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009 安物のお弁当箱

 お昼休み。私はいつも通り、屋上に来ていた。

 ただ、今日は一人ご飯じゃなかった。天気の良い日は大体いると思われているのか、留年生の彼女も、学校に来ている時はこちらにも顔を出してくる。

「それだけで足りるの?」

「あなた程、身体動かしてないしね」

 普段からアルバイトで心身共に酷使している彼女と違い、私は結構のんびりとした日々を過ごしている。

 だから互いの基礎代謝量が違うのは分かるけど……単純な目分量でも二倍程差があるのが分かる。お腹回りは同じ位だというのに……

「あんたも鍛えればいいじゃない」

「目的もなく、鍛えるのはちょっと……」

 正直、自分でもびっくりする程、筋肉に対しての憧れはなかった。

 もう少し大きめの胸や引き締まったウエストなら欲しいとは思うけれども、鍛えたいと思う程ではなかった。というより、中学時代にハマった豊胸体操の効果がいまいちだったから、本気で取り組む気になれない。

 お腹回りなら、すぐどうにかできるのに……ちっ!

「でもあんた……将来どうするかは知らないけど、体力はつけといた方がいいわよ。本気で」

「う~ん……」

 彼女が言わんとしていることは分かる。前回本気を出した時も、結局最後は体力切れで後が面倒だったし。

 それに……いつお父さんの会社の面倒事に巻き込まれるか、分かったものじゃないからなぁ。

「ジョギング位はしとこうかな……」

「まあ何でもいいけど……」

 私の近くに腰掛けた彼女は、持ち込んできた弁当を広げつつ聞いてきた。

「……あんた、将来どうするの?」

「え? 将来?」

 将来、か……突然言われると、どうも口籠ってしまう。

「あんまり深く考えたことはない、かな?」

「父親の会社を継いだりとかは?」

「ははは……」

 思わず、乾いた笑いが零れてしまった。

 だって……

「……絶対にいや」

 それに関してはもう、答えは決まっている。

 元暴力団の警備会社なんてブラック通り越してデンジャラスな企業に勤めるとか、命が幾つあっても足りないっての。

 お父さん達もそんな気は一切ないみたいだし、わざわざ危険な橋を渡りたがる程の被虐性欲(マゾヒズム)も私は持ち合わせていない。滑り止めで一時的に就職する可能性は辛うじてあっても、周囲を無視して社長になるとかは最初から考えられなかった。

「あなたはどうなの? 将来は家業に関わっていくの?」

「多分ね。小規模すぎで社員も雇えないから、家族総出で働かないと収入得られないし」

 そう言って肩を竦める彼女を見て、いっそのこと畳んでバラバラに就職した方が収入なり職場環境なり改善されるんじゃないかと、思わず邪推してしまった。

 とはいえ……その辺りは言わぬが花、かな。

「言っとくけど、企業的な強みはあるのよ。コアすぎて取引先探すのに苦労するってだけで」

「……一体何の商売をしているの?」

「その辺りは説明が面倒臭(めんど)いから省略」

 なるほど、表立った業種じゃないのか。

 テレビでCMバンバン流している企業だけが社会を回しているわけじゃない。取引先や子会社に位置するものもあれば、個人経営で生計を立てる人達もいる。自営業に限らず、大半の会社は説明されても分からないことの方が多いのよね。

 そう考えると……この世に存在する会社の数は一体いくつになるのかな?

「真っ当だけど、社会的な印象(イメージ)が悪い、ってところ?」

「そういうこと」

 よくある話だ。お父さんの会社だって、死んだお爺ちゃんの人脈がなければ、営業すら満足できずに潰れていたかもしれない。元暴力団とはいえ、仁義を重んじる極道一家だったからこそ、『不必要な力』をかざさないように転身したことが周囲に評価され、どうにか生き残れたのだから。

「……うん、その気持ちはよく分かる」

「いや。多分、あんたには負ける」

 それは、えっと……まあ、たしかに。

 一歩間違えば、極道の女になっていたのよね。よく考えたら。

 着物を纏って、背中とかに刺青彫って、白鞘の日本刀(長ドス)担いで、教師になって喧嘩といじめの違いを教えて…………は、違うか。たしかドラマか何かの話だ。

「……裏でヤバい物とか、こっそり取引してないでしょうね?」

「さすがに……本物の短刀(ドス)拳銃(チャカ)には手を出してない。と、思う…………」

 警棒の類は普通だし、防弾ベストや防護盾(シールド)とかも身を守る為に必須。スタンガンはあるけど日本じゃ違法なテーザー(ガン)は購入していなかったと思うし、サバイバルゲーム用のエアガンだって基本的に訓練用で、仕事では使わない。というか使えない、はず、よね……そういえば、暴動鎮圧用のゴム弾と専用のショットガンも置いてあったけど、あれって合法なのかな?

