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16 アンジェラ王女と聖女の魔力

 

「王女がここに何をしに……まさか! サクラが生きていることに気づいたのか?」



 するとその問いに答えたのは、意外にもブルーノさんだった。



「それがカイル様。王女様は手紙に書いたことを確かめに来たと、おっしゃられておりました」

「手紙……ふむ。ならば、サクラさんの死体が報告されていないか、確かめに来たということか」

「サクラの死体? なんのこと?」



(そういえば、師匠は話し合いが終わってから転移してきたから、私が処刑されそうになったこと知らないんだ)



 きょとんとしているジャレドに、カイルが王宮であったことや処刑について詳しく説明している。するといつも明るい師匠の顔が、ほんの少し曇った。



「……そうか、なるほど。なら君たちは奥の部屋に隠れていればいいよ」

「ジャレド、おまえ変なことをするつもりじゃないだろうな?」



 司教様の目にも師匠の変化がわかったらしい。不安そうに見ては「おまえも奥で待っていてもいいんだぞ」と勧めている。



「大丈夫だよ〜。もしかしたらサクラが教会に匿われていることに気づいてるかもしれないだろう? その時に王女がどんな強引なことをしてくるか、わからないからね。僕は奥に続く扉の近くで立ってるだけ〜」



 ニコリと私たちに向かってほほ笑むと、師匠は「ほら行った行った」と私とカイルを奥の部屋に押し込んだ。パタンと扉が閉まる瞬間「君たちこそ二人っきりだからって、変なことしちゃダメだよ〜」と聞こえてきた。



 師匠はいつもどおりを装っているのだろうけど、それを聞いたカイルは顔を真っ赤にしている。本当にこういった軽口が苦手なのだろう。



「俺は、そんなことはしないからな。安心してくれ」



 ドンと胸を叩いてそう言うと、私を守るように扉の前に立った。私も扉に耳を当て、これから行われる会話を聞こうと準備をする。



 そうしてしばらくたった頃、さっきまで私たちが居た応接室に誰かが入ってきた。



「まあ! 貧相な部屋ですこと。こんなところに王族であるわたくしを案内するなんて、ひどい扱いですわね」



(第一声がこれか……)



 あまり親しくなかったのでろくに話したことはなかったけど、予想以上にワガママに育てられているみたいだ。礼儀作法に厳しいカイルは怒っているのか、肩が震えている。



(すっかり忘れてたけど、カイルとアンジェラ王女は婚約してるのよね。でもこの様子じゃ、それもなにかの策略なのかもしれない。師匠に口封じの呪いを解いてもらったら、絶対にカイル本人に聞こう!)



 そう決意してまた耳を澄ますと、今度は聞き覚えのある男の人の声が聞こえてきた。



「アンジェラ王女。教会は主に寄付で成り立っている質素な団体です。王女様にはふさわしくない場所ではございますが、少しの辛抱ですよ」

「あら! ただ祈って物乞いをしているってこと? かわいそうな人たちねえ」



 今度は私が怒りで震える番だった。



(聖教会は祈ってるんじゃなくて、浄化してるの! 瘴気があったら集めて、国民が病気にならないように頑張ってるのに!)



 もちろんこの教会の人たちは、私のようにたくさんはできないし不完全な浄化らしい。でも司教様が各地に出向いて、コツコツと瘴気を見つけては取り除いているのだ。



(今なら林檎だって握りつぶせそう! 本当にこのワガママ王女、ムカムカする! それにこの男の人の声、誰だっけ……?)



 イライラしながらもその声の主を思い出そうとしていると、カイルが小声で答えてくれた。



「この声はエリックだ。アンジェラ王女の家庭教師をしているが、サクラは彼のことも覚えているか?」



(そうだった! たしか私が王宮に現れた時に、私のことを拷問しろって言った人だ!)



 私はコクコクとうなずくと、壁越しにいるであろうアンジェラ王女たちを睨んだ。それでも苛立つ私とは違い、司教様は穏やかな声で王女たちに対応している。師匠も一言も話さず、気配すら感じない。



 そして用意されたお茶に散々文句を言った頃、アンジェラ王女は本題に入った。



「それで、手紙にも書いたとおり、王宮に不法侵入した犯罪者の死体は見つかりましたの? わたくしあの女のことを考えると、怖くて眠れませんわ。しっかりとこの目で処刑が完了したか確認したいのです」



 一言一句私の心をイラつかせるけれど、なんとか堪えてじっと耳を澄ましている。すると司教様がまるで子供をなだめるように、ゆっくりと話し始めた。



「いいえ、この教会に誰かが死んだという報告もありませんし、犯罪者の行方もわかりませ――」

「それは嘘ですね」



 司教様の言葉にかぶせるように、エリックの声が聞こえてきた。彼の話し方は人を馬鹿にしてるように大げさだ。



「僕は王女の家庭教師ですが、魔術も少しわかるんですよ。ですから彼女の気配を感じることができる。さっきまでこの部屋に犯罪者である、あの女性がいたはずです」

「まあ! エリック! それは本当なの?」



(バレてる! どうすればいいの?)



