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12 二人の男女にベッドがひとつ

 

「サイラ、どうしたん……だ! ち、違う! これは、この部屋しか空いてなかったからだ。もちろん俺は寝袋で寝るつもりだ。サイラがこのベッドを一人で使ってくれ!」



 顔を赤くしてじっとベッドを見つめていたので、すぐにカイルも気づいたみたいだ。この国で男女一緒に泊まるというのは、夫婦とみなされる。未婚の兄弟姉妹であっても一緒には泊まらないから、この部屋を用意されたのもうなずける。



(それでもお金を払ってくれて、なおかつ私は犯罪者なんだから、私が床で寝るべきじゃない? でもそんなこと騎士道精神をもっているカイルが許すわけないよね……。寝袋に寝るにしてもベッドの上で使ったほうがいいと思うんだけど)



 チラッとカイルの顔をのぞき込むと、さっきの私以上に赤くなっている。



(でも伝えるだけ、伝えてみよう!)



 私はまずベッドを指差し、次にお互いを指差してみた。



「ん? どうしたんだ?」



 そのあとに両手を重ね頬に当て、目を閉じて寝るジェスチャーをする。まだ続きがあったのだけど、その動作を見たカイルは驚いて、ブンブンと音がしそうなほど顔を横に振っていた。



「だ、駄目だ! 夫婦ではない男女が同衾(どうきん)するなど、もってのほかだろう。俺はいつも野営をしているから、心配しなくて大丈夫だ!」



(そうはいっても、カイルも目の下の隈がひどい。きっと寝不足なんだと思う。それに無実だとはいえ、不法侵入の罪に問われてる私がベッドで、助けてくれたカイルが床なんてさすがにできないよ……)



 私はカイルの腰にぶら下げている、財布代わりの袋を指差す。そして自分の顔を指差し、後ろ手に縛られたポーズをして、首を振った。



「それは……っ」



 そのジェスチャーにカイルをピクリと眉を動かし、一気に険しい顔になった。



「……もしかして、俺がここの支払いをしているから遠慮しているのか? さっきのは自分が犯罪者だから使えないということだろうか」



 うまく伝わったようだ。それでも私のカイルの体を心配する気持ちまでは伝わってないように思える。



(はあ……声が出ればいいのに)



 カイルもなにか考え込んで黙ってしまい、このままじゃ平行線だ。



(あ! もしかして寝袋をベッドで使ってほしいというのが、伝わってないのかも!)



 先に寝袋の話が出たからそれを前提にジェスチャーをしていたけど、カイルには「二人で一緒に寝ましょう」と誘っているように伝わっていそうだ。



(ふう。口で言えないのって、けっこう大変!)



 私はカイルの荷物から寝袋を取り出し、ベッドに置いた。そして、また一番最初にしたジェスチャーを繰り返す。



(この寝袋を私かあなたが、ベッドの上で使う。できれば私が寝袋を使って、カイルにはふかふかの毛布を使ってほしい)



「ん? 寝袋がどうしたんだ?」



 一生懸命身ぶり手ぶりで伝えたのだが、カイルはいまいちわからなかったみたいだ。しょうがないので、強引にカイルの手をひっぱり、ベッドに横になるよう指示をする。



「お、おい。俺は男だから」



 動揺していたカイルだったが、私がなにか伝えたがっているので、渋々ベッドに横になってくれた。そのままベッドに置いた寝袋に私が入ると、ようやく意味がわかったようだ。



「……そういうことか。寝袋を使うにしても、ベッドの上で使ってほしいということだな」



(よかった〜! やっとわかってくれた!)



 苦労のかいあって理解してくれたので、思わず笑顔になってしまう。寝袋から目だけ出してコクコクとうなずくと、カイルはククっと笑って「わかった」と呟き、私の髪をくしゃくしゃと撫でた。



(撫でられるのは嬉しいけど、これってケリーさんや子供たちに、よくしてたヤツだよね。はあ……やっぱり私って子供扱いだわ)



「じゃあ今夜は悪いが、俺もベッドの上で寝袋を使わせてもらう。サイラは今のうちに風呂に入るといい。俺の魔力でお湯を出しておくから、その間に夜ご飯を買ってきておこう。お湯は魔力なしでボタンを押せば止まるからな」



 そう言うとカイルはベッドから起き上がり、テキパキと女性用の石鹸やクリーム、それにふかふかのタオルと寝る時用の服を出してくれた。どうやらさっきのお店で、これも買ってくれていたみたいだ。



「君が着替えている時に女性に必要なものを買ったのだが、肌に合わなかったら言ってくれ。では行ってくる」



 気づけばもう夕方。窓からは綺麗な赤い夕日が見えて、なんだか不思議な気分になってくる。朝にはあんなことがあったのに、今はカイルと一緒にいるなんて……。



(とりあえずお風呂に入ろう。今日はけっこう疲れた……)



 モタモタしてたらカイルが帰ってきちゃう。私は急いでお風呂場に入ると、備え付けの鏡で自分の顔を見た。



「――っ!」



 驚きのあまり大声で叫びそうになるのを、あわてて両手で押さえる。久しぶりに見た自分の顔は、メイクが落ちてボロボロのギトギトだった。



(ぎゃあああ! 信じられない! メチャクチャひどい顔してる!)



