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ドッペルゲンガーとの会話

作者: 画策

 東京五反田、古びたマンションの小さな部屋の中で、姿形が同じ男が2人、向き合って椅子に座っている。その片方が話し出す。


 『君の話しはわかりづらい、理解し難い、もう少し凡人にも理解できるように平易なことばを使ってくれないか。君は僕の鏡で、僕は君の鏡だ。つまりそれは僕のことばが必要以上に難しいということなのだろうけど。「客観的に自分を見ろ」なんて言葉は街中そこかしらに溢れているこのご時世でも、ここまでそれを具体的・客観的な現実に落とし込むことができるなんて、思いもよらなかったな。』


 片方が応える。これからの科白は、交互に繰り返されたものだ。


 『いくつかの考察によって、君じゃなく僕がドッペルゲンガーということは納得した。記憶上僕は右利きなのに、感覚上は明らかに左利きという現実は、ある程度信憑性があると思える。それでもやはり自分が本物でない、元々存在しないものだったというのはどうにも理解し難いな。元々存在しないということは、いつ存在が消えてしまったっておかしくないというわけで、この不安は僕のこころに重くのしかかっているよ。』


 『 「元々存在しない」か、うん、改めて考えると、普通の人間である僕もそれは同じことで「いつ消えてしまうかわからない」なんていうのも同じことなんだよな。あぁごめん、それでも君の不安・君の存在の不安定さと比べることなんてできないだろうから、これはちょっとした気付き、それだけのことだよ。今はただ一つの現実があるだけで、つまりこれは夢だとか妄想だとか、そういう風に思いたいのだけど、君は現実で実体でそれはつまりもうドッペルゲンガーというやつなのだろう。』


 『「夢であって欲しい」か。それには僕も同意だけど、あぁでもそうか、普通に生きているこの毎日も、本当は夢の可能性だってあるんだよな。長い長い夢を見ている。いや、夢から覚めた後、つまりこちらで死んだ後の世界にとってこの永遠のような時間はたいした時間の長さじゃないのかもしれない。そもそも時間の感覚だって不確かだ。あっという間の1時間と、ひどく退屈な1時間、この不等質な関係については今更話題にあげることもないだろう。』


 『君と話し始めてから気づいたけど、こんなことは本来話す必要もないかもしれないけど、さっきから君の話しは随分と僕と意見が合うと思うよ。いや、君が言いたいことはわかる、なぜなら君はドッペルゲンガーで、つまり僕なのだから、意見が合わない方がおかしい。けどね、人はそう簡単に今までの普通を捨て去れない、つまり僕である君が僕の目の前にいるという事実に、わかっていても頭が追いつかないんだ。』


 『ドッペルゲンガーの身分で言うのもおかしいけれど、その感覚は僕もまったく同じだね。一方で、君が他人に思えるのは、普段自分をこんな風に目の前にして話すことが、これも当たり前のことだけど、なかったからだと思うよ。目の前にいる君は間違いなく僕だと思うけど、同時に知らない人と相対しているような感覚すらあるんだ。声だって自分がいつも聞く自分の声と違うし、顔も自分が鏡でみるものと違う気がする。話し方とか、なんだか自信のなさそうなそぶりや声も、自分が他人にこう見られているんだとわかって、いまのところは端的に興味深いと感じるよ。』


 『そうだね、自分を客観視できるまたとない機会なんだろうよ。興味深いのもほどほどに、ただ少しがっかりというか、こうしてみると色々と自分に文句をつけたくなってくるから不思議だな。そうだな、なんというか、視線をもう少しでも合わせた方がいい気がするし、声ももっと張ってほしい。正直さっきからたまに聞き取れないんだ。ただまぁなんだ、悪い奴じゃなさそう、そんな雰囲気は伝わってくるよ。それは他人に言われたこともあるしね。』


 『確かにこれは「またとない機会」だよ、せっかくだから今思ったことをメモにとっておいたらどうだい?僕はまぁ偽物だからいいかな、なんて思うけど。うーん、でも、たとえドッペルゲンガーであったとしても、いつ消えるかわからないということは、案外君が死ぬまで生きている、あるいは君の方が先に死ぬ可能性だってあるわけなんだよな。可能性というのは可能性であるから。そう考えるともう少しオプティミスティックに思考を巡らせた方がいいのかもしれない。』


 『それはそうだね、せっかく生まれた僕なんだ、納得いくように過ごして欲しいと思うよ。それに、そもそも、確かドッペルゲンガーにあった人間は死んでしまう、乗っ取られてしまうというような伝承もあるじゃないか。あ、今少し嫌な考えが、思い浮かんでしまった。』


 『そうだね、僕にも思い浮かんでしまった。』


 『現代社会において、あたりまえだけど、個人の居場所は一つしかない。』


 『身分証明、戸籍は一つしかない。』


 『僕は本物だけど、君はドッペルゲンガーだけど、他人から見て何が違うとわかるだろう?突然左利きになるのはおかしな話しだけど、それがその人をその人と疑う理由になるだろうか。』


 『いいやならない。つまり、ドッペルゲンガーは君を、君の生活を、のっとることができる。もちろんその障害は君になるわけだけど。』


 『僕に浮かぶ焦りと、黒い気持ちが、君にも浮かんでいるのだろうと思うよ。』


 『それは間違いじゃない。僕は君で、君は僕だから。』


 『僕らはこれから』


 『殺し合うしかない』


 『・・・』


 『・・・』


 『今ね、僕は今、一つアイデアを思いついたよ。』


 『当然僕もさ、これは悪くない、少なくとも血生臭くない。』


 『つまり、交互に外出して、片割れは家で留守番をしていればいいんだ。幸い僕は一人暮らしで、特に近所に知り合いがいるわけでもないのだから。』


 『会社は辞めないといけないね、昨日の記憶がない社員なんて使いものにならないから。でもこれからは交互に違うバイトをすればいいだけだ。週休3日で実質毎日出勤だ。僕も君も働くことは好きじゃないんだから、これはなかなかいい感じだよ。』


 『我ながらポジティブな選択が取れたと思うよ。』


 『そうだね。これからよろしく。まぁいろいろと解決しないといけないことはあるだろうけど、協力して生きて行こうじゃないか。』


 『あぁ、ドッペルゲンガー、これからよろしく。』


 (それでも、僕は僕でありたいと思う日がくるかもしれない。ただ一人の僕になりたいと思う日がくるかもしれない)


 (だけどそれは今じゃない。僕はまだ目の前の君のことを気に入っているのだから。)


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