馬上の騎士様 ~ ストランド・ファンタジー・マガジン社
※ 馬上の騎士様
ルルの警告から皆がルルの視線の先を見つめる。
「そう言えばさっきから何か聞こえない?」
イサベラの言う様に、たしかに遥か彼方から何か勇壮な音楽が聞こえて来るのだ、それは次第に大きくなってくる。
「これはバグパイプの音だ!!」
「エルマー様これはスコットランド・ザ・ブレイブでございます」
イサベラはルルがこの曲の名を知っていた事にとても驚いた。
「でもなぜ音楽が流れているのよ?」
やがて夜の薄暗がりの中から馬の蹄の音とともに一人の男が姿を表す。
「皆さんこんばんわ!!」
それは馬に乗った探偵アンソニー=バリューだった。
「えっ!?アンソニー=バリューさん?」
イサベラが呆れた様な声を上げた。
なぜエドガー探偵事務所の探偵がこんな処にいるのか?イサベラの表情がそれを雄弁に語っている。
エルマーとイサベラは当然の様に驚いたが、ブリジットに駆け寄って彼女の損害を看取っていたルルもまた呆れた様にアンソニー=バリューを見つめている。
そしてルルとブリジットが珍しく狼狽した態度でエルマーを振り返った。
エルマーが意を決して一行を代表してアンソニーに話し合かける事にする。
「なぜ君がここにいるんだい?」
「ボスにあなた達を見張るように言われていたんです」
アンソニーは白い歯を見せてニッカリと笑った。
「まあ?エドガーさんの命令なのね!!」
イサベラは場違いに嬉しそうな声で喜んでいた、ルルはそんなイサベラに呆れた様な視線を浴びせている。
そしてアンソニーはルルとブリジットを見やりながら感嘆を隠せない声で。
「そこの二人が考える自動人形なのですね?」
「何時から二人に気づいていたのかい?」
「そうですね、先生の邸宅に先生とイサベラ嬢以外に何者かがいると私達は推理していたんです」
「先生達がそこの自動車で遠出なされた時に推理が正しかった事が証明されました」
「君は僕たちを尾行していたのかい?」
「僕一人では間に合わない、失礼ですが僕達で尾行していました」
「僕たちがモーカムに行ってきた事も知っているんだね?」
「もちろん一部始終監視しておりました」
イサベラはスコットランド・ザ・ブレイブの曲が何時の間にか聞こえなくなっている事に気が付いた。
「あれを見ていたのかい?」
「ええ」
「どうするつもりなんだい?」
「僕たちはあなた方の邪魔をしない様に命令を受けています、とは言えロンドンが今どうなっているかは解りませんが」
「君はさっきのサーカス団の連中を知ってるのか?」
「僕も詳しくは知りません、ただ奴らは人類の敵と言っても良い連中です」
そしてアンソニーはルルとブリジットを再び見た。
「奴らが彼女達を狙っているという事しか僕も知りません」
「僕も奴らの本当の狙いはルル達だと考えていた」
「なるほどそこの自動人形の名前はルルさんなんですね」
エルマーはルルとブリジットに目配せした、その時ルルから小さな機械音が鳴りルルの瞳が黒に戻る。
まずブリジッドが立ち上がり完璧な所作で挨拶をした、だが彼女のドレスはあちこち斬り裂かれ、金属の肌もところどころ傷ついていた。
「アンソニー様お初にお目にかかります、私はエルマー博士の自動人形のブリジットでございます」
続けてルルが立ち上がり挨拶をする番だ、髪の毛はところどころ焼け焦げメイド服もボロボロだったが、それでも毅然とした仕草で応じる。
「私はエルマー博士の忠実なるメイド・ルルでございます、今後ともお見知り置きを」
そしてアンソニーはルルとブリジットを眩しい物をみるように眺めていたが。
「驚きました、僕は科学には弱いのですが、信じられないぐらい優れた科学技術の成果だと言う事はわかります」
「ところでアンソニー、サーカス団が急に逃げた理由を知っているのかな?」
アンソニーは少し考え込んでいた。
「その件は僕たちのボスから時期が至れば説明があるはずです」
「なら奴らが逃げたのは君、いや君たちのおかげなんだね?」
「そう判断されて結構です」
そして暫し沈黙が訪れた。
「いけません、僕はそろそろ行かなければならないようです、これで失礼いたします」
エルマー達が声をかける間もなく、アンソニーは馬首をひるがえし、ピーク・ディストリクトの原野の闇に消えていってしまった。
それをエルマー達は呆然と見送る事しかできなかった。
※ ストランド・ファンタジー・マガジン社
ロンドンの中心部近くの古い貸しビルに、怪奇、伝奇、幻想小説を主に取り扱う大衆向きの娯楽雑誌『ストランド・ファンタジー・マガジン』の編集室が入っていた、その編集室で編集員の一人ジョゼフ・ロージーは大量の原稿と格闘していた、既に外は暗くなっていたが、最新号の編纂で遅れていた持ち込み原稿の査定に取り掛かっていたのだ、その中のある原稿の査定を始めて驚きの声を上げた。
「なんじゃこれは!?」
その原稿はジョゼフ・ロージーには読めなかったのだ、読むに耐えないとか、悪筆とか誤字が多いと言うレベルではなくまったく読めなかった。
最初はまだ文章になってはいたが、だが次第にストーリーも無くなり文章としてすら成り立たなくなって行く、やがてアルファベットとも違う象形文字でルーン文字ともケルトの遺跡に残された文字にも似ている所もあるが、それとも違う様にも見える不気味な記号の羅列になって行くのだ。
その文字には見るものを妙に不安にさせる不吉な何かを感じた。
「うむ・・・・」
「暗号か?まあイタズラにしては手が混んでいるな?」
ジョゼフ・ロージーは密かな怒りを感じた、小説を相手に読んで貰おうと言う誠意がまったく感じられない、そして暗号解読に時間をかけるほど彼は暇では無かったのだ。
「アホか馬鹿馬鹿しい」
原稿を投げ捨てようとしてその前に一応作者を確認する事にした、そこには期待に反して普通に読める文字で『ボリス=メイ』と書かれていた。
彼は驚いた、彼が知るボリスは意思が弱く流され安い男だが根は善良な所のある男だった、小説家志望だが長年芽が出なかった男だ。
先入観を排除するためあえてそうしていたが、文章や筆跡には癖があるのでだいたい作者は予想できるものなのだ、だがこの原稿からはまったくそれが解らなかった。
「彼奴ついに気が触れてしまったのかよ?」
まるで原稿の流れがボリスが壊れていく過程に見えて寒気を感じた。
あの男の悲惨な運命を思い暗然とした気分のまま原稿を不採用の棚に投げ入れた、だが見るものを不安にさせる不吉な文字の羅列を忘れる事はできなかった。
煙草に火を付けて気分転換を図る、彼はボリスがストランド・ファンタジー・マガジンの編集室に押しかけて来ない事を密かに神に祈った。




