第一話 【始まりの学院】
「私は今日、夢への階段を1歩踏み出したのだ。」
王立ライティネス魔法学院の正門をくぐり、敷地内に1歩踏み出したところで止まる少女が独り言を割と大きい声で言う。
彼女の名はエル=ヴィオラ、年齢は15歳。新入生である。
同級生らしき少年少女たちから奇異な目で見られているが、エルは気にしない。なぜなら、幼い頃から今日までに胸に秘めた熱い熱意・渇望、その他様々な感情によって高鳴る想いが胸をときめかせ、崩壊氾濫してしまい、思わず声に出してしまったからだ。
門をくぐっただけなのに、一種のハイな状態に達していたのである。
他の新入生たちは、エルを避けて門を通過する。
歩を再開したエルは、歩きながら胸ポケットから1枚のプレートを取り出す。薄いものの材質は比較的硬めな金属で出来ているため、容易には曲げることは出来ない。
それもそうで、これは学院の生徒であることの証であるからだ。学院の生徒一人一人に配られ、本人の魔力を通すことで本人の情報を登録することができる優れモノ。
エルは取り出したカードに魔力を通すと、そこに映し出されたのは暗めの茶髪を編み込んで2つおさげにし、やや大きめの黒縁眼鏡を掛けた比較的地味と言っても差し支えない容姿・・・、そうエル自身の顔と情報が写る。
「ふふ・・・、あははは・・・あーーはっはっはっはっは!!」
入学前に何度も見ていたはずなのだが、プレートに映る自分の顔を見る度にエルのテンションは再び上がり、笑いが堪えきれず高笑いをする。
周囲の新入生たちは、怪訝な顔をしてエルの周りから足早に離れていく。入学式で緊張をしている新入生にとって、地味な少女が急に高笑いをし始めたのだ。怪しすぎて関わりたくないのだ。
「ふふふ、危ない危ない。最初は目立たないようにって地味っ子にしたことを忘れてしまいそうだったわ。
とりあえず入学式は大講堂だったわね。いっぱい人がいるし、魔力の反応が多い場所に行けば当たりよね。」
少々テンションが落ち着いてきたエルはそう言うと、様々な魔力が集まる場所へと足を向けた。頭で考えるよりも直感で動くタイプのエルは事前に配られた地図など見てはいなかった。
これまで時間に縛られた生活をしてこなかったエルは、のんびりとした足取りでそのまま歩き出した。
しばらくエルが歩いていると、背後から女性の声が掛かった。
「あら、あなた新入生?」
ふと、エルが振り返ると、声の主は銀髪のセミロングがとても似合うの女生徒であり、美人という言葉が歩いているような容姿の上級生だった。
ここライティネス魔法学院は全寮制の4年制の学院であり、リボンやネクタイの色にて学年が分けられている。
色は学年が上がる際に持ち越され、今年度は1年生が赤、2年生が緑、3年生が黄、4年生が青である。
エルの前に立つ上級生は彼女と同じ制服を着ているが、胸元で結ばれたリボンの色が青色だった。
つまり、最上級生の4年生である。
青色のリボンがすぐさま目に入ったエルは、失礼のないようにと細心の注意を払う。
「はい、わたく・・・私は今日から通うことになったエル=ヴィオラと申します。よろしくお願いします先輩!」
ちょっとした緊張からか、エルは割と大きな声で名乗る。
「ふふ、元気いっぱいですね。
私は4年のフラウ=ローゼです。入学後に困りごとがございましたら、お気軽にお頼りくださいね。
でもその前に、もうすぐに入学式が始まりますので、ヴィオラさんも左手側に見える第一講堂に急いでくださいね。」
「えぇ!?そうでしたか・・・、私としたことが気がつきませんでした!
あっちですね、早速講堂に向かいます。」
フラウの優しい口調に促され、エルも講堂へ向かう新入生たちの列に足を向ける。
しかし、エルは一旦足を止め、フラウの方に1度振り返る。
「ローゼ先輩、また今度お会いしましょ〜。」
「ええ、また今度。」
エルは手を振ったのち、講堂へ向かうのだった。
会場である学院の第一講堂に入り、早速空いてる席に落ち着く。
講堂にはすでに他の新入生たちの多くが腰掛け、今か今かと入学式の開始を待っている。その数は200人ほどとなり、みな様々な才能を持った魔法士の卵たちである。
エルは同じ歳の少年少女200人ほどに囲まれた経験がなかった為、緊張と興奮が入り交じった何とも言えない感情に包まれ、座りながらも辺りをキョロキョロとしてしまう。
傍から見れば、その姿は明らかに挙動不審の怪しい人物である。
幼い頃から今に至るまで、彼女の周りの同年代といえば、双子の使用人や上と下の姉妹たちくらいしかいなかったことも影響している。
講堂は正面に教員が並んで座し、新入生200人を囲むように右手側に3年生、左手側に2年生、背後側に4年生が控えていた。
始まるまで時間もそう無かったが、エルには非常に悠久な時間に感じられ、我慢出来ず隣に座る黒髪の男子生徒に声を掛けた。
「ねぇねぇ、初めまして!私はエル=ヴィオラっていうの。貴方、お名前は?」
「うぉお!?びっくりした!
