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11 二人で過ごす部屋

 

「サイラ、ここは危ないから手をつなごう」



 あれからすぐにあの場所を離れ、ケーナという町に向かうことにした。それでも人目を避けて行くため、かなり遠回りするらしい。ということは必然的に舗装していない場所を歩いていくわけで、今の私は心の底からスニーカーを履いていて良かったと思っている。



「ケーナで馬を買うから、そこから教会まではラクになる。少しの辛抱だからな」



 カイルに手を引っ張られながら、濡れた苔が生えている岩場を歩いていく。気を抜くと絶対に転けそうなので、私の顔は真剣だ。それなのに、カイルはそんな私の顔を見て、クスクス笑っていた。



(もう、こっちは真面目にやってるのに!)



 きっと腰が引けてるから、不格好なのだろう。じっと睨むように見つめると、カイルは気まずそうに口を開いた。



「悪い。いつもの訓練と違う風景に、思わず笑ってしまった」



 なるほど。カイルと同じ騎士たちと比べられたら、こんなへっぴり腰は生まれたての子鹿がついてきているようなもの。



(マラソンしてたらヒヨコが一生懸命ついてきて、微笑ましく思う感じだろうか?)



 そうイメージするとたしかに私もニヤニヤしちゃいそう。そんなことを思っていると、後ろを振り返ったカイルがじっと私の靴を見ていた。



「それにしても、その靴は見たことがないな。女性が履くものでもないし。やっぱりサイラはこの国の者じゃなさそうだ」



 貴族じゃなくてもこの国の人は、スニーカーのような靴は履かない。靴紐や金具がついていないシンプルな革靴ばかりだから、やはり目立つようだ。



「申し訳ないが、ケーナに着いたら、服もこの国のものに替えたほうが良さそうだ。しばらく追っ手は来ないだろうが、目立つと足取りがつかめてしまうからな」



 もう苔で転びそうな場所は終わり、だいぶ歩きやすい場所になってきた。それでもカイルは私の手を離そうとせず、私も手を離すタイミングを見失っている。



「ケーナは旅の者が集まる場所だから、そこまで目立たないと思うが。サイラは顔立ちも違うから、覚えられやすいだろう。もうすぐ森を出るから、俺のマントを着ておいてほしい」



 そう言うとカイルは、バサリと私にマントをかぶせた。平均身長の私に、カイルのマントは大きすぎる。日本でいう「てるてる坊主」状態になった私だったが、やはり頭上から笑いをこらえる声が聞こえてきた。



「す、すまない! 決して馬鹿にしているわけじゃない」



 それでも私がじとっと睨むと、カイルはさっさと私の手をひっぱり、舗装されている道に向かっていく。



(はあ……これじゃあ、完璧に子ども扱いだよね。カイルを取り戻すにしても、また好きになってもらわないといけないのに、前途多難だ)



 そもそもカイルは私のどこを好きになってくれたんだろう? そういう甘い会話をする前に日本に戻っちゃったから、自分の良さをアピールしたくてもわかんないな。



(私は真面目で正義感が強くて、騎士としてかっこいいカイルをすぐに好きになっちゃったけど……)



 あの時の私って料理や身の回りのことは全部他人任せで、女性らしいところなんてなにひとつ見せてない。初対面では気が強いところ見せちゃったし、本当にカイルは私のどこを好きになってくれたの……?



 考えれば考えるほど、深みにハマって落ち込みそう。するとその様子を察したカイルが、心配そうにこっちを見ていた。



「今日は大変だったから疲れたな。でも大丈夫だ。ほら、あれがケーナの町だ」



 カイルが指差すほうを見ると、たしかに小さな町があった。賑わっている様子で、遠くからでも馬車や人が出入りしているのが見える。



「さあ、入ろうか」



 町に入ってみると、色とりどりの野菜やお肉を売っている市場になっていた。その後は工芸品やお土産屋さん。またいろんな国の人が商売をしているようで、私がこの国では見たことがなかった服や小物も売っていた。



(たしかにここなら、私は目立たないかも……)



 カイルのマントをすっぽりかぶりながらキョロキョロしていると、そのまま連れて行かれたのは洋服屋さんだ。



「すまないが、森で転んでしまったんだ。このくらいの背丈の女性の服を、靴まで一式揃えてくれないか? それとこの服とバッグも買おう」



 カイルはあくまで私の姿を見せたくないようで、うまい言い訳を作って私の服と自分の着替えを買っていた。その場で着替えさせてもらい、またマントをかぶせられる。



「これで見た目は大丈夫だろう。あとは今晩の宿だな。祭りの時期でもないから、すぐに見つかるはずだ。本当は野営も覚悟していたのだが、うまい具合にこの町近くに転移できて良かった」



(そうだった。教会には結界があるから、許可された者以外は直接転移はできないんだよね。許されてるのはジャレド師匠くらい?)



 その師匠だって遅刻魔だったから、司教様が渋々許可したくらいだ。許可されていない者が教会に転移しようと試みると弾かれてしまい、どこに転移するかわからない。



(成功して良かった。さすがに今日は寝不足だし疲れているから、ベッドで眠りたい)



 予想どおり宿は空いていたようで、すぐに案内してもらうことができた。宿の主人の案内を断り、そのまま二人で部屋に入っていく。



「もうマントは取っていいぞ」



 ぷは〜と大きく息を吐いてマントを脱ぎ、部屋の中を見回す。どうも日本にいた時の癖で、宿屋に着くと部屋を探検したくなる。



(小さい町だけど賑わってるからか、綺麗な宿だな〜。あ! 珍しい! ウェルカムフルーツがある!)



 そんな私を横目で見ながら、カイルは荷物を片付けている。すると私はある重要なことに気がついた。



(あれ……ベッドが一つしかない)



 聖女として旅に出ていた時も、こういった宿に皆で泊まったことはある。だから私も今回カイルが宿に泊まると言った時も、当たり前のように喜んでいた。



 でもその時の私はたいていお世話をしてくれるアメリさんと同室で、いわゆるベッドが二つのツインルームの宿。しかし今回の宿はどうやら、大きなベッドが一つだけだ。



 私はその目の前の光景にゴクリと喉を鳴らし、顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。


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