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22 呪いを解く旅

 

 花の香りをのせた優しい風が、青みがかった髪をさらさらとなびかせている。少しつり上がった藍色の瞳がふにゃりと柔らかくなるのは、私だけが見ることができるカイルの笑顔だ。



「ずっと君を守ると誓わせてくれ。それにもう誓ってしまったからな。取り消しはできないぞ」

(か、かわいい〜! 好きすぎる……!)



 今私がいるのは教会の客室だ。夕ご飯も食べ終わり一人でゆっくりと夜を過ごし、あとは寝るだけという時間。それなのに思い出すのは昼間のカイルのことばかりで、ゴロゴロと左右に寝返りを打っては、またあの時の彼を思い出していた。



(私に恋してるて言ってくれた……! そのうえひざまずいて一生守るって……!)



「くうううう〜!」



(う、嬉しいいい! この世界に来てつらいことばかりだったから本当に幸せ!)



 ベッドの上であの誓いを思い出しては、両脚を交互にバタつかせクッションに顔をうずめている。なんとか叫び出したい衝動を抑えると、私は耳まで熱くなった自分の頬に手を当てた。



「はあ……もう寝なくちゃ」



 枕からはブルーノさんが作ってくれたポプリの良い香りがほのかに漂っている。



(今夜は良い夢が見られそう……)



 それでもすぐには眠れそうにない。寝ようと目を閉じるとすぐに昼間のカイルを思い出し、勝手に口元がゆるんでしまうのだ。



(もう! 部屋に帰ってから何回目よ! いいかげん寝なきゃ!)



 それでも思い出すのは彼の優しい笑顔に、温かな体温。もういっそ疲れるまで考えてたほうが眠れそうだ。



(まだ魔力が溜まってないから、明日からはカイルとゆっくり過ごせそう……へへ)



 そんな幸せな明日を想像して眠りについたけど、次の日の朝ドンドンと乱暴に扉を叩く音で起こされ、すぐに平穏な日々が終わったことを悟った。



(そうだった。ここにはあの人も泊まってたんだ……)



 窓の外を見ると、まだ朝日は登ったばかり。どうりで眠いと思った。私が目を擦りながらガチャリと扉を開けると、やはりそこには予想どおりの人物が立っていた。



「サクラ! 解呪の魔法陣ができたぞ! さあ! 旅に出よう!」



 ボサボサの髪に昨日と同じ服。そして手には魔法陣が描かれている羊皮紙を持って満面の笑みで立つのは、やはり師匠のジャレドだった。



「師匠〜! まだ早朝ですよ! みんなもまだ起きて……る! なんでみんな起きてるんですか?」

「「起こされたんです」」

「サクラ、君が最後だ」



 ジャレドの後ろにはブルーノさんとアメリさん、そしてカイルがいた。みんな興奮したジャレドに起こされ、私の呪いを解く旅の支度をしていたらしい。



「こんな朝早くにすまない。サクラはもう少しあとで起こしに行くとジャレド氏には言ったのだが、目を離したすきに君を起こしに来たらしい。すぐに追いかけたのだが間に合わなかった」

「だってサクラが起きたら出発できるんだよ? 待ちきれないよ〜」



 どうやら三人は私よりかなり早く起こされたらしい。朝に弱いアメリさんは苦笑いして眠そうだ。



「でも師匠、私の魔力はまだ溜まってないのでは?」

「たしかに。じゃあ調べてみよう!」



「魔力のことを考えてなかったのか」というツッコミを入れる暇を与えず、師匠は私の手をサッと握ると魔力を流し始める。すると師匠は少し驚いた顔をしたあと、満足そうに笑った。



「予想以上にあるじゃないか! これならケセラの町に着く頃には浄化ができるほど溜まってるよ! じゃあ、出発だ!」



 師匠は握ったままの手を引っ張り、パジャマ姿の私を外に連れ出そうとしている。



「待って待って! 着替えさせてください! それに朝ご飯を食べてから行きましょう!」

「あ、すっかり忘れてた」



 朝ご飯と聞いたら師匠もお腹が空いたみたいだ。そのままカイルたちは食堂へ、私とアメリさんは着替えと旅の準備をすることになった。



(はあ……呪いが解ける日が早まるのは嬉しいけど、あと一日くらいはゆっくり過ごしたかった)



 それでも久しぶりにアメリさんと二人でお喋りができると思うとウキウキしてくる。食事はあとでブルーノさんが持ってきてくれるし、少しだけでも女子会気分を楽しもう!



