第三話【 夢 】
「待って!なんで、アニスがここにいるわけ?」
「私はエルオーネ様専属のメイドです。貴女様のそばに侍り、お世話をすることこそが私の使命。
であれば、ここにいても何のおかしなこともございません。」
やや不機嫌になったエルことエルオーネの問いに、お辞儀の体勢から顔を上げ、アニスは澄ました顔で答える。
だが、最後の最後だけ、エルオーネを小馬鹿にしたようにニヤリと笑う顔をエルオーネは見逃さなかった。
「ほんっっと、いい性格してるわね、アニス!」
アニスの笑いの意図が読めたのか、エルオーネは思わず感情的になる。
このメイドアニス=ブラッドボーンは、エルオーネの幼い頃より身辺の世話をしている専属メイドでありつつも幼馴染でもある。
基本無表情であるが、皮肉を言うときだけ先のように表情が崩れる。なかなか意地に悪い性格をしているこのメイドは、エルオーネにとって主従を超えた関係な相手であったりもする。
それゆえ、先の笑いをアニスの嘲笑とエルオーネは受け取ったのだ。
エルが黒縁の眼鏡を乱暴に外すと、瞳の色が青色から赤色に、暗めの茶髪は金髪へと変化を遂げる。
まさに変身だった。
こちらが地味少女であるエル=ヴィオラの本当の姿。イノセンスフィア王国第二王女、エルオーネ=ヴィントヴィオーレ=イノセンスフィアその人である。
「フフフ、落ちついて頂けますか、エルオーネ様?
仮にも一国の王女なのですから、余裕をお持ち頂かないと・・・。
第二ですけどね。」
ニヤニヤ笑いながらアニスが告げる。
10年来の幼馴染でもあるアニスの性格を、よーく知ってはいるもののエルオーネは苛立ちを隠せない。
彼女はある夢を叶えるため、王女である自分を偽り、学院に入学したのにメイドである彼女が一緒にいてはバレる可能性が高まるかもしれないのだから。
「私が何の為に、王女である身分を隠してここにいるか、おわかり?」
「はぁ〜、何を今更。
貴女様との付き合いがどれだけ長いか、それは貴女様だってご存知でしょう?」
「フン、じゃあもう1回聞くけど、何でアニスはここにいるのよ。」
「私は陛下の命を受けて、ここにおります。
表向きは年齢的に学院に通って一般教養を学べということですが、実際は破天荒な貴女様の歯止め役だと、思いくださいませ。」
アニスの言葉に納得できないものの、エルオーネは深い溜息を一つついて諦めの言葉を言う。
「お父様め、余計なことを・・・。
しょうがない、私の邪魔だけはしないでよ、アニス。
それと、明日以降、私はエルだからね、」
「承知いたしました、エルオーネ様。いえ、エル。
フフフ、ここは愛称を偽名にしたのですね。」
「まあね、アニスも呼び馴れてるから良いでしょ?」
エルオーネはそう言いつつ、ジャケットを脱ぎ捨て、自分のベッドにダイブする。
「はぁ〜狭いわ。」
「王宮と比べないでくださいね。
とりあえずエルオーネ様、お休みになるなら、お風呂に入られてからにしてください。」
「はいはーい。」
エルオーネは枕に顔を埋め、明日から始まる学院生活に思いを馳せるのだった。
しかし、エルオーネはこのあとすぐさま寝落ちしたため、アニスに叩き起こされて室内のシャワーに連れて行かれたのだった。
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ふと、あの時の光景が夢に出る。
「今何と申したのだ!?」
私の父であるイノセンスフィア王ガイウスは、今聞いた発言を信じられないようで、一際大きな声を上げ、玉座から滑り落ちそうになる。
父はまるっとしたぽよんぽよんの体型のため、玉座から滑り落ちたらどこまでも転がっていきそうだ。
むしろ転がってケガをすればいいのに、と思う。
「ですから私、公務を休んで学校に通います。」
私の中でこれは決定事項なのだ。それに、私はそもそも公務をほとんどやっていない。
ティータ姉とエステルがほとんど公務を掌握しているから、私が出る必要がないのだ。
おかげさまで、部屋に篭ってバイブルを読み耽ったり、魔法の研究・訓練に明け暮れることができて感謝している。
「ば、バカを言うでない!
お前はこの国を背負って立つ者ぞ!?」
「お父様、政治ならお姉様がいますし、軍備なら妹のエステリーゼがおります。
私個人としては、この国の過剰戦力なのですから、平和の今ならいなくても問題ないでしょ?」
14歳になった私は、既に神官長のベロニカすら足元に及ばないほどの戦闘力を有している。
自分でいうのもなんだけど、極光位ですら私をカテゴリーすることはできない。
だって、一国滅ぼせちゃうくらいの魔法がホイホイ使えちゃうしね。
「それに、私には夢があるのです。」
「おまっ!まだそれを言うのか!
この平和な世界に、お前が望む勇者が現れるわけないではないか!」
「何を言うのですお父様!
いずれ世界に混沌が訪れ、異世界から勇者様が現れるはずです!
その時に、私にも活躍の機会があると思います。」
「お前、まだあの本を・・・。」
「エル姉様は純粋ですからね・・・。」
両隣でティータ姉とエステルがため息をつく。
「それにですね、勇者様が現れたときに私が王女ではお供にして頂けない可能が高いのです!
ですので、私は来年から偽名で学生になります。
学生のうちから偽名で名を上げて、卒業後は召喚された勇者様のパーティーに加わることに決めたのです。
これは決定事項です。文句があるなら力ずくでお父様を叩きのめします。」
私は脅しとばかしに全身の魔力を、ちょこっと解放する。
ぽよんぽよんの父の体がなんか波打ってるように見えるので、ちょっと面白い。
「ぐぬぬ・・・我が娘ながら、せこいぞ・・・。
しかし、父として・・・。」
「良いではありませんか、あなた。」
父様が言葉を紡ごうとしたが、隣に黙して座っていた母様が一声挟む。
「エルオーネ。貴女の夢は幼き頃より十分聞いております。
そして、その夢を叶える努力も母は知っております。」
「母様・・・。」
「しかし、自身を偽ろうとしても貴女が王女エルオーネであることに違いありません。
貴女やることを私は制限致しませんが、条件が一つあります。」
「・・・何ですか、母様?」
「貴女がいなければならない公務には、参加に必ず応じなさい。
私たちでも召喚は最低限にしますが・・・。
それが約束です。」
「え、エリザベート、何を勝手に・・・。」
母様の言葉に、父様が狼狽えるが母様の一睨みで押し黙る。
「それだけでいいなら・・・。約束するわ母様。
私エルオーネ=ヴィントヴィオーレ=イノセンスフィアはその約束、守ります。」
この時は、思いの外話が進んだことと、母様が助けてくれたことに驚いた。
しかしこれは母様の策略であった。
通う学院の選定や、私自身の魔力量や魔法行使の制限などなど、母様は表裏でだいぶ私のことを縛り上げていたのだ。
正直、このときは舞い上がってしまっていて、偽名とその見た目のことばかり考えていたため、全くそれに気づかなかった。
そしてトドメが目の前にいるルームメイトのアニスだ。
父様の命令と言っているが、どう考えても吹き込んだのは母様に違いない。
私がエルオーネを忘れて、エルとして過ごすにはなかなか難しいみたいね・・・。
でも、これから私は夢を実現させて行くんだ!