「一応サバイバルゲームの他に、射撃訓練も一通りさせられたけど……本物の銃を撃てるように、とかじゃないわね」

「ふぅん……はむ」

 思わず、彼女の卵焼きに目を奪われてしまう。綺麗な厚焼きを見て、自分でも作れないかとつい考え込んでしまった。

「……じゃあなんで覚えさせられたの?」

 おっと、意識が飛びかけた。

「ただの護身の一環(保険)。『無駄になるなら、それに越したことはない』って言われた」

「それはたしかに」

 平和万歳、と諸手を挙げてから残りのご飯を掻き込む彼女を見て、私もお昼に用意したおにぎりを口に運んだ。

「あれ、手作り?」

「うん。初めて握ってみた」

 袋こそ使い回しだけど、中身はコンビニで買ったものじゃない。いつもより少し早めに起きて、レンジ炊きのお米と冷凍食品で細かい物を用いて、試しに握ってみたのだ。

 ちょっとした練習として。

「でもあんまり美味しくないのよね。ただご飯握っただけなのに……」

 少し強めに握ったにも拘らず、うまく固まらないので、仕方なくラップを残したままハムハムする羽目に。

 ご飯粒が零れそうで、食べ辛い……

「どれ?」

 彼女がワタシの握ったおにぎりを見てくる。

「もしかして……あんたそれ、どうやって炊いたの?」

「レンジ炊きのパックご飯。ちゃんとパッケージの説明通りに炊いたんだけ、ど……」

 うん、それは間違いない。料理下手特有の『独学』には絶対に手を出さなかった。それだけは褒めて欲しい。

「いや、普通に米買って、炊飯器で炊きなさいよ。パックだと物によっては纏まらないし、そもそも美味しくないでしょう?」

 ……まさか、それ以前の問題だったとは。

「何、家に炊飯器ないとか?」

「ううん、あるけど……」

 お米を買っても処理しきれません。なのでパックご飯に頼る毎日です。

 私はそう説明した。

「あの、ねえ……」

 何か知らないけど、呆れられたことは分かる。

「保存状態さえちゃんとしとけば長持ちするし、最近はお試しとか個人で買い易いように、小包装でも売っているでしょう」

 だから米買って炊飯器使え、と彼女に目で怒られてしまった。

 通販での購入も考えていたけど、ちょっと本気で検討した方がいいかもしれない。

「帰りにスーパー寄ろっかな……」

「一緒に洗剤(・・)買わないようにね」

「たしか買い置きがあったはずだから、だいじょ、」

 彼女の助言(アドバイス)の意味が理解できてつい、ジト目を向けてしまった。

 いくら料理経験が少なくても……洗剤でお米洗ったりとかしないもん。




 放課後。一度帰宅して、全ての準備を終えた私は、荷物を持っていつもの公園へと来ていた。目的の人物を見つけることはできたものの、向こうはベンチに腰掛けたまま、どこか苛立たし気に足踏みしている。

「何かあったの?」

 てっきり電話で叫んだ件かと思ったけど、どうやら違うらしかった。

「……昨日あの後、嫌な奴に会った」

「それは……ご愁傷様」

 人間関係が上手くいかないなんて、よくある話だ。

 人の数だけ違う考え方がある以上、相手によって相性の良し悪しがあるのは、仕方のないことだった。

「でも未だに機嫌を直さないって……割と粘着質?」

「根に持ち易いと言ってくれ」

「変わらないでしょう。もっとさっぱりとした生き方をすればいいのに……」

 ……あ、鼻で笑ってきた。ちょっとイラッときた。

「じゃなきゃ指名手配なんて喰らってねえよ。こうなる前に、他の同期達のようにさっさと転職してたわ」

 やっぱりこの男……本気で性格に難がある。

「昨日の電話で、変なこと言うから罰が当たったのよ」

「だったら的確過ぎだ。どんだけ暇だよ神様……」

 凄い罰当たりな発言をしている。明らかに不信心者だ

 この調子だと、どうせ気にしてないとは思うけど……もっと気をつけなきゃいけない目もあるって、気付いているのかな?

「……そういえば」

「ん?」

 ようやく貧乏揺すりを止めたタイミングで、彼は私に隣を示してから話し掛けてきた。

「昨日、電話で予定を聞いてきたけど……俺に何か、用でもあったのか?」

「あ、そうそう……」


 そして私は、昨日百均で購入したお弁当箱を鞄から取り出し、彼に差し出した。


(それにしても、百均って本当に色々あるのね……)

 百均で調理器具を物色していた時、偶然見つけたのが、今手に持っているお弁当箱だった。造りはちゃちなプラスチック製で保温機能なし、大きさも一般より一回りも小さかったけど……ちょっとした練習で作ったおにぎりを入れておくには、十分だった。

「はい。偶には温かいご飯でも食べたいでしょう」

 そして差し出したお弁当を、彼は素直に受け取った。手ぶらになった私は、そのまま隣に腰掛けて相手の顔を覗き込んだ。

 最初は喜ぶかと思っていたけど……彼の顔にはどこか、というか何故か、渋みが浮かんでいるように見える。

「……え、お米嫌いだった?」

 前にコンビニのおにぎりを求められて買ってきたことがあるから、別に嫌いじゃないと思ってこれにしたのに……後簡単だし。

「ああ、いや悪い。昨日も弁当の差し入れ貰ったから、つい……」

「それって……さっき言ってた『嫌な奴』?」

「……当たり」

 誰かは知らないけど、そこまで悪い人じゃない気がする。もし本当に嫌な人なら、差し入れなんてわざわざ用意するとは思えないし。

「まあ量はともかく、これとは雲泥の差だけどな。あっちはスーパーの割引弁当だし」

「『女子高生の手作り弁当』って付加価値だけでも、余裕で勝てるわね」

 たとえ中身がおにぎり三個だけで、中身も梅干しのやつしかないとしても、この無敵の付加価値がある限り、負けることはない!