「ケセラの町は風が強いですから、埃よけにストールも入れておきましょう」

「ふふ。ありがとう」



 なんとアメリさんは昨日から私の服を用意してくれたらしく、たくさんの可愛い服をバッグに入れている。



(なつかしいな。最初の召喚で旅した時もこうやって一緒に旅支度したよね……)



 そんな思い出に胸を熱くさせていると、アメリさんが首をかしげながらほほ笑んだ。



「もしかして、以前も同じ会話をしたことがありますか?」

「……うん。ごめんね。嫌だった?」



 悪気はなかったけど頻繁に私がニヤついて見てたら嫌かもしれない。そう思った私があわててアメリさんに謝ると、彼女は結んだ髪の毛が荒々しく揺れるほど否定した。



「そんなことありません! 私は思い出を取り戻したいんです。きっとサクラ様と過ごした時間は、幸せなものだったと思うから……」

「アメリさん……」

「でも、一番取り戻したいと思ってるのは、カイル様でしょうけど!」

「――っ!」



 じーんと感動しているところにいきなりカイルの話題を持ち出され、グッと息を止めてしまった。



「サクラ様、顔が真っ赤です! やっぱり以前もお二人は恋人同士だったのですね!」

「……うん。旅の最後にね、想いを二人で打ち明けあったの。だから旅の途中はずっとアメリさんと恋の話で盛り上がってたよ!」



 私はカイル。アメリさんはブルーノさん。お互い「意識してるんでしょう?」「してませんよ〜」なんてからかい合っていた。すると「恋の話で盛り上がっていた」というのを聞いたアメリさんが、ポッと頬を染めモジモジし始める



「恋の話……もしかして、私もサクラ様に言っていました? その……」

「ブルーノさんのこと?」

「きゃあ! やっぱり!」



 アメリさんも顔が真っ赤だ。しかもこの話をしているちょうどその時にブルーノさんがご飯を持ってきたので、二人で大慌てしては笑っている。



「なつかしい! 前もね、こうやって好きな人の話をしてる時に本人が来て二人で騒いでたの!」

「そうなんですか! じゃあ今回の旅も同じですね」



 ニコニコと笑っているアメリさんを見ていると、昨日の出来事を思い出す。カイルの時と一緒だ。昔の思い出を一緒に再現するたびに、お互いの絆が深まっている気がする。



 あの時は気づかなかったけど平凡でただ笑っていた日常が、本当に大切な宝物だったんだ。それを奪われてしまい、私はこれから取り戻そうとしている。どんな邪魔が入るかわからないけど、絶対にこの幸せを奪われたくない。



(ううん! 奪われてたまるもんですか!)



 あのアンジェラ王女が黙って見てるわけないと思う。もしかしたらアルフレッド殿下の処分によっては、なにも起こらないかもしれない。



 それでも私は気を抜かないよう、カイルたちとの大事な思い出を守ろうと心に誓った。



 ◇



「さあ〜……しゅっぱつしようか〜」

「いや師匠、さっきのやる気はどこにいったんです?」



 目の前にいるのは、だらけきったいつもの師匠だ。眠そうにうつらうつらと船を漕いで、しまいには馬車に頭をぶつけそうになったのでカイルがあわてて支えていた。



「ジャレド氏は昨日徹夜で魔法陣を作ったらしい。しばらく魔術の出番はないし、彼は寝かせておこう」

「いつもの師匠の仕事ぶりだわ……」



 ジャレドは集中すると寝食を忘れ魔術に没頭する。今回もそうだったのだろう。カイルにひょいっと担がれた時にはすでに寝息が聞こえていた。



「ジャレドが言うには前回は教会の馬車だったのだろう? しかし今回はなるべく目立たないように移動したいんだ。サクラには申し訳ないが、以前と違って荷馬車で行こうと思う」

「私は大丈夫だよ! みんなと一緒に乗れるならなんでも平気!」



 ありがたいことにこの世界の道はけっこう綺麗に舗装されている。そのうえ案内された馬車をのぞいてみると、床には厚手の絨毯にフカフカのクッション。それに師匠が横になっても十分な広さがあって、なかなか快適に改造してあった。



「うわあ……素敵! 乗り心地良さそう!」

「「頑張りました!」」



 ブルーノさんとアメリさんは顔を見合わせ、満足そうに笑っている。思わず仲良さそうな二人にニヤニヤしていると、荷物を運び終わったカイルが地図を持ってやってきた。



「みんな聞いてくれ。旅の計画なのだが、まず目的地であるケセラの町がここだ。急げば一日で着く距離だが、報告では結界の穴から出ている瘴気の量が多いらしい。そこでそのひとつ前にある『カレブ』という町を目指そうと思う。ここなら休憩しながらでも日没前には着くだろう」


「わかりました。カレブなら時々訪れますので道に迷うこともないです」

「助かるな。よろしく頼む」



 馬車の手綱を取るのはブルーノさんだ。そのまま地図を受け取ると御者台に向かっていく。残った私たちも急いで馬車に乗り込むと「出発します!」というブルーノさんの掛け声とともに、馬車はカレブの町目指して走り出した。



