



(それにしてもアンジェラ王女が言っていたように、あとから聖魔力が覚醒することはあるのだろうか? それなら王女も嘘をついていない?)



 ますます頭が混乱しそうな考えにため息を吐いていると、ケリーが俺の騎士服や旅に必要な物を準備し始めた。



「ですから転移する先は、聖教会に移動してください。俺は二人が飛び降りる瞬間に、馬を暴れさせアンジェラ王女の視線をそらします。その後、王女には団長が無事転移して王都に戻っている可能性があると言えば、その場を離れられるでしょう」


「わかった。それでいこう。アルフレッド殿下ならわかってくれるはずだ。きっとケリーには殿下からの呼び出しがあるだろうから、説明してもらえないか?」

「わかりました。では急ぎましょう!」



 聖教会には結界が張ってあるから、直接転移はできない。長旅にはならないと思うが、野営の必要があるだろう。それにもう時間がない。これ以上のケリーとの打ち合わせは不可能だ。



 俺たちは取るものも取りあえず、アンジェラ王女のもとに急いだ。


「おはようございます、アンジェラ王女。今日はなにやらご機嫌ですね?」

「あら、カイル! ちょうど良いわ。あなたに特別な役目を、あげようと思っていたところなの!」



 朝の挨拶を口実に王女の様子を見に来たのだが、ケリーの情報どおり出かける準備をし護衛騎士を集めていた。しかし、その騎士も俺の指示が間に合ったようだ。この場に集められた部下に目で合図をすると、俺は何食わぬ顔で王女のほうに歩いて行った。



「実はね、あれからお父様に昨日の侵入者のことをお伝えしたの。そうしたら、私の命を狙ってたんじゃないかって怒ってしまって、処罰が必要だって言うのよ?」



 にっこりと笑う王女の顔は、初めて会う人なら無邪気で可愛い貴族令嬢に見えるだろう。しかしこれから行う処刑のことを知っている俺にとっては、そのあどけない笑顔こそが不気味に感じる。



「陛下が? しかしあまりにも急ですし、まだ取り調べが終わっておりませんよ。処罰はアルフレッド殿下が帰ってからでも遅くはありません。もう一度お考え直ししていただくことは――」


「カイル! なにを言っているの? あの女はわたくしを狙ったのよ? 王宮に侵入したのも、もうすでに何かを仕掛けた後かもしれないわ!」


「それなら、なおさら生かして取り調べをしなくては」

「もういいわ! 今日の処刑は決まったことなの。お兄様がいたとしても、お父様の印があるこの書類があれば、誰の意見も関係ないわ!」



 そう言って王女は俺に、処刑を実行することを許可した一枚の書類を差し出した。たしかに陛下の印が入っていて、なおかつ持っているのは王女だ。これを偽物だという証拠がない状態では、今はどうすることもできないだろう。



(なにがあっても実行するということだな。やはりおかしい。これだけ急ぐということは、彼女と王女には何かあるのだろうか……)



 しかし今はそんなことを考えている暇もないようだ。王女は俺が何も言わないことを、処刑に賛成したとみなしたらしい。こちらをを振り返ると、楽しそうに笑って言った



「じゃあ、カイルがあの女を、崖から突き落としてね」



 事前に情報を聞いていなかったら、怒りで暴れだしていただろう。俺は震える拳をそっと背中に隠し、了承した。


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