第74話 やばかった
「え、死の魔法……?」
「はい、レイはそれらしい魔法を掛けられた覚えはありませんか?」
今の僕は全快するはずの<完全回復>の魔法を何度も使っても回復しきれないほど衰弱していたらしい。
確か、昨日戦った敵は―――
『終焉を迎えよ――<死>』
――それらしい魔法を使用していた。
「……うん、詳細は分からないけど、そういう魔法を受けた気がする」
「やっぱりそうでしたか」
僕が受けたと思われる魔法は<即死魔法>
もしまともに受けてしまうと瞬く間に死に至る。
恐るべき魔法とされ禁呪扱いとなり、今は伝えるものが存在しない失伝魔法らしい。
「本来、その魔法を受けてしまうと心臓が破裂し、
そのまま死に至らしめるものなのですが、レイはそれに耐えきったようですね」
「僕が……」
「耐性があったのか…それかレイの意志力がそれほど強かったのか……。
きっと両方でしょうね。どちらにせよ無事で居てくれて嬉しかったです」
エミリアはそこまで言って一旦区切る。
「ただ、それでも即死魔法の傷跡が大きく、レイの心臓は今にも爆発寸前な状態でした。そこでベルフラウの<完全回復>を連発して、なんとか凌ぎぎれたということですね」
姉さんの回復魔法すら受け付けない。恐ろしい魔法だ。
「連発ってどれくらい?」
「えーっと、さっき使った分も含めると三十回弱くらいですね」
「さ、三十回!?」
それ、いくら姉さんでも無理な魔力じゃ……?
「ベルフラウが最初限界まで魔法力を使って、その後レベッカの<魔力共有>で私とレベッカの魔力をベルフラウと共有させて、更に<完全回復>を使いました」
おかげで私たち三人の魔力はほぼ枯渇しましたよ、とエミリアは笑いながら言った。
よく見るとエミリアはかなり疲労している。
「そ、そんな…三人とも昨日は平気そうに見えたのに……」
「レイを安心させるために普通に振る舞っていただけです。
部屋からすぐに出て行ったのはそれをレイに悟られたくなかったからですよ」
これ内緒ですよ?とエミリアは指を唇に立てて言った。
「そんなに迷惑を掛けていたなんて……」
僕がそう言うと、エミリアは顔を近づけて強く言った。
「迷惑だなんて!! ――レイが居なかったら私たち全員死んでました。
当たり前の事をしただけですよ。仮にそうでなくてもきっと同じ事をしたでしょう」
そのエミリアの言葉に僕はウルっときてしまった。
「な、泣かないで下さいよ……ほら、良い子ですから……」
エミリアはそう言いながら僕の頭を撫でた。
「でも、心臓の痛みが消えたのならもう大丈夫ですね。
上半身だけ動かせたならあと数日もすれば動けるようになるでしょう」
あの化け物はちゃんと倒せたのだろうか。
「エミリア、あの化け物は?」
「大丈夫です、レイはちゃんと倒しましたよ」
エミリアは優しく笑う。
「ジンガさんはここ二ヶ月ほど、
森の外に出ていなかったので気付かなかったようです」
「……そうなんだ」
結局、あの化け物は何だったのだろう。
「私も気になりますが、今は体を休めましょう」
エミリアはそのまま僕に近づき、抱きしめられた。
「え、エミリア……?」
「たまにはいいじゃないですか、
私も今回はレイが死ぬかもって思って泣きそうでしたし、これくらいは――」
そう言ってエミリアは照れながら僕にじゃれついて―――
姉さんとレベッカが部屋に入ってきた。
「「「「あ」」」」
◆
見なかったことにして姉さん達は部屋に入りなおした。
「こほん……レイくんお待たせー、ご飯食べられそう?」
「れ、レイさま、おはようございます……」
姉さんはトレイに乗せたお粥を持ってきてくれた。一緒に来たレベッカはモジモジしている。
「う、うん姉さん、うん大丈夫。それと………」
僕はレベッカを見る。そしてレベッカも僕を見て目が合ってしまった。
「お、おはよう……レベッカ」
「は、はい……お元気になられて良かったです」
「うん、ありがとう」
き、気まずい……突然キスされてしまって、どう接すればいいか分からない……。
というか見なかったことにされたけど、
さっきエミリアと密着してたことはどう思われたのだろうか。
そんな僕たちの様子を姉さんとエミリアは少し遠巻きに見ていた。
「(あの二人、何か様子変じゃないですか?)」ボソボソ
「(確かに……何かあったのかしら?)」ボソボソ
こっちまで聞こえてるんだけど……。
レベッカにキスされたけど、姉さんにだって頬とはいえ僕にキスしたのに平然としてる。
エミリアもさっきの抱擁なんて無かったかのように振る舞ってる。
「あの、レイさま? お粥をお口に運ばせていただきますね……」
「あ、うん! よ、よろしく……」
「そ、それでは、あーん……」
「あーん……」
レベッカに言われたまま口を開ける。2人とも見てるからめっちゃ恥ずかしい。
「あ、すいません、私たちも一旦退出しますね」
「レベッカちゃん、あとはよろしくねー」
二人はそのまま部屋を出て行ってしまった。
◆
そして時間を掛けてレベッカにお粥を食べさせてもらった後――
「ご馳走様でした」
「はい、無事に平らげられて良かったです」
姉さんの作ってくれたお粥も美味しかったけど、
レベッカが熱さを調整しながら優しく口に運んでくれたお陰で全部食べることが出来た。
「それで、レイさまの体調は如何でしょうか?」
「うん、胸の痛みは消えて、まだ歩けないけど大分良くなったよ」
「そうですか……それなら本当に安心ですね」
「うん、心配してくれてありがとう」
「いえ、私は当然のことをしたまでですから」
そこまで言って、僕たちの会話が途切れる。
そして思い出すのは昨日の出来事だった。
『あ、あの……これから数日、レイさまのお世話をするというのに、
こういうことをすると……その、もしかしたら顔を合わせづらいかと思いますが……』
レベッカにこう言われた後に、レベッカにキスをされた。
……あれってどういう意味なんだろう?
