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第十話 【辻斬り騒動①】

月も登り切った深夜。

ライティノス魔法学院の裏庭に、金属のぶつかり合う音が響き渡る。


一人は左腕に(オルカ)のエンブレムの腕章に、緑のネクタイの男子生徒であり、その手には剣の魔導具を持っている。

対する相手は襲撃者のようで、目元のみが開いた頭巾を被り、上から下まで黒一色だった。


「お前何者だ、何の目的で俺を襲うんだ。」


彼は夜な夜な日課の訓練をするために、裏庭に来ていた。そこを目の前の黒ずくめの者に襲撃をされて今に至る。


「目的〜?ハッ、そんなの決まってるだろ?強い奴と戦うためだよ!」


口調が荒いものの、声色が少女のものだった。

そういうと、小太刀を構える。


「さて、準備運動も終わった。

ここからは、オレの力を見せてやるよ。」


目元しか見えないものの、黒ずくめの襲撃者が邪悪に笑っているのは、男子生徒からも感じ取れた。


身体強化(フィジカライズ)


身体能力を強化する魔法を襲撃者が発動する。

既に身体強化を発動していた男子生徒は驚きの声を上げるが、すぐに意識を切り替え、剣を構える。


矢のような速さで襲撃者が迫る。

あまりの速さに男子生徒は魔法の行使を捨て、両手で剣を握り直し、襲撃者が来るであろうタイミングに合わせて振り下ろす。


だが、その剣は空を切る。直前で襲撃者はその身を反らし、彼の左横を抜けたのだ。

左腕と胸、さらには手の甲に浅めの斬撃のオマケつきで。


「痛っ!」


咄嗟の痛みに、彼は握っていた剣を手放してしまう。


「オイオ〜イ、剣士が得物を手放しちゃあダメじゃねぇ〜か?」


落とした剣に意識がいったために、反応が遅れた彼の横腹に、襲撃者の蹴りが突き刺さる。


「うぼぉっ!!」


結果、彼の体は数メートルを飛び、受け身することなく地面に落ち、転がる。

骨が折れ、内蔵が軋む。

身体強化によって、蹴りだけでなく、そこに到達する速度も上がっている。

普通に受けるよりも激しいダメージだ。


「おほ、良い音色だな。」


襲撃者は顔を上げて目を閉じ、彼から聞こえた音の余韻に浸る。

男子生徒はそのまま立つことが出来ず、意識を失った。目を開け、男子生徒の方を見るなり、襲撃者は大きなため息をつく。


「あぁん?もう終わりか?

