表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/20

004 公衆トイレの怪(後編)

「アンパンに牛乳って、古い刑事ドラマの見過ぎだろう……」

「でもこういう時って、なんとなく食べたくならない?」

「忘れてないか、最近は冷え込んでいるってことを。ホットミルクってコンビニに売ってたっけ?」

 ……時間が掛かりそうなら、後でまたコンビニに行こう。いろんな意味で。

 しかし……公衆トイレがひらけた場所にあるからって、手近な雑木林の中しか隠れる場所がないのは辛すぎる。虫が多くなる夏じゃないのが唯一の救いだけど、正直一人でこんな暗い所になんて、隠れよう等とは思えなかった。

「時間的にはそろそろだが……今日は来ないのか?」

「他のホームレスの人達が来る可能性は?」

「今日聞いたことはすでに伝えてある。疑いを晴らす為に、また昨日と同じ公園に泊まってるよ。こっちにとっても死活問題だしな」

 千円位で買えそうな安い腕時計で時間を確認してから、彼は懐から拳銃を取り出した。

 ……って拳銃!?

「安心しろ、ただのおもちゃだ。逃げる時の牽制位には使えるからな」

「そんなもの買うお金、あるんだ……」

 趣味嗜好はともかく……そんなおもちゃ(もの)買っている場合かと、正直呆れてしまう。

「言っておくが、これを買ったのは指名手配喰らう前だからな」

 弾倉を抜き、ポケットから取り出したBB弾を一発ずつ装填していく彼。入れ終えると今度はスプレー缶みたいなものを取り出して、弾倉に注入し始めた。

「……もしかしてガスガン?」

「そう、十八禁のやつ」

 その割には妙にカラーリングの派手な銃だった。

 お父さんもこの手のおもちゃが好きだったけど、あっちはもっと本物に近い装いだったはずだ。

「コラボ商品、ってやつだ。おまけが欲しくて買ったんだよ」

「販売戦略に踊らされているわね……」

 すると、弾倉を戻した拳銃を自分ではなく私の方へと突き出してきた。銃口ではなく、銃把をこちらに向けた上で。

「……何?」

「一応持っとけ。護身用だ」

 そう言われてしまうと……一応は持っておいた方がいいのもしれない。

 銃を受け取った私はショートパンツのベルトに、無造作に差し入れた。

「安全装置位掛けとけよ……」

「薬室に弾込めてないじゃない」

 だから引き金を引いても、すぐに暴発することはない。というか、そう言う位なら、渡す前にその安全装置を掛けといて欲しかったな。

「ん? 詳しいな……」

「お父さんもこの手の玩具(おもちゃ)が好きなのよ。それに銃の出る本や映画とかを見ていると、自然とね」

 少し子供っぽかったけど、いいお父さんだったと思う。

 厳しくも、優しくもなかった。でも、一緒に暮らしていた時はただ私の話を聞き、黙って傍にいてくれる……そんな人だった。

 この前お母さんに聞いたら仕事が忙しいみたいだったけど、落ち着いたらまた会いに行こう。

「いい親父さんなのか?」

「思春期ぶつける必要がない程度には。ああでも、その頃にはもう別居してたから……実際はどうだろう?」

「ああ……聞いちゃまずかったか?」

 そういえば、まだ片親だってことは言ってなかったっけ?