えと、お…俺はオリバーだよ、オリバー=ノーヴェル。よ…よろしく。」
エルの急な絡みにオリバーは少々たじろぎつつ、オリバーはなんとか名乗る。
そんなオリバーをよそに、オリバーの向こう側から明るめの茶髪の少女が顔を出す。
「私はリーズベット=ルーベンバーグよ、オリバーの幼馴染なの、よろしくね。」
「オリバー君、リーズベットさんよろしくね。」
「私のことはリズで、彼はオリバーで構わないわ。代わりに私もエルと呼んでもいいかしら?」
「おま、勝手に・・・。」
「何か問題あるの?オリバー。」
「いや、別に・・・。」
「なら、問題ないでしょ。」
なんとなく文句を言ってしまったオリバーへ、幼馴染のリズが容赦のなく、自分の意見を通すのだった。
「うん、よろしくねリズ、オリバー。
それと…2人とも、貴族よね?」
エルは先ほど2人の家名を聞き、自分の頭の中にある貴族の家名が該当するのを思い出し、思わず尋ねる。
「まぁそうだな、王侯十貴族や守護八貴族のような高位の貴族でもない下級貴族のようなものさ。
こういう言い方は嫌いだが、【平民】とあんまり変わらないさ。」
「そうなのよね、一応貴族とは言われてるけど、オリバーの言った高名な貴族様たちとその取り巻きからは貴族扱いされていないのよ。」
「貴族にもいろいろふかーい事情があるのね。」
エルの言葉にオリバーは肩を竦め、リズは苦笑いしながら答える。
「それはそうと、私こういう場は初めてなのよね。だからソワソワしちゃって。」
エルは自分の率直な気持ちを吐露する。
「・・・そうなのか?俺とリズは中等部の卒業の時とかにそれなりに人はいた記憶はあるけどな。
エルは違うのか?」
「あー、あはは。えとね、私は…家の事情で学校通ってなかったから…。」
「ということは、エルの家では家庭教師でも雇ってたのかしら?」
「んー、そんなとこ、かな?
両親の旧知の神官さんがいてね。その人が魔法にすごく詳しいからその人に教わったのよ。」
実際、彼女にはイノセンスフィアでも希少な煌光位の魔法士である王国神官長ベロニカに教えを受けていた。
それ以外の神官たちは、彼女の有り余る才能を目にした途端、すぐに逃げ出してしまっていたからというのも理由だ。
「神官さんと知り合い・・・、エルの身分って・・・」
リズの質問にエルは差し障りのない範囲で答え、さらに話が広がりそうなところで、ざわめきを掻き消すかのような静かな声が講堂一帯を支配する。
「厳粛に・・・。」
声の主、1人の老年の女性教員が立っていた。
先のは彼女が発したのだろう。
眉間にシワを寄せた厳格な顔付きで1年生を右から左へ一瞥する。
歳を重ねてはいるものの、その整った顔立ちから、若い頃は綺麗な人だったのだろうと予想ができた。
「ごきげんよう、新入生の皆さん。この度は入学おめでとうございます。
私は進行をさせて頂きます、副学院長のヴェルクラリス=オーグナーです。」
先の一声と同様に、拡声の魔法を使っているのか、ヴェルクラリス副学院長の位置からエルの位置まで50mほど距離があったが、声はよく聞こえた。
「これより入学式を初めます。まずは学院長から挨拶を賜りますので、お静かにお聞きなさい。」
ヴェルクラリス副学院長がそう言って席に座ると、交代で教員の列の真ん中に座す白髭を携えた学院長が立つ。
「ごほん。新入生諸君、入学おめでとう。
私が学院長のアウスデウス=ガイ=バルディウスじゃ。
最初に厳しいことを言わせてもらうのじゃが、ここは学び舎であると同時に、戦場とも言える場所なんじゃ。
不注意や失敗で魔法士人生だけでなく、最悪命を落とすことも有りうる。
ゆめゆめ忘れることなく、魔法に励むのじゃぞ?さすれば結果はおのずついてくるからのぉ。
皆、自分が抱く大きな夢が果たせんことを、切に願っておる。」
そう語り、アウスデウス学院長は着席する。
一瞬、視線が重なったような気がしたが、エルは気にしないことにした。
(気のせい気のせい…)
その後、選択式のカリキュラムとクラス表が配られ、無事、エルはオリバーとリズと同じクラスになり安堵する。
次に発表されたクラスごとに学院内の主要な場所案内され、おおよそ一回りする頃にはあっという間に夕食の時間となっていた。
「さすがに疲れた〜。もう足が棒だよ〜。」
