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01 一度目の召喚

 

「はあ……疲れた」



 残業続きの仕事からようやく開放され、私は乱暴にバッグを床に放り投げた。ボスンと埃が立ち、掃除をしていないのが丸わかりだ。疲れ切った私は着替える気も起きず、スーツのままベッドに寝転んだ。



「……カイルに会いたい」



 私、渡辺咲良(わたなべさくら)は、一年前、異世界に聖女として召喚されたことがある。



「……瘴気(しょうき)ですか?」

「はい。聖女サクラ様には、わが国オズマンドの瘴気を払ってほしいのです」



 ある日突然、足元で魔法陣が光ったと思ったら、次の瞬間にはたくさんの人に囲まれていた。上を見上げると天井一面に宗教画のような神々しい絵が描かれていて、窓には色とりどりのステンドグラスがきらめいている。



 ペタンと座り込んだ私に手を差し伸べるのは、顎に白い髭を蓄え、いかにも聖職者といった服装をしているおじいさんだ。優しくほほ笑み「どうか我々を助けてください」と、私の手を握った。その手の温かさに、私は思わずうなずいてしまったのを覚えている。



「サクラ様! 大丈夫ですか! ブルーノ、サクラ様の手当てを!」



 瘴気を浄化するのは、思っていたより大変な仕事だった。そもそも瘴気は吸うと病気になってしまう毒の霧のようなもの。それを私は一度自分の体に取り込み、綺麗にしないといけないのだ。



「うう……ん。漫画では簡単そうだったのに」

「サクラ様、マンガとはなんでしょうか?」



 不思議そうな顔で私に冷たいタオルを当ててくれているのは、「ブルーノ」さん。サラサラのブラウンの髪に蜂蜜色の瞳。私より五つ上の好青年で、オズマンド国での私の世話係だ。



「サクラ様の世界には、不思議なものがいっぱいありそうですねえ」



 ニコニコとほほ笑みながら、私に栄養回復の薬を飲ませているのは、もう一人の世話係である「アメリ」さん。こちらもライトブラウンの髪を器用に結い上げ、クリっとした小さめの瞳が小動物を連想させる、二つ年下のかわいい女の子だ。



 二人ともとても優しくて、私のことを尊敬してくれていた。



「二人にももう一度、会いたいな。ブルーノさんはアメリさんに告白したかな?」



 本格的に浄化の旅に出た時は、二人も一緒だった。はたから見てると両思いだってわかるんだけど、当人同士はずっと教会暮らしなので、関係を変えるきっかけがつかめないみたいだったな。



「それに師匠は元気に、サボってるかしら?」



 私はゴロリと寝返りを打ちながら、浄化のコツを教えてくれた「グータラ魔術師」のことを思い出す。名前はジャレド。嫌みのつもりで「師匠」と呼んでいたけれど、当の本人は全く意に介さず、私に一言アドバイスしたらすぐ寝てたっけ。



「よし! もう一度やってみるね」

「無理はしないでくださいね」



 二人に応援され、私はまた瘴気を体に取り込み始めた。この世界の人たちには瘴気が見える人がほとんどいない。時々、小さな子どもで見える子もいたけれど、大人になってもくっきり見えるのは、四人だけ。



 聖女の私と、私に助けてほしいと言った司教様、あと聖魔力をもった騎士が一人と、師匠のジャレド。そう考えると、師匠は意外と有能?



「ん? またやるの? 頑張るね〜」

「もう! 師匠、ちゃんと教えてくださいよ」

「アドバイスはしたでしょ? あとは実践のみだよ」



 プラチナブロンドの長髪を後ろで一つに束ねて、黒ずくめの衣装を着ているところは、漫画でよく見る魔術師のイメージそのままだ。そのうえ顔がいいものだから、よけい人を惑わすように見える。



「師匠はこの国の人なのに、危機感がないですよ?」

「はは。まあ僕はなぜか瘴気を取り込んでも、病気にならないから。ま、いいかなって」

「この仕事を引き受けたのも、お金ですもんね」

「そそ、君はがんばり屋だし、怒らない。良い生徒だね。ありがと」



 それでも私が危ない目にあわないように、しっかりと取り込む瘴気量は把握しているようだった。昼寝はするけど、私が練習している時には絶対に側を離れない。ひょうひょうとした、掴みどころのない人だった。