 ……自分で言ってて思ったけど、何に勝ったんだろう? 私。

「まだ温かいな」

「それはまあ……炊き立てだしね」

 学校帰りにお米を買って来て、炊飯器にお米をセットして約一時間。

 その間に着替えて準備すれば、暗くならない内に出掛けられるという寸法だ。文芸(幽霊)部で通学時間が短いからこそできる芸当だ。いっそ無洗米とも考えたけど、せっかくだからわりといい銘柄を選んでいる。三合分とか小さいのも売られていたから簡単に持ち帰れたし、分量を量る手間も省けた。

 彼がお弁当の蓋を開けると、中にはラップで包まれたおにぎりが三個、三角の形で(我ながら)綺麗に並んでいた。

「上手いもんだな。練習したのか?」

「ちょっとね。最初はレンジ炊きのパックご飯で失敗したけど、炊飯器で普通に炊いたお米使ったら、簡単にできちゃった」

「そんなに違うもんかね……」

 彼は一つ取り出してからラップを剥がし、おにぎりを口に入れた。

「良い米使ってるな。ちと塩が効きすぎてるけど……美味い」

「ふぅん……」

 塩が(・・)効いて(・・・)いる(・・)、ねぇ……

「……何だよ?」

「ううん。随分贅沢な舌だなぁ、と思っただけ」

 膝上に肘を置き、頬杖を付きながら彼の顔を覗き込む。

 相手もそれをじっ、と見返してきているけど……やがて何かを諦めたかのように視線を外し、残りのおにぎりに手を付け始めていた。

 前々からちょっと、思うところはあった。いい機会だし、今度調べてみよっと。

 ……あ、そうだ。ついでに聞いてみよう。

「そういえば……あなたって料理できるの?」

「一応厨房バイト経験有り。短期間だったけど、辞める前に手早くできる出汁巻卵の作り方はマスターしたな」

「え? そんな方法あるの?」

 出汁巻卵って、卵を薄く焼きながら巻いていくから、難しいと思ってたのに……

「卵を薄く巻いていくんじゃなくてな、フライパンに全部注いでから巻くんだよ。どっちのやり方が美味いのかは知らないけど……ああ、そうだ。手早くできる方はたしか、オムレツの作り方に近いんだ」

「へぇ……オムレツかあ」

 包丁も使わないし、最初に練習するなら丁度いいかも。

「まあ最近ご無沙汰だから、『道具揃えてやってみせろ』って言われても無理だけどな」

「それって知らない人が聞いたら……『口だけ?』って思わない?」

「『感覚思い出すまでに二、三回焦がすかも』位は言い返す。『そういうお前はできるのか?』という反論込みでな」

 ああ、そうか。『自分はどうなのか』ってツッコまれた時のことを考えてなかった。

『人を馬鹿にしている人間が一番の馬鹿だ。一円の得にもならないどころか、敵作って大損扱く可能性まであるからな』

 って子供の頃に言ってたお父さんの言葉が、今ならちゃんと理解できる。

 いじめもそうだけど、相応の実力もないのに相手を見下すような人を見ていると、なんでそんなことをするのか、いつも疑問に思う。

 完全に時間の無駄なのにね。

「でも、そうか……あなたも料理できるのよね」

「半分以上、学校の家庭科知識と独学だけどな」

 それでも、できないよりはずっといいと思う。

 ……独学(・・)のところがちょっと不安だけど。味付け的な意味で。

「ところでアルバイトって、他には何をしてたの?」

「長く続いたのは、物流センターでの仕分け作業だな。他には……」

 ラップで包んでいたから、お弁当箱はあまり汚れていない。それでも彼は立ち上がって、前に私が使っていた水道で軽く洗い流してくれていた。

 その間、彼が今までどんなアルバイトをしていたのかについて話してくれたので、私は質問を交えながら、じっと耳を傾けていた。




 **********




 時間を少し戻し、昼休みのこと。屋上には生徒が一人がいた。

 その生徒が昼寝をしていると、姦しい話し声が聞こえてきて、思わず目を覚ましてしまう。昇降口の陰に隠れたまま少しだけ顔を出してみると、視線の先には女子生徒が二人いた。

 二人並んで腰掛け、食事を摂っているようだ。

 離れているので詳しい内容までは聞こえてこなかったが、この一言だけは、その生徒の耳にこびり付いていた。


『父親の会社を継いだりとかは?』


 ……という、言葉だけは。

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