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012 観て、考察する

 まだ、お父さんと同居していた日のこと。

『ものの見方には、二種類ある。部分的に()るか、全体的に()るか、だ』

 その日お父さんは、三人の新入りを相手に、体術の指導を行っていた。

 会社の中にある板張りの道場。私はその隅に腰掛けて、お父さんの指導を眺めていた。

『大抵の人間は部分的にしかものを()ていない。そういう奴は騙されやすいし、喧嘩も弱いことが多い』

『……それは俺にも言っているのか?』

 お父さんの前に出てきたのは、新人の中でも一番ガタイがいい男だった。身長も高く、お父さんよりも頭一つ分飛び出ている。

『体格差によっては、力押しでどうにかなることもある。お前はその手合いだった(・・・)、ってだけだろう?』

『そういうことだ』

 ポキポキ、と指を鳴らして詰め寄っていく。どうやら力づくで、お父さんを従わせようとしているらしい。

『今度はうまくやってやる。俺が勝ったら、社長の座を譲りな』

 するとお父さんは溜息を一つ吐き、

『悪いが……そう簡単に譲れない(・・・・)んだよ(・・・)

 右手を持ち上げ、指を振って相手を挑発した。

『……この立場だけはな』

 当時の私はまだ小さかったはずだけど、この状況でも泣かなかったと覚えている。


 多分、もう結果が()えていたからだろう。


 突如、無言で放たれた突きを、お父さんは避けた。

『……しっ!』

『ごっ!?』

 そのまま近付き、相手の鳩尾に肘を叩き込む。

『…………ぁ、ぁ……』

 痛みに悶絶し、まともに呼吸できないのか声も擦れている。お父さんは目の前の男をゆっくりと床の上に転がし、仰向けに寝かせた。

『ちなみに……力だけならそいつの言う通り、俺が負けていた。だから攻撃(突き)を受けずに避けたんだよ』

 おお~、と感嘆の声が上がる。当時の私も、ただパチパチと手を叩いていた。

『体術に限らず、何事にも予兆というものがある。さっき見せた反撃(カウンター)もそうだが、少しでも普段と違うことがあれば、何かが起きる可能性が高いと思え』

 徐々に回復したのか、新人は仰向けからうつ伏せに体勢を変えた。お父さんもその傍にしゃがみ、背中を摩ってやっている。その間も、指導する口を止めることはない。

『普段から、物事を全体的に()る癖をつけろ。全てに対処できるとは限らないが、解決の手段を探す糸口にはなる』

 お父さんは新人が入ると、必ずこの指導を行う。

 警備員として、少しでも生存確率を上げる為だけじゃない。の中には、感情的になって視野が狭くなり、塀の向こうへと追いやられた者が多いからだ。

 入社した後も同じ轍を踏まぬよう、命だけでなく生き方も改善できるよう尽力する。それが上に立つ者(社長)の務めだから、とお父さんはいつも言っていた。

『後は直感でも経験則でもいいから、()たことを瞬時に考()して、対策をとれるようになれ』

 では訓練を始める。

 そうお父さんは言うと、新人の残り二人を道場の中心で向かい合わせた。

 お父さんは別に、武術とか格闘技を教えているわけじゃない。その手前の、何事にも共通する手段を最初に叩き込んでいるだけだった。

 自分で必要だと思えば、その時に学べばいい。お父さんはそういう考えの持ち主だからだ。

 実際、社員の中には生き残る為にと、休日に道場通いをしている人も多い。それ以外にも、自分を高めようと資格を取得しようとする人から、雇用条件を変えてでも、大学や専門学校に進学する人までいた。

 お父さんもそういう人達には、特に目的を持って学ぼうとしている人には積極的に、手当等で手厚く援助していた。逆に目標もなく、ただ流れるままに生きている人間は放置している。

 目的のない内は、何をやっても本気になれないから、と。

 でも……逆に目的があれば、人はどこまでも強くなれる。

『……お前もいつか、自分だけの目標を見つけろよ』

 そして私の頭を撫でながら、お父さんは隣に腰掛けてきた。


 新人に指導しながら……私に観察(・・)の仕方を教える為に。




 はっきり言って……援助交際(えんこう)の元凶達とやり合ってた方が、まだ骨があったかもしれない。

「が、ぐ……」

「もっと根性があるかと思っていたのに……」

 私の観察(・・)も、まだまだ甘かった。もうちょっと練習した方がいいかもしれない。

 このまま手早く止めを刺してもいいけど、そうすると多分、まだごね続けそうな気がする。

「ほらほら、口だけの童貞さん。私の処女(ヴァージン)、欲しくないの?」

「な、ろぉ……地味女(ジミー)のくせに」

 ……別に身体を安売りしているわけじゃない。

 デートしつつも相手を観察(・・)して、その結果私の方が圧倒的に強いと分かっているからこそ、彼に現実を教え込む為に喧嘩を売ったのだ。そもそも、確実に負けない勝負なんて、そんなものはただの作業でしかない。

 しかし……さすがは男子高校生。

(『喧嘩』と『性交(セックス)』だけで、ここまで簡単に釣れるとは思わなかった……)

