第1話 異世界転生
気が付いたら僕は脇目も振らずに走っていた。
何のことは無い、少し両親と言い合いになっただけの話。
よくある話だと思う。
学校で虐められて、登校拒否をして引きこもって、両親はそれでも学校に通わせようとしたから僕と喧嘩になって……。
味方なんて何処にも居ないと、僕はそう思ってしまったのだ。
だから、泣きながら家を飛び出してしまった。
本当に馬鹿だと思う。
周囲を確かめずに走り回って、
に気が付けばそこは道路の真ん中で、
僕を呼び止める通行人の声すら耳に入っていなくて、
けたたましい自動車のクラクションの音でようやく気付いた。
でも、もう遅かった。
目の前には既に猛スピードで迫りくる自動車の姿があった。
◆
「ここは一体……」
ふと、目が醒めて周りを見ると見たことも無いような場所だった。
窓の無い密室だった。
目の前にある小さな机の左右に蝋燭が立っている。
それ以外に灯りはない。
それなのに部屋全体は暗いとは感じなかった。壁がほんのり発光しておりこの明るさなら小説を読むくらいなら支障はないだろうと思う。
自分は今椅子に座っている。
向かいはやや大きめのソファー。人が向かい合わせになって談話するような配置だ。
他には、部屋の隅っこには小さな本棚も置かれている。
壁には最新型の薄型テレビが掛けられていた。
他が質素な割に、このテレビだけ無駄にお金が掛かってそう。
「僕は、一体……?」
思い返してみようとする。
だけど、この部屋に入ったことなど全く覚えていない。
「そもそも、僕はそれまで何をしていた?」
確か、僕は不登校が理由で親と喧嘩して、そのまま家を出て……。
家を出て…それから?……その後に僕は、確か交差点で信号が赤になっているのに、それに気付かずに自動車に……。
「――っ!! この記憶は……」
自身の記憶がフラッシュバックする。そうだ、僕は―――
『思い出しましたか?』
「――え?」
誰も居ないと思っていた部屋に、突然自分以外の声が聞こえた。
目の前を見ると、見知らぬ女性がソファーに座っていた。
『はじめまして、桜井鈴さん』
「は、はじめまして……」
この人は、僕を知っているようだけど、僕は彼女の事を知らない。
銀髪で目が青色なところを見ると日本人じゃないと思う。
髪は長くて腰辺りまであり、見た目は修道女のような服装だけど少し違う。ペンダントを掛けているようで、胸の辺りにベルを模ったと思われる飾りが垂れ下がっている。
体格は小柄だけど僕よりも少し高い。
ちなみに僕の身長は最後に測った時は158cm。
平均より大分低い。
20代前半の女性といった感じだろうか。
控えめに見てもかなり綺麗な人だと思う。
温厚で優しそうな雰囲気がする。
あと、胸が大きい。
「(お母さんと同じくらいかな?)」
……って、自分の母親と胸の大きさ比較してどうする。
それにしても、銀髪か。
ちょっと自分の髪の色に似てる気がする。
僕は他の人より髪の色素が薄いみたいで、彼女と似た髪色だった。
でも、目の色は普通の人と同じ黒だから変な目で見られていた。
「(それにしても、なんか声が遠い?)」
目の前にいる女性の姿はすぐ近くにいるはずなのに、
どこか遠くから聞こえているような感じがする。
現実感が無い、と言い換えるべきだろうか?
もしかして、これは死に際の夢とか?
神様が最後に、綺麗な女性の夢を見せてくれた、とか?
それなら僕としては両親に会わせてほしかった。
「あの、ごめんなさい。ここは一体どこなんでしょうか……?」
この人の事も気になるが、この奇妙な部屋の事も気になる。
扉もないし窓もない。全体的に薄暗いけど、部屋は明るいというよく分からない空間。外から音も全く聞こえない。
『――ここは転生の間と呼ばれる場所です』
転生の間……? 転……生?
『はい、桜井鈴さん。
貴方は不幸にも事故に遭ってしまい、命を落としてしまったのです』
薄々気が付いていたとはいえ、すぐに受け入れることは出来なかった。
「命を落としたって、僕が?」
『はい、残念ながら……』
――自動車に轢かれたのは、やっぱり夢じゃないんだね。
「……それじゃあ、貴女は?」
『私はベルフラウと申します。新米ですが、女神という事になりますね』
女性は柔和な笑いを浮かべた。
僕を安心させるように、穏やかな物腰だ。
それにしても、女神様……?
本当に……? 確かに、普通とちょっと違う気はするけど。
『まぁ私は、神様を名乗れるほど偉いわけではないんですけど』
ちょっと照れた表情をする目の前の女性は、美しいというよりは可愛いという言葉が似合う。
神話とかで見掛ける傲慢な神様とは印象が全然違う。
そういう意味で、彼女の言う通り神様っぽくはないかもしれない。
『話が逸れましたね。女神である私の仕事は死者への橋渡しです。
―――今、貴方には二つの選択肢がある。長い時間を掛けて輪廻転生を待つか、それともすぐに新たな世界で生を受けることを望むか』
なにそれ?
