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メカ令嬢とメイドロボ  ~ ニルヴァーナの宝珠  作者: 洞窟王
第一章 モーカムへの旅
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遠い日の呪い ~ モーカムへの旅

※ 遠い日の呪い


青い晴れた空と蒼い海を白く輝く断崖が上下に切り分けて、その先は岬となり海と空が合わさる。断崖の下の荒々しい海岸を見下ろせる高台の上に古い領主の舘を改装した別荘があった。

貿易で巨万の富を築いたメイ氏にとって、英国の中でも温暖で晴天の日が多いデヴォンの地に別荘を手に入れる事が若い頃の夢だった、彼はその夢を叶えこの舘を手に入れたのだ。


デヴォンの大地は花崗岩と石灰岩と太古の変成岩の上にあり、年間を通じて降り注ぐ豊潤な雨に侵食され流され続け、土壌は薄く決して豊かではない、森の樹木はまばらで陽が優しく森の奥まで差し込んでいる。

周囲は美しい草原に覆われ、小さな湿原と古代ケルト人による石のドルメンが点在している。

別荘のある高台は宗教的に重要な場所だったのだろう。

この地はアーサー王伝説をはじめ古い伝承と神話が残され、デヴォンの東はコンウォール半島でその先は大西洋に突き出る最果ての地となる。


今年も初夏のデヴォンを楽しむためメイ氏の一家が別荘を訪れ、家族と共にメイ氏の9歳の孫のボリス少年も滞在していた。

少年は深い森もなく深い池もない、遠くから高台の別荘を見通せる安心感からか、めずらしい石のドルメンを探検したり、小さな湿原の周りに咲く植物や虫の観察に夢中になっていた。


そこで少年は小さな乾きかけた湿原の泥の中に半ば埋もれた細いチェーンを見つけた。

「宝ものだ!!」

夢中で手が汚れるのもかまわす泥から錆びついた首飾を掘り出した、それには紫色の半透明の石が嵌められていた。宝石に詳しい者ならアメジストと判断したかもしれない、おもわぬ戦果に興奮し宝物の泥を草で拭き取ろうと悪戦苦闘していると。


「冷たい!!」

宝物に夢中な間に天候が急変してスコールに見舞われたのだ、辺りは薄く靄がかかり風も吹いてきた。とりあえず林の中に避難したが、雨宿りをするには木々は疎らすぎた、だが雲の色も空も白く明るくて、雨もすぐに止む予感がしたから不安にはならない、霧に虹が映り幻想的にまで美しい。


