おばあちゃん無双リローデッド ~宰相の妻マリィ・ハートゴウル(66)が鬼畜DV男をブッ飛ばす!!~
「マリィ、今日もお前は綺麗だな」
「なっ!? 何だい藪から棒に!?」
「別に、思ったことを口にしただけだ」
「……」
朗らかな陽が差す休日の市場。
アタシと手を繋いで歩いている旦那のルギウスが、不意にそんなことを言ってきた。
……まったく、コイツは昔からこうだ。
歯の浮くようなキザな台詞を、何の臆面もなく吐いてくる。
もう孫も婚約が決まったくらい、お互い年を取ったってのに、未だにこうして手を繋いでデートに誘ってくるし。
ホント、いくつになっても子供なんだから、困っちまうよ、まったく……。
「……そういえば今日は」
「え?」
花屋の前で立ち止まったルギウスが、ボソッと呟いた。
今日?
今日って何かあったっけ?
「きゃあっ!」
「「――!」」
その時だった。
アタシ達の後方から、女の悲鳴と共に、何かがドシャッと落ちる音がした。
振り返れば、二十代中盤くらいの女が手にしていた荷物を落としてしまったようで、慌ててそれらを搔き集めている。
おやおや。
「大丈夫かい」
「……!」
アタシはルギウスから手を離し、女に駆け寄って荷物を集めるのを手伝ってやる。
「あ、あなた様はハートゴウル夫人!? い、いけません、あなた様のような方が、そんなことをなさっては!」
女は一目でアタシが誰か気付いたらしい。
まあ、宰相の妻であり、且ついろんな伝説を残しているアタシのことを知らない人間は、この国にはいないけどね。
「困った時はお互い様だろ。遠慮すんじゃないよ。ほれ」
「あ、ありがとうございます……」
女はおずおずと、アタシの手からリンゴを受け取った。
それにしても不思議な出で立ちの女だね。
服装からして貴族のようだが、普通貴族は自分で市場まで買い出しなんか来ないもんだ。
そういうのは使用人に任せるもんだからね。
それに着ているドレスも、質こそ悪くないものの、ところどころほころんでて、とても手入れがされてるようには見えない。
まるで一着しかないドレスを、延々毎日着てるみたいな……。
「――なっ! ア、アンタそれ!」
「――!」
その時、ドレスの胸元から見えた女の地肌に、アタシの目は釘付けになった。
こ、これは……!
「も、申し訳ございませんハートゴウル夫人! 私はもうこれで!」
「オ、オイ!」
女は荷物を重そうに抱えると、逃げるようにアタシの前から走り去っていった。
「……どうした、マリィ」
そんなアタシの肩に手を置いて、ルギウスが心配そうに覗き込んでくる。
「……悪い、ルギウス、デートは中断させておくれ。――たった今、大事な用事が出来ちまった」
「やれやれ、またお前はそうやって厄介事に首を突っ込んで。……くれぐれも、無茶はするなよ」
「フッ、それは状況次第だねえ」
「……夜までには帰ってくるんだぞ」
「ああ、善処するよ」
「必ずだぞ」
「? あ、ああ」
いつになく真剣なルギウスの表情にちょっとだけ面食らったアタシだが、すぐにルギウスはいつもの静かな笑顔に戻って、アタシの背中を軽く叩いた。
「いってこい、マリィ」
「フッ、いってくるよ、ルギウス」
アタシは前を向くと、コッソリと女の後を追った。
はてさて、鬼が出るか蛇が出るか。
「ここは……!」
そして辿り着いたのは、一軒のこじんまりした邸宅。
だがその外観には派手な装飾が散りばめられている。
決して趣味が良いとは言えないが、それがこの家に住む人間の性格を表しているようだった。
確かここは――マグア男爵家。
一代で平民から貴族にまで上り詰めたやり手だが、さっきの女はマグア男爵の妻だったのか?
