第七話【トラブル】
ラムエットの演習場の人形は、錬金術の力により多少の損傷を負っても本体に金属が僅かでも残っておれば再生する仕様になっていた。
それにより、生徒たちの魔法で切断されたり四散しても再生するので問題なかったのだが、エルが根元から融解させてしまったので、あのあと3体ほどはすぐに再生できず、ラムエットは発狂したりしていた。
それも昨日の話であり、昨晩の夕食以降、エルは同学年の他クラスの生徒たちだけでなく、上級生たちからも注目を浴びていた。
また、エルが使ったイグニスも特異な魔導具過ぎて、この先ラムエットからも付け回されることを、この時のエルは気づいていなかった。
食堂で昼食を済ませたエルが、朝より一層激しくなった周囲の興味の視線に、愚痴を言う。
「それにしても、視線が気になるわね。」
目立とうとしてやった自分の行いではあるが、チラチラ見られるだけでなく、小声で地味とか眼鏡とか見た目の感想ばかりブツブツと言われ、イラッとしていた。
「エル、顔に苛立ちが出てるわよ。」
「しょうがないでしょ〜。視線だけならまだしも、聞こえるように陰口みたいなこと言われたらさすがに文句の1つくらい言いたくなる。」
「分からなくもないけど・・・。」
リズの注意に応えるエルに、空の食器が載ったトレーを片付けてきたアニスが意地の悪い笑顔で言う。
「ルーベンバーグ様、しょうがありませんよ。
エルはお子様ですから。」
「アニスうっさい。性格悪いのよ、貴女。」
「そこはお互い様だと、申し上げますね。」
余裕のアニスから顔を逸らし、エルはリズたちの方へ向く。
「アニス以外のみんな、巻き込んじゃってごめんね〜。」
「まぁ気にするな、実際見たのは桜と鯱の生徒たちだけだからな、それ以外はあの演習場の惨状だけ見て話してるんだろうな。」
「あとは尾ヒレ背ビレがついてるんだろうね〜。まぁ僕らも生であれを見てなかったら、どういう印象を持つかわからないけどね。」
オリバーに続いて、レンジもウンウンと頷きながら言う。
「でも、今回の1件でエルルの魔力と魔導具が激ヤバなのはわかったっすから、いつか危険があったときは、私はエルルの火力を頼ることにするっす〜。」
「メリッサ良い子ね!
まーかせなさーい。目障りな奴らは一掃してやるわ。」
「エルル、頼もしいぃ!
じゃあ目障りな奴を見つけないといけないっすね。ふふふ。」
「やめなさいよ、貴女たち・・・。トラブルの匂いしかしないわよ、それ。」
メリッサとエルのふざけたやり取りに、リズは頭を抱える。
そこへ何者かの影がかかる。
「へぇー、桜如きが良いご身分なものだな。
誰を一掃するんだって?」
獅子のエンブレムが刻まれた腕章をつけた1年生たちが、エルたちの周りに集まっていた。
リーダー格の男子以外に、男子1人女子2人。いずれも貴族なのか偉そうな雰囲気をしているな、とエルは思う。
「目障りな奴らって言ったのよ。盗み聞きしてたんじゃないの?」
エルはつまらなさそうに、伸びをしながら答える。
「盗み聞き扱いとは失礼だな、貴様。
俺たちを誰だかわかっていっているのか?」
「貴方たちのこと?さっぱり知らないけど・・・。」
「ほう、平民風情が生意気だな!こちらを向け!」
顔すら向けないエルを振り向かせようとするため、リーダー格の男子はエルの肩を掴もうとするが、オリバーがその間に体入れて壁になり、一方でアニスがすかさず伸ばした手首を掴んでいた。
「これはこれは、それなりの貴族のカールス=ドルトン様ではごさいませんか。」
オリバーが憮然とした顔で言う。
「ぐっ、お前はド下級貴族のノーヴェル!