『本来はすぐに転生、という事は滅多に出来ないのですが、
今回は事情がありまして、私の元に送られてきた方々のうち一人をとある世界に転生させることが出来るんです』
「事情?」
『世界の危機だかなんとかって話です。
実は私も上の人に言われただけで、あまりよく分からないんですよね。
転生者を集めてるのはそれが理由らしいのですが』
「えぇ……?」
神様なのに詳しく事情知らないの……?
『付け加えるのであれば、別の国という話ではありません。
新たな世界というのは、貴方たちの言葉で言い換えるなら、<異世界>という事になります。
すぐ信じてくれないとは思いますが、地球とは異なる場所です』
「は、はぁ……」
現実味の無い話だと思う。
『――深く語ることは出来ませんが……というか私がよく知らないだけなんですが、凶暴化した生物、知性を持った異形など、貴方が元々いた世界とは違う点が多々あります。独自の文化や技術もあり、当然文明レベルも異なります』
情報量が多すぎて唖然としてしまったけど、異世界に転生ってこと?
それって小説でよくある異世界転生と完全に同じもの?
興味はある。
でも、それよりも戻れるのであれば元の世界へ戻りたかった。
「その、……元居た世界に戻ることは出来ないのですか?」
両親に会いに行って素直に謝りたい。
異世界も楽しそうであるけど、馴染めないと後々辛いことになる。
何より僕が今、一番会いたいのは両親の二人なのだ。
二人とも、きっと僕の心配しているだろう。
でも、女神さまの複雑な表情を見て察してしまった。
『―――ごめんなさい。それは出来ないルールなのです。
地球と異世界は転生のルールが異なるのです。地球は輪廻転生という長い時間を掛けた末に魂を浄化し、新たな命として生まれ変わります。
元の世界に帰りたいなら、今の貴方としてではなく、別の人間として戻ることになってしまいます。当然、あなたの両親に会ったとしても、あなただと分からないでしょう』
ああ、やっぱり。
ごめん、お父さん……それにお母さん。
もしかしたらと思ったけど、家に帰ることは出来ないみたいだ。
『………家族想いな方なのですね。……知ってたけど』
「え?」
今の女神さまの言葉は、今までとちょっと雰囲気が違った。
今までは事務的な話し方だったのに、急に緊張が解けたような……。
話し方が、急に柔らかくなった気がする。
「そんなことありません。不登校でしたし、すごく迷惑を掛けてしまって」
むしろ親不孝者だと思う。
そんなことを考えていたら、女神さまが僕の目の前へ来て……。
『……よしよし』
「………???」
女神さまに頭を撫でられてしまった。
「あ、あの……女神様?」
『良い子ですね……よしよし。貴方の両親にこれから幸福が訪れるように私が神様にお願いします。安心してくださいね』
そう言ってくれると気持ちが楽になる。
だけど、なんというか距離感が異様に近い。
さっきまでとは全然対応が違うような気がするのだけど、
特に何も切っ掛けとか無かったよね?
「あ、ありがとうございます……。
その、恥ずかしいので、今は離れてもらっていいですか?」
流石にちょっと恥ずかしい。
それにしても、ここまで僕に馴れ馴れしい態度を取るって事は、もしかして知り合い……な、わけないよね。だって女神様だもん。地上で会うわけないし。
『―――そうですね。ごめんなさい。
それで、どうしますか? もし異世界に転生するのであれば、
私が手厚くサポートさせていただきます』
唐突にまた事務的な態度に戻った。
今の僕の言い方、ちょっときつかったのかもしれない。
「興味はありますけど、僕なんか行っても役に立たないんじゃ……」
身長低いし力もないし、アニメとかで見る大きな魔物とかと戦えるとは思えない。なんならその辺の雑魚モンスターにボコボコにされて死ぬ気がしてならない。
『そんなことはありません!
