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013 人を信じるのは難しい

 指名手配犯のはずなのに、一つの場所に留まっている。

 ……それだけでも十分、不自然な話だった。

 そもそも公園の管理人が、手配書を見る機会が皆無だという保証はどこにもない。ましてや警察が、不特定多数の人間が出入りする公共の場所の関係者に聞き込みをしないなんて……どんな事情があろうとも、まずあり得ない。

 それなのに、公園の定期清掃に関わっている時点で、『顔を隠す』という話に矛盾が生じてくる。

 だからずっと、彼の話には嘘が混じっていると予想はしていた。しかし何が嘘で、何が本当かまでは分からなかった。だから彼と会う度に観察(・・)していたし、気になることがある度に、裏でこっそりと調べていた。

 だから……かなり前から知っていた。




「……本当は、逃亡して一月もしない内に捕まっていたんでしょう?」

「まあ、な……」

 東屋に今日のデート相手を残し、彼といつものベンチに来ていた。向こうは向こうで、ご両親や親戚を呼び、あの小太りおじさんの対処に追われていることだろう。

 いつも通り並んで腰掛けているが、関係は少し変わってしまった。

 ……背けていた事実に、いいかげん向き合わないといけなかったから。

「数ヶ月前、出所した時に社長、お嬢の親父さんに偶々会ってな。そのまま勧誘(スカウト)されて、今は試用期間の臨時雇いだ」

「ふぅん……ガスガンとかの荷物はどうしていたの? 刑務所が預かってくれてたとか?」

「手持ち以外は実家の両親に感謝だな。代わりに家賃払ってくれてたから、ほとんど処分されずに済んだ」

 どうやら勘当はされなかったらしい。それは素直に良かったと思う。

 むしろ『お嬢』呼びになっている点の方が引っ掛かる。社員の人達からもそう呼ばれることは多いけど、暴力団の娘って気がして、微妙に嫌なんだけどなぁ……

「ということは、今までのお金って……」

「経費。多分、社長の財布(ポケットマネー)だろうな」

 たしかに……会社のお金じゃないとは、私も思う。

 身近に税務署職員(お母さん)がいる上に、警備会社の前身が暴力団なのだ。納税関係については、小口現金の管理にまで気を遣っているに違いない。

 脱税疑惑をなくし、最低でもその点ではクリーンな企業であると証明し続ける為に。

「まあ……あの援助交際(えんこう)グループを潰した時点で、なんとなくそうかな、とは思っていたけどね」

「それなんだが……」

 すると彼は、どこか不思議そうにこっちを見て、問い掛けてきた。

「お嬢、初めて会った時から距離感微妙に近かったよな。最初から社長の関係者だと、疑ってたのか?」

「まさか……」

 さすがに判断材料が少な過ぎた。むしろ常識外れの人達に逆恨みされて狙われる可能性の方を疑う。

 どっちの可能性が高いかなんて、考えるまでもない。自明の理、とかいうやつだ。

 それでも……お父さんと関わっているのだろうなと思った、明確な根拠はある。

「お父さんと同じ匂いがしたから……そうかな、とは思ったけどね」

「匂い?」

「そう、煙草の匂い」

 多分、彼を私に確実に近づける為に、傍にいて教えていたのだろう。どちらかというと、偶然装ってでもいいから、会ってって欲しかったけどね。

「お父さんの吸っている煙草と同じ匂い。あれ、普通のコンビニや自動販売機じゃ売っていない、海外の銘柄だから」

「たしかに……逃げ回っている奴が、そんな副流煙(けむり)を浴びているわけない、か」

 彼も納得したらしい。

 彼自身煙草を吸わない上に、めったに出回っていない銘柄の匂いを帯びていた。逃亡中の犯罪者が纏うには明らかに不自然だったから、私はすぐに気づけたのだ。

「たしかにあの時、近くに居たよ。制服洗っているのを見て、いじめに気付いて手を回していた。だから不自然にならないよう、後で俺も手伝ったよ」

「それで、目撃情報があったんだ……」

 そして今は、私の友達として公園に住んで……住んで?