「別にいいわよ。たしかに離婚して片親だけど、仲が悪くてそうしたわけじゃないの」

「……何かトラブルか?」

「多分、そんなところ」

 詳しいことは話してくれなかったけど、多分お父さんの仕事で、何か不都合でもあったんだろう。じゃなきゃ理由もなく、面倒な離婚なんてするわけがない。

 特に、お母さんがあっさり承諾するとは思えなかった。なのに慰謝料無しの円満離婚だっで聞くし……

 少なくとも私は、そう考えている。

「大人の事情なんて、子供の私には全然分からないけどね……」

「そうとも限らないんじゃないか?」

 彼はもう一丁取り出した、色違いのガスガンにも同様にBB弾とガスを装填しながら、そう言葉を漏らした。

「下手に知能がついて無駄に複雑化したことを言っていても、結局は何も知らない子供と大差ないよ。同じ人間だしな。じゃなきゃ、いちいち犯罪なんて……」

 言葉が途切れた。どうしたのかと彼の方を向くと、その視線は公衆トイレの方を向いている。

「来たぞ。若いカップル……ああ、オチが読めた」

 彼の言う通り、ここまで来ると私にも事情が分かってしまった。

 そして予想通り、若いカップルが入って十分もしない内に、公衆トイレからは奇声ならぬ嬌声が響き渡ってくる。

「傍迷惑な話だな、あいつら……ラブホにでも行けよ」

「あんなところでもできるものなの?」

「そういう()は、他の奴に聞かない方がいいぞ。下手すると『その手の行為に興味がある』って、勘違いされやすいからな」

 うわぁ……

「ついでに言っておくと、その辺弁えた変態か考えなしのアホしか公衆トイレ(あんな所)でヤろうなんて考えないよ。性病以外の病気や盗撮、果ては警察沙汰とリスクだらけだからな」

 ……ある意味、経験なし(処女)の内に聞けて良かったかもしれない。やる気はないけど、いざという時の理論武装に使えそうだし。

「しかし面倒だな……警察に通報してもいいが、あの手の人間は際限なく来るだろうし」

「適当に驚かせて幽霊の噂を流すのは?」

「アイデアとしては悪くないが却下。今度はオカルトマニアか肝試し好きが集まって来る可能性が出てくる」

 難しいものだと、私は眉をひそめた。

 人間、相手に好かれたり嫌われたりと自由にできればいいのに、そう簡単にはいかないものだ。

 ……まあ、そのおかげで彼と知り合えたのだから、不思議なものなんだけどね。

「さて、どうしたものか……」

 様子をうかがいながら考え込む彼には悪いけれど、今の私には意識を飛ばすので精一杯だった。

(うう……)

 未成年の経験なし(処女)にとって、声だけでも刺激が強すぎる。しかも普段、性欲が強い方じゃないから、この手の場面に対して不慣れ過ぎた。だからつい、身体が疼いてしまう。

 でも……この状態を彼に見せるわけにはいかない。襲われる襲われない以前に、普通に恥ずかしいし。

 なんとか別のことを考えて気を紛らわそうとしていると、ふと脳裏に、ある可能性が浮かんできた。

「……ねえ、ちょっと思ったんだけど」

「何だ?」

 振り返ってくる彼に、私は先程思い浮かんだことを伝えた。

「もしかしてあそこに仕掛けられていた監視カメラって、あのカップルが目的だったんじゃないの?」

「…………あ」

 その可能性に、彼も今気付いたようだ。

「そういやあいつら、広い多目的トイレじゃなくて普通に女子トイレに入って行ったな……」

「単なる覗き? それとも盗撮動画を売ったり弱みを握って脅したりする為に?」

「もしくは、それ全部かもな。ここ最近の奇声が嬌声だと気付いた誰かが、試しに仕掛けただけかもしれないけど」

 もしそれが近所の人間ならすぐ特定できるかもしれないが、偶々通りかかって気付いた誰かが出来心でやったとすれば、犯人を捜すのは難しいだろう。

 ……あれ? でも今回の目的は公衆トイレから聞こえてくる奇声を調べることだから、これで問題解決したってこと?

「なんか、見張る意味なくなっちゃったわね……」

「そうとも限らないぞ?」

 彼にそう言われて公衆トイレの方を向くと、そこへ近づいていく女性が一人。

 大学生でも通じそうな見かけだが、化粧の仕方がかなりこなれている。二十代半ばの社会人だろうか。

「多分仕掛けた犯人だな。見張るだけなのにいちいち化粧して余所行きの服を着ているから、近場の人間かどうかは分からないが」

「女性が隠しカメラを仕掛けていたってこと?」

「女子トイレに男が入ったら不審者確定だろうが。てっきり清掃中の看板でもでっち上げたのかと思っていたが……最初から女なら、仕掛けるのは簡単だったな」

 女子トイレを掃除していた人が何か言っているけれど、私は気にせず、彼女の様子をうかがった。

 私達とは別の茂みに隠れて、公衆トイレにカメラのレンズを向けて構えている。

 ……その様子を見ている時だった。

「にしても、あの女どこかで……やばっ!?」

「……っ!?」

 いきなり彼に口を塞がれてしまったのは。驚くもののしゃべれず、呻くことしかできない。一体どうしたのかと振り向こうとするが、その前に雑木林の奥へと引きずり込まれてしまった。

