第六話 【愛の実演】
幅50m、奥行150mほどのラムエット自作の演習場に生徒たちは出る。100mほど奥には人に見立てているのか、10体ほどの金属か何かでできた腕の無い人形が並ぶ。
人形たちは最初から腕が無いようにも見えるし、切断されたか吹き飛んだかのようにも見える。
破損したのか、バラバラになった魔導具やもはや何の部品かわからない破片も転がっている。
そこは演習場というよりも、実験場という方が相応しい雰囲気だった。
「人形が10体あるから、とりあえず10人ずつ愛を見せ合いましょうね。
これによって10人10色の光景が見れるのよ、ぐふ、ぐふふふふ。」
両手で自分の体を抱き締めながら、ラムエットは身悶えする。
「まずそこの10人、さぁ前に出なさい!
魔導具を忘れたとかいう、愛が枯れた愚か者は名乗り出なさい。しょうがないから、私のささやかな愛の実験機を貸し出すわ。」
比較的手前にいた10人が駆り出され、皆焦ったように自分の魔導具を取り出す。
何故なら、ラムエットが出した魔導具は傷だらけで、妖しげな光が明滅している。
怪しい雰囲気の場所で、とち狂った教師が出す魔導具など、恐ろし過ぎて、みんな使いたくないのだ。
「もう・・・みんな照れ屋ね。少しくらい私のを受け取ってもいいのに・・・。
まぁいいわ。さて、この実技は簡単よ、みんなの魔力と魔導具の調和を見せてもらうわ。
それと、みんな愛があるから当然わかってると思うけど、使用者と魔導具の調和は何より大切なものよ。
これが無くては使用者と魔導具に多大な負担がかかり、いずれ壊れるなんてことも起きるわね。」
マッドな雰囲気が薄れ、ラムエットに教師っぽい空気がまとわれる。一瞬だけだが。
「まぁ、今日は初日だし。暴走しない程度に好きにぶっ放してもらって構わないわ!
ただ、ここは魔力が散りやすい術式が施されてるから、ちゃーんと集中しないと魔法が人形まで届かないから注意して頂戴。」
ラムエットが指を再び鳴らすと、100mほど奥にあった人形が30m手前まで寄って固定された。
「まぁ〜、これくらいなら流石に当たると思うけどね。」
ゴーグルで目が見えないものの、ラムエットが挑発的な視線を向けたと誰もが思った。
最初の10人は、早速各々詠唱をしたり魔導具に魔力を込めたりして魔法を発動させた。
10人中4人の魔法は届かず霧散し、残りの6人の魔法は人形に届いたものの、全くダメージがなかった。
「くっそ、なんだこれ!」
「私のファイアーボールが消えた!?」
霧散した者も届いた者も、変わらず同様の声を上げる。
魔法の効果で言えばどちらも失敗なのだからしょうがない。
「あははははーー、なっさけないわねー!愛がまーーったく足りないのよ!