 目の前でふらついている男子生徒に喧嘩を売った私は、その足で彼と共に、いつもの公園に来ていた。

 今のところ誰とも会わないまま、今は人気のない東屋の近くまで来て、そこに荷物を置く。身軽になった後で、私は暴言を吐いてきた童貞野郎と喧嘩を始めた、んだけど……

(本当に……口程にもない)

 相手が女だと思ってか、最初の内は私の胸とかを狙って掌を伸ばしてきたが、容赦なく指を握って振り払ってからは、本気になったのか拳を握るようになってきた。

 ただ、格闘技どころか喧嘩の経験もないのか、本当に拳を握って、腕を振り被ってくるだけだった。

 これじゃあこてこての動作が丸分かりの(テレフォン)パンチだ。多分私じゃなくても、簡単に捌けると思う。

 そして容赦なく反撃(カウンター)を連続で叩き込む……つもりだったけど、まさか足払いだけであっさりダメージ受けるとは思わなかった。

 私は非力な方だから容赦なく、威力のある肘や膝を叩き込もうと思っていたのに、とんだ誤算である。というか、攻撃のパターンが一つだけって……蹴手繰りとか、やってみたかったのに。

 ……ああ、そういうことか。

「さっきから足払いばっかり受けてるけど、母なる大地が好きなの? つまりマザコン?」

「なわけ! ある、か……っ」

 腰に手を当て、数度自身を叩いてから、徐々に顔を青褪めさせている。

 どうやらようやく気付いたらしい。

「探し物はこれ?」

「あっ!?」

 取り出したのは百均で売っているちゃちな、十徳にも満たないナイフ。彼の目の前で刃を出してみたけど、金属的な切れ味しか期待できそうにない。

 作業用としてならともかく……殺傷性ならカッターの方がまし、って位かな?

 むしろ作業用だからこそ、安全の為にあまり鋭くさせていないのかもしれない。何か仕込んでるな、とは思ってたけど……

「それともこっち?」

「って!?」

 刃を仕舞ったナイフを捨て、今度はおもちゃの拳銃を取り出した。

 自動拳銃型で、銃身を引く(スライドする)毎に一発、発砲できるものらしい。よくあるBB銃みたいだけど、機構自体は昔の銀玉鉄砲よりもかなり上等なものだった。

「ふんふん……」

 軽く手首を動かして、おもちゃの拳銃を観察(・・)してみた。

 仕組みは……普通のエアガンと大差はないみたい。弾倉を抜き、残弾を確認してから、銃に戻して銃身を引い(スライドし)た。

 狙うのは東屋の柱。両手で構えて狙いを定め、静かに引き金を引く。

「ふぅん……」

 軽い発砲音がした後、私は静かに銃口を降ろした。弾道は安定しているみたいだが、明らかに飛距離が足りていない。

 放たれたBB弾は的の前で、山なりに落ちていったからだ。

「威力はともかく、造りはかなり凝ってるのね……どこで買ったの?」

「……百均」

 普通のエアガンよりちゃちだと思っていたけど、これも百均で売っていたなんて……本当だったら逆にすごい。

 これって原価いくらなんだろう?

「あの、ねぇ……」

 ただ……今はその疑問よりも先に、言うべきことがある。

「中二病拗らせるのは勝手だけど、もうちょっとましなものもあったでしょう?」

 これじゃ、かえって逆効果にしかならない。

 実戦には不向き過ぎる上に、警察に見つかれば保護者に通報される可能性が高い。はっきり言って、本来の用途以外では邪魔にしかならない物ばかり。

 こんなものを嬉々として振り回している時点で、完全に世間知らずの子供だと吹聴しているようなものだ。

 もう……呆れるしかなかった。

「いくらハリボテを重ねても、中身がなければ何の意味もないわよ」

 前にスタンガンや特殊警棒(バトン)を掏り取って使ったのだって、昔使い方を教わっていたからに過ぎない。さらに言うと、元警官から警棒護身術も習っていたことがある。

 じゃなかったら、最初から奪おうとも思わなかった。その時はその時で、早々に他の手を考えていたと思う。

 適切な訓練もなく、ただの玩具(おもちゃ)を武器にできると考え、自分が強いと思い込むだけの相手なんて……

「だからあっさり負けたの」

 ……はっきり言って時間の無駄だ。

「そろそろ諦めたら?」

 地面に手を付いた状態で上半身を起こしたまま、未だに立ち上がろうとしない彼の横に立ち、そのまま腰を下ろした。膝頭に肘を載せ、溜息を吐きながら頬杖を付く。

 スカートだったらこんなこと、絶対にやらないけどね。

「こ、これだから令嬢ってやつは……」

 ……呆れた。まだ口が動くなんて。

「どうせ護身術(それ)も、金持ちの英才教育とかだろ……」

「まあ、ある意味ではそうだから否定しないけど……」

 そろそろ……遊びの時間は終わりだ。

「……元々は、自分の身を守る為に仕込まれたのよ」

 立ち上がり、右手を上着の内側に入れて、腰に差したガスガンの銃把を握る。


「警備会社の職業柄……常識外れの人達に逆恨みされることが多いから」


 特に今日は、(大して戦えるとも思えない)連れを巻き込んでしまっても対処できるように、準備に余念はなかった。おまけに、喧嘩自体は感情任せの行動だったけど……場所の選択を間違えた覚えはない。

