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蔵書にバーコードが貼られず、本の見返しにカードとポケットがある場合、誰が借りたか一目瞭然である。
ゆえに、借りたことを知られたくない本は、いきおい図書室内で読み切ろうとするようになる。
しかし、長編小説を読破するのは、そうそう容易いことではないわけで。
「勝手に持ち出されると、俺たち図書委員が迷惑するし、見つからなかったら、司書の先生が自腹で無くなった書籍を購入することになるだぞ」
「ごめんなさい。でも、女子らしくないって思わない?」
男子生徒は、カードに日付の判を押したり、借りた書籍のタイトルを借出者のカードに記入したりしながら説教した。
女子生徒は、シュンと項垂れながら謝ってから、男子生徒が手にしている冒険小説を指差して言った。
「別に。好きな本を好きに読めば良いじゃねぇか。対象学年は書いてあっても、対象性別は書いてねぇんだからよ。――ほら、コイツを本があった場所に挿して来い」
「あっ、うん」
ぞんざいな口調で否定すると、男子生徒は代本板を突き付ける。女子生徒は、やや驚きながらそれを受け取り、書架に挿し込んでカウンターに戻る。
戻ってきた女子生徒に、男子生徒は冒険小説を差し出し、それを受け渡すと視線をそらし、カウンターに置かれた読みかけの本を手にしながら言う。
「他の奴に見られたくなかったら、俺が当番の時に来いよ。土曜日は、俺一人だから」
「そうね。そうしよっかな。ありがとう、えーっと……」
「壬生だ」
「ミブ?」
女子生徒が聞き返すと、壬生と名乗った男子生徒は、開いた本を伏せて説明する。
「壬生忠岑って歌人がいるだろうが。有明の、つれなく見えし別れより、あかつきばかり憂きものはなし」
「あぁ、百人一首ね」
「かささぎの、渡せる橋に置く霜の」
「ん?」
「白きを見れば夜ぞ更けにける、だよ。自分の苗字と同じ歌人ぐらい知っとけ、大伴っ!」
「はいっ! 出直してきま~す」
大伴と呼ばれた女子生徒は、唐突に癇癪を起した壬生にビックリすると、本を抱えて図書室を立ち去った。
壬生は、ピシャリと勢いよく閉められた引き戸を見つめてから、どこかバツの悪そうな顔をする。そして、伏せた本を起こして続きを読み始めた。
ページをめくると、少女漫画チックな挿絵が現れる。それもそのはずで、壬生が読んでいるのは、恋愛小説だからだ。