「なあアンタ、ちょいと今いいかね?」
「え? こ、これは、ハートゴウル夫人!? 何故あなた様のような方がこちらに!?」
アタシは垣根の手入れをしていた、二十代前半くらいの若い庭師の男に声を掛けた。
垣根は線を引いたみたいに綺麗に刈り取られている。
へえ、若いのに大した腕だね。
「いやなに、聞きたいことがあるだけなんだがね。さっきこの家に入っていったのは、マグア男爵の奥方なのかね?」
「――! 奥様とお知り合いなのですか」
「……!」
庭師の表情が緊迫したものに変わった。
さては……。
「アンタも知ってるんだね? この家の事情を」
「い、いや! ……私の口からは何も」
フン、まあそうか。
雇い主の醜聞を、ましてアタシに喋ったとあっちゃ、後でどんな仕打ちが待ってるかわかったもんじゃないからねえ。
とはいえ、これでアタシの勘が間違ってなかったことが裏付けられたね。
「まあいいさ。後はアタシが自分の目で確かめるからね」
アタシは庭師に背を向けて、玄関へと歩を進めた。
「あ、あの! ハートゴウル夫人!」
「ん?」
そんなアタシを、庭師が呼び止める。
アタシが振り返ると、庭師は握った拳を震わせながら、
「……どうか、奥様を助けてください」
と、絞り出すような声で言ったのだった。
……フッ。
「――ああ、任せておきな」
「――!」
庭師はアタシに、深く頭を下げた。
「これはこれはハートゴウル夫人! まさか我が国でもトップクラスに有名なあなた様にお越しいただけるとは! これは自慢の種が増えましたな!」
応接室に通されたアタシは、マグア男爵本人から手厚い歓迎を受けた。
マグア男爵は三十代中盤くらいの筋肉質な男で、家の外観同様、全身をギラギラした趣味の悪いアクセサリーで着飾っている。
応接室も同じく、妙な形の壺やら、やたらデカい絵画で溢れかえっていて、目が痛いったらありゃしない。
「ど、どうぞ、粗茶ですが……」
「ああ、お構いなく」
そんなアタシに、さっき市場で会ったばかりのマグア男爵夫人が、紅茶を振る舞ってくれた。
明らかに動揺した素振りを見せているが、さもありなん。
……それにしても。
「マグア男爵、この家には使用人はいないのかい? 奥方に買い出しから給仕までやらせるなんて、とても貴族の振る舞いとは思えないけどねえ」
「「――!!」」
途端、二人の顔が同時に曇った。
「ハ、ハハ、この通り私は元々平民の出なものでして、あまりそういったものには馴染みがないのですよ。なるべく無駄な出費も抑えたいと思っておりますし」
「ふうん。その割には、自分を着飾ることには余念がないように見えるけどねぇ」
「っ! な、何が言いたいのですかな……」
マグア男爵はピクピクと青筋を立てながら、アタシを睨んできた。
おやおや、煽り耐性ゼロかよ。
「まっ、アンタが自分の金をどう使おうが、アタシにとやかく言う資格はないのは事実だ。――だが、妻に対する扱いだけは、顧みることをオススメするよ。アンタのやってることは、男として最低だ――」
「「――!!!」」
瞬間、マグア男爵の顔が沸騰したみたいに真っ赤になった。
「キサマッ!! ……い、いや、失敬。――大変申し訳ないのですが、大事な用事があるのを思い出しました。どうかお引き取り願えますかな」
フム、まあ、そうなるわな。
「そいつはお邪魔したね。――だが、アンタは本当に今のままでいいのかい?」
「――え」
アタシはマグア男爵夫人の目を真っ直ぐに見た。
「わ、私、は……」
夫人は何かと葛藤しているかのように、目を泳がせている。
「いいに決まっているよなカレン!? それとも、拾ってやった恩を忘れたのか!?」
「――!」
が、マグア男爵からの恫喝に、夫人はすっかり萎縮してしまった。
ふうん、夫人の名前はカレンというのか。
「は、はい……。ハートゴウル夫人、私は今の生活に、い、一切の不満は、ございません……。どうか、ご理解ください……」
「……そうかい」
そんな今にも泣きそうな顔で言われてもねえ……。
「わかったよ。今日のところはお暇させてもらうよ」
アタシは外まで見送るというマグア男爵夫妻の申し出を断り、一人で応接室から出ていった。
「このゴミクズがあッ!! ハートゴウル夫人に何を告げ口したんだ、ええッ!!?」
「かはッ!!?」
ハートゴウル夫人が応接室から出ていって間もなく、夫のリチャードはいつものように私の腹を思い切り蹴ってきた。
腹部に鋭い痛みが走り、呼吸が出来なくなった私は、思わずその場にうずくまる。
口の中に苦いものが広がった。
「そ、そんな……、私は、何も……」
「だったら何で夫人はあんなことを言ったんだ!? お前が市場から帰ってきた途端これだ!! 大方市場でハートゴウル夫人に、私から暴力を振るわれているとでも吹き込んだんだろう、ああッ!?」
「違います……! 確かに夫人にはお会いしましたけど、私は本当に……」
「誰が貴様のようなクズの言うことなど信じるものかッ!! いつも言っているだろうが!! これは躾なんだッ!! 貴様のような下賤な女に対する、私なりの慈悲なんだよッ!!」