「……ねえ、本当は今、どこに住んでいるの?」

「いや、公園に立てたテントだって。住んでるホームレス達と気が合ったって話は本当」

 私は一歩分、距離を開けた。いまさらだとは思うけど、そこは気分で。

「一応身体は洗ってるぞ? お嬢に見つからないよう、毎日近くの銭湯に通ってるしな」

「……洗濯物は?」

「頼んでた分、多少は土埃で汚していたけど、実際はもう洗ってあったやつなんだよ」

『というか……変なもの渡したら、俺が親父さん(社長)に殺される』

 なんとなくだけど、暗にそう言っているのかな、と思ってしまった。実際、別居前の頃、私に手を出そうとした元犯罪(出所)者をどこかへと送ったらしいし。

 あの世じゃないとは思うけど、多分その次にきつい場所に送られるんじゃないかなぁ……漁船の上とか。

「嘘だらけ……」

「そう言うなって。実際、そのおかげで俺は助かっているんだし」

 多分、というか絶対、生活面でのことに違いない。

 この世の中、元犯罪(出所)者の再就職程、難しいことはそうないのだから。

 しかしそうなると、気になることがある。

「ねえ、ずっと気になってたんだけど……」

「何だ?」

 他に何か分からないことがあるのか、と目で言ってくる。

 たしかに、大体は聞いたと思う。でもこれだけはまだだった。

「あなた……警察から逃げたとか、色々話してたわよね?」

「……ああ、いい、大体分かった」

 彼は手を振り、肩を竦める。

「要するに……何で捕まったか、だろう?」

 私は黙って頷いた。

 監視カメラに見つかって警察が駆け付けても逃げ切った、って出会った頃に言っていた。だから私も、彼が逃亡中の指名手配犯だということについては、最初のうちは疑っていなかった。それでも状況証拠が揃うにつれて、その話が嘘だと思うようになってきたけれど……そうなると、何故捕まったのかが分からない。

 単に警察の実力かとも思ったけれど、調べた限り『通報があって』逮捕されたとしか出てこなかったし……いったい彼に、何があったんだろう?

「何て説明したものか……」

 最初、彼はどう説明したものかと悩み出していたけど、そこまで込み入った事情があるのだろうか?

 ……あ、そうだ。

「じゃあ、誰が通報したか分かる?」

 先に通報した人間が分かっているなら、それを聞いた方が早い。もし推理小説とかなら完全にネタバレだけど、報告とかで要点を先に確認したい時は、結論から聞けば全てが分かる。

 そして彼は答えてくれた。


「…………元カノ」


 ……すごい渋々と。

「元カノ、って……前に話してた、自然消滅したっていう、あの?」

「そう。その元カノ」

 頭を抱える彼に、私はなんとなく背中を叩いてあげた。正直、なんの慰めにもならないと思うけどね。

「前に見かけた記者だか探偵だかの女がいただろ? 最初気付かなかったが……あいつだよ」

「あの女の人?」

「そう……あの女が警察に通報した上で、その記事を書いて出版社に売りやがった」

「うわぁ……」

 思わず声が出てしまうけど、これは仕方ないと思う。

 ……あれ、でも待って。

「でもその人が常識的だったとか、じゃないの? だって助けを求めに行ったのなら……」

「……元カノ(向こう)から俺に声を掛けてきたんだよ」

 そしてあっさり裏切られたわけ、か。

「自然消滅とはいえ、別れた相手をよく信用できたわね……」

「逃亡中で孤独を噛み締めていた時に……暖かい食事と寝床に釣られた」

 ……うん。私は絶対、犯罪に手を染めない。今決めた。

 とっくにそう決めてるけど、改めてってことで。

「やっぱり人間、真っ当に生きなきゃ」

「……パワハラ上司がこの世に存在しなけりゃ、最初からそうしていたよ」

 あとあなたの性格も矯正した方がいい、とは思ったけど口にしない。

 そこはお父さんに任せよう、うん。

「言いたいことはなんとなく分かるが……言っておくが、これでも模範囚だったんだぞ、俺」

 一頻り落ち込んでいたと思っていたら、いつの間にか顔を上げて、こっちを見て口を開いてきた。

 どうせ仮釈放でしょう? まだ刑期も残っているはずだし、何を偉そうに……

「あ……そうだ。思い出した」

 そんなことを思っていると、彼の声がワタシの思考を遮ってきた。

「……? 何?」

「社長から伝言預かってたんだよ。お嬢に『ばれた時は伝えてくれ』、って言われぐっ!?」

 力を入れる必要はない。ただ、立ち上がるだけでいい。

 ちょっと関節の向きに合わせて身体を引けば、腰掛けている人なんて簡単に吊るし上げられる。

「……そういうことは最初に言ってくれない?」

「それ意味ないから。後顔近いぞ」

 おっとと……

 胸倉を掴んだのはいいけど、詰め寄る必要はなかったわね。

 一先ず私は手を放し、また出さないように腕を組んで彼を見下ろした。

「……で、お父さんは何て言ってたの?」

「『このまま知らないフリを続けていてくれ。上手くいけばクリスマスまでに片付く』、だってさ」

 クリスマス……そっか。

 うん、今年は久し振りに楽しくなりそう。

「そう、それで……お父さんから事情とかは聞いていないの?」

「いや、詳しくは……ただ、特定の誰かを探しているみたいだったが」

 誰か(・・)、か。もしかして、その相手が離婚した理由なのかな?

「考え込んでいるみたいだが……いいのか?」

「え?」

「連れがこっちに来てるぞ」

 ……あ、忘れてた。

 どうやらあの叔父さんについては片付いたらしく、私が振り向くと同時に手を振って駆け寄ってきた。

「ごめんお待たせ」

「別に待ってないわよ?」

 ……何で落ち込んでるんだろう?