チッ、剣闘部期待の2年生じゃねぇのかよ、他の奴らと同じであっという間にリタイアかよ、つまんねぇな。

しょうがねぇ、明日にでも、次の獲物でも見つけるか。」


血が一滴すら付いていない小太刀を鞘に納め、彼女は闇夜に消えていった。



明朝早く、男子生徒は朝練をしていた生徒に発見され、医務室へ運ばれた。

一命は取り留めたものの、暫くは安静が必要とのことだった。


これがライティノス魔法学院の辻斬り騒動の始まりを告げる事件だった。





ライティノス魔法学院には、生徒の自治の一つとして、クラブ活動を推奨している。

志しや趣味など、その集まりの目的や理由などは様々であるが、3人以上集まればクラブ開設を許可しているのだ。

また、1年に1度ずつ研究や文化系の発表会やスポーツなどの運動・武闘系の大会がある。

大会などの成績は、クラブの資金や部室の拡充へと還元されるため、クラブに所属する者たちは日々熱心にクラブ活動に取り組んでいるのである。


そして、新年生が入学して2ヶ月を過ぎると勧誘が可能となるため、上級生たちは優秀な芽を手に入れようと切磋琢磨し、学院内は大会並の盛り上がりを見せるのだ。


1年生でも事前にリサーチしていた者は、自らクラブに申し込みに行ったり、そうでない者は為すがままに連れさられたりと、様々である。


「噂に聞いてはいたが、これは外に出るのは危険だな。」


朝食を食堂で食べながら、オリバーが窓から見える階下の惨状を見ながら言う。


「ここ二ヶ月で目立ったとか関係なく、誰もかれも巻き込まれてる感じがするわな。

食堂が勧誘外の場所で、本当に良かったな〜。」


向かいに座るレンジが答える。


「おはよう・・・。はぁ、ここに来るまでもけっこう苦労したわ。

途中でメリッサに引っ張ってもらって、何とか抜け出せたから良かったけど・・・。」


ややボロボロなったリズと、元気いっぱいのメリッサが現れた。


「おはーっす、オリーにレンレン。

まったく〜、リーズは身体の鍛え方が足りないっすね〜。

およ、アニスっちとエルルはまだ来てないみたいだねぇ。」


「そういえば、あいつらはまだだな。そのうち来るだろうから、それまではここで大人しくしといた方が良いな。」


オリバーはそういうと朝食の続きを食べ始めた。



一方、エルとアニスは寮から出れずにいた。

偶然であったのだが、先に部屋から出て行ったリズを追い掛けようとした矢先、階下で上級生にリズがもみくちゃにされているのを目撃してしまったのだ。

急いで部屋に戻って今に至る。


「何なのよあれ、いつまでも居なくならないってどういうこと?」



「これが噂にされていたクラブ勧誘でしょうね。」



「クラブ勧誘?何か聞いたような気もしなくもないけど、アニスどうにか切り抜けられない?」



「あのごった返した人混みをですか?

そうですね・・・、ラターニャお姉様でしたら簡単でしょうけど、私はカタリナお姉様の鏖殺裏メイド流拳法しか教わっておりませんので、力ずくでよろしいなら・・・。」



「待って待って、ツッコミどころがどこかわからない。

そもそも、ラターニャとカタリナと貴女って、姉妹だったの!?」


アニスの発言に、クセが強い二人のメイドが頭に浮かぶエル。



「いえ、メイド長のミーシャ大お姉様に先輩はみなお姉様と呼ぶように教わっております。」


エルは諸悪の根源を頭に思い浮かべる。

自分を大お姉様とか呼ばせる、四十路超えのミーシャをあとで弄ってやろうとエルは心に決める。


「ミーシャさんのこともよくわかんない拳法も置いといて、とりあえずどうにか食堂に行きたいわ、お腹減ったし。」


アニスはしばし考える素振りを見せた後、納得のいく解を導き出した。

その結果が・・・。


「何故、こういう格好なの?」


アニスの腕に抱きかかえられた格好、つまりお姫様抱っこされた状態でエルは問う。


「簡単なことです。

私が身体強化(フィジカライズ)して、エルを抱き抱えたまま走り抜けます。

最高速度を維持しつつ、人混みを避けるのは私の方が得意でしょうからね。では!」


アニスはエルを抱きかかえたまま、吹き抜けの2階から跳び、ホールへ着地した。


急に空中から現れたアニスに、上級生たちは驚いて動きが止まる。

その一瞬で、アニスが一気にホール内にいた上級生十数人を抜き去り、入口まで辿り着いた。


「このまま、走り抜けますよエル。」



「おー!アニスいけいけー!

私を食堂まで連れていくのよー。」


エルはノリノリでアニスの腕の中で叫ぶ。

アニスは無言で頷き、再び走り出した。迫り来る上級生を右へ左へ、場合によっては跳んで避ける。


脱兎の如く走り抜けるアニスが、次々と上級生の目に入るが、そのあまりの速さに、なかなか目に止まらない。


「ちょっとちょっと、何あれ速すぎるんだけど!」



「あのお姫様抱っこしてる1年生、捕まえて!

