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エンジントラブル ~ 襲撃インド大魔術団

※ エンジントラブル


エンジン音に不気味な雑音が混じり、やがて車体が振動を始めた。

「エルマー自動車の調子がおかしいの?」

「そうだね、すこし自動車を調べたい」


エルマーは自動車を路肩に寄せエンジンを停止させた、場所はストックポートの街を抜けて南西に5マイル近く進んだあたりだろうか?

イサベラは車から降り体を伸ばしながら、周囲の景色を気持ち良さげに眺めていた、古いレンガ造りの平屋の建物と