第57話 地下六階その2
―――地下六階
大部屋を出て僕たちは更に先へ進む。
しかし部屋は中々見えてこず、分岐のある通路が妙に長い。
分岐する道の手前には姉さんが<植物操作>で成長させた種子を置いて、
迷わないように進んでいるが、通路で敵と遭遇することもあり攻略に時間が掛かった。
特に面倒だったのは数分歩かされてから行き止まりで、
しかも罠が設置されており、警報が鳴って敵を呼び寄せる仕掛けだった。
レベッカとエミリアが弓と魔法で近づく前に対処できるとはいえ無駄に消耗してしまう。
途中、いくつか小部屋を見掛けたのだが……
「うわ……アレ、何なの…?」
小部屋には変なモンスターが設置されていた。
黄色いぶよぶよとした姿だが長細い体をしており、
足の代わりに何本もの触手が生えている気味の悪いモンスターだった。
下の方だけ少し太くて複数の足の触手で動き回るようだ。
モンスターの奥には宝物らしき小箱が置かれているが…。
「……レイくん、私あの魔物苦手かも……」
「名前はよく分かりませんが…
触手で獲物を捕らえて丸呑みにして溶解液で溶かすっていう
ちょっとキモイ魔物だと思います、私も苦手…」
「申し訳ありません。レベッカは怖いので入りたくないです」
すっごい嫌そうだな…。
「でもエミリア、宝箱あるよ?」
「この場から<炎球>撃っても良いなら」
宝箱も燃え尽きそう。
「お姉ちゃん思うんだけどね。
あの魔物女の子が近づくと優先して襲ってきそうな気がするの」
「同感です」「レベッカは見たくないです」
「………」
僕達は何も見なかった。いいね?
暫く歩き回って少し大きめの豪華な装飾の扉に行きついた。
最初はようやく次の階層に行けるのかと思ったのだが、
宝珠も手に入ってないし、台座も見当たらない。
「お姉ちゃんいい加減疲れたんだけど、少し休みたいわ…」
「もし宝珠の取り忘れがあった場合、
あの化け物の部屋に取りに戻る羽目になりますね…
その場合は私はここで待っています」
「僕一人で行く羽目になるのは勘弁してほしい」
多分ボス部屋なのだろう。
そう思って僕は大きめの扉を開いた。
「…………」
中にはさっきのキモいモンスターのデカい奴が居た。
僕はそっと扉を閉めた。
「レイさま?どうしたのですか?」
「……ええっと」
レベッカはあのキモい魔物を一度も見ていない。
僕達の会話を聞いただけで顔を青いして拒否してたくらいだから、
実物を見たらショックで気を失ってしまいそうだ。
「ちょっと、ここで待っててね。
―――姉さん、エミリア、ちょっと向こうで相談しよう」
「???」
「レベッカ、扉の先は絶対覗かないようにね」
「あ、はい」
僕はレベッカに聞こえない小声で二人と話す。
「ヤバいよ、あの魔物がいる」
「えぇ…ミリク、趣味悪すぎないかしら…?」
「あの女神、昨日の覗きといい、変態趣味でもあるんでしょうか」
「覗きって、何の話?」
「あ…何でもないです、忘れてください…」
「そ、そう…?」
ミリクさんの評価が散々なのは置いとくとして、
「レベッカにあの卑猥な魔物を見せたくないんだ」
「過保護過ぎませんかね…」
純粋なレベッカにあれを見せるのは許容できない。
万一あの卑猥な魔物にレベッカが捕まってしまったらと思うと――
「レイ、エッチなこと考えてません?」
「ぜ、全然!そんなこと考えないから!」
兄として心配してるだけだし!卑猥なこと考えるわけないから!
