エピローグ 満開の花の下で夫と
「サクラ様! ご結婚おめでとうございます!」
「ありがとう、アメリさん! 今日はよろしくお願いします!」
とうとう今日は私とカイルの結婚式だ。嬉しいことに空は快晴。ちょうど良い暖かさで、窓を開けると心地よい風が吹いてくる。
「この天気だと、お庭での結婚式も気持ちよさそうですね」
「風も強くないし、みんなで楽しめそう!」
ひそかに憧れていたガーデンウェディングを叶えるべく、私が司教様にお願いしたのだ。この国では東屋やテラスでお茶をすることはあっても、庭で会食をすることはない。そのうえ結婚式を外でするなんて考えたこともない司教様はかなり戸惑っていた。
「最初は私も外で結婚式を? と驚きましたが、お庭はサイラの花も満開ですしすごく素敵に飾り付けされてましたよ」
「本当! 嬉しいなあ〜」
「ブルーノさんってちょっと乙女なところがありますでしょ? だから彼がかなり張り切ってリボンやレースで会場の準備をしていました」
「あはは。そうだった。ポプリ作りも上手だしね。それで? 二人は気持ちを打ち明けたのかな?」
結婚式の準備で忙しく、アメリさんとこんな恋の話をするのも久々だ。すると彼女はポッと頬を染め小さな声で「今日言おうかなと思ってるんです」と呟いた。
「うわあ! そうなの!」
「秘密ですよ! 断られたら笑ってください」
「もう、なに言ってるの! そんなことあるわけないじゃない!」
(そう、あるわけないのだ。だって昨日まったく同じことを、私はブルーノさんから聞いたのだから!)
自分の結婚式も楽しみだけど、やっぱりお世話になった二人が幸せになるのは嬉しい。今日という日は本当に楽しい一日になりそうだ。
「そんなことよりサクラ様、ドレスに着替えましょう!」
「ふふ。そうだね」
赤い顔を隠すようにアメリさんがそう言うと、あわててドレスを持ってきてくれた。
ベビーピンクのAラインのドレスに、胸元と裾にはサイラの花の刺繍が入っている。腰には少し濃い目のローズピンクのリボンがついていて、甘めのドレスだ。
「ブルーノさん、刺繍お上手!」
「本当に……私、お裁縫苦手なんですけど。女らしくないって断られたらどうしましょう……」
なんとドレスの刺繍をしたのはブルーノさんだ。私が「サイラの花は枝が固いからブーケにならなくて残念だ」と話をしたら「それならドレスに花の刺繍を入れましょう」と請け負ってくれたのだ。その時はてっきり職人がするのかと思ったけど、彼の刺繍の腕前はプロ並みだった。
「あと、こちらですね」
そう言ってアメリさんが箱から取り出したのは、ティアラだ。カイルのお母様が結婚式に着けたもので、私にプレゼントしてくれた。カイルの言うとおり私のことを娘ができたと大喜びしている。
「サクラ様、すごくお似合いです」
「えへへ。本当?」
でも我ながら鏡の中の私は、自分史上一番綺麗だと思う。肌ツヤも良く幸せに愛されている顔をしている。
(頑張ってこの日を迎えたんだもん。今日くらい自信を持っていいよね!)
「準備ができましたから行きましょうか。カイル様もきっとソワソワしてますよ」
一階に降りると、アメリさんの言葉どおりカイルが落ち着かない様子でウロウロしていた。私を見つけると一瞬ぼうっとした顔で固まり、そしてぎゅっと抱きしめられる。
「なんて、美しいんだ。誰にも見せたくない」
「カイル! 嬉しいけどお化粧が取れちゃう」
「ああ、そうか。でも化粧が落ちたところで君の美しさは――」
「カイル様! もう皆さん集まってますので始めますよ!」
アメリさんの誘導でカイルはあわてて私の手を取るとエスコートを始めた。二人のやり取りに緊張がほぐれ、私も転ばないようゆっくりと結婚式の会場であるお庭に歩いていく。
「お庭に到着しましたから、ドアを開けますね」
アメリさんと待っていたブルーノさんが、同時にお庭に続く扉を開けてくれた。
(うわあ! ブルーノさんすごい!)