エルは食堂のテーブルに突っ伏すなり、気の抜けた声を上げる。
「そうね、こんなにも学院が広くて、歩き詰めだとは思わなかったわね。」
リズも座って、太腿をさすりながら答える。
「2人とも鍛え方が足りないんだよ。ほら夕飯。」
エルとリズとは変わり、特に支障のないオリバーが3人分の夕飯を両手の盆に乗せて、現れた。
「ありがと、オリバー。」
エルはお礼を言いつつ、自分の分のパンを受け取る。
そんな折、1人の男子生徒が現れる。
「相席してもいいかーい?」
やや青みがかった白髪で、糸目の少年だった。
「僕、レンジ=マーキスっていうんだけど、1人で寂しくてねぇ。
なんか君たちがとても賑やかそうだから、僕も混ぜて貰えると嬉しいんだけどな〜。」
「別にここは私たち専用じゃないし、どうぞ座って。
あ、私はエル=ヴィオラね。」
オリバーの隣を手で指示し、エルは名乗る。
続いてオリバーとリズも自己紹介する。
「あの有名なマーキス商会の…。
俺はオリバー=ノーヴェルだ、呼び捨てで構わない。レンジよろしく頼む。
俺も男子1人で割と寂しかったんだ。」
「私はリーズベット=ルーベンバーグ。リズって呼んでね、よろしくマーキスくん。」
「ありがと〜な〜、よろしく頼むよ。
それとオリバーの言う通り、僕はマーキス商会の嫡男だよ。
何か買い物があったら、是非ウチで。」
4人はたわいない話をしながら夕飯を食べ、交友を深める。
ひとしきり食べた頃には、それなりに時間が経ち、周りの同年も食堂を後にし、自分たちの寮に戻っていっていた。
4人もカリキュラムが配られた際に、部屋割は伝えられており、事前送ってあった荷物はその部屋に送られていた。
「エルと部屋は別みたいね。ちょっと残念だわ。」
リズは苦笑しながらそう言う。
「そうだね、そうなると私とリズの相部屋の人は誰だろうね。
また友達が増えそうでちょっとワクワクするよ。」
「エルは前向きね〜。私なんて少し緊張気味なんだけど。」
「女子は2人で相部屋なんだな、僕ら男子は3人ですわ〜。
1人は偶然にもオリバーだから良かったけど…」
「そうだな、あと1人は良い奴だといいな。」
オリバーとレンジもそんな話をする。
「とりあえず、明日も早いし部屋に戻りましょ。みんなまた明日朝食の時間で集合ってことで。」
リズはそう言うと席を立つ。
エルもそれに続いて、女子寮にリズと向かっていった。
「寝坊には気をつけねぇとな。
俺らも行こうぜ、レンジ。」
「まー、オリバーくん!起こしてくれよ。」
おい!とオリバーがツッコミつつ、男子2人も男子寮へ歩を進めるのだった。
男子寮・女子寮敷地内の東と西にわかれているものの、共に6階建てになっている。
1階は玄関と談話室などのコミュニケーションフロアと訓練場になっており、2階から5階までは下から順に1年、2年と学年フロアが上がっていく。
最上階が風呂場になっており、各部屋にシャワーがあるものの、広いお風呂に入りたいものたちはそちらを利用する。
エルは1年の階層まで上がるとリズと別れ、自分の部屋に向かう。
エルは胸元のポケットに閉まっていた部屋の番号が書かれていた紙を取り出し、魔力を流す。
寮の部屋の扉は魔法工学を利用した特殊なつくりになっており、番号札の書かれた用紙に魔力を通して扉に読み込ませることで、部屋の扉に居住者を登録をするのだ。
これにより、次回以降は自身の魔力が鍵代わりとなり、特に鍵を持ち運ぶ必要が無くなる代物である。
余談ではあるが、院内でもいくつかの扉には登録をされたものしか利用できない部屋はチラホラある。
自身の魔力こそが部屋の鍵となるため、防犯的にも様々な場面で重宝される。
ちなみにこの部屋は2人部屋のため、登録数は2つとなっている。
魔力を通した札を読み込ませたのち、エルは扉を開けて部屋の中に入る。
すでに相部屋の同級生がいたようで、中に進んだところで鉢合わせる。
メイド服を着た黒いボブの少女が、最敬礼をしていた。
「……え?」
最敬礼をする人間を幼い頃より見慣れてはいたものの、まさかこの学院の女子寮で見るとはエルも思っていなかったため、思わず気の抜けた声を上げてしまった。
その声に反応し、メイドは顔上げて、言う。
「おかえりなさいませ、エルオーネ王女殿下。」
その顔はやや意地の悪い笑顔であった。