「がふッ!!」
倒れている私の腹に、またリチャードの蹴りがめり込む。
……ああ、そうよね。
これが現実なのよね……。
孤児院で育った私は、今から七年程前に、偶然孤児院を訪れたリチャードと出会って、結婚した。
これで貴族として優雅な暮らしが送れると舞い上がった私だけれど、現実はそれ程甘くはなかった。
――むしろ地獄の始まりだった。
リチャードは妻という名の、体のいい家政婦が欲しかっただけなのだ。
私は家の掃除から食事の用意に買い出しと、朝から晩まで馬車馬のように働かされた。
ドレスも最初に与えられたもの以外はろくに買ってもらえず、ボロボロになった今もそれを着続けている。
とはいえ、それだけならまだ何とか耐えられた。
何より辛かったのは、事あるごとにリチャードから暴力を振るわれることだ。
私が何か些細なミスをするたび、リチャードは躾と称して私のことを執拗に蹴った。
時には気絶するまで蹴り続けられたこともある……。
今では顔以外は、全身痣だらけだ。
きっとハートゴウル夫人は市場で私の痣を見て、リチャードの虐待に気付いたのだろう。
あまりの辛さに何度も逃げ出そうとしたこともあったけれど、あの子のことを考えると、そういう訳にもいかず……。
結局リチャードの気が済むまで、この地獄の折檻に耐える他ないのだった。
「お父様! お母様をイジメるのは止めてください!」
「「――!!」」
その時だった。
六歳になる私達の息子のアンディが、どこからともなくやってきて、リチャードの足にしがみついた。
ア、アンディ!?
「な、何をするんだアンディ。いつも言っているだろう? これは躾なんだ。母さんが悪いことをしたから、父さんは母さんに罰を与えているだけなんだよ」
「嘘です! じゃあ何で、お母様はいつも泣いているんですか!」
「「――!!」」
……アンディ。
「もうこれ以上お母様をイジメるのは僕が許しません! お母様は、僕が守りますッ!」
……嗚呼、アンディ。
――私のアンディ。
「……くっ、父に向かって何だその態度はあああああ!!!」
「ああッ!」
「ア、アンディ!!」
リチャードはアンディを殴り飛ばした。
「アンディ!! 大丈夫、アンディ!?」
「お、お母様……」
慌てて私は、倒れたアンディを抱きしめる。
そして地獄の底から湧き上がる憎悪を込めて、リチャードを睨みつけた。
「……何だぁ、その目は? 孤児だった貴様を拾ってやった恩を忘れた訳じゃないだろうな?」
「それとこれとは話が別です! 私だけならまだしも、アンディに手を上げるのであれば、私はあなたを許しませんッ!」
「お母様……」
「……チッ、これは教育が必要なようだなぁ。二度とそんな生意気な口がきけないようにしてやるから、覚悟しろよおおおおお!!!」
リチャードは鬼のような形相で、拳を振り上げてきた。
……嗚呼、神様。
「――フッ、覚悟するのはアンタの方だよ」
「「「――!!!」」」
――その時だった。
ドガァンという派手な音を立てながら、扉を蹴破ってハートゴウル夫人が優雅に入ってきた――。
「あ、ああ……、ハートゴウル夫人」
「フフ、よく言ったねカレン。それでこそ女だ」
アタシはカレンの頭を軽く撫でてから、マグア男爵――いや、クズ男に対峙した。
「ハートゴウル夫人……! 困りますな。その扉は特注品で、大層高かったのですよ」
「フン、こんな時まで妻子よりも扉の心配かい? 見上げた根性だね。安心しなよ、どの道アンタの爵位はアタシが旦那に言って取り上げてもらうから、こんな扉の一つ、些末なことさ」
「なっ!?」
「だってそうだろう? アンタが今までカレンにしてきた悪逆非道の数々。――たとえお天道様が許したとしても、このアタシが許しゃしないよ」
「くぅ……!」
「ハートゴウル夫人……」
「よく勇気を出したねカレン。後はアタシに任せておきな。悪いようにはしないからねぇ」
「は、はい……。ありがとうございます……」
カレンは大粒の涙を流しながら、アタシに頭を下げてきた。
そのカレンの胸に抱かれている息子――アンディだったか――は、状況が飲み込めていないのか、あどけない瞳でアタシを真っ直ぐ見つめてくる。
ふふ、アタシの孫のヨシュアの小さい頃にそっくりじゃないか。
「ぐ、ぐぐぐぐぐぐ、そんな横暴、許される訳ないだろうがああああ!!!」
「アンタ横暴の意味知ってんのかい? 時間やるから、辞書で調べるかい?」
「うるせええええ!!! こうなったらハートゴウル夫人、あんたにはこの世からいなくなってもらうしかねーなあああ!!!」
「……ホウ」
「そ、そんな!? リチャードッ!!」
「大丈夫だよカレン。――ようクズ男。アタシがかつては【断滅の魔女】と呼ばれ、大陸中から恐れられてたのはアンタも知ってんだろ? そのアタシに、アンタ如きが敵うとでも思ってんのかい?」
「ハッ! そんな過去の栄光に縋ってる時点で、この私の敵じゃないんだよ!! 見せてやるよ、究極の身体強化魔術ってやつをな!」
「――!」
何だって……!?
