第四話 【学院生活の朝】
「姫様っ!
姫様っ!!」
「ぐへへ〜、勇者様ぁあ〜。」
寝ながら、抱きついた枕に頬擦りをするエルをアニスは体を揺すって起こそうとする。
「相変わらず、寝起きが悪いですね。」
体を揺するのをやめ、アニスは自身の魔力を活性化させ、身体強化をはかる。
「失礼いたします。」
平時でも握力が40kgを超えるアニスの右手が、身体強化の光を伴いながらエルの顔を優しく包む。
そしてアニスは真顔で、間髪入れずにその手を閉じた。
「ーーーーーーーーっ!!!!」
幸せな夢から、強制的に覚醒が訪れる。
そして、エルは声にならない悲鳴を上げたのだった。
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「アニス。
私の顔、変になってない?」
「大丈夫です、超絶地味少女のエルになっております。」
ヒリヒリするこめかみをさすりながら聞くエルの問いに、アニスは無表情で答える。
「まだ、変わってねぇよ。」
ガラの悪いツッコミを入れた後、エルが黒縁の眼鏡を掛けると、瞳が赤から青に、髪は金から暗い茶色に変化した。
「そろそろ朝ご飯食べに食堂行かなきゃね。」
「承知しましたが、その前に一つよろしいでしょうか?」
身支度を整え、大きめのバッグを閉じたエルに、アニスが一つのブリーフケースをテーブルに置く。
まさか!と目を爛々とさせるエルの前でブリーフケースが開かれる。
そこには銃型の魔導具と弾頭に宝石が付いた六つの弾丸が並んでいた。
これはこの世界でたった一つしか無い、エルだけの魔導具。
幼き頃に異世界の書物を読み解き、魔法工学を学び、書物の内容を彼女なりに再現した結果がこの魔導具【イグニス】。
本来であれば、身につけた知識を活かし、自らの手で作り上げたがったのだが、エルはその技術を持つまでに至らなかったため、他で製作を依頼していた。
それがようやく完成品として、彼女の手元に届いたのだ。
「エルオーネ様、その魔導具はどう使われるのですか?」
「ふっふっふ〜、実技の時にお披露目するから、その時まで楽しみ待ってて頂戴。」
ベルトにホルダーを装着し、【イグニス】を収める。
次にピアス型の魔導具を左耳に付ける。
「さて、行くよアニス。」
「承知いたしました、エル様。」
「……あのさ、みんなの前では様外してよ?」
無表情だったアニスがニヤリと笑う。
「フッ、善処いたしますわ。」
エルとアニスは部屋を出て、校舎の食堂を目指す。
エルとアニスが食堂に辿り着くと、既にみんな集まっていた。
「みんなおっはよー!」
エルはリズたちに挨拶をし、アニスと一緒に席に座る。
「おはよう。」
「おはようございます。」
リズたちも挨拶を返す中、レンジとアニスの目が合う。
「エルちゃん、お隣のクール美人は?ルームメイトさん?」
レンジがエルにアニスのことを尋ねる。
「ええ、彼女は私のルームメイトのアニス。
ほらアニス、挨拶挨拶。」
「承知しました、エル。
皆様初めまして。私はエルのルームメイトになりました、アニス=ブラッドボーンと申します。
普段はイノセンスフィア王国第二王女エルオーネ様の専属メイドをしておりますが、この度エルオーネ様の勧めで一時的に進学させていただきました。
どうぞよろしくお願いいたします。」
アニスは席を立ち、両手でスカートを持つ動作をした礼をし、サラっと爆弾発言をする。
「第二王女専属メイドか〜」
集まるメンバーの誰かが、無意識に言葉を繰り返す。
「って、はぁぁぁぁぁぁぁあ!?
第二王女専属メイドぉぉっ!!」
そして一同驚愕の声を上げる。
エルは一同とは別の意味で声を上げていた。
周りにいた他同級生や上級生たちが不審な顔で注目する。
「皆様どうか、落ち着いてくださいませ。
他の皆様も大変失礼いたしました。」
アニスは手慣れた動きで、周囲に謝罪の意を示す。
周囲には内容が伝わっていなかったため、しばらくすると周囲は自分たちの会話に戻っていった。
「ど……どういうことよ、アニス!?」
やや血走った目で、エルは小声でアニスに問う。
「いえ、私に注目が集まった方がエルへの目が減るかと思いまして。」
「今晩、ちょっと打ち合わせしましょう。貴女と母様の企みを洗いざらい吐いてもらうから・・・。」
「……かしこまりました。」
「二人ともどうかしたの?」
二人でボソボソと話すエルとアニスにリズが不思議そうな顔をする。
「あ、ごめんね。昨晩そんな話聞かなかったから、どういうことー?って聞いてたの。」
エルが苦しい言い訳をする。
「そーいえば、エルオーネ様ってあまり公の場に出られないっすよね。
どういった方なんすか?」
昨日はいなかった小柄の赤髪の少女が、アニスの顔を見ながら、問う。
そんな彼女にエルや男子二人の視線が彼女にいく。
「……あ!
ごめんねごめんね。
あたし、リズっちのルームメイトのメリッサ=アトラクトっす、愛を込めてメリッサって呼んでほしいっす、よろしくっすよ。」
八重歯をキラっとさせて、無邪気な笑顔をする。
オリバーたちはメリッサの口調にツッコミを入れるのを堪えつつ、それぞれメリッサに応対したのち、アニスの方に話を戻す。
「それはそうと、第二王女殿下の件だな。俺の家は貴族と言っても下から数えた方がはやいくらいだからな。お会いする機会がない・・・から、気になるな。」
「オリバーの言う通りね。私も気になるわ。差し支えない範囲で、どういった方なのか聞かせて頂けないかしら。」
リズもオリバーに続く。
そもそも第二王女エルオーネは、あまり公の場には出ないことで有名だ。
理由は、元々社交場に興味がなかったエルオーネが専ら自室や工房に引きこもり、魔法と魔法工学に勉強に専念していたためなのだが・・・。
しかし、事情を知らない者たちからはそもそも第二王女とはいないのではないか?とか、すでに死んでいるなどと噂され、その噂はいつしか平民まで伝えわっていた。
そんないるかいないか言われている第二王女の、しかも専属のメイドが目の前にいるのだ。
みな興味津々だ。
周りにまで聞こえていたら、それはそれで大騒ぎになっていたことだろう。
「そうですね、エルオーネ様はとりあえず実在しておりますよ。
……あの方が三王女の中で一番変わってますが、とてもお優しい方です。私の尊敬に値する方です。」
ムズ痒くなっているエルをよそに、アニスの若干悦に入った顔を見て、皆引き気味でなんとなーく納得することにした。
会って間もないが、基本無表情なアニスが悦に入るくらい慕うのが、第二王女だと・・・。
これ以上は、何となく怖くて聞くに聞けなかった。
朝食の時間の内に、アニスとメリッサを含めた一通りの挨拶を終わらせ、エルたちは最初の授業が始まる教室に移動した。
ランティス魔法学院の授業は選択式の教科と必須の教科がおおよそ半々であり、1年生の最初のうちは必須教科が多く、講堂のような場所で大人数で受けることもある。
そして、本日は授業初日のため、どの科目も座学が多い。
皆魔法士を目指し、この学院に入学していることもあり、それなりに知識を収めてきている。
そんなこともあって、初歩の中の初歩のような話が多い一番最初の座学は、毎年毎年グダっとした雰囲気で始まり、そして終わるのだ。