そこには、私が予想していた以上に、素敵に飾られた景色が広がっていた。
目の前に広がっているのは、お花でいっぱいの会場だ。私の名前が花の名前なこと、ドレスもサイラの花を意識したこと。それを聞いたブルーノさんがテーブルにも色とりどりの花で飾ってくれていた。
「ブルーノさん! すごい素敵です! ありがとうございます!」
「こちらこそそんなに喜んでもらえて嬉しいです。でも特別思い入れがあるのは、祭壇です。さあ、どうぞ。司教様がお待ちですよ」
(祭壇が特別……?)
カイルはもう知っているらしい。ブルーノさんと笑顔で目配せすると、きょとんとする私をエスコートしていく。会場にはたくさんの人が来ていた。カイルの両親や騎士団のみなさん。師匠が教会全体に結界を張ってくれたので、特別にアルフレッド陛下まで来てくれていた。
そして歩いていく先には、大好きな司教様。うっすら涙を浮かべて私のドレス姿を見つめている。そしてブルーノさんが言っていた祭壇は、一番大きなサイラの木の下に作ってあって、私たちがそこで誓い合うようにしてくれていた。
「これって……」
「ああ、プロポーズした時の再現をしたくてな、ブルーノと考えたんだ」
私の名前であるサクラとそっくりのサイラの木。満開に花が咲きほこり、ひらひらと風に乗って花びらが舞っている。
(うう……始まったばかりなのに泣きそう!)
「カイル、ありがとう。本当に嬉しい」
「サクラが喜んでくれたらそれだけで俺も嬉しいよ」
「コホン! ほらほら、泣いてないで式を始めるぞ」
司教様の言葉であわてて前を向く。そんな私たちを見て司教様はにっこりとほほ笑むと、よく通る声で式の開始を宣言した。
「これよりカイル・ラドニーと聖女サクラ・ワタナベの婚姻の儀を始める」
ここからはこちらの世界の結婚式の作法に従うことにした。まずは聖水で手を洗い、神に捧げられた花びらを体にまかれる。司教様が私たちの結婚の許可をもらう古代語で綴られた詩を捧げた時、祭壇が虹色に光ったのは少しビックリした。
しかし今回、一つだけ私の要望も入れてもらった。それがカイルとの魔力交換だ。すべての儀式を終えると、司教様が来てくれた皆にそのことを説明した。
「聖女サクラの世界では婚姻の際、装飾品を交換する儀式があるそうだ。それを皆さん見届けてください」
そう言うとアメリさんが私に、ブルーノさんがカイルに、ケセラの町で買った小瓶のネックレスを渡してくれた。
二人同時に蓋をあけ、お互いの魔力を小瓶に注ぎ込む。蓋をするとお互いの首にかけあった。私たちにしか意味のない儀式だけど、幸せな気持ちが胸にあふれてくる。
(また私たちを守ってね……)
満開のサイラの下で誓ったあの日。途切れた縁をまたつなげ、そしてここにいる。私たちはお互いの顔を見つめ合い、司教様の次の言葉を静かに待った。
「では、神に誓いの口づけを捧げなさい」
実はカイルとキスするのは初めてだ。記憶が戻ってから何度となくそういう雰囲気になったけど、「ここまで待ったなら、最初のキスは結婚式がロマンティックだね」なんて言ったために、していなかったのだ。
(あんなこと言わなきゃ良かったと枕を何回も叩いたけど、待ったかいがあったかも)
だって、あのプロポーズしてくれた日の続きみたいだ。私はほんの少しうつむきながら一歩前に進む。カイルの手が肩にふれたのを合図に、私は顔をあげ目をつむった。
ゆっくりとカイルが近づく気配がして、そして彼の唇が重なった。
その瞬間、二度目に召喚されてつらかった思いが全部消えていってしまった。苦しかったこと淋しかったこと、全部どうでもいい。私が目を開けると、カイルがいる。それだけで幸せだ。
そして私たちが同時に祭壇のほうを見ると、司教様は目を赤くしてニッコリ笑った。
「ここにカイル・ラドニーと聖女サクラ・ワタナベの結婚を認める!」
わあっと歓声があがった。私とカイルも顔を見合わせほほえみ合う。すると客席から一人の男性が立ち上がったのが見えた。師匠だ。
「サクラ、僕からのプレゼントだよ」
そう言うとジャレドの足元に魔法陣が浮かび上がった。そのまま両手を上げニッコリと笑うと、彼の手からぶわりと風が舞い上がる。
「きゃあ」
「ジャレド! おまえなにしてるんだ!」
司教様の文句が聞こえ、式を見守っていた皆もなんだなんだと騒ぎ始める。私もわけがわからない。するとジャレドが楽しそうな声で空を指差した。
「みんな上を見てよ!」
(え……?)
