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02 聖女は再び召喚される


「ああ! そうだった! 瘴気は聖魔力を持った騎士さんにしか、見えないんだった……」



 ガックリと肩を落とし、私がさっきした事が、何も伝わっていなかった事実に落ち込む。これじゃ、ただの変なパントマイムを見せつけた女だわ……!



 それに一日で浄化する瘴気の量だってギリギリだったから、もう授業の続きができない。



(あの授業、好きじゃないから、今日中に終わらせたかったのに……!)



 そんなしょんぼりと座り込む私の耳に、男のボソボソとした声が聞こえてきた。



「……ないか」

「え? なにか言いました?」



 すると目の前の騎士が急にこちらに向かって走り出し、私をすごい勢いで抱き上げた。



「凄いじゃないか! あなたは本物の聖女だ!」

「え? 今? その前にさっき私が何をしたか、見えていたんですか?」



 高い高いをされている状態の私がそう言うと、騎士は満面の笑みでうなずいた。



「ああ! 俺はこの国唯一の聖騎士だから、ちゃんと見えた! 君が瘴気を体に取り込んで、聖魔力で浄化して空に飛ばしたんだ。あんなに美しい光景は初めてだ!」

「……それは、どうも。それより、そろそろ降ろしてもらえると嬉しいのですが」

「ああ、すまない」



 騎士は私をそっと降ろすと、素早くひざまずき、さっきの態度を謝罪し始めた。



「聖女様、先ほどの私のご無礼をどうかお許しください」

「わ、わかってもらえたなら、それでいいです。それにしても、なんであんなに疑ったのですか?」



 この人はもしかして人を見た目で判断する人なのだろうか? 私はこの教会から出たことがないからわからないけど、もしここの人たちが差別されているのなら、気分が悪い。



 じっと睨みながらそう問いかけると、騎士は少し言いにくそうに説明し始めた。なんだか赤くなっているように見えるのは、気のせいだろうか?



「……それはあなたが、あの女遊びがひどいことで有名な、ジャレド氏の体をさわっていたからだ。君たちはその、そういった関係なのかもしれないが、真っ昼間からあんな上半身裸の男の体をまさぐるなど――」

「ま、待って待って! 待ってください!」



 予想もしていなかった騎士の答えに、頭が真っ白になった。とんでもない誤解だ。私はあわててさっきのマッサージの意味を騎士に説明した。



「あれは浄化の授業なんです!」

「え?」

「瘴気が体に入って、病気になった人を浄化する練習なんです! 師匠には瘴気を取り込んでもらって、それを体から出すために、ああやって……だから! 私と師匠はあなたが想像しているような関係ではありません!」



 息継ぎもせずに一気に話したからか、ゼーゼーと肩で息をしてしまう。しかしそんな私の迫力で信用してもらえたのか、「……重ねがさねすまない」と騎士が謝る声が聞こえた。



「いいんです! 私は真剣にやってたので気づきませんでしたが、知らない人が見たら変ですよね。特にあんな女好きの師匠じゃ、危ない関係だと思われてもしかたがないです!」



(本当に師匠ったら! 後であなたのせいだって、文句言ってやるんだから!)



 にっこり笑ってそう言うと、騎士は意外なほど優しい顔で笑った。



「弟子にまでそう思われているとは……ふっ」

「そりゃあ、思いますよ。あの人は異常な女好きです!」

「はは。笑わせないでくれ」



(あの時初めて、彼の顔をじっくり見たんだっけ。またあの笑顔が見たいな……)



 青みがかった黒髪。鼻筋がスッととおった端正な顔立ちに、深い藍色の瞳。少しつり上がったキツめの目が、私に笑いかける時だけ、ふにゃりと柔らかくなった。



「改めて自己紹介をさせてくれ。聖騎士のカイル・ラドニーだ」

「初めまして、えっと、聖女のサクラです」

「良い名前だ」



 あれから私たちは一緒に浄化の旅をすることになり、少しずつ打ち解けていった。誰よりも真面目で、少々堅物なところがあるくらいのカイルに、私はどんどん惹かれていった。



 しかも幸運なことに、カイルも同じ気持ちでいてくれたのだ。旅の終わりが近づき、瘴気が出ている最後の町に着いた日の夜。二人で街の宝石店に行き、お互いの聖魔力を込めたネックレスを交換した。