はい、次の10人前に出てー。失敗した子は次回頑張ってねー。」
ラムエットは腹を抱えて笑い、すぐに次の10人を呼ぶ。
どうやら1回勝負のようで、みな顔に緊張が走る。
4セット目に動きが出る。
人形に魔法が激しく炸裂し、人形が倒れる。鯱の腕章を付けた1人の少年だった。
「ふん、当然だな。私くらいになれば、これくらい出来て当たり前だ。」
鼻をフンと鳴らし、カエル顔の少年が偉そうに吐き捨てる。
「あいつ、まさに貴族オブ貴族ね。カエルっぽい顔なのに生意気だわ。」
「はぁ〜。エル、聞こえますよ・・・。」
「良いじゃない、まんまだし。」
エルの毒舌にアニスが無表情でツッコミを入れる。
「聞こえたぞ、そこのお前。」
「次はオリバーとリズでしょ?二人とも頑張ってね〜。」
「ああ。リズ、いこう。」
「もう私たちの番なのね。オリバー、勝たせてもらうからね。」
エルに返事をし、オリバーとリズはそれぞれの魔導具を手に取り、前に出る。
オリバーは剣型の魔導具を、リズは短剣型の魔導具。
「無視するんじゃなーい!」
カエル顔の貴族、マルオ=トードがエルに叫び、詰め寄る。
「ちっ、うっさいわね。カエル。」
「か、かかか、カエルだとぉ!?」
「ゲコゲコうっさいの。私は友達の応援するんだから、邪魔邪魔。」
エルは興味ないように、手をヒラヒラさせてあっちに行けとジェスチャーするが、それが彼の怒りのボルテージを上げる。
「こぉの、平民の地味眼鏡女風情が、高貴な貴族である私ぉっ・・!」
トードが右手に持つ杖型の魔導具に力を入れた瞬間、二人の間に影が割って入った。
「それ以上動けば、容赦しませんよ?」
アニスが一言述べ、今にも何かしそうな眼でトードを睨みつける。
「う、あ・・・。
くっ!お、覚えていろ、地味眼鏡!!」
「だーれがカエルの名前なんて覚えると思ってるのよ、ばーか。でもでも、地味とか言った仕返しは今度してやるわ。」
アニスの眼に何かを感じ、トードは自クラスが固まっている方にそそくさと逃げていった。
一言呟いたあと、自ら起こした事態を気にする素振りもなく、アニスの主は友人を応援していた。
(全く・・・、身分を隠すならそういう振る舞いは辞めていただけないでしょうかね、本当に。)
アニスは肩を竦め、深いため息を吐いた。
一方、オリバーとリズの魔法は人形をあっさりと吹き飛ばし、トード以上の成果を出していた。
5組目にレンジ、6組目にメリッサがそれぞれで人形にダメージを与えたがヒビを入れる程度に収まっていた。
7組目、アニスの出番ため、彼女は前に出る。だが、その両手には何も無い。
「貴女・・・、まさか私の愛の信者に?」
「いえ、私の魔導具は準備済みです、ラムエット先生。」
ちょっと嬉しそうに問うラムエットに、表情を変えることなくアニスが答える。
アニスの隣の鯱の女子生徒の雷系統の魔法が人形に当たり、人形が真っ黒に染まっていた。
「あ・・・当たった!い、いえ!!簡単ですわね!」
自分でも意外だったのか、ドリルなツインテールのデコ出し女子はツンデレちっくに感想を述べていた。
デコ出しドリルツインテール女子の結果に、鯱側の生徒たちからは感嘆の声が上がっている。
アニスが1歩引いて待機している間に他の8人も終わる。アニスはそれを確認し、前に出る。
「Wake up。」
アニスが起動の詠唱を口にすると、チョーカーが光る。
これが彼女のチョーカー型の魔導具【アルテミス】。
魔導具の中でもかなり珍しい形であり、アニスような立場の魔法士が、主をいつ如何なる場面でも護ることができる代物だ。
そもそもこのチョーカー型の設計思想はこうである。
杖や剣のような武器型は手放す危険があり、腕や足などの装着型は、その部位ごと切り落とされる恐れがある。
しかし首ならば、落とされない限り・・・つまり死なない限り魔導具を手放すことがない、という考えである。
ある意味、武器型以上に戦闘に特化した魔導具なのだ。
「ちょちょちょ、チョーカー型ぁっ!!?