仮にも女神である私もサポートさせてもらいますし、
会話とかも出来るようにちゃんと転生時に付けさせてもらいますから!』
「え!?あ、はい」
急に言葉遣いが変わった。どういうわけか必死さも感じる。
僕を異世界に転生させたがってるようにも思える。
「め、女神さまが言うなら……
そこまで言ってくれるのなら行きたい、かな?」
興味自体はあるし、第二の人生と考えたら悪くない。
女神さまの剣幕に押されて言わされた感もあるけど、現世に帰れない以上、この提案は僕にとってそんなに悪いものじゃないだろう。そう思わせるのは、目の前の彼女の人柄だ。
そして、彼女は僕の返事を『待ってました』と、言わんばかりにすっごい嬉しそうな笑顔を浮かべて、張り切って言った。
『分かりました! では早速準備しますね!!』
と言って女神さまは元の位置へ戻り、手を掲げる。
どことなく神々しい……。
いや、言うほど神々しいとは思えないけど……。
『この苗木は転生を望む人へ送るものです、手に取ってください』
言われた通り、僕は光る苗木を手に取る。
暖かい…それにまるで心臓のように鼓動している。そんなことを思っていると、苗木が独りでに動き始めて僕の体に入り込んできた。
「うわっ……って、あれ? 体の中に」
『もう大丈夫ですよ。もう苗木は貴方の中に居ますからね、うふふ』
すっごく嬉しそうだなこの人。
でも苗木が僕の体の中にと言われてもさっぱり分からない。
『鼓動を感じますか? 貴方の中に再び命が宿ったことを』
「え? ……あ」
言われてようやく気付く。
今まで僕の心臓は確かに動いてなかった。
そしてこの瞬間に動き出したのだ。
体の中に入った苗木が僕の心臓の代わりになったということだろう。
それに、身体も今までよりも動くようになった。
『貴方は、再び生を受けることが出来ました。これより貴方が転生する世界は地球とは異なる場所です。……これは、私が貴方に贈るプレゼントです、受け取ってくださいね』
女神さまは、自分の首に掛けていたペンダントを外し、
そのペンダントを僕の首に掛けてくれた。
それは良いのだけど……。
さっきから頭撫でてくるし、そのせいで胸が顔に当たりそう。
めちゃくちゃ距離感も近くなってるし。
『あと、この鞄も持っていってくださいね。
色々入れてありますし、鞄に入る大きさのものならいくらでも入る便利なモノですよ!』
「あ、はい、ありがとうございます」
『お弁当も入ってますから向こうに行ったら食べてください! いえ、食べさせます!!!』
「いやお母さんじゃないんだから……」
『普通の人が異世界に行くのは過酷ですが、そのペンダントには私の力が込められています、きっとあなたの助けになるはずです!! 頑張りました!!!
―――そして、私も一緒に……うふふふふふ』
最後の(´∀`*)ウフフみたいな笑い方はなに?
『えいっ!』
女神さまは唐突に僕に抱き着いてきた。
「ちょっ!? 女神さま!?」
そのまま濃密にハグされて、彼女の体重が僕に圧しかかる。
『あ、ごめんなさいね、私も癒しが欲しくて』
「そう、ですか……」
『女神さまでも色々あるんですよ、人を好きになったりもするんです』
「な、なるほど……、一度離れてもらっていいですか?」
そんなことを話してたら僕の体が光始めて、体が軽くなっていく。
転生というか、なんなら天国へ連れていかれそうな気分だ。
そして、どんどん僕の意識が薄れていって――
そして、最後に女神さまの声がはっきり聞こえてきた。
『それでは、いってらっしゃい、桜井鈴さん』
『大変な世界ですけど、貴方が思う良い人生を送ってくださいね――』
最後に、そんな声が聞こえた気がする。
◆
「……ここは?」
女神さまと別れてからどれだけの時間が経ったのだろう。
まるで夢を見てたかのように目を覚ました。
周りを見渡してみると、何の建物も見つからない草原だった。
自分は本当に異世界に来たようだ。
「大変な世界かぁ……」
確かに家もないし、女神様に何か貰ったけど、
それでも元の世界と比較して苦労しないわけがない。
さて、どうしようか……と、僕は頭を悩ませる。
そしてまずは現状把握と思い、周囲をよく見渡す。
と、そこには―――
「…………ん?」
今、僕の目線の先に動く何かがいたような……?
「って!!」
よく見たら、その姿は、さっきまで話していた女神さまだ!?
彼女は、僕と目が合うとすごく嬉しそうな表情を浮かべた。
「女神さま、何でここに!?」
僕は何があったのか、問い詰めようとする。
さっきの話だと、転生するのは僕一人だと聞いていた。
まさかの、女神様同伴だなんて話は聞いていない。
すると、彼女は一転して、表情をキリッとさせて言った。
「ご、ごめんなさい……。
抱き着いたまま転移させたら、私も一緒に転移しちゃったみたいで」
何故か、女神様は棒読みだった。
こうして女神さまとの異世界生活が始まった。
これ、本当にどうなるんだろうか……。
初めまして、ノノノと申します。
私の初作品を読んでいただきありがとうございます。
拙い文章ではありますが、暫くの間は毎日投稿の予定なのでお付き合い頂けると僕が喜びます。
※2022年11/16
色々目に余る部分があったので、少し文章を変えました。
自分の成長? を確認するため、あと自分への戒めのために、カクヨムの方は以前と同じ状態で残しておきます。興味がある方は、あっちの方と比較してみてください。