「我を尊べ
我を敬え
我に従え
我に平伏せ
総てを我に献上せよ
――身体強化魔術【暴君の苛政】」
「「「――!!!」」」
クズ男が詠唱すると、クズ男の全身の筋肉が見る見る肥大化し、服が破けてブーメランパンツ一丁の姿になった。
その体長は優に3メートルを超し、パンパンに膨らんだ筋肉は、まるで肉の壁のようだった。
おやおや、キモい見た目はさておき、確かになかなかの身体強化魔術だ。
「ハッハー! これであんたを跡形もなくミンチにしてやるよおおおお!!!」
「お、お逃げくださいハートゴウル夫人!! いくらあなた様でも、このリチャードには敵いません!!」
「フッ、心配は無用だよカレン。この程度の相手、数え切れない程返り討ちにしてきたからねぇ」
「――!」
「ハアアァ!!? 耄碌ババアが、粋がってんじゃねーぞおおお!!!」
「フフ、そこまで言うなら見せてやるよ、本物の身体強化魔術ってやつをね」
「――何!?」
「血の代わりに殺意を
腕の代わりに狂気を
脚の代わりに覚悟を
眼の代わりに猛毒を
脳の代わりに虚構を
心の代わりに暗闇で
我の総てを満たし賜え
――深淵魔術【魔女が哲学する部屋】」
「「「――!!」」」
アタシが詠唱を終えると、アタシの背中からドレスを突き破って、コウモリのような羽が生えてきた。
やれやれ、これを使うとドレスがダメになっちまうから、それだけが欠点なんだよねぇ。
続けて頭にも歪な二本の角が生えた。
犬歯が伸びて、獣の牙のようになった。
そして、瞳の色が血のような深紅に変わった。
「……な、何だその姿は」
「言っただろう? これが本物の身体強化魔術さ。アンタなんかの虚仮威しとは、魔術としての格が違うんだよ」
「……くっ! どっちが虚仮威しだああああ!!!」
「ハートゴウル夫人!!」
激高したクズ男が、アタシに殴りかかってきた。
――が、
「やれやれ、所詮はこの程度か」
「「「――!?!?」」」
クズ男渾身の右ストレートを、アタシは右手の人差し指だけで受け止めた。
「そ、そんな……。う、うおおおおおお!!!!!」
クズ男は尚も拳のラッシュを浴びせてきたが、アタシはその全てを右手の人差し指だけで難なく受け止める。
「ぜえ……、はぁ……、ぜえ……。あ、あり得ねえ……。こんなこと絶対、あり得る訳ねえ……」
おやおやもうへばったのかい?