「あ、あれ……?」

 変なおじさんが近付いてくる。

 見覚えのない、小太りの男だが……工事も何もない公園で鉄梃(バール)を握っているだけで、不審者と判断するには十分過ぎた。

「どこから情報が漏れたか知らないけど……多分、私を殺すか人質にして、お父さんに犯罪行為(嫌がらせ)するのが目的じゃない?」

 お母さん達が離婚したのも、それが理由だと私は思っている。詳しいことは知らないから何とも言えないけど、少なくとも別居して以降、いじめや巻き添え以外で襲われたことはない。

 ……いや、いじめや巻き添えも大概か。

「ちょっ、ちょっと待ってっ!」

 しかし意外なことに、彼は立ち上がると私とおじさんの間に割って入った。

「おっ、叔父さん! 何考えて……」

 それ、あなたが言う?

 いやそれよりも……

「……え、知り合い?」

「俺の叔父さん! 博打好きの麻薬常習者で借金持ちだから、親戚から縁切りされて今は工場に住み込みで働いているんだよ」

 …………、

「ねぇ……私とデートする話、あの叔父さんにした?」

「…………」

 ちょっと……ねえ、黙らないでよ。お願いだから。

「逆玉狙いの相談できる相手が、他にいなくてつい……」

「……後でお仕置き」

 そんなことを言い合っている間に、小太りおじさんは鉄梃(バール)の先端をこっちに向けて掲げてくる。

「金……、金…………」

「ねえ……なんか目が、イっちゃってるみたいなんだけど?」

「多分、麻薬(くすり)が完全に抜けきってないか、また買って使っちゃったのかも……」

 なんか、もう……彼を放って帰りたくなってきた。

「ええと、話通じるかな……」

 腰からガスガンを抜き、銃身を引い(スライドし)て銃口を向けた。

 すでに弾倉にはBB弾もガスも補充してある。ある確信(・・)を得てから、通販で買っておいたんだけど……まさか、こんなことに使う羽目になるなんて。

「近付いたら撃ちますから!」

 声を張り上げるなんてキャラじゃないけど、ついでに助けを呼べないかと思い、とりあえず叫んでみた。おまけに威嚇で、空に向けて撃ってみたけど、ガスガンの銃声だからか効果なし。

「…………」

「叔父さん! ねぇ叔父さんっ!」

 甥っ子の叫びも効果なし。仕方なく銃口を目の前の小太りおじさんに向け、引き金を引いた。

「ちょっ!? 当たったら、」

「ちゃんと狙いは外してるわよっ!」

 そもそもこの(ガスガン)、銃身が曲がっているのか、狙いが完全に逸れている。後で苦情を言わないと……

「というか……」

 向こうが動き出した。急がないと鉄梃(バール)を振りかぶってきそうで本気で危ない。


「……あなた(・・・)も早く仕事(・・)してよっ!」


 すると、雑木林の影から掃除道具(ラバーカップ)が飛んできた。小太りおじさんはそれを後頭部にもろに受けつつも、歩みを止めることはない。

 だから仕方ないとばかりに、()は歩み出てきて素早く近寄り、振りかぶったモップの柄でおじさんを叩き伏せた。

「動かないよな…良し」

 折れたモップの柄の先端で身体をつつかれていたけど、倒れているおじさんが再び動きだすことはなかった。でも念の為、鉄梃(バール)を蹴飛ばして遠くに離しておく。

「しかしこのおっさん、変なイかれ方してたな。いったいどんな麻薬(くすり)にハマってたんだか……」

「それよりも、」

 私はガスガンの持ち主に詰め寄り、銃把を向けて突き付けた。

「なんなのこのガスガンっ、全然整備してないでしょう!」

「え、あ~……すまん」

 足払いを避けるな後ろに飛ぶなっ!

 本、当に、この男は……性格に難がありすぎて、人格が破綻しているとしか思えない。ちょっと付き合い方、考え直そうかな……?

「あ、あの~……」

「……あ、そうだ。警察か親戚に連絡入れといて」

 このおじさん引き取って貰わないと。放置してたら今後どんな被害が出るか分かったものじゃない。

 まあ、それ以前に……もし先にお父さんの耳に入ったりしたら、いろんな意味で後が怖いし。

「……いや、それよりもっ!」

 そして今日のデート相手である彼は、いきなり出てきた三十代前半位の男を指差して叫んだ。

「この人誰っ!?」

 ……あ、そっか。初対面だっけ?

 この前は公園来る前に尾行撒いちゃったし。

(バラ)しちゃっても……いい?」

「答え合わせも兼ねて、いいんじゃね? ご自由に~」

 若干投げやりなお許しも貰ったので、私は彼を紹介した。

「この人、この公園に住んでいる友達で……」

 ……本当の(・・・)正体含めて。


「……今はお父さんの会社で働いている元犯罪(出所)者で、私の護衛(ボディーガード)

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