突き抜けるような青空に、サクラに似たサイラの花びらが舞っている。まるで桜吹雪だ。ひらひらと薄いピンク色の花が次から次に降り注ぎ、その美しい光景に息を呑む。
「綺麗……」
「ああ、すごいな」
手のひらでサイラの花びらを受け取ると、みんなも楽しそうにキャッチしようとはしゃぎ始めた。ケリーさんやアルフレッド殿下。カイルのご両親。司教様も近くに降ってきた花びらをまるで蚊でも叩くみたいに取っている。
(あの二人もうまくいったみたい)
遠くではアメリさんとブルーノさんが同じ花びらを取ったようで、顔を赤くして笑っていた。
(なんて幸せな光景なの……)
そして隣には、愛する夫のカイルが私に向かってほほ笑んでいる。私のことが愛おしくてしょうがないといった表情で、髪の毛についた花びらを取ってくれた。
目の前の景色は一度は失ってしまい、もう取り戻せないと思った幸福だ。今あなたが私の隣にいることすら、奇跡のように感じる。その喜びにいつもは恥ずかしがって言えない言葉が、唇からこぼれた。
「カイル、愛してるわ」
私の愛の言葉を聞いたカイルは目を丸くして驚き、そして少し泣きそうだった。
「俺もサクラを愛してる」
呪いにかかってなにも話せない時があったから、言葉で伝えられる幸せが身にしみてわかる。私はこれから何度でも彼に愛を伝えていこう。
すると師匠がしっとりと愛を囁き合う私たちを見て、からかいの言葉を叫んだ。
「ほらサクラにカイル! もう一度僕たちに二人が幸せだってところ、見せてくれよ」
「そうだそうだ! 団長!」
「サクラ様! もう一度ですよ!」
もう集まったみんなも大騒ぎだ。アルフレッド殿下も司教様も、師匠の言葉を止めようともせず期待に満ちた顔でこっちを見ている。
「もう師匠ったら……」
「いいじゃないか。みんなサクラの幸せなところを見たいんだ」
「それ、カイルがキスしたいだけじゃ……んん」
文句の言葉を最後まで言えないまま、カイルに唇をふさがれる。もうこうなったらしょうがない。私が背伸びしてカイルの首に腕を回すと、まわりが「おおお〜!」と声を上げた。
カイルも目を丸くして驚き、パッと私の体を離す。私がニヤリと笑うと、アルフレッド殿下の「これは尻に敷かれるな」という声でいっせいに皆が笑い出した。
私は自慢げにフフンと笑い、カイルも恥ずかしそうに笑っている。
雲ひとつないさわやかな青空の下。みんなに祝福され結婚した私たちは、幸せな笑い声に包まれていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 読んで下さったかたのおかげで無事、完結することができました。本当にありがとうございます!
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