いや、その意味は分かってるけど……
「ねえ、レベッカ」「はい?」
「えっと……きのうのことなんだけど……」
「あっ、レイさま、私ちょっと用事を思い出したのでこれで失礼します!」
レベッカは慌ててベッドから離れようとする。
「待って!」
咄嵯に手を伸ばし、レベッカの手を掴んだ。
「レイさま!?」
レベッカの顔が真っ赤になっている。
「昨日のこと……なんだけど……」
「は、はい……」
レベッカの瞳には涙が溜まっていた。
「その……あれって、そういう意味なんだよね……?」
自分で言っててもよく分からない。
「……は、はい」
レベッカは目に涙を浮かべて、顔を赤らめている。昨日と同じだ。
「その……なんで……」
何で、そんなことをしたのか。と言おうと思ったが口に出なかった。以前からレベッカにそのような感情を抱かれてた気がしたから。でも、それが恋愛的な意味でなのかは分からなくて、聞くことが出来なかった。拒絶されるのが怖かった。
「……わ、私の気持ちを知って欲しくて……
勝手なことをして申し訳ありません……」
レベッカは俯いて言った。
「……ううん、気持ちはすごく嬉しかった」
そう聞くとレベッカは目を見開いて驚いていた。
レベッカだけではない、僕もレベッカに対してそういう想いはあった。
でも普段はレベッカを妹のように見ていて、兄として接していて、そんなこと言えるわけなかった。
(エミリアや、姉さんのことだってあるし……)
僕は三人の女の子に恋をしている。
異世界に来てからずっと支えてくれていて、姉代わりになってくれた女神様。
初めて会ってから歳が近くてずっと意識してた女の子のエミリア。
そして、兄として慕ってくれて……その裏でずっと僕は本当の気持ちを抑え込んでレベッカに接していた。
誰が好きかと言われたら三人ともと言ってしまう。
はっきり言って最低だと思うし、誰か一人に決めるなんて今の僕には出来ないと思う。
言えばレベッカに嫌われてしまうかもしれない。それでも――僕はレベッカにその事を伝えた。
「……私はレイさまのことを心の底からお慕いしています」
レベッカは僕の目を真っ直ぐに見つめて答えてくれた。
「私がゼロタウン行きの馬車で、貴方様とお会いしたときから、レイさまはお優しかった。
それ以降、私はどんどんレイさまに惹かれていました。そして―――」
そして、僕達がダンジョン地下五階で空に投げ出された時、レベッカを守ろうとしたとき――
「あの時、レイさまに恋をしていることを自覚したのです」
あの時――僕はもう自分が助からないと思って、せめてレベッカだけでも守ろうと夢中だった。その結果、エミリアや姉さんそれにレベッカは助かって、僕だけ重傷を負って目を覚まさなかったんだ。
今はこうして後遺症もなく元気になったけど……。
「レイ様」
レベッカは僕の目を見つめていった。
「うん」
「わたくしは、レイ様を愛しております」
「……ありがとう、嬉しいよ」
「レイさまも……私を、愛しておられるのですか?」
「うん、好きだよ」
はっきりと答える。嘘偽りのない本心を。
「ふふっ、レイさまったら……お顔が赤いですよ?」
「え? そ、そう……かな」
この状況で真っ赤にならない人間などいるのだろうか……。
「だけど……」
これは言わなければならない。今の僕には誰かに決めることは出来ないと。
「はい……わたくしにも分かっております」
……結局、僕の気持ちは三人全員にバレバレだったようだ。
ここまで気持ちが伝わっていて、三人とも普通に接してくれていたのだ。今思うと自分が情けない。
「ごめん、今まで兄みたいに振る舞って妹扱いしてきたのに……」
ふるふるとレベッカは首を振る。
「良いのです。そう望んだのはわたくし自身ですから」
それでも―――
「今は、今まで通り、兄と妹のような関係で構いません。―――ですが」
レベッカはそこで言葉を区切り、少し時間を置いて言った。
「もし、時が来て、わたくしを選んで頂けたのなら――
その時は、わたくしと共に故郷へ来てくださいますか――?」
レベッカの告白を受けて、僕は暫く考え込んだ後。
「―――うん」
そう返事をした。まだ結論は出ていないけれど、いつか必ず答えを出す。
だから、その日まで待っていて欲しい。
「……はい!」
レベッカは満面の笑みを浮かべる。
―――きっと、僕はいつか選択をすることになる。
その日が何時になるのか分からないけど、僕は―――