「静かに……気付かれないように離れるぞ」

 てっきり彼に襲われるのかと疑ったが別にそんなことはなく、ただ気配を殺して、この場から共に離れて行くだけだった。




 公園の端まで移動した後、彼はようやく、私の口から手を放した。

「ああ、危なかった……」

「一体何なの……?」

 不思議そうに首を傾げる私に、彼はその場にしゃがみ込んでから答えてきた。

「あの女……多分記者か探偵だ」

「え、なんで?」

 私からしたら、ただの野次馬のように思えたのだけど……彼には違って見えたらしい。

「あの女が持ってたカメラだよ」

「カメラ?」

 別に、普通のカメラのように思えたけれど……

「あれはアナログなフィルムカメラだ。今時そんなの使うのは愛好家(マニア)か、デジタルによる改ざんが不可能な証拠を残したい連中だけだ」

 そういえば昔、『改ざんが簡単なせいで、デジタルカメラの証拠能力は低い』って聞いたことがあるような……

「ということは、あのカップルって……」

「二人共若かったし……大方、芸能人かボンボンの子息令嬢とかだろう。まあ、俺はこれ以上関われないから知る由もないが」

「あ……」

 こうやって、普通に話していると忘れそうになってしまう。

 ……彼が指名手配犯である、ということを。

「ここに俺がいる、って証拠を撮られるとまずいし……奇声騒ぎがおさまるまで別の公園に避難してるか」

「おさまるの?」

 むしろ、警察が押し寄せて大騒ぎになってもおかしくない気がするけど……

「予想通りならな。記者ならゴシップ誌で騒ぎ立てられるし、探偵なら依頼人があの二人に証拠を突き付けてどうにかする。どう転んでも、あの連中は二度とこの公園に近寄れねえよ」

 まあなんにせよ、君子危うきに近寄らず。その予想通りならば、そのままにしておけば勝手に解決してくれるらしいし、しばらく放っておけばいいか。

「じゃあ送ってくか。お前もそろそろ、帰らないとまずいだろう」

「たしかに、もう遅いし……」

 しかしある意味では、面白い一日だったと思う。

 ……放課後はトイレの音聞かれかけたり、夜は夜で離れる際に襲われかけたりしたけど。

「……お前なんか、失礼なこと考えなかったか?」

「別に。今日のことを振り返ってただけ」

 ……うん、嘘は言っていない。

 かなり冷えてきたし、羽織っているカーディガンを深く着込んだ。厚手のタイツを穿いてきているとはいえ、この寒さは堪える。そろそろコートとかの防寒着を出した方がいいかもしれない。

「ほら、見えてきたぞ」

 いつのまにか、私の家があるマンションの近くまで来ていた。その少し手前で、彼は足を止める。

 これ以上はマンションのセキュリティに引っかかるかもしれない距離なので、彼は近付けないからだ。

「じゃ。身体冷やさない内に帰れよ」

「うん……いつ頃、あの公園に戻ってくるの?」

「一週間程様子見してから決めるさ」

 そして彼は、私に背を向けて去って行った。

「戻る時は電話する。お前もそれまでは、あまり近づかない方がいいぞ」

 ……そう言い残して。




「『またね』位、言えば良かったかな……」

 エレベーターの中、私はそう呟いていた。

 ってあれ? 何を考えて……そんなことを漏らしたのだろう。

 相手は指名手配犯のホームレスだ。それに変わりはない。だが、それ以上に……彼は私の友達だ。今のところ、一番身近な……

「……ま、いっか」

 彼は『戻る時は電話する』と言ってくれた。それが嘘だとしても、こちらには特に損害はない。警察に見つかって、約束を守れなくなる可能性の方がまだ高い位だ。

「しかしいつになるのか……」

 エレベーターを降り、玄関の鍵を開けて中に入る。

 早くお風呂、いやその前に……あ。

「そういえば……これ返すの忘れてた」

 靴を脱ぐ前に、ショートパンツのベルトに差したままになっていたガスガンを抜いて手に取った。じっと視線を落とすものの、いまさら私に対処の仕様がない。

「……机に仕舞っとこ」

 中の部品が痛むので、後で弾倉からBB弾とガスを抜かないといけないけれど、私は先にお風呂やその他の方を済ませることにした。




 …………ここで『その他』とは何かを妄想した人、今すぐ止めないと童貞の呪いに掛かる可能性があるから注意するように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