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14 天才魔術師ジャレドの帰還

 

「誰だおまえは! サイラから離れろ!」

「ん〜? あれ〜? カイルじゃないか? なにをそんなに怒って……うわ! 危ないな!」



 キンと音がして、カイルの剣が師匠の首元に当たる。しばし鋭い眼光で師匠を睨んでいたが、すぐに誰かわかったようだ。眉間にシワを寄せたまま、カイルは剣を鞘に戻した。



「ジャレド! いきなりどうしたんだ! もしかして転移してきたのか?」

「あ〜! 伯父さん! そこにいたの? 俺のぶんのランチはある?」

「ジャレド……」



 騒ぎにあわてて戻ってきた司教様が、師匠の相変わらずな態度に頭を抱えている。一年ぶりだというのに挨拶もなく、最初の言葉が「ランチある?」だもんね。ガックリくるのも無理はない。



 すると師匠は私のほうを見てにっこり笑うと、自分の胸に引き寄せ、ぎゅっと抱きしめた。



「久しぶりだね。サクラ!」

「――っ!」



(く、苦しい〜! それにしてもなんで師匠は私のことを覚えているの?)



 きつく私を抱きしめる師匠の胸元から顔を出し、大きく深呼吸をする。なぜ私のことを覚えているのか詳しく聞きたいけれど、ジェスチャーでどうやって伝えればいいの? しかしそんなことを悠長に考えている暇はなかったようだ。



「ジャレド! サイラから離れろ! 彼女はあなたの遊び相手ではない!」

「ん? サイラって誰のこと? それにその物騒なものしまってほしいんだけど?」



 再びカイルの剣が、師匠の首に当たっている。そっと隙間からカイルの顔を見上げると、ギシギシと音が聞こえるほど歯を食いしばり、凄みのある目つきで今にも師匠の首を掻き切ってしまいそうだった。



(や、やばすぎる! こんなカイルの顔、見たことない!)



 パンパンと大きな音をたて背中を叩くと、ようやく師匠は私の体を離してくれた。するとすぐさまカイルに腕を引っ張られ、今度は彼に抱きしめられる。師匠はその光景を不思議そうに見て、首をかしげている。



「え〜? 君たち恋人になったの? それとも結婚したとか? サクラ、人妻? なんだかそれも良い響きだな〜」

「な! なにを言っているんだ!」



(そういえばカイルと恋人になったのは、最後の旅だったから師匠は私たちが結婚の約束をしたこと知らないんだよね。まあ、今のカイルには記憶がないから、意味ないけど……)



 のらりくらりとした師匠の言葉に、カイルは顔を赤くして動揺している。それでも彼の言葉でよけいに私を抱く腕に力がこもり、離そうとしない。



 師匠は師匠で、カイルの言動に混乱しているようだ。頭に「?」マークが浮かんでそうな顔で、私とカイルを交互に見ている。



「はあ? じゃあ、俺がサクラを抱きしめてもいいじゃないか〜。弟子を抱きしめるのに、君の許可はいらないはずだけど?」

「で、弟子? さっきからなにを言ってるんだ!」



 噛み合わない二人の会話にどうしたものかと考えていると、背後から大きなため息が聞こえてきた。



「二人とも、いいかげんにしなさい!」



 カツカツと靴音を立て私たちの間に入ると、司教様は「お昼の前に状況を整理しましょう」と提案した。その言葉にカイルはうなずくが、師匠は「え〜お腹空いてるのに」と言って司教様に睨まれている。



(本当にこの人は……。でもこれで師匠が私を覚えている理由がわかりそう!)



 私は緩んだカイルの腕からサッと出ると、すぐさま椅子に座った。言葉が話せないなら態度で示さなくては。すると皆も椅子に座り始め(師匠は渋々だったけど)、司教様による師匠への尋問が始まった。



「それで? ジャレドは転移でここに戻ってきたみたいだが、なぜ彼女のことを知っているのだ?」

「はあ〜? 伯父さんどうしちゃったの……あ! もうボケちゃった?」

「ジャレド! 真面目に聞いているんだ!」

「いや、だから真面目なんだけど? だいたいなんで二人とも、サクラのことを知らないふりして、サイラって呼んでるの? そういう遊び?」



 師匠の返事に、カイルと司教様は顔を見合わせている。そしてすぐに二人とも私の顔を見て、ゴクリと喉を鳴らした。



「……もしかして、君の名前はジャレド氏の言うように『サクラ』というのか?」



 カイルが信じがたいといった表情で私を見ている。しかしそれが私の本名だ。私はコクリとうなずくと、師匠のほうを見た。



(師匠! お願いします! 私と過ごしたここでのこと、聖女として頑張ってきたこと二人に伝えてほしい!)