 彼も視界の端で、何故か空を見上げているし。

「それで、あの叔父さんの方はもう大丈夫なの?」

「ああ、うん……母さん達が連れてった。それで……」

「何?」

 何かを言い澱んでいるみたいだけど……

「少年、俺は外そうか?」

「いえ、大丈夫です。すみません……」

 一言だけ返すと、軽く息を吐いてから頭を下げてきた。

「今日は本当色々とごめん! それで……できればなんだけど…………」

「できれば、何?」

「このことは……世間的に伏せていただけると助かるのですが…………」

 ああ……そういうことか。

 どこまで影響するかは分からないけど、今回の件で退学とか面倒事になりかねない。学校に関しては特に何もないと思う。私の件について及び腰になっている前科もあるし。

 そもそも私と結婚して玉の輿に乗ろうと画策している時点で、普通にお説教ものだからなぁ……

「別にいいけど……ねえ」

「ん?」

 一応確認を取っておかないと。

 彼、というか……お父さん達に。

「お父さん達は、このこと……」

「あのおっさん次第だろう。どっちにしても向こうで話をつけると思うから、お嬢は関わらないでくれよな」

 それじゃあ、私から言うことは何もない。

「後はお父さん達が話をつけるから……」

「うん、分かった。それにしても……色々大変なんだな」

 その一言で済まないのが、私の人生なんだけどな……まあ、そんなこと彼に言ってもしょうがない、か。

「これに懲りたら……好きでもない相手と付き合おうなんて、もう考えないでよね」

「いや……実はわりと好みな方だった」

「そう? それはありがとう」

 さっき『地味女(ジミー)』って言われたけど気もするけど……まあブスとかじゃないから、一先ずよしと……


「これで後、もうちょい胸があれば良かったんだけどなぁ……」


 ……するのは止めた。

「ちょっとこっち来なさい……」

「え、何……?」

 口は禍のもとである。

 世の中、余計なことを言った人間から死んでいく。一言でも話すということは、それだけ周囲より目立ってしまうからだ。

「ちょっと見張ってて」

「あいよ」

「え? あの、何を……?」

 そういえばあの叔父さんを相手に相談した件について、『後でお仕置き』する予定だったのを思い出した。

 不穏な空気を纏う私にようやく気付いたのか、必死に腕を解いて逃げ出そうとしているが、もう遅い。

「少年、人生の先達から一つ助言(アドバイス)をしてやろう」

 彼が後ろで何かを言っているみたいだけど、今の私には耳に入ってこなかった。

 なにせ……


「女を本気で怒らせるな。ろくなことになりゃしねえぞ」


 これからこの……拗らせ童貞野郎をとっちめてやるのだから。




 そして休み明けのお昼休み。

「姐さん! バストアップに効く豆乳を買ってきましぶっ!?」

「『姐さん』言わない。後一言余計っ!」

 昨日のデート相手は、今日の舎弟となっていた。まあ、正確に言うと昨日じゃないけど。

「しかし面白いことになっているわね、あんた」

「面白がらないでよ、もう……」

 週初めということもあり、若干面倒だからと、今日のお昼は久々にコンビニのパンだった。

 屋上に向かう前に自動販売機に寄ろうとしたら、こいつが『買ってくる』というので任せたのだが、余計な一言付きで渡してきたのだ。

 余分に口を回さないと、生きていけないのだろうか?

「まったく……」

 宙に放られた豆乳を受け止め、中身を啜ってから、私は蹴飛ばされた後にその場で大の字になっている舎弟君に声を掛けた。

「というか、私『下っ端になれ』なんて、言ってないわよね?」

「いえいえいえいえ! 姐さんの強さに惚れ込みました。だから従っているんです。異性としての魅力は一切関係ない!」

「……正直な奴」

 隣で留年生の彼女が、呆れたように溜息を吐いている。

 というかまだ言うかこいつ。もう一回シメとこうかな?

「しかしあんた、ここ最近暴力的じゃない?」

「言わないで。こっちも気にしているんだから……」

 未だに事情は分からないけど、状況はどうも、佳境に入っているらしい。

 お父さんはこういう時、絶対に嘘は言わない。そもそも嘘自体、少なくとも私には、特に吐かれた記憶はなかった。まあ、幼少期はなんでもかんでも信じそうになるから、間違ったことを教えないように気を付けてたって、お母さんから聞いてたけどね。

 とはいえ、上手くいけば……私はお父さんに会える。直接会えるのは、何年振りになるのかな?

 だから何かあった時の為に、用心として多少は身体を動かすよう心掛けている。

 それに昨日は、押入の中から昔貰った物を引っ張り出そうと中を漁っていた。そのついでに部屋の掃除もしていたから、おかげで一日を潰してしまった。

 本当、疲れる休日だったな……

「それでも……必要だと思うから、備えないといけないのよ」

 私は、彼女とは反対側に置いておいたノートを持ち上げた。

「力も……期末試験の為の勉強も」

『あ』

 すっごい不安な声が二種類、私の耳に入ってきたけど……大丈夫、よね?

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