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18 口封じの呪い

 

(え? 私が殿下の婚約者!?)


「な、何をおっしゃっているのですか!」



 突然の殿下の婚約者宣言に、カイルはあわてて私を背中に隠した。アルフレッド様はそんな失礼な態度に怒るでもなく、クスクス笑っている。



「だって、彼女は聖女なんだろう? たしか初代聖女は、王族と結婚したはずだ。それが一番政治的に無難だしね。ラドニー公爵家がこれ以上力を持つのは、王族として良しとしないなぁ」

「そ、それはそうですが。しかし彼女は――!」

「へえ、彼女はカイルのなんだって言うんだい?」



 そっと二人のやり取りをのぞくと、殿下は面白い玩具でも見つけたような顔で、じりじりとカイルに近づいていた。一方真面目なカイルは、からかわれていると気づかずに険しい顔で殿下を睨んでいる。



(ふふ、この会話、二度目だわ。最初に殿下に会った時も同じこと言ってた。もちろん二人は覚えてないけどね)



 カイルとアルフレッド殿下はとても仲が良く、兄弟みたいに育ったそうだ。カイルが二十五歳で、殿下がたしか二十二歳。真面目なカイルを実の兄のように信頼し、他の人には決してしない親しさを彼だけには見せていた。



「あはは! 嘘だよカイル! そんなに怒らないでくれ。君の変わりようが凄いから、ついからかいたくなったんだ。それにしてもケリーから聞いてはいたけど、ここまでとはねえ……」



 そう言って殿下は私をチラッと見て、苦笑いしている。後ろにいるケリーさんも大事そうに私を抱きしめて離さない上司を見て、唖然としていた。



(カイルは堅物騎士団長として有名だったもんね。この変化には腹心のケリーさんや殿下が一番驚いてそう……)



 そんな注目を浴びているカイルだけど、当の本人は一向に気にしていないようだ。殿下の話が冗談だとわかると、すぐに私の魔力について師匠を問いつめ始めた。



「そんなことより、ジャレド氏! サクラの魔力は戻ったのですか?」

「え? ああ、そうだったね。戻ってないよ!」



 あっけらかんと話すジャレドに、カイルは困惑して次の言葉が出てこない。



(え? 戻ってない? じゃあさっきの検査板は、師匠がインチキしたってこと?)



 意味がわからず二人で顔を見合わせていると、戸惑っているのはアルフレッド殿下たちも同じだったようだ。



「私たちにもわかるように説明してくれないか? 彼女の魔力が戻ったとはどういうことなんだ?」



 カイルがすぐさま今までのことを説明すると、今度はそれを聞いた殿下が師匠に質問をし始めた。



「ではジャレドが、検査板に細工をしたのかい?」

「いいや、なにもしてないよ。ただ僕がさっき魔力を流して、サクラの呪いを調べただろう? その魔力が彼女の体に残ってただけだよ」

「サクラの体に、聖魔力が残ってる?」



 たしかに魔力のない原因を探るため、師匠が私に自分の聖魔力を流した。それが体に残っていたってこと?



(それなら聖魔力さえ体に流せば、みんな虹色の光が出せるのかな。王女もそうやって不正をした? でも聖魔力持ちは、カイルとジャレド師匠と司教様よね。この三人が王女の不正に加担するとは思えない……)



 しかし答えは違うみたいだ。同じことを質問したカイルに、師匠は手を横に振って否定している。



「それは無理なんだ。普通の人に聖魔力を流しても、体の中を通り抜けるだけで体には溜まらない。聖魔力を受け取れる体じゃないからね。きっと王女は魔力を溜められる石かなにかに、誰かの聖魔力を入れて持ってたんじゃないかな? だけどサクラもさっきの検査で僕の魔力は使っちゃったから、今は反応しないと思うよ〜」


「なんだって?」



 その言葉にあわてた司教様が、検査板を私に差し出した。すぐさま検査をし直すと、ジャレドの言うとおり虹色はおろかなんの光も出てこない。



「それで、サクラにこうやって僕の魔力を入れると〜」



 再び師匠に魔力を流してもらったあと、検査板に手を置く。すると、さっきと同じように部屋が虹色に染まった。



「じゃあ、アルにも聖魔力を流してみるよ。アルは王族だから金色だよね」



 今度はアルフレッド殿下で試してみるらしい。同じように師匠が殿下に魔力を流し、検査板に手を置く。すると今度は聖魔力を表す虹色ではなく、黄金色の光が部屋中に広がった。



「ほら、このとおり。王族を意味する金色の魔力だけ。虹色にはならないだろう?」



(じゃあ私の体は今、魔力を入れる器があるだけで中身が空っぽってこと? どうすれば体に魔力を満たせるんだろう?)



 その答えはすぐに師匠が教えてくれた。私の両肩に手を置くとニコッとほほ笑み、そのまま首筋にひんやりとした手を当てる。



「呪いにかかっていると、聖魔力は体内で作り出せないからね。まずはこの口封じの呪いを解かなきゃ」



(え? じゃあ、これから呪いを解いてくれるの?)



 期待を込めた目で見つめると、師匠は「その顔かわいいね〜」と軽口を言い、手に魔力を込めていく。後ろでガタンと音がしたけど、私はその魔力の温かさにそっと目を閉じた。



(あれ? でもどんどん熱くなっていく……)



 師匠から伝わる魔力は、最初じんわりとぬるま湯につかっているような温かさだったのに、次第に痛いほどの熱さに変わっていく。



「う……うあ……」

「ごめんね、サクラ。もう少しで終わるから。いい子だから我慢して」



(熱い! 苦しい! 息が、息ができない……!)



 まるで体中に熱風が吹いているみたいだ。鼻で息をすることもできず、私は思わず師匠の腕に手をかける。あまりの苦しさに瞳に溜まった涙が一滴こぼれた。その時だった。



「はい、終わり。サクラ、いい子だったね」



 その言葉と同時に、体から一気に力が抜けた。さっきまでのあの熱い息苦しさはなくなり、私は必死に呼吸を整えている。それでも酸欠状態の私の足元はふらつき、目の前の景色が歪み始めた。



 するとぐらりと後ろに倒れそうになった時、誰かが私の体を受け止めてくれた。



「サクラ……っ!」



 私を心配そうに呼ぶ、カイルの声。仰向けに寝転ぶように彼に抱きとめられているけど目眩が止まらない。それでもどうしても彼の顔が見たくて、私はそっと瞼を開けた。



(ああ、カイルだ。ようやくあなたと話せる……)



 屈強な体に強い精神をもった、この国一番の騎士であるカイルが泣いている。赤い目をして、私を支える大きな手は震えていた。



 なんとか力を振り絞り、彼の頬に手を伸ばす。つうっと零れ落ちたカイルの涙が、私の手のひらを湿らせていく。



「……カイル。ただいま」



 ずっと言いたかった言葉。そして言えなかった言葉だ。きっと今はまだカイルに実感はわかないだろうけど、それでもあなたの名前を呼んで「ただいま」と言いたかった。



(ああ、でもちょっと限界みたい。眠っちゃいそう……)



 やっと話せたのに、目の前の景色が再び歪み始めた。ゆらりゆらりと波打つカイルの顔が少しずつ見えなくなっていく。



「おかえり、サクラ」



 そう言ってぎゅっと抱きしめてくれるカイルの温かさに、私はホッと息を吐く。そして彼の腕の中で安心しきった私は、そっと意識を手放した。


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