それと!いたたた痛い痛い!!・・・お前は!?」
オリバーに意識を取られた隙に、アニスがドルトンの手首を掴み、捻り上げていた。
「私が何か・・・?」
「なっ!?お前!何で王族のメイドがここにいるんだよ!?」
「え!メイド!?王族の?!」
ドルトンはアニスの顔に覚えがあったのか、驚きを隠せない。
それを聞いた取り巻きの男女も、思わず声が上げる。
「私のことをご存知でした。今はメイド業はお休みして、学生をしておりますので、どうぞよろしくお願いいたしますね。」
アニスは見当違いの発言をしたあと、1度強めに手首を握りしめ、ドルトンを解放する。
「よくも・・・よくもやってくれたな!平民地味眼鏡!!」
「ちょっとー、私何もしてないんですけどー。そして、地味言うな。」
アニスに締められ、痺れる右手を押さえ、方向違いの怒りをエルに浴びせる。
対し、エルはため息混じりに返しつつ、文句も添える。
「平民風情がこの俺に生意気な真似を!許さんぞ・・・。」
「あのさー。いちいちうるさいんだけど。ここは食堂よ?食事をしないなら出ていきなさいよ。」
エルのセリフに、獅子の生徒たちはハッとなり、周囲を見回す。
周囲からも冷たい視線が刺さっているようで、次の言葉に詰まってしまう。
リーダー格のドルトンは一瞬葛藤し、今このタイミングでは分が悪いと判断し、「また来る!」と捨て台詞を吐いて、エルたちに背を向けてズカズカと立ち去って行った。
取り巻きの獅子の生徒たちも、何か言いたげであったがドルトンについていくように去って行ったのだった。
「また、厄介そうな奴に絡まれましたな〜。」
レンジが苦笑混じりで言う。
「そうね。まぁ、降り掛かる火の粉は払うだけだからいいけどね。
そう言えば、オリバーは彼と面識あるの?」
「そうだな、ドルトンとは同じ中等部でな、顔馴染みだ。そしてドルトン家は十大貴族の一つ、クーヴァ派の魔法士さ。」
「クーヴァといえば、【剣翼】の煌光位だっけ。」
魔法士の一族には属性や無属性を冠した魔法以外に、その一族で生み出し、継承してきたオリジナルの魔法がある。
それを固有魔法と言い、その最高峰のスペックを持っているのが、十大貴族である。
彼らはただ権力を持つだけでなく、彼ら独自の最強の魔法を持つち、且つ魔法士としても当主はの煌光位の魔法士まで至っているのだ。絶えず煌光位を輩出する彼らは、普通の魔法士たちから尊敬と畏怖の対象となっているのだ。
そして、一般の魔法士たちはそれぞれ十大貴族の派閥に属し、一定の資金と引換にその庇護や恩恵を受けている。
しかし、中にはドルトン少年のように、派閥に属することで自分の力のように勘違いをし、派閥に属さない魔法士へちょっかいを出したりもするのであった。
「まぁ、クーヴァ家が出張ってくることはないと思うが、十大貴族の派閥の貴族と揉めるのは、あまりオススメ出来ないな。」
既に手遅れだが、オリバーは親切心から、エルに今更なアドバイスをする。
「気遣いに感謝するわ、オリバー。一度くらい手合せしてみたいわね、【剣翼】と。」
「いやいや、僕らじゃ煌光位の相手にならないでしょ。」
この世界で、魔法士は7つ位階に分けられている。
上から順に極光位、煌光位、陽光位、黎明位、黄昏位、朧月位、深淵位。一般に魔法を使える者はアビスの位に収まる。
学業を終え、難しい試験を突破した者が深淵位もしくは朧月位の位をいただき、魔法士成る。
中でも黎明位以上の位は、魔法士の中でも突出した才能を持つ者がなる。
さらに煌光位以上になると、特殊な魔法や希少な力を持ったりしている。
そのため、深淵位と煌光位では天と地ほどの差があるので、当然の反応だ。
カールス=ドルトンは廊下を突き進む。その胸中は穏やかではなかった。
選民思想の塊である彼には、先程の貴族でもないエルの態度こそが原因だ。
「あの女・・・、あの女あの女あの女・・・!絶対に許さんぞ・・・」
「大丈夫ですか、ドルトンさん。」
「フン、見ていろ。
いずれあの生意気な眼鏡女に、この私の力、思い知らせてやる・・・。」
ドルトンは歪んだ想いを吐露し、顔を歪めるのだった。