あの子は我々のクラブで確保するのよー!!」



「お姫様抱っこ?そうよ!地味な眼鏡の子を抱えてる黒髪のボブの子よ!」


魔法による念話を駆使し、上級生たちは互いに連絡を取り合ってアニスたちの現在地を確認し合う。

クラブに所属しているだけあって、そのチームワークや手際の速さは流石であり、最短ルートで食堂まで行くことが叶わない。


アニスは可能な限り最短ルートを選んでいるつもりではあるが、誘導をされているのでは?という疑問を抱く。


「エル、よろしいでしょうか?」



「わかってる。少なからず誘導されてるわね。

おっけー、ここからは最短ルートを選んでくれる?邪魔な方は私がどうにかするから。」


アニスの問いに、全てを把握したエルは左耳につけたピアス型の魔導具を起動させる。


これはあくまでエルが()()()()使()()()()()()()()()()というフェイクのためのものである。


そんなやり取りを終わらせると、早速T字路の廊下に差し掛かる。

どちらも通さないようにしてはいるが、意識して見るとどちらかといえば左側に人数が偏っているように見える。


エルは早速左側の上級生に魔法を仕掛ける。

ただ単純に火力ありでの魔法を仕掛けると先生が飛んできて、その後が恐ろしいことになるので、足元から頭上へ突き抜ける突風を巻き起こす。


当然女子生徒のスカートがめくれ上がって下着が顕になる。

女子生徒はスカートに意識が行き、付近の男子生徒はその光景に釘付けになった。


そこをアニスは最高速で駆け抜ける。

途中、顔面を殴られた男子生徒が視界の端に写ったのだが、自業自得だな、とエルは思うことにした。


「エル、やり方がゲスいです。」



「これが手っ取り早いんだもん、しょうがないわ。」


エルは悪びれることもなく、ドヤ顔でアニスに返すと、呼吸を乱すことなく走りながらアニスはため息をつく。


同じ手法を使うこと2度、エルたちは食堂へ辿り着き、みんなと合流を果たすのだった。





エルとアニスも朝食を済ませ、授業までの団欒となる。


「そういえば、みんなは勧誘どうだった?リズが凄い勢いで巻き込まれてたから、私たちは部屋に逃げたけど。」



「貴女達、少しは助けてよ・・・。

あの後私は、メリッサに助けてもらって辿り着いたわ。」


ため息をつくリズの横で、メリッサがドヤ顔でVサインを出す。


「上位の1年生は目星を付けられてはいると思うが、基本的に見境なしに見えるな。」


オリバーが、階下で未だに続く惨状をちらっと見て言う。


「僕の兄貴も言ってたけど、これ1週間続くから、ある意味先にクラブ入っといた方が被害が長く続かなくて良いって言ってたぜ。

ところで、みんなはクラブ決めたのかい?

僕はもちろんマーケティング系のクラブなんだけどさ。」



「それは別にこの学院でなくても、良くないか・・・?

カーネスとか通関系の学校があるだろ。」



「あるあるに決まってるだろー。

魔法通関士系の学校だと、お堅いことしか出来ないけど、ライティノスだと学生のうちから自由にやりたい放題出来るんだよ。危険物の発送とかさ・・・。」



「自由ね・・・。確かにここは生徒の自治を重んじてるって聞くし、それは良いかもね。

ちなみに私は、妖精研究会とか目を付けてるのよね。」



「ちなみにリズは学院に入る前から、妖精とキャーキャー喚いてたぞ。」



「喚いていたとは心外ね。そういう言い方する貴方は、どうせ剣闘部でしょ?わかりやすいわねー。」


何故かオリバーとリズは、剣呑な雰囲気になり始めた。

幼馴染同士にか通じない何かがあるのだろうと、エルたちは二人を置いて会話を続けることにした。


「アニスっちは何入るの?」



「私ですか?