 司教様はなにも答えない。するとその様子に確信をもったのか、エリックは私を匿った教会を責めるようなことを次々と言い始めた。



「聖教会は犯罪者集団」とか「教会を解体させたほうがいい」だの、聞いていられない罵詈雑言に思わず耳を塞ぎたくなったその時だった。



「しょうがないな〜。ねえ、伯父さん。ちょっとお披露目には早いけど、紹介しちゃおうよ!」



(し、師匠? 急にどうしたの?)



 突然、師匠の明るい声が部屋に響いた。それは聞いている人を巻き込んでしまうような勢いがあり、誰も反応できない。



「ではご紹介しましょう! 私たち聖教会が、先日召喚した聖女です!」



 そう言って師匠は、私たちが耳をそばだてている部屋の扉を一気に開けた。



(きゃあ! 転んじゃう!)



 急に開いた扉でバランスを崩し転びそうになったところを、カイルが素早い動きで抱きとめる。しかし勢いは止まらず、私はそのままカイルの胸にぶつかった。



「カ、カイル! なぜあなたが、ここにいるのよ! それにその女は犯罪者よ! 婚約者のわたくしがいる前で抱きつくなんて、恥知らずな女ね! 今すぐ離れなさい!」



 私たちが抱き合っているところを見て、アンジェラ王女は火が着いたように怒り出した。



 もちろん抱きついたのはわざとじゃない。顔から転びそうになったから、思わずカイルのシャツをつかんだだけだ。しかし王女のその言葉を聞いてもなお、カイルは私を離そうとしないどころか、さらに力を込めて抱きしめ始めた。



「彼女は教会が召喚した聖女です。処刑なんてもってのほか。陛下にもそうお伝えください!」



 きっぱりとカイルが王女に向かってそう言うと、彼女はダンと靴を鳴らして立ち上がり、私を指差した。



「カイル! 目を覚ましなさい! この女は王宮に侵入した犯罪者よ! 聖女はわたくしです。この女じゃないわ!」



 顔を真っ赤にし、ふうふうと息を荒げ叫ぶ姿は、とても王女とは思えない振る舞いだ。まるで子供が駄々をこねているようなその言動に、カイルは大きなため息を吐き、冷たい視線を送っている。



(でも私が聖女だと証明できないよね。王女がカイルの言葉で引き下がるとも思えないし、どうしたらいいの?)



 するとこの騒動の火付け役だった師匠のジャレドが、まるで舞台役者のように一礼をし、私と王女の前に割って入ってきた。



「これはこれは王女様、説明不足で申し訳ございません。こちらの聖女が王宮に突然現れたことは、聞いております。聖教会の手違いで召喚地点がずれてしまい、王宮に聖女サクラを転移させてしまったようなのです」



 あくまで私が王宮に出現したのは、教会の召喚のせいだと押し切るようだ。それでも王女はその言葉を信じるわけもなく、フンと鼻で笑った。



「なにを言っているのかしら? この女は聖女でもなんでもない、ただの犯罪者よ! だって聖魔力どころか、魔力もないのよ?」



(やっぱりそうなるよね……)



 何回も調べたけど、私には魔力の反応がなかった。それに師匠いわく呪われているから、魔力がないのだという。それなら呪いが解けていない私には、聖女だと証明することができないはず……。



 でももう後戻りはできそうにない。師匠もカイルも私が聖女だと宣言してしまった。そのうえ司教様が匿っていたこともバレている。



(どうしたらいいの?)



 チラリと横目で司教様を見ると、不思議なことにものすごく落ち着いていた。椅子にゆったりと座り、なにか手紙を読みながら、ことの成り行きを見守っている。



 師匠のジャレドも同じだ。私のあせる気持ちなど気づきもせず、余裕たっぷりの笑顔で王女に話しかけ始めた。



「いいえ、アンジェラ王女。彼女は聖魔力の持ち主ですよ。おお! ちょうどこちらに魔力検査板がございますから、王女様たちの前で調べてみましょうか」



 これじゃ、まるで一人芝居だ。身ぶり手ぶりも大げさで、王女たちをからかってるみたい。案の定、王女とエリックはジャレドをキッと睨みつけ、あざ笑い始めた。



「この女には魔力がないの! そんなに恥をかきたいだなんて、笑わせないでほしいわ!」

「ふん。これが国一番の魔術師だとは。魔力の有無すらもわからないなんて、嘆かわしい」



 しかしそんな罵倒も師匠は何も感じないらしい。眉一つ動かさず、かわりに極上の笑顔で私に手を差し伸べる。



「さあ、我らが聖女サクラ! こちらにその麗しい手を置いてください」



(師匠ったら、悪ノリしてる。本当にうまくいくのかな……)



 師匠の意図は全くわからないけど、従うしかない。私は差し出された魔力検査板を前にゴクリと喉を鳴らすと、ゆっくりと手を置いた。



(あ……! まさか……!)