「今頃、お金が貯まったから、女の人の家を渡り歩いてたりして」



 師匠はモテる。本人もそれを自覚してたから、よく女の人と遊んでいた。それを冷たい目で見ていたのが、恋人のカイルだった。



「初めて会った時は、私にも冷たかったもんね……まあ、私も喧嘩ごしだったけど」



 瘴気を浄化する能力が上手になってきた頃、私が暮らしている教会に、一人の騎士がやってきた。



「王都から来た、カイル・ラドニーです。ここに瘴気を浄化する聖女が現れたと聞いてやってきたのだが、どこにいるのだろうか? この部屋にいると言われたのだが」

「えっと、あの、私がそうですけど、どんな御用でしょうか?」



 目の前に立つその騎士は、私が聖女だと言うと、あからさまに疑いの目を向けてきた。もしかして、今私が師匠のマッサージをしているのがいけないのだろうか? 今日はこの授業のために、聖女用の服ではなく、世話係のアメリさんと同じ服を着ている。



(教会の職員だと思われたのかな?)



 それでも今の私は授業中で、手を止めるわけにはいかない。コツがわからなくなってしまうからだ。するとその様子を見た騎士は、いっそう険しい顔でまた聞いてきた。



「……本当にあなたが、聖女なのか?」

「は、はあ……そうですけど」



 もう一度そう答えるも、どうも信用していない様子だ。するとマッサージのために、うつぶせで寝転んでいた師匠が、ブルブルと震え始め、しまいにはプッと吹き出してしまった。



「ハハハ! もうダメ! サクラ、何回言っても信じてもらえなくて、不憫過ぎるだろ」

「だったら、師匠からこの人に言ってくださいよ。私が聖女だって!」



 自分で言っといてなんだけど「私が聖女です!」と宣言するのは、むず痒くて言いにくい。しかも途中で師匠が体を起こしてしまったから、今までやった授業がパーだ。



 腹が立った私は、問題の騎士をジロリと睨んだ。



「それで、なんの御用なんでしょうか?」

「……国からの瘴気浄化の要請の書状を持ってきた。しかし君が本物の聖女だとしても、とてもじゃないがやり遂げることはできないだろう。その旨、私から伝えておいてもいい」

「え?」



 なんだか国からの書状というのも凄い情報だけど、その後に私のことを馬鹿にしたことを言ってなかった?



(なんなのこの騎士! 私がどれだけ毎日頑張って、浄化の練習してると思ってるのよ!)



「ちょっと来てください!」

「お、おい。いきなり何をする!」

「いいから、来て!」



 強引に騎士の腕をつかみ、私はずんずんと練習場に入っていく。そこには司教様が革袋に集めた瘴気がたくさんあり、私はいつもこれで練習をしていた。



(その成果を見せてやるんだから!)



「そこで見ててくださいね!」

「……ああ」



 そっと革袋の紐を緩めると、一気に黒い瘴気があふれ出してきた。私はそれを手で包み、そっと自分の胸元に持っていく。ゆっくり、あせらず。師匠に言われたコツを頭で繰り返し、瘴気を体に取り込んだ。



 そしてゆっくりと息を吐き、浄化した綺麗な「気」として空に放った。私から出たキラキラと光る聖魔力の粒が入っている気は「聖気」と呼ばれている。その聖気が空に溶け込んで、この国の結界に届くと、成功だ。



 私は空高く飛んでいった聖気をにっこりとほほ笑みながら、見つめていた。



(ほ〜ら! 完璧にできたもんね! これで私が聖女だって、信用してもらえるでしょう!)



 くるりと騎士のほうを振り向き、自信満々の顔で「いかがでしたか?」と感想を聞いてみる。すぐに「あなたが聖女様だったのですね! 先ほどは無礼なことを!」なんて謝ってくれると確信していたのに、なぜか目の前の騎士は呆然としていて何も話さない。



 その反応の悪さに、私はある重要なことに気づいた。


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