根性ないねえ。
――じゃあ、こっちも一発だけ。
「ほいっと」
「ごはああああああ!!!!」
「「――!?!?」」
アタシが軽くクズ男の腹の辺りにデコピン(いや、腹だからハラピン?)すると、クズ男は盛大に吹っ飛んで壁に激突した。
「どうだい? これでもまだ現実が見えないかい?」
「あ、ああ……」
アタシはクズ男の目の前まで歩いていき、拳をポキポキと鳴らす。
「も、申し訳ございませんでしたああああ!!!」
「……!」
途端、クズ男は土下座し、頭を床に擦り付けた。
「私が間違っておりました! ど、どうか、お許しををををを!!!」
「ふうん」
なるほど、そうきたか。
「――アンタは許したのかい?」
「……へ?」
アタシの言ってることが理解出来なかったのか、クズ男はキョトンとした顔を向けてきた。
「アンタが躾と称してカレンに暴力を振るった時も、カレンは今のアンタみたいに謝ったはずだ。――それをアンタは許したのかって訊いたんだよッ!!」
「――!! そ、それは……」
「許さなかったんだろう? それなのに自分だけは許してもらおうなんて、虫がよ過ぎるとは思わないかい?」
「……くっ、う、うおおおおお!!!」
ヤケクソになったクズ男は、再びアタシに殴りかかってきた。
やれやれ、アンタは最後の最後までクズだったね。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!!」
「ぶべにゃ!!?」
そんなクズ男に、アタシは拳のラッシュをお見舞いした。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!!」
「にゃにゃにゃ!?!?」
アタシのラッシュは尚も続く。
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァ!!!!」
「ぶにゃぽおおおお!?!?!?」
さてと、そろそろトドメかね。
「オラァッ!!!!!」
「にゃっぽりーとおおおおお!?!?!?!?」
最後に大きく振りかぶって右ストレートをお見舞いすると、クズ男は壁をブチ破って遥か空の彼方に消えていった。
フン、手加減してやったから、ギリギリ死にはしないだろうさ。
まあ、宰相の妻であるアタシを殺そうとしてきたんだ。
死罪は免れないかもしれないがねぇ。
「お、奥様!! 何事ですか!?」
「「「――!」」」
と、そこへ、さっき会った庭師が慌てて駆けつけてきた。
「嗚呼、ジム!」
「ジムおにいちゃん!」
ジムと呼ばれた庭師に、カレンとアンディが抱きついていく。
「お、奥様……!? 坊ちゃま……」
ジムは突然のことに大層困惑した様子だが、それでも二人のことをしっかりと受け止めた。
フフ、これなら大丈夫そうだね。
「ジム、その二人のことは頼んだよ。もし泣かせたら、このアタシがただじゃおかないからねぇ」
「――! は、はい……!」
ジムは戸惑いながらも、覚悟の宿った瞳で、はっきりと返事をした。
よしよし、この三人なら、慎ましくも幸せな家庭を築いていけるだろうさ。
慰謝料代わりに、この家にある趣味の悪い調度品を全部売り払ってもいいしね。
「ハートゴウル夫人、本当にありがとうございました」
「ありがとうございましたー」
カレンとアンディからも笑顔で礼を言われる。
フフフ、その笑顔が見れただけで、報酬としては十分さ。
「なあに、アタシはただ気に入らないやつをブッ飛ばしただけさ。――じゃあね」
アタシは三人に軽く手を振ると、背中の翼をはためかせ、ブチ破った壁の穴から空へと飛び立った。
「よっと」
そして我が家に着地したアタシは、【魔女が哲学する部屋】を解いて元の姿に戻る。
ああ、でも破れたドレスだけはどうにもならないね。
……まあいいか。
「おかえりマリィ」
「――!」
そんなアタシを、玄関でルギウスが出迎えてくれた。
「どうやら無事解決したようだな」
「ああ、悪いけど後始末は任せるよ」
「ふむ、その話は後で聞こう。――今はとりあえず、寝室に来てくれるか」
「寝室に?」
はて、寝室にいったい何があるってんだい?
「――な、何だい、こりゃあ……!?」
寝室に入ったアタシは、そのあまりの光景に言葉を失った。
――そこには、寝室を覆い尽くす程のマリーゴールドの花が敷き詰められていた。
「今日は俺達の金婚式だろう?」
「――!」
……そうか、すっかり忘れてたよ。
今日はアタシ達の五十回目の結婚記念日じゃないか。
「だからお前の名前に因んで、マリーゴールドをありったけ用意したんだ」
「……まったく、相変わらずキザだねぇ」
夫婦というのはある意味とても脆い関係だ。
みんながみんな、アタシ達みたいに金婚式を迎えられる訳じゃない。
だがせめて、一組でも多くの夫婦が、仲睦まじく添い遂げられるように祈るくらいは、してもバチは当たらんだろう。
「ふふ、マリィ」
「ん? きゃっ!?」
ルギウスは不意にアタシをお姫様抱っこしてきた。
ま、まさかこの歳でお姫様抱っこされるとは――!
「――愛してるよ、マリィ」
「――! ああ、アタシもさ」
アタシとルギウスは、どちらからともなく、キスをした。