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06 得体の知れない声 カイルSIDE

 

 それは新たに瘴気の穴が開いていることを、会議で報告している時だった。背後からいきなり、ドスンと何かが床に落ちたような鈍い音が部屋に響き、俺はすぐさま走り出した。



「おまえは誰だ! どうやってこの王宮に入ってきた!」



 部下のケリーが声を荒げている。まさかこの王宮に侵入者か! 王宮内にはたくさんの騎士がいる。そのうえ魔力登録者しか、この部屋には入れないはずなのに。



 俺はあわててケリーと場所を代わり、侵入者に剣を突きつけた。



「動くなと言っているだろう。顔を上げろ!」



 見たところ、少年のように見える。シンプルな白いシャツに黒のトラウザーズだろうか。しかし侵入者にしては質が良いな。マントは付けていないが、魔術師かもしれない。すでに腕は縛ってあるが、気をつけなければ。



「グッ……ゲホッゲホッ」



 なんだ? 武器も何も手にしていないうえに、さっきからずっと咳き込んでいる。しかし油断は禁物だ。俺はその侵入者が顔を上げるのを、じっと見つめていた。



 そしてようやく、その男がそろそろと顔を上げた。違う。男ではない。女だ。艷やかな髪をひとつにまとめ、少し茶色がかった瞳が俺をじっと見つめている。一瞬見せたその表情は、俺に会えた喜びで溢れかえっていた。



 その瞬間、ドクンと胸が跳ねた。



(なんだ? 今の感覚は……、もしかして魔術をかけられた?)



 しかし女はまた咳込み、苦しみに顔を歪ませている。



「おまえは何者だ! どこから入ってきた! 答えろ!」



 いつもならしない、まるで虚勢を張った怒鳴り声が自分から出ているのがわかった。こんな武器も持っていない、すでに捕縛されている女に何ができるというのだ。



 それなのにこの悲しげな瞳に見つめられると、心の奥から妙な声が聞こえてきた。



 ――その人を傷つけるな



 どこから湧いて出てきた考えかわからない。それに目の前の女は侵入者だ。甘い考えで油断をさせる魔術でもかけられたのだろうか。俺はその声を振り払うように、女の首筋に剣を当てた。



「おい! キョロキョロするな! 誰か仲間がいるのか? 答えろ!」



 この女に冷たく言えば言うほど、じっとりと背中に汗をかき始める。首に当てている剣も、まるで反発するように力が入らない。無理やりにでも体面を保とうとすると、カタカタと剣が震えだした。そんな時だった。



 俺の大嫌いな香水の匂いが漂ってきた。アンジェラ王女だ。王女は俺にベタベタと体をくっつけ、仕事の邪魔をしようとしてくる。離れろと言ってもお構いなしだ。



「うっ……ううう……」



 目の前の女がいきなり泣き出し、ボロボロと大粒の涙を流している。体全体で悲しんで、絞り出すように嗚咽を漏らすその姿に、頭が真っ白になる。



 ――守ってあげたい。いや守らなくてはならない。



 また声が聞こえる。この侵入者の女を、この国の騎士団長である俺が守る? どう考えても道理に合わない言葉に、混乱していたその時だった。



「うう!」



 女の首に当てられていた刀が、彼女の肌に傷をつけた。つうっと血が流れ始め、一気に罪悪感が襲ってくる。



(罪悪感を持つほうがどうかしているぞ。彼女は危険人物なのだから)



 それでもその真っ当な考えは、頭に入ってこない。思わず剣を引っ込め、彼女の縄を解きたくなる気持ちを、おれは歯を食いしばって我慢した。



(彼女はやはり、魔術師なのかもしれない。それも精神関与ができる高度な魔術師……。それならここに転移の魔術で入ってきてもおかしくない)



 しかし転移の魔術はかなり習得が難しいのだ。俺もこの国で一番の魔術師ジャレドに教わったが、かなり時間がかかった。あの時誰か他にもいたような気がするのだが、思い出せない……。



 案の定、彼女は否定した。とはいっても、ここに侵入した手段をペラペラ話すわけがない。その前にこの女は、一言も発していない気がする。すると彼女はなにやら俺に伝えようと、手を広げ指の腹をトントンと叩き始めた。



(なにをしているんだ? まさか、何かの魔術を仕掛けている?)



 少し警戒して様子を見ていると、また彼女は咳き込み始める。これはもしかして。



「言葉を話せないのか?」



 その瞬間、目の前の彼女がパアッと花が咲いたように笑った。俺が理解したのが嬉しかったのか、子供のようにコクコクとうなずいては、上目遣いでじっと見上げている。



 ――なんて愛おしいんだ。



(ダメだ。俺はもう彼女の魔術にかかっているのかもしれない。これはいけない。そうだ!)



「ケリー、魔力検査板を持ってこい」

「は!」



 すると目の前の彼女の視線が、部下のケリーに移った。しかもなんだか嬉しそうにあいつを見ている。その表情に胸の奥がチクリと痛んだ。



(本当におかしいぞ。なんで俺は彼女がケリーを見ているだけで、苛ついているんだ?)



 やはり最初に目が合った時に、何か術をかけたのだろう。俺は苛立ちを隠すように目に力を込め、ケリーが戻ってくるのを待った。



「持ってまいりました!」



 ケリーが持ってきた魔力検査板を早速差し出したが、彼女の手はぶるぶると震え、測定が失敗してしまう。必死にもう片方の手で震えを抑えようとしている姿に、気づくと俺は彼女の手に自分の手を重ねていた。


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