 そのうえ髪の毛はバッサバサで埃だらけ。不幸中の幸いは、マスカラやアイラインがウォータープルーフだったことだろうか。



(私のズボラ精神が役に立ったわ。お湯で落とせる化粧品ばかり買ってたから、とりあえずメイク落としがなくても良さそう)



 それでもこんな顔をずっとカイルに晒していたなんて! 「私のこともう一度好きになってくれないかな?」なんて乙女なことを考えてる場合じゃないよ! 本当に恥ずかしい……!



(とりあえず洗って綺麗にしなきゃ! きっと匂いもひどかったはず……)



 落ち込みながらも急いでお風呂に入り必死で汚れを落とすと、すでにカイルは帰ってきていた。たくさんの美味しそうな食事と飲み物。それに追加で私の洋服とヘアブラシなど、身の回りの物までたくさん買ってくれたようだ。



(こんなにいっぱい。いいのかな……)



 チラリとカイルを見上げると、こんなにお金を使ったのにご機嫌だ。私が戸惑うのも想定内らしく「これは君を無断で崖から突き落とした償いだから」と言っている。



(カイルはむしろ助けてくれたのに……)



 でも難しいことは今の私には説明できないし、なにより受け取ったほうが彼の気持ちがラクになるのかもしれない。そう思った私はペコリとお辞儀をして、彼の思いやりの品を受け入れた。



「さ、食事も終わったし、明日も早い時間に出るから、もう寝ようか」



 心なしかカイルの声が震えているように思えるけど、気のせいだろう。お互い微妙な距離を保ちつつそろそろとベッドに入り、カイルは寝袋に入り、私は毛布をかぶった。



(緊張して眠れないかも……)



 私はバクバクと鳴る心臓の音を子守唄代わりに、ぎゅっと瞼を閉じる。すると次の瞬間、私はトントンと肩を叩かれた。



「よく眠れたか?」

「…………?」



 カイルが私をじっと見ながら「ぐっすり寝れたみたいで良かった」と言っている。その言葉にあわてて部屋を見渡すと、窓から明るい朝の光が入ってきていた。



(うそ! 私あれからすぐに寝ちゃったんだ!)



 カイルと同じベッドを使うことであんなにドキドキしていたのに、あっという間に寝てしまったみたいだ。緊張して眠れないかもと思った時から記憶がないし、もう朝になっている。



(もう! 本当に恥ずかしい!)



 私はペコリとお辞儀をすると、すぐに身支度を始めた。カイルはだいぶ前に起きていたようで、テーブルには朝ごはんが用意してある。もうこれ以上、迷惑をかけたくない私は、クスクス笑うカイルを横目にさっさと食べて宿をあとにした。



「ここからは馬で行こう。半刻ほどで教会には着くはずだ。馬は初めてか?」



 浄化の旅は荷物も多かったから、主に馬車で移動していた。それでも護衛の騎士たちは馬だったので、時々カイルに乗せてもらったことがある。



 私が馬の腰あたりをトントンとさわってうなずくと、カイルは「……そうか。誰かの後ろに乗ったことがあるんだな」と、なぜか暗い表情で呟いた。



(もしかして、馬に一人で乗れないと足手まといなのかも! そうだよね。あの時だって遊びでちょっと、乗らせてもらっただけだし……)



 申し訳ないなと思っていると、カイルは小声で「気にするなんて馬鹿だな」とわけのわからないことを呟き、私を馬に乗せてくれた。



 久しぶりの乗馬はものすごく怖かった。遊びでパカパカ乗せてもらった時とは、まったく違う。これはカイルも私の乗馬経験を気にするわけだ。



「サイラ! もっとしっかり俺につかまってくれ!」



 私はカイルに言われたとおり、彼の腰にしがみついた。小さく「よし!」と聞こえた気がするけど、それどころじゃない。



(お、お尻がいた〜い!)



 しっかりつかまっていても、スピードが早いのでお尻がバウンドして痛い。私があと少しでお尻の皮がむけそうだと心配し始めた頃、ようやく目的地に到着した。



「ほら、あそこが聖教会だ」

「…………」



 懐かしい景色に、胸の奥が苦しい。もうこの辺りの道は私がよく知っている場所で、この場にいるだけで切なくなってくる。遠くに見える教会の建物もなにひとつ変わっていない。



 私はまるで浄化の旅から帰ってきたような気持ちで、涙をこらえながらじっと見つめていた。すると教会の入り口からひょこっと人が出てきた。その人は驚いた様子で、また中に入っていく。



「……やはり知られていたか」

(え? なに?)

「いや、大丈夫だ。行こう」



 そのまま馬を走らせ教会の入り口で止めると、そこにはたくさんの人がずらりと待ち構えていた。私たちが現れると同時に中央にいる人だけを残して、皆ひざまずく。



「お待ちしておりました。カイル・ラドニー聖騎士」



(司教様……)



 たくさんの人を後ろに従えて立っているこの人こそ、私をオズマンド国に召喚した司教様だった。



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