エルマー邸を覗くもの ~ エルマー博士の客人
※ エルマー邸を覗くもの
居間に戻ったルルはカーテンのホコリを落としはじめた。
「たしか午前中そこ掃除したわね?壊れたのかしら?」
イサベラは独り言をつぶやいた。
ルルは毎日の様にエルマー邸を隅々まで清掃するが、同じ日に同じ場所を掃除した事はなかった。
「私は正常動作中でございます」
「えっ?きこえたの?悪魔の耳をしてるのね」
こいつほんと油断できない。
ルルは次に窓に飾られている花瓶を磨き初めた。
「やはりこの館を監視している女性がいます」
ブリジットが呑気に応じる。
「あらまあーどなたかしらね?」
イサベラは窓ぎわにいるルルの隣に走り寄った。
「どこにいるの?」
「あそこ、バークレー法律務所の前の街灯の側にいます」
たしかにルルが示した場所に女性の姿を確認できる、何か大きな荷物を側に置いているように見える。
「たしかにいるけど誰なのか知っていて?」
「申し訳ございません、わたくしの記憶領域ではお見かけしないお方です」
「遠いから顔がよくわからないわね、貴方には見えるの?」
「望遠モードで最大4倍まで拡大できます」
さりげなくこいつの新しい能力がわかった。
「一時間前にも見かけました、イサベラ様がお出かけの際に居なくなったので、イサベラ様を尾行していた可能性があります」
「気持ちわるいわね・・」
ルルはカーテンのシワを伸ばしながら法律事務所の方を眺めている。
「さて、この事はご主人様のお耳に入れておく必要があります」
ルルはまた奇妙な歩き方でトコトコとエルマーの書斎に向かっていく。
「ブリ、窓によらないで!!」
ブリジットが好奇心からか窓ぎわに行こうとしていることに気がついた。
人間に近いルルは遠目にはごまかしがきく、だが詳しく観察すればその不自然さは誰にもわかる、ブリジットの方が問題はないのだ、いかにも博覧会の展示物でごまかせる造形なのだから。そのかわりその異様な姿は遠目にも無駄に注意を引いてしまうのだ。
すこし寂しそうにブリジットが応じた、
「わかったわイサベラちゃん」
何かブリジットに言いたくなったが、街灯脇からこちらを伺っていた謎の女性が動き始めたのに気がついた、大きな旅行鞄を引きずり、馬車や通行人を避けながら足早にこちらに向かってくる。
年齢は20代なかばであろうか、家庭教師か女教師のような服装をしている、一瞬、窓際にいるイサベラを見たような気がした。
「私たちに気がついた?まさかここに来るつもり?」
顔を詳しく観察できる距離になったが見知らぬ女性だ。まもなくドアベルを鳴らす音が邸宅に響き渡った、イサベラはビクッとすると彼女の心臓が高鳴りだした。
「ええっと、どうしよう?」
書斎から戻ってきたルルがイサベラを見咎る。
「イサベラ様のあわてぶり、今のドアベルはよもやあの方でしょうか?」
「ええそう、見たことのない人だわ、急にこっちにやってきたの」
「了解しました、お手数ですがイサベラ様にお客様の応対を」
「あとお嬢様は奥の寝室にお移りください、私はご主人様にお伝えしてきます」
※ デリア=バーグマン
イサベラが恐る恐る玄関のドアを開けると、長身の美しい女性がイサベラを上から見下ろしていた。灰色じみた薄い金髪と濃いエメラルドの瞳、派手な美貌、豊かな胸、そして化粧が濃い。
イサベラの胸の奥で何かがざわめいた。
「初めまして私はデリア=バーグマンと申します、エルマー先生のお知り合いのヒギンズ先生の共同研究者をしております、またエルマー先生にもお世話になっております」
落ち着いた知性を感じさる声、発音からも高度な教育を受けている事がうかがえる。
だがイサベラはエルマーの知人のヒギンズ博士は知っているが、デリア=バーグマンなんて女性は知らなかった、初めて聞く名前だ。
「エルマー先生には今日の訪問を手紙にてお知らせしております」
彼女の声から、何かに酔っているような、興奮しているような、僅かな上ずった響きが感じられた。
なにかこの人変ね?、それにお客様の予定は聞いてないし、まあエルマーの事だからルルに伝え忘れていただけかもしれないけどね。
デリアは眉を僅かにしかめた、イサベラの反応の悪さに困惑したのだろろうか?