「この任務が終わったら、王都に帰れる。サクラ、俺と結婚してほしい」

「嬉しい……! 私もカイルと結婚したい!」



 それなのに、その後のことが全く思い出せないのだ。気づけば私はこの部屋に戻ってきていて、呆然としたのを覚えている。



 なんで戻ってきてしまったのか? 魔法陣を踏んだ覚えもなく、ただ目覚めたら日本に戻っていた。もしかしてすべて私の妄想だったのかと考えたけど、胸元にあるカイルの聖魔力が入ったネックレスが、現実にあったことだと示していた。



 カイルに会える気がして、何度もさわったネックレス。蓋のついた瓶がチャームになったそれを、私は日本にいても肌身離さず身につけていた。



「一年か……なんで戻れないの?」



 どんなにそのネックレスに願っても、カイルのもとに戻ることはなかった。それでも諦められない私は、今日もこのネックレスをさわって、眠りについた。





「や、やばい! 寝過ごしちゃった! しかも昨日、帰ってきたままで寝ちゃってるし!」



 急いでシャワーを浴び、身支度をして家を出る。駅までは五分。会社までは電車で十五分か。



(ギリギリ間に合わないかも。今日はスニーカーだから、近道して行こう!)



 数分の遅れで電車に乗れなかったら遅刻してしまう。私はいつもは通らない裏道に入って行った。その時だった。



 誰もいない民家と民家の隙間のような路地の景色が、ぐにゃりと曲がり始める。



「え? これって……」



 足元には見覚えのある、光る魔法陣。その光景に私は迷わず立ち止まり、次の展開を待った。



(もしかして、カイルに会えるの? オズマンド国に戻れる?)



 心臓の音が激しくなり、口の中がカラカラだ。やがてその魔法陣の光は、私の全身を包み始めた。



(前と一緒だ! 嬉しい! やっとカイルに会えるんだわ!)



 そして私の視界はすべて真っ白になり、ガクンと力が抜けた。次の瞬間、私の体は一瞬宙に浮き、そしてすぐに地面に叩きつけられる。



(あれ? おかしいな。前は瞬間移動みたいな感じだったのに)



「きゃああ!」

「誰だこの女は!」



 なんだかものすごく騒がしい。ここは教会じゃないのだろうか? するとあっという間に私のまわりに人が集まり、後ろ手に縛られてしまった。



(ど、どういうこと? ここは、オズマンド国じゃないの?)



「おまえは誰だ! どうやってこの王宮に入ってきた!」



(え? 王宮? ここ王様がいるお城なの?)



 それなら私の顔があまり知られていないのも当然だ。きっと何かの手違いで、教会ではなく王宮に召喚されてしまったのだろう。説明して調べてもらえば、私が聖女だとわかってもらえるはず!



「ぐう……うううう!」



 しかし聖女だと説明しようと口を開いた瞬間、喉に強烈な痛みが襲いかかる。まるで高温の油を飲んだように、ねっとりとまとわりつく熱い痛み。



 ゲホゲホと咳き込む私に、まわりの男たちは「動くな!」と叫びだす。それでも説明しなきゃと口を開くと、またあの痛みが襲ってきた。



「動くなと言っているだろう。顔を上げろ!」



 気づけば私の目の前には、ギラリと光る鋭い剣が向けられていた。しかしそれより私を驚かせたのは、その声だ。



(この声……、この人は……!)



 私はそろそろと顔を上げ、声の主を確かめる。目の前にいる男は、青みがかった黒髪に、深い藍色の瞳。しかしそこに私を優しく見つめる色はない。



(カイル……!)



 鋭い剣先を向け、私を睨みつけるその人は、まぎれもなく結婚の約束をした、私の恋人「カイル」だった。


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