夢のきかい
あなたにとってこれはハッピー? それともホラー?
夢の詰まったクリスマスプレゼント──、どうぞお楽しみください。
シンシンと──
雪が、降り積もる。
白いヴェールでふわりと覆い隠すかのように。
新たな春の到来を待ちわびるかのように。
シンシンと──。
シンシンと──。
──おめでとう。
まだ誰も足跡をつけたことのない、とびきりのホワイトクリスマスをあなたに。
「あー! 恨めしい! そうは思わない? 七美ちゃん!」
私の友だち、七美ちゃんは所謂霊感体質というやつ。
今日はクリスマス。
恋人たちが謳歌している中、私と七美ちゃんは冷えと熱気とイルミネーションに包まれた街を歩く。
「急にどうしたの?」
過日、クリスマスプレゼントに何が欲しいと聞いた際、ちょっと考えてから、結局特にないと答えた七美ちゃん。
そんな淋しいことは言わせんとクリスマスに街へと連れ出したはいいものの、さてさて、七美ちゃんの欲しいもの見つかるかな~?
「いつも思うんだけど、頭の中で思ったことをパパッと文字や記号に起こしてくれる機械の発明まだかな」
「まだでしょ。必要な人もある程度手段確立してて、需要ありそうな層でそういう開発資金にお金出せ……出しそうな人少なそうだもの。絶対まだまだ」
「そんな淡々と否定しないでよ! 私のこの日々溢れる文才のみならず音楽の才能が勿体ないと思わない?」
「自信を持つのはいいことだよね」
「ああっ。記憶しておけないこのアンバランスな脳が恨めしい! タイピングが間に合わない遅きに失する手が憎い! これが天才の苦悩!」
「うん。天才とバカは紙一重っていうか、この場合ただの自信過剰なバカだよね」
「……七美ちゃん。結構言うね」
「いうて、自分の自己意識も相当だと思わへん?」
何故に関西弁と思いつつ、ムムムと顧みる。
「すみません調子乗りました」
テヘペロとすれば、クスクス笑う七美ちゃんたち。
「しっかし、ホント誰か開発してくれないものかね。正直ノーベル賞ものだと私は思うよ」
「そんないいものでもないと思うけど。何なら試してみる?」
「ふぇ?」
暫し七美ちゃんが隣の花子ちゃん──周囲の人には見えていない──とゴニョゴニョしたかと思うと、花子ちゃんが取り出した花柄模様の可愛らしい手鏡から、髪の長い透けた姿の誰かが出て来た。
「こちら、覚型アンドロイドの悟察篠トーリくん」
「ネーミングセンス酷くない!? なんとなくわかるけど!」
「元々は変換予想の上位互換として売り出される予定だったんだけど、ボカ〇に席巻されてお払い箱になったプログラムと引きこもりの覚が出逢って意気投合しちゃったらしくてね。そのまま統合しちゃったみたいなのよ。因みに名前はプログラム時代のものね」
「いや、そのまま統合って軽く言っていいものなの? あと覚の自意識ひっく!」
「とりあえず、彼なら曰くノーベル賞ものの働きをしてくれるよ。私からのクリスマスプレゼントってことで一つ」
「オンオフの切り替えが不可能でってオチはないよね?」
「私が親友にそんな乙女のプライバシー侵害するような危ないのをオススメするとでも?」
「七美ちゃん」
「天才の活躍を期待してる」
「任せて! 有名になったら私の一番の親友は七美ちゃんだって公言するから! 少なくとも年一のクリスマスで世界に配信確定!」
「え、それは恥ずかしいから遠慮させて」
こうして、世に天才が解き放たれた。
──数年後。とある豪邸。
「ねえ七美ちゃん」
「何かな。天才作曲家にして万能ライター兼有名コメンテーターさん」
「やめて。知ってるでしょ。私じゃないって」
天才は解き放たれた──、そう、悟察篠トーリくんという天才が。
最初はよかった。私は正に翼を手に入れたかの如く羽ばたいた。
だが、次第にトーリくんが全て先んじて察するようになり、使う側と使われる側が逆転した。
私はこんな豪邸を、一等地にデデンと建てられるまで有名になった。
周囲の目がと、怪奇現象と世間の理解に日々悩まされる親友である七美ちゃんに、それなら一緒に住もうと言えた程に。
だけどそれは、私の実力ではなくトーリくんの実力。
「そこまで卑下するものでもないと思うな。トーリくんだって嫌なら離れてると思うし」