 念を込めるようにじっと見つめると、師匠は私やカイルたちを見回し「ふ〜ん」と言って腕を組み目を閉じる。そして「なるほどね〜」と、なにか気づいたような顔で目を開けると、二人に向き合い口を開いた。



「どういうことかわからないけど、二人ともサクラの記憶がなくなってるみたいだね」



(師匠〜! 私生活は乱れていても、やっぱり天才魔術師だわ! よくぞ見抜いてくれた!)



 しかし喜んでいる私とは違い、カイルと司教様はにわかには信じがたいといった様子だ。



「記憶がない……? そんなことあるわけ……サイラ! いや、サクラだったか。ジャレド氏が言っていることは本当なのか? 俺や司教様は君のことを忘れているのか?」



 カイルの声が震えている。その切ないほど胸をしめつける表情を前に、私はしばし返事もできず彼の少し潤んだ瞳を見つめていた。



 そして覚悟を決め、ゆっくりとうなずいた。



「――っ!」



 師匠の言葉を肯定する返事に、カイルはひどく傷ついた顔をしている。



(言葉が話せれば慰めてあげられるのに……。だってカイルは悪くないもん)



 するとその様子を見ていた司教様も、私に質問をし始めた。



「私もあなた、いえ、サクラさんを知っていたということでしょうか? この教会で働いていたのですか? それとも王都に住まわれている貴族令嬢なのでしょうか?」



 司教様ほどの地位なら、会える人は限られている。そのうえカイルやジャレドまでが覚えている人という前提なら、教会の職員か貴族だと考えたのだろう。



 しかしその問いかけに答えたのは私ではなく、師匠のジャレドだった。



「伯父さん、それはひどいな〜。その質問、サクラにとっては一番悲しいと思うよ?」

「なんだと? この質問が?」



 司教様の戸惑う姿を、師匠は苦笑いして見ている。



「そうそう。ずっと伯父さんのそばにいて、あんなに可愛がってあげてたのに〜」

「そ、そうなのですか? 私が……?」



 司教様の困惑した視線に思わず目をそらしてしまったけど、私はこの質問にもそっとうなずき肯定した。その返事に司教様は言葉をつまらせうつむいている。



(気まずい思いさせちゃってごめんなさい。でも二人は悪くないからね!)



 しかしそんな私の励ましが届くわけもなく、部屋はしんと静まり返ってしまう。するとやはり最初にこの雰囲気をものともせず話し始めたのは、ジャレドだった。



「まあまあ、二人とも! 聖魔力をもった二人の記憶がないってことは、なにか大変なことが起こってるってことだよ。そうだな。まずはサクラが何者なのか話そうか!」



 足を組み肘掛けに両手を置く様子はものすごく偉そうだけど、これで私のことがわかってもらえる!



(師匠、頑張って!)



 声が出せないから、師匠に頼るしかない! 私が期待を込めてジャレドを見つめていると、なぜか彼はニヤニヤと笑って落ち込む二人を見ていた。



(あ、駄目だ。この顔は師匠が復讐したい時の顔だ)



 真面目な二人によく怒られていた彼は、常日頃二人にやり返せないか考えている子供のような人だった。今の顔は「サクラ! あの二人への良い仕返しを思いついたぞ!」と言ってくる時とまったく同じだ。



(絶対に変なことを言うはず! 止めなきゃ!)



 しかし、なにか言う前に口をふさごうと思ったけど遅かった。師匠は大げさに足を組み替えると、カイルを見てフッと鼻で笑い口を開いた。



「サクラはね、僕の妻なんだ」



 私はすぐさま立ち上がり、師匠の頭をパシッと叩いた。聖女として一緒にいた時も、くだらないことをしたりサボっているとこうやってツッコミを入れていた。だから今回も無意識にやってしまい、気づいた時にはすでに遅かった。



(どうしよう! いつもの癖でやっちゃった!)



 誰も一言も話さないのでよけいに怖くて、後ろを振り向くことができない。叩かれた師匠はぷるぷると震え口を押さえている。そしてすぐに「もう、ダメ〜」と言うと、プッと吹き出した。



「あはは! やっぱりサクラだ! 嬉しいな〜! ね、見ただろう? この国で天才魔術師の俺にこんな態度をするのは、このサクラひとり!」



 そっと後ろを振り向くと、二人は唖然とした顔で私たちを見ている。師匠はそれがおかしいらしく、私の肩を抱き寄せ笑った。



「だってサクラは、僕たちが召喚した『聖女』なんだから」



 そう言うと、師匠は私の頬にチュッとキスをした。


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