貴女、なんて興奮する物をつかっているのぉ!」
興奮して体をクネクネさせるラムエットの発言を無視し、アニスは魔法を発動させる。
チョーカーが彼女が得意とする魔法を紡いでいくと、右手に魔力が集中していく。
変換する属性は風、イメージされるのは竜巻。
風の魔法に貫通強化を乗せた一撃。
「貫通強化魔法、風撃杭!」
魔法名を唱え、右手を突き出すと同時に拳より一回り大きい竜巻が巻き起こり、人形の腰元から上を削り飛ばした。
「強化魔法を上乗せしているとはいえ、とんでもない・・・。
1年生とは思えないわ。」
ラムエットが驚きのあまり、酔いが覚めたかのように普通の口調になる。
他の1年生は驚きで声を失っていた。それほどアニスがもたらした破壊の風は衝撃的だった。
「アニスっち、パネェっす!!」
「ホントホント、よく届くな!というか威力もやべぇな。」
メリッサとレンジはアニスの元に寄ると、リズとオリバーも彼女の元に集まる。
「次で最終組だけど、アニスを超えるほどの魔法は見れそうにないんじゃないか?」
「ああ、あれほど魔法が見れるとは、俺も思えねぇよ。」
出番に立つエルの背を見てオリバーが言い、レンジもそれに納得よ発言をする。
「ふふ、そうとは限らないかもしれませんよ?」
アニスがいつもの無表情な顔を崩し、微笑する。
アニスの後だけに、エルと並ぶ他の生徒たちの顔に緊張が隠せない。
また、すでに終えている生徒たちもオリバーと同じ考えのためか、消化試合のように最後の10人に目を向ける。
中には、エルたちに視線すら合わせず友人同士喋っている者たちもいる。
「さぁー、最後のあなたたちは先程のミス・ブラッドボーンを超えれるかしらね〜。」
ラムエットは意地悪い笑みを浮かべ、エルたちに言う。
そんなラムエットの言葉など、エルには全く入ってこない。
彼女はこの時をどれほど待ったことか・・・。
アニスが主人であるエルのために、舞台を整えてくれているのだ。
エルの心は既に踊っていた。
ならば、彼女のやることは一つだ。度肝を抜くような一撃で、エル=ヴィオラという名を刻んでやるのだ。
右手で腰のホルスターから、彼女が考案した魔導具【イグニス】を取り出し、左手でベルトに装着された弾丸を一発取り出す。
弾頭には炎のモチーフたるルビー。
イグニスはリボルバー型の魔銃の弾倉に弾丸を装填する。
このイグニスは弾倉が回転しないリボルバーであり、全部で6つ弾丸が装填されたときは、エルの意思により使用される弾丸が選ばれる仕組みだ。
エルの握る手より魔力が伝わり、銃身を巡って弾丸に魔力が行き渡る。
それによって、弾丸に刻まれたレリーフが浮かび上がり、エルが行使しようとする魔法が形づくられる。
エルがイグニスを取り出すところから、一連の動作を見ていたラムエットは言葉を失う。
(な、なになに!なんなの?何なのあれぇ!!?
あんな魔導具見た事ないぃぃ!!)
彼女の胸が鼓動が早くなる。
見た事のない魔導具が、目の前の地味な眼鏡少女の手の中で、脈動を始めているのだ。
魔法工学を極めていると自負しているラムエットですら、さっぱり機構がわからないのだ。
エルが引き金を引くと、銃口より炎属性に変換された赤い極太の光が放出される。
エルが狙った人形だけでなく、その周りの人形が極太の光により、融解し、尚且つ150m以上奥の壁の一部も消し飛ばした。
「ざっと、こんなところね。」
エルはVサインをつくり、ドヤ顔をした。
アニス以外、全員空いた口が塞がらない。
そんな中、ラムエットは腰が抜けたのか床にへたり込む。
「せ、先生!?大丈夫ですか?」
近くにいた男子生徒が思わず、ラムエットに駆け寄る。
伏せたラムエットの顔がうっすらと見える。
顔色は青ざめ、体もやや震えている。無理もない、教師の威厳が崩れそうな魔法を見てしまったのだ。
男子生徒も一般的な実力しかないが、エルの魔法の凄味には恐怖を感じていた。
「・・・あ、あぁ・・・。」
「せ!先生?」
未だに震えるラムエットが口を開く。
「興奮し過ぎて、下着濡れちゃった・・・。」