七美ちゃん曰く、こんな愚痴を零してはいても、トーリくんと上手くやろうと奮闘してる私は気に入られてる模様。
そりゃね、こっちから頼んでおいて、思ったのと違うから無下にする訳にはいかないでしょ。
今だって、究極的には私の能力が足りてないからトーリくんに助けられているのだし。
何が悪いかと言えば、ここに来るまでトーリくんの使用を途中で踏みとどまれなかった私だ。
「う~、不甲斐ない私でごめんよ七美ちゃん、トーリく~ん」
長い髪をまとめ、やや陰のあるイケメンと化したトーリくんが、眠たげにくだを巻く私へと追加のお酒を出してくれる。
チクショウ、無駄に気遣いのできるアンドロイド妖怪だ。ごくごく。
このままではトーリくんに身も心もくにゃくにゃに溶かされてしまいそう。
まあでも……、そうなっても七美ちゃんは私の親友でい続けてくれるだろうし、そんな未来も、いいかな? ぐぅ。
「……眠っちゃった?」
七美は安らかに眠る親友の髪を優しく梳く。
「もう、本当昔から変わらない」
そんな親友を微笑ましく見つめる。
「そんなあなたが好きよ。あの日、私にクリスマスプレゼントに何が欲しいと聞いたの覚えてる?」
特にないと答えたあの日──。
「私はね……」
七美は親友の傍へ身を寄せ、その穏やかに隆起する身体へと指をゆっくりと走らせる。
「あなたが欲しいと思ったの。この子たちとあなた、他には何もいらない。あなたが傍にいてくれたなら、何も見えていない、見ようとしない人間たちなんて──、いらない。いらないの」
……。
「だからトーリ、身も心も溶かしてあげて。私たちなしではいられないよう、甘い夢を見続けさせて。大丈夫、私たちなら絶対幸せになれる。今だって、毎年あなたから贈られるクリスマスプレゼントで私は凄く幸せ。世界にあなたの一番は私だって、ああぁ」
歓喜に身を捩らせる七美。
「あなただって成功者として幸せでしょう? 愚痴を零していても、笑顔を見ていればわかるわ。だって私たち──」
優しくも決して逃さないと覆いかぶさり、耳元へと甘く囁く。
「一番の親友だから」
「ン……」
同意するかのように反応を示した親友が愛おしい。七美は湧き上がる愛しさのままに、未だ夢の中の親友へと──。
シンシンと──
雪が、降り積もる。
全てを白く塗り潰してしまいそうな程に。
新たな春の目覚めを遮って閉ざすかのように。
シンシンと──。
シンシンと──。
──おめでとう。
今年も素敵なホワイトクリスマスをあなたに。
私はその後、めちゃくちゃ金縛り──まあ脳は起きてて身体は寝てるあれだよね、にあった。
しかもあろうことに、親友である七美ちゃんにあんなとこやそんなとこまで、お嫁に行けないレベルでこれでもか! とマッサージされる恥ずかしいやつ。
もー!! 朝から七美ちゃんにドギマギして笑われて、恥ずかしいったらありゃしない!
どうにも疲れが取れない。悪い所がないのに調子がおかしい……
そういったお悩みを解決してくれるマッサージ師として、地味に信者を増やしている七美ちゃん。
原因が心霊現象だと、普通のマッサージ師にはどうしようもないからね。幽霊と友だちになれる七美ちゃん無双も已む無し。
私も普段からよくマッサージして貰えるので、身体の調子はすこぶるいい!
「行って来ます!」
「行ってらっしゃい」
何だかんだ零しはしたが、無二の親友とこんな遣り取りができる毎日。
今日も私は幸せだ。
私の存在を刻むように、目の前に広がる純白の世界へと足跡をつけて行く。
人や獣にその他。
幾つもの足跡が追って、或いは追い越してつき──
私の足跡諸共に白となって混ざりあい、そうして次第に世界へ融けてわからなくなった……。
シンシンと──
雪が、降り積もる。
……如何でしたでしょうか。お楽しみ頂けたなら幸いです。
トーリくんのイラストはウバ クロネさんに描いて頂きました。
この場を借りて、改めてお礼申し上げます。
この作品は、いでっち51号さんの冬ホラーフェス2021企画参加作品です。
企画内容は「クリスマス・イヴの21時にホラー作品を一斉投稿!」というもの。
なので、よろしければ他の方の作品もお楽しみ頂ければと思います。