「でもね、レベッカちゃん抜きで戦うとなると……」
「レベッカに見せないように、魔物の様子を見てみましょうか…」
そう言ってエミリアとベルフラウは部屋の扉を開けて様子を見に行こうとしたのだが…
「こわっ!あの魔物、見てたら急に触手伸ばして襲って来たんですが!」
「えー、僕の時はそんなことなかったんだけど…」
エミリアは咄嗟に扉を閉めて襲われずに済んだみたいだ。
あいつの目は何処にも無かったから分からないけど、こっちが見ても特に反応が無かった。
「やっぱり女の子を優先的に襲うってことなのかしら…」
「変態過ぎますね、あの魔物……いや、あの駄女神」
本人の知らないところでどんどん評価が下がっていく。
しかし、そう考えると余計レベッカに見せられない。
万一にでもレベッカが襲われてトラウマにでもなったら可哀想だ。
「私も割とトラウマになりそうだったんですが…」
「でも、それだといつものエミリアちゃんがトドメってのは難しそうね…」
真っ先にエミリア狙われたら上級魔法詠唱どころではないだろう。
「レイもあいつを見たんですよね?」
「うん、その時は向こうは無反応だったよ……」
男は大丈夫ってことなんだろうか。
「なるほど…なら、いい方法ありますよ!」
「え?本当!?」
エミリアが妙案とばかりにそのアイデアを言った。
「ええ、それはですね…」
それから…
「<魔力共有>」
レベッカの魔法が僕と姉さんに掛かった。
本来はミリクが使用した魔法なのだがレベッカも何故か使えるようになったらしい。
姉さんが言うには、
『レベッカちゃんの来ている装束がミリクの一端の力を借りているから』だそうだ。
理屈はよく分からないが、レベッカの来ている服は一部権能を借りた能力が扱えるらしい。
『空間転移』はその筆頭で、『重圧』『魔力共有』も同様。
「これでベルフラウさまとレイさまは魔法力を共有出来るようになりました」
「ありがとう、レベッカ!じゃあちょっと行ってくるよ!」
「え!? おに、レイさま!?」
「大丈夫、心配しないで!一撃で終わらせるから!」
僕は意気込んで一人で扉の先へ向かって、よく分からない化け物と対峙した。
レベッカが後を追ってこないように姉さんとエミリアが押し止めている。
小部屋に居た魔物よりも倍くらいの大きさだ。
エミリアは見た瞬間に反応されたと言っていたが入った瞬間だけで、
それ以降は特に反応らしい反応も無かった。
この部屋なら炎魔法も使えるだろう。
見た目的に炎系の攻撃が通りそうだし遠慮せずに使おう。
「しかし、本当に動かないな……」
僕は慎重に近づいていくと、急に体がぐるりと動き、触手が反応した。
「うぉっ!」
急に伸びてきた触手を僕は咄嗟に躱して後ろに下がって距離を取る。
すると、今度はじわじわと迫ってくるようになった。
「でも…」
(エミリアの時は物凄い速度で迫ってきたらしいんだけど…)
敵にやる気が無いんだろうか。
こうなるとエミリアの案は意外と正解だったのかもしれない。
少し前の会話で、
「レイ一人で戦うのがおそらくベストだと思います」
「いやいやいや、無茶過ぎるって…!」
「しかし、レイは反応が鈍くて私だと超反応したわけです。
仮に私とレイで戦おうとした場合、魔物は私を集中的に狙ってきてかなり苦戦するのでは?」
確かにエミリアを守ろうとしてもあの巨体と触手相手は難しい。
簡単に守り切れないだろうし、固まればまとまって捕獲される恐れもある。
とはいえ、一人というのは…。
「エミリアちゃん、言いたいことは分かるけど…」
「それでも僕一人ってのは…」
本音を言うと僕もあの魔物と対峙するのは嫌だ。
「大丈夫です、いざとなれば助けますし…一撃で決めればいいんですよ」
エミリアは僕の剣を指さして言った。
今回の勝負は文字通り一撃で決める。
エミリアが言うにはこいつは触手で敵を捕らえて口に放り込んで溶かすらしい。
つまり捕まった時点でアウト、元々長期戦は難しい。
僕は『魔力喰いの剣』を鞘から抜いて魔力を込める。
「っ……と!」
僕が剣を抜くとさっきまで緩慢だった動きが活発化し始めた。
僕は突然伸ばしてくる触手に気を付けながら敵の周囲を動き回り魔力を溜め続ける。
剣の刃先が魔力を取り込んで紫色になり更に魔力を込め続けると青色に変わった。
ここまで魔力を込めると通常だと僕は負担が大きくて難しいのだが、
今は姉さんと魔法力を共有しており、自身の限界以上に魔力を引き出せるようになっている。
「よし、行くぞ!」
僕は奴に向かって走りながら魔法の詠唱を開始する。
「<中級火炎魔法>」
詠唱するだけでまだ発動はせず、当てるタイミングを見極める。
敵はさっきより動きが早くなっている。
触手を何度も伸ばしてくるが、その直後を狙う。
「っ―――!」
今だ!僕は伸ばされた触手をギリギリで躱して敵に接近する。
「剣技―――っ!」
剣を当てると同時にさっきの魔法も発動させようとする。
しかし、攻撃しようと思った瞬間に別の触手が僕の胴体に巻き付いてしまう。
「や、やばっ!」
このままだと僕は捕食されてしまう!