「あなたは誰?」

「うわっ!!」

突然後ろから声をかけられ驚いた、声は幼い少女のものだったが、先ほどまで人の気配などまったくなかったのだから。


『君こそだれ!?』と問いかけようとしたが、声が出る事はなかった。

その声の主は美しい少女だった、しかし古いおとぎ話にでてきそうな人間離れした妖怪か妖精じみた雰囲気を持っていた。

その少女の年齢は自分より少し下ぐらいだろうか。

少年は恐ろしくなって逃げ出したくなったが身体が動かない。


「なにしに来たの?」

「君こそだれだ!?」

奇妙な少女は小首をかしげながら。

「だれだっけ?まだ決まってないわね」

どうも会話がまったく噛み合わない。


「ふ、ふざけるな!!」

「まあどうでもいいでしょ?少し遊びましょう」


少女に馬鹿にされていると思いむきになったが、女の子と遊んだ経験がなかったので戸惑いながらも付き合う事にした。

「あの向こうにストーンサークルがあるのよ」

すでに雨はやみ温かい陽が指しはじめていた。


湿原の花を観察したり昆虫を捕獲しながら、とりとめのない話を休みなく続ける少女の話をうなずきながら聞く事しかできなかった。

自分の世界に一人旅立ってしまった、その不思議な少女はこの草原の風景に妙に調和していた。

二人でいるはずなのに孤独であるような奇妙な感覚に囚われていく。

少年はしだいに自分に関心があるのか定かでない、少女の興味をなんとか自分に向けたくなってきた。


「君の名前も決まって無いの?」

「まだ無いとも言えるわね」

そう得意げに答える少女はどこか愛嬌があった、なにより相手が反応してくれてほっとした。


「家族はいるの?」

「まだ決まってないわ」

「そんな馬鹿な事あるかよ!?」

「そうね、これから決まるのよ、そしていずれ忘れる、その繰り返し」

少女が何を言っているのか意味がわからなかった。


「ねえ、私の物語を作ってみない?」

少年は何か流行りのプロポーズなのかと思い顔が赤くなる。

「なんなの?それ?」

少女は少年の赤くなった顔を指差しながら嘲る様に笑った。

だが少女は少年に怒る余裕など与えなかった、突然少年の腕を掴む、細い腕なのに強い力で少年の手首を締め付けた。


「じゃあ私と一緒に来て」

信じられないぐらい強い力だった、そのままずるずると引きずられる、少年は急に恐ろしくなった。

「やめろ!!どこいくんだ!!」

「たのしいところよ?」

少女は振り返りもぜす少年を引きずりながら真っ直ぐ進んでいく、おとぎ話の子供のように妖精にさらわれるのではないか?、恐怖に囚われて助けを呼んだ。

「たすけてー!!!」


少女が振り返った、その深い蒼い瞳で少年の瞳を覗き込む、まるで深い湖の底から覗かれたかのような戦慄が走る。


「つまらないわね、まあいいわ放してあげる」

「でも、いつか私の物語を書いてね、その時まで貴方の人生は何も始まらないわよ、忘れないで」

少年の意識が遠のき、最後に可愛らしくクスクス笑う少女の声が聞こえた様な気がした。




※ イサベラの宝物


イサベラがエルマー邸に転がり込んできてから、イサベラは2階の客用の寝室を個室にしている。ルルはエルマー邸で一番上等な部屋を占領しているイサベラに思うところがあるようだが。

ちなみにエルマーの元寝室が二体の自動人形の控室になっていて、エルマーは父の元私室を使っている。


イサベラはエルマーの書庫から英国の地図と地理の本を持ち出し、モーカムについて調べものをしていた、書庫の大部分はエルマーの専門書の類で埋められていたが、それでも地理や歴史の本も僅かに存在する、その多くはエルマーの両親や祖父達が集めたものだ。


旅行の目的地のモーカムは幾つかの小都市とともにランカスターの衛星都市群を形成している、ランカスターが薔薇戦争の片方の主役のランカスター家の領地だった事はイサベラも知っていたが、ランカスターが魔女狩り裁判で『首吊り台の町』と悪名を馳せた事、かつて奴隷貿易で栄えたが、港が堆積物で埋まりかつての栄光は過去のものになっているなど陰鬱な過去もある。


イサベラはとにかくこの手の怪奇な話が大好きだったので旅行への期待も高まる。

「どうせ行くならランカスターを見物すべきだわ」


モーカム湾に面したモーカムは寂れた漁村で、遠浅の干潟は貝やエビなどの海産物の豊かな生息地になっているが、干潮時に採集に気を取らていると底なし沼状態のクイックサンドに足を取られ溺死する事故が起きる事があるそうだ、それでも近年は海辺の高級行楽地として開発が進んでいる。

「高級行楽地と言う言葉は魅惑的ね」


調べ物で疲れたイサベラはベッドの上に大の字に寝転がり天井を見つめた。

「きのうからいろいろ有りすぎたわね」


イサベラがここに住み始めて2ヶ月になるが、お金も無いし好き勝手にはできないが、それでも部屋はイサベラ好みに少しずつ変化してきた。小さな本棚の上にはオブライエン夫妻とイサベラの写真が小さな額縁に飾られている。