 瞬く間に検査板からは虹色の光が浮かび上がり、部屋中に金色の粒が舞い始める。幻想的なその光景はまさに私が召喚された時と同じで、懐かしさに胸が締め付けられそうだった。



(魔力が戻ってる……?)



「おお! やはりあなたこそが、聖女様! この美しい虹色の光。まるで神が降臨したかのような――」

「ジャレド」

「まあ、そういうことです。王女様。彼女が聖女だということ、わかってもらえましたでしょうか?」



 いい加減にしろと言わんばかりの司教様の呼びかけに、師匠はあわてて口調を戻すと王女のほうを振り返った。



 するとガタンと椅子を乱暴に倒し、王女が叫びだす。



「そんなわけないわ! 魔術師ジャレド! あなた、この検査板に細工をしたのでしょう?」



 わなわなと震えながら師匠を睨みつけ、今にも飛びかかりそうなほど怒っている。しかしそんな鬼気迫る表情に動じることもなく、王女を見つめるジャレドの瞳は氷のように冷たくなっていく。



「おや? アンジェラ王女はこの検査板に、そのような不正ができる方法をご存じで?」

「わ、わたくしが知るわけないでしょう?」



 やはり彼女は子供だ。突然質問を返され目が泳ぎ始めた。するとその姿をかばうようにエリックが前に出てくる。王女と違ってまったく動揺はしておらず、堂々と師匠のほうに歩いていく。



「きっとその検査板には、人がふれると虹の光が出るよう細工してあったのでしょう。ジャレド氏があらかじめ魔法陣を仕込んでいたのなら簡単ですよね?」



 そう言ってエリックはせせら笑うと、王女のほうを振り返った。アンジェラ王女はホッとした顔で「エリックの言うとおりよ!」と叫んでいる。



(たしかに私たちが奥に隠れてから時間はあったから、検査板になにかすることはできたと思う。じゃあ、これはその場しのぎの策なのかな……)



 二人のやり取りに心臓がバクバクといっている。しかし師匠は挑戦的に睨みつけるエリックを見て、ニヤリと笑った。待ってましたと言わんばかりの表情に、目の前のエリックは気づかない。



「なら君がこの検査板にふれてみればいい。君の魔力の色は?」

「……青だが」

「さあ、どうぞ」



 検査板を差し出され、エリックは戸惑いながらも手を置いた。するとすぐに板は青く光を放ち、ジャレドは満足そうにほほ笑んだ。



「青ですね。では他の者でも試してみましょうか。ブルーノ! アメリ!」



 外で控えていた二人の魔力の色は緑と白。申告通りの色が光り、エリックは苦々しい顔でうつむいている。



「ほら、本物でしょう? 細工などするわけがない。エリックといったかな? 君が間違っていたようだね?」



 クスクスと笑うジャレドの言葉にも、エリックは何も答えない。ただギリッと歯を食いしばる音だけが、部屋に響いた。そんな黙り込む彼の横を通り、師匠はアンジェラ王女に検査板をスッと差し出した。



「さあ、アンジェラ王女。この検査板に手を置いて証明してください。あなたもサクラと同じ聖女だというのなら、先ほどのようにこの部屋が虹色の光で満たされるでしょう」

「――っ!」



 師匠はそう言うと、彼女を追い詰めるように一歩前に出た。



「わ……わたくしは……」



 王女の顔は青ざめ、何も言えずに黙っている。エリックも同じだ。屈辱にまみれた顔でジャレドを睨み、拳を握りしめていた。



「わ、わたくしは、もう王宮に帰らせていただくわ!」



 叫ぶようにそう言うと、王女は足早に扉に向かっていく。しかし王女が部屋を出ようと扉に手をかけた瞬間、今まで黙って様子を見ていた司教様が突然話し始めた。



「おお! それならちょうど良い! そろそろ迎えが来るころでしょうから」

「む、迎え……?」



 アンジェラ王女は意味がわからないといった様子だ。確認するようにエリックの顔を見ているけれど、彼も首を横に振っている。



 するとカチャリと扉が開き、一人の男性が入ってきた。



「おお、時間どおりですな!」



 司教様はニコニコと笑いながら立ち上がると、両手を広げその男性を歓迎した。反対にその人の顔を見た瞬間、アンジェラ王女は顔が真っ青になり、後ずさりし始める。



「ようこそ、アルフレッド殿下」



 部屋に入ってきたのは、まぎれもなくこの国の王太子である、アルフレッド殿下だった。

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