そうですね・・・、あらゆる物は武器になる、というフレーズで勧誘してる万象武装部が気になりますね。」



「あらゆる物ね〜、何かその本に具体的に書いてあるの?」


エルはアニスが読むクラブ紹介本について尋ねる。


「ええ、 武器の一例として、本のしおりに一時的に魔力を込めて刃物にするとか書いてありますね。」



「誰がそんなの思いつくんだ・・・。」



「そうですね、普通は思い着きません。ですので、大変興味を持っております。

鏖殺裏メイド流拳法以外の見聞を広げる良い機会です。」



「ちょちょちょ!!なんですかその物騒な拳法は!?」


思わずレンジはアニスにツッコミを入れてしまう。

王城内でも少数しか知らないことであるが、イノセンスフィア王城内に仕えるメイドの大半が戦闘力を有する猛者である。


彼女らは魔法士としての資質こそそう高くはないのだが、こと肉体を利用した戦闘に置いては無類の強さを誇る。その極端の戦闘力から魔法士よりも戦士として表現される。


メイドたちの戦闘でも得手不得手があり、現在は4つの流派に統合されている。

主に拳、剣、戦斧、暗器である。どれもこれもレンジがツッコんだように仰々しい名前がついていたりする。

王国内でも軍とは別の組織であることも、あまり知られない理由でもある。


「そんな流派もあるということですので、マークス様、お気になさらずとも大丈夫でございます。」


しれっと話を終わらせるアニスに、レンジは気になって気になってしょうがないのだが、これ以上突っ込んで聞くことができなかった。


「あとは、エルとメリッサはどうするんだ?」


リズとの痴話喧嘩から戻ってきたオリバーが両名に聞く。


「クラブって、正直言うとイマイチ良くわからないのよ。

だから、いろいろと覗いて見てから決めようと思ってるわ。メリッサは?」



「あたしもエルルと一緒で様子見っすね。とりあえず武闘系のクラブを回ってちょっかい出しながら、どんなものか見てみるつもりっす。」



「良いクラブが見つかるといいな。」


そうこう話をしている内に、授業の時間が迫ってきていたため、エルたちは急ぎ足で、勧誘が静かになり始めた廊下を移動するのだった。


本日の授業が終わり、オリバーたち4人は目的のクラブへ、エルとメリッサは勧誘に巻き込まれない程度にクラブ探しをすることにした。

アニスがエルの元を離れることに少々悩んでいたが、エルはアニスの背中を押し、クラブへ送り出した。


「メリッサはこれからどうする?

私とフラフラ回る?」



「ごめん、あたし体調優れないから、パスっす。」



「大丈夫?部屋まで送る?」



「大丈夫っすよ、エルル。少し休んでから戻るし。エルルは気にせず見にいくといいっすよ。」


青ざめた顔で話すメリッサを見て、エルはその場から離れることができなかった。

エルは一旦、医務室にメリッサを送り届け、彼女がベッドで眠ったことを確認してからその場を離れた。


「どこ見ようかな・・・。」


アニスから拝借したクラブ紹介本を読みながら、エルは宛もなく歩き始めた。




現在は勧誘もとい拉致した1年生へクラブのアピールをしている時間のため、勧誘しているクラブの人員が極端に減っていた。

ここで囲った人員が少しでも減らないよう、各クラブは洗脳レベルでミッチリと説明していくのだが、上級生の中には説明などが苦手な者もいる。

彼らは彼らで、自分たちの魔法技術や研究に没頭する者が多い。


武闘系クラブの一つにM・Aマジックアーツ部がある。

これはマーシャルアーツに魔法を取り入れた戦闘技術であり、己が肉体を武器とするものだ。

本日は20人ほどの確保に成功したとのことで、部長のテンションが最高潮であったのだが、ここから何人が残るのか、それが今個人訓練をしている3年生のダン・クリストの懸念であった。


「数をいれば良いと言うわけでもないと思うのだがな。」



「奇遇だな、オレもそう思うぜ。」


ダンの背後から、少女の乱暴な声が掛かる。

振り返ると目元以外黒一色の装束をまとった者がいた。


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