あとは持ち込んだ僅かな本と、壁に昔両親が描いたイサベラの成長した姿を想像して描いた絵が飾られているが、これはイサベラの一番大切な宝物となっている。


「いそいで家から出たから向こうにもいろいろ残っているわね、こっちに持ってこようかな?」

そうすれば部屋をもう少し飾れるかもしれない。

「あの家も売らなきゃだめかな?一人で住むには広すぎるのね、でも思い出もあるし・・・・思い出?」


「不思議な事だけど昔の事ってあまり覚えてない」

家族の写真を見つめる、幸せそうな家族の写真だ。

「そういえば私の小さかった頃の絵も写真も無いのよね」

本棚の上の写真のイサベラは10歳ほどであろうか、これよりも古い写真は無い。


「エルマーが家にたまに来るようになった頃からの記憶しか無いのよ・・」

幼い頃の記憶は漠然とした蒼い空のイメージだけ。

「家に残っている物とか整理する必要があるわね、少しは思い出すかも、あとたまには掃除しなきゃね」


「まあいいや、今は旅行の楽しい事だけ考えましょう」




※ モーカムへの旅


翌朝、暗いうちからエルマー家は動き出した、イサベラは簡単な朝食の後に邸宅内の火元の確認や戸締まりの確認をする。

「ドアとかあちこちに物を挟んで置いたから、誰かが勝手に中に入ればわかるわね、これが推理小説で得た知恵なのよ」


イサベラは黒色のシンプルなディドレスに深緑のダスターコートを羽織り、頭に赤いリボンの付いた小さな麦わらカンカン帽を乗せている。

ルルは婦人用のつばの広い帽子を深くかぶり顔をベールで隠し、ブリジットは荷物のように布で梱包され自動車の後部座席に座らされた、自動車の幌を上げれば自動人形が座る後部座席は外からは見にくくなるのだ。

エルマーはよそ行きのスーツにダークブラウンのダスターコートを羽織りゴーグルを装着している。


「じゃあ始めるよ」

エルマーがクランクを回しエンジンを起動する、エンジンの騒音とともに青い排気ガスがガレージに立ち込める、門やガレージの扉の開け締めはイサベラの仕事だ。

仕事を終えたイサベラが助手席に乗り込んできた。

「あの人は今朝は居なかったわね」小さく呟いた。


「長距離になるので慎重に進むよ」

エルマーの宣言と共に、自動車は薄暗い早朝のロンドンの街に乗り出した。


北西に向かう鉄道線路沿いに進むと、東洋風の巨大な天幕が前方に見えてきた。

「あれインド魔術団の天幕かな?」

「インド魔術でしたらウッドベリー公園の競技場で公演があるようです」

どうやらルルもあの新聞を読んでいるらしい。


「イサベラは興味があるのかな?旅行が終わったら一緒に見に行こうか?」

「やっ・・・あっ、そんな子供っぽいもの見たくわないわよ!!」

「ごめんね、悪気はなかった」

エルマーが残念そうに苦笑いした、だが目にはいたずらっぽい光がある。

なによ、なぜそこで謝るのよ!!もっと強引になりなさいよ!!内心イサベラは荒れる。


「じゃあ観劇に招待しよう、どうだい?」

「ええ!?ありがとうエルマー!!今まで観劇する機会もなかったし、演劇なんて文化的ね、サーカスとは格が違うわね、うっ、嬉しいわ」

サーカスに未練たっぷりなのを頑張って押し隠しながら、デートに誘われた喜びは隠せなかった。

なんかエルマー親切?イサベラの内心の動揺が隠しきれない。


「わかりやすいお方ですね」

後部座席の斜め後ろからブツブツ聞こえた気がしたが、イサベラはあっさりとスルーした。

「と、とにかく公演中の演劇とか旅行が終わったら調べるわ」

「ははは、たのんだよ」

「イサベラ様にちょうどよい子供向けの劇があればよいのですが」


「お だ ま り な さ い ! ! !」



しだいにインド魔術団の天幕が更に大きく見えるようになり、ウッドベリー公園脇の大通りを自動車が通り過ぎて行った、イサベラはスマイリーサーカス団の作業員達が忙しく働くのを眺めていたが。

サーカス団の事務所らしき小屋の近くに、東洋人らしき男が10人程いるのに気がついた。東洋人はやはり珍しい。


「あそこ、インド魔術団の関係者かしら?」

その中の一人がこちらを指差している、なんだろうずいぶん驚いた顔をしているわね?

大通りには荷車を引くロバや通行人も何人かいるし私達とは限らないけど?


「ここからは良く見えないのが残念です」

天幕の反対側の座席に座っているルルからは幌がじゃまで公園の中は見えない。

「わたくしは布で巻かれていて何も見えないの・・」

もごもごとブリジットが話す。



「たしか公園の先に駅があったわね?新聞売りがいるはず、街を出る前に今日の新聞を買っておきたいの、いいでしょ?」

「君はあの新聞が本当に好きなんだね」

温かい目でエルマーが見つめる。

「おもしろいし、あっ!!ちゃんと前を見て運転しなさい!!」


「私も面白いと思いますわ」

後部座席からブリジッドがあの新聞のファンである事をカミングアウトした、イサベラは布教の成果に大いに満足したのであった。


「旅行の暇つぶしには最高よね?」




モーカムはランカスター近くの実在の街だよ、名前が素敵なので採用

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