「あの?」
「あ、私はイサベラ=オブライエン、エルマー博士の助手をいたしております」
イサベラはさらにデリアを詳しく観察した、
大学にも女性はいたけどなんとなく学研肌の雰囲気をもっていたわ、この人って普段はこの服装をしていないのでは?服が馴染んでいないわね、化粧も濃いし、怪しいわね本当にヒギンズ博士の助手なの?
探偵気分でデリアを観察する、そうイサベラは探偵小説愛好家なのだ、この人は学者や研究者じゃない、きっと嘘をいっているわね!!
イサベラ流推理からそう結論付けたのであった。
デリアの目が僅かに潤み、何か嬉しい事か快楽に無理に耐えているような表情を浮かべる。
「貴方とっても良いフレイバーを持っているわね」
フレイバーってなに?イサベラの心の中に警報が鳴り響いた、この女とは関わらない方が良いと本能が即座に判断した、それはたぶん正しい。
邸宅をこそこそ見張っていた時点で不審人物である事は確定していたが、別の意味でアブナイのではないだろうか?
この女性を内に入れずに済ませる方法をイサベラは考えはじめた。
※ エルマー博士の客人
「デリア君じゃないか、久しぶりだね」
頭の上を良く知った声が通り抜けた、振り返るとエルマーが階段を降りてくる、
「3ヶ月ぶりですわねエルマー先生!!」
「怪しい女性が家を監視していると聞いて、もしかしたら君かと思ったよ」
「おーいルル、デリア君を一階の応接間に案内してくれ」
「よろしいのですか?」
「かまわないデリアは大丈夫だ」
ルルが隠れていた二階の廊下の奥から現れた。
「ご主人様、お客様がいらっしゃるのでしたら私にお伝えください、お客様に失礼でございます」
「ルルごめんわすれていた・・そうだイサベラ、ブリジットも連れてきてくれ」
えっ、あのポンコツを連れてくるの?心の声で抗議したが、おとなしくブリジットを呼ぶために階段を登り初めた。
「イサベラ、君にも参加してほしい」
私は驚いて足を止めた、そして嬉しくなった、だって今まで助手らしい事してこなかったしね。
「ええ、わかったわ!!」
そしてデリアをふり返ると、こちらを驚いた様に凝視したまま固まっている、私も驚いたが、階段を降りてくるルルを凝視している事にすぐ気がついた。
「この娘が貴方の自動人形なのね!?」
やはり彼女も衝撃を受けているようだ。
私もルル達を初めて見た時は本当に驚いた、そして自我がある事がわかった時は恐怖を感じたわね。
「はじめましてルル・・話は聞いていたけど、それでも驚いたわ」
「はじめましてデリア様、私はご主人様の忠実なるメイドのルルでございます」
ルルは丁寧にお辞儀をする。
「会話ができるのね、話は聞いていたけど・・あなた私が見えているのね?人間らしい目の動きが再現されているわね、凄いわ、生きているみたい!!」
デリアから先ほどの妖しい雰囲気が消え、純粋な好奇心に満ちあふれた研究者の顔になった。
「デリア様こちらへどうぞ」
ルルはかまわずデリアの鞄をエントランスに接した応接間に運びこんでいく。
デリアは思い出したように私を振り返った、
「エルマーが決めたのなら貴女にも参加をお願いするわ」
デリアは微笑んだ。
私はブリジットを呼ぶために急いで二階の寝室に向かって駆け上がった。