「司教様も見送りたかったみたいで残念がってましたよ」

「まあ、しょうがない。司教様が見送ると目立ってしまうからな」

「ふふ。おじいちゃん……」



 予想どおり馬車の旅は快適だった。私が馬車の揺れに慣れているのもあるけど、疲れたら横になれるのがなかなか良い。私たちは酔わないように、休憩を重ねながらカレブの町に近づいていった。



「あれ? 師匠、もう起きて大丈夫なんですか?」



 もうそろそろカレブの町につくという頃、外で最後の休憩をしていた時だった。さっきまでスヤスヤと寝ていた師匠がやけにスッキリした顔で馬車から出てきた。



「だってもうお昼を過ぎてるだろう? お腹空いたよ〜」

「お昼にアメリさんが起こしましたよ? すぐ寝ちゃいましたけど。それにカレブはもうすぐそこらしいですから、その町で食べましょう」

「え〜ひどいよ!」



 時間と協調性に厳しい日本人の性なのか、私は師匠に厳しいらしい。しかしそんなやり取りを見たアメリさんがクスクス笑って「パンとチーズならありますから」と言って用意している。



「アメリさんは本当に優しいね」

「そうですね。昔からアメリは思いやりがある女性ですから」



 そう言ってニコニコとアメリさんを見つめるブルーノさんの頬は赤い。優しい瞳で見つめていて、やっぱり一年経った今も二人は両思いみたいで安心した。



 するとそんなほのぼのした雰囲気のなか、カイル一人だけが警戒するように周囲をじっと見つめている。



「カイル、私たち馬車の中に入っていたほうがいい?」



 私にはわからない危険を察知しているのかもしれない。それにさっき魔術で飛ばす郵便を受け取っていた。きっとケリーさんからの報告だろう。



「いや、ここは大丈夫だ。しかし少し瘴気が風にのってきているな。ジャレド氏も起きたことだし、食事を終えたら馬車の進みを早めよう」

「本当だ。まだ地上には降りてないけど、上のほうに黒いのが溜まってる……。私、みんなに伝えてくるね」



 瘴気が見えるのは、私とカイルそして師匠だ。さっきの話をすると師匠も嫌な顔をしてパンを飲み込み、さっさと馬車の中に移動した。



「ブルーノとアメリは、布で口をふさいでおいて〜」



 瘴気に耐性のある私たちと違い、二人はあの黒いモヤモヤを吸い込むと体に良くない。いきなり倒れることはないけど、濃度が濃かったら何日も高熱を出してしまう。



(まだあれくらいじゃ大事には至らないけど、結界に穴が開いているケセラの町は大変なことになってそう……)



 魔力を満タンにして結界の穴を修復しなきゃ。久しぶりだから上手くいくかわからないけど、きっと困ってる人がいっぱいいるはず。私はぎゅっと手を握りしめ馬車に乗り込んだ。



 スピードアップした馬車はかなり揺れたが、あっという間に今夜の目的地に着いたようだ。



「さあ、カレブの町に着いたぞ。風向きのせいかこの町には瘴気がほとんど無いみたいだな」



 馬車置き場から町を眺めると、たしかに空は澄み切っていて空気も綺麗だ。私はホッとしてアメリさんたちに報告し、みんなで荷物を持って町の入り口に入っていった。



「瘴気がなくて良かったですね。今日はゆっくり過ごして明日に備えましょう」

「うん!」



 すると町に入ったとたん、たくさんの人たちがワーワーと騒いでいるのが見えた。喧嘩をしているわけじゃないけど、みんなものすごく興奮してお祭り騒ぎだ。



「なにかあったのかな?」

「サクラ、ちょっと下がっててくれ」



 私たちはカイルの誘導で、急いで道の端に駆け寄った。この辺りなら人もそんなにいないから安心だ。そう思ってカイルの背中からチラリと様子をうかがうと、大きな声で叫ぶ一人の男が群衆から飛び出してきた。



「みんな! お祝いだ! アンジェラ王女が、隣国サエラに嫁ぐことが決定したぞ!」



 その男の言葉に、思わず皆で顔を見合わせた。



(アルフレッド殿下が言っていたあの縁談が本当に成立したの? アンジェラ王女が了承したなんて信じられないけど……)



 カイルの名を叫ぶ王女の姿が頭に浮かぶと、なおさら信じられない。数ヶ月経ったならまだしも昨日の出来事だ。




(自暴自棄になったアンジェラ王女がなにかしでかすんじゃ……それにいつも王女の側にいたエリックはどうしてるんだろう)



 私はそんな不安な気持ちを抱きながら、目の前で大喜びする町の人たちをじっと見ていた。


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