(巻き付いた触手を斬れば―――――)
しかし、それをしてしまうとせっかく使った魔力を無駄にしてしまう。
そう思ったが――
「レイ!<炎球>!!」
「レイくん!<魔法の矢>!!」
扉が開く音と同時に姉さんとエミリアの魔法が魔物に飛んでいく。
化け物は急な襲撃に対応できず無防備に魔法を食らってしまう。
「レイ、無事ですか!<初級風魔法>」
エミリアの魔法で僕の胴体に巻き付いていた触手が切断され僕は自由になった。
「助かった!でも―――」
魔物の意識が完全にエミリア達に向かっている。
このままだとエミリア達が襲われてしまう。
しかし、もう一人のお陰でそうはならなかった。
「<重 圧>」
駆け付けてくれたのはエミリアと姉さんだけでなくレベッカもだった。
レベッカの重力魔法で重力を十数倍にされた魔物は動くことすらままならない。
その威力は以前よりも更に増しているように思えた。
「お兄様――わたくしはこの程度でトラウマになったりなどしません!」
「うっ……」
自分の気持ちを見透かされていたようで恥ずかしくなった。
どうやら僕が勝手に威勢を張って暴走してしまったらしい。
「さあ、今のうちに!お兄様!」
レベッカの魔法で動けなくなった敵に目掛けて、僕は剣を振りかぶる。
「<剣技・炎魔法Ⅱ>!!!」
攻撃が当たると同時に魔法を発動。
爆炎と同時に敵の体が両断され、敵は燃え尽きて完全に消滅した。
敵を倒すと魔石と複数の宝箱が出現した。
宝箱の中身は『Ⅵ』の宝珠と、古びた魔導書、それと弓だった。
「――全くもう、レイさまは無茶するんですから!」
僕は戦闘の後、レベッカに説教されていた。
さっきまで『お兄様』だったのに元の『レイさま』に戻ってしまっている。
「レイさま、わたくしはそれほどか弱いと思ったのですか?」
「ううん、そんなことは―――」
レベッカと数ヶ月過ごしたがレベッカは自分よりもよほど頼りになる。
ただ―――
「レイさま、わたくしを妹のように大事にしてくださるのは嬉しく思います。
ですが、それ以上にわたくし達は寝食を共にする仲間ではありませんか」
「―――うん」
「ですから、わたくしに何でも仰ってください。
例え大事に想われていても、このようにのけ者にされては傷つきます…」
「うん、もうしません――ごめんなさい」
「はい、今度からそうしてくださいませ!――フフッ」
レベッカはそれまで少し怒っていたが、最後は微笑んでくれた。
レベッカを大事に思って過保護にしてるのは確かだったけど、
僕はレベッカに対しては兄としてカッコよく見せたいという気持ちがあった。
―――もしかしたら、兄として、以上にだったかもだけど……。
「ドンマイです、レイ」
「うふふ、今回はレイくん怒られてばっかだね」
二人に励まされてしまった。
「レイも男の子ですからね。
大好きな女の子にカッコつけたいという気持ちがあるんでしょう。
よしよし……」
「エミリアちゃんがそれ言うんだ……よしよし…」
「ごめん、十分反省したから勘弁して………」
二人に揃って頭を撫でられてしまった。
レベッカにも見られて笑われてるし……恥ずかしすぎる。
その後、僕達は宝珠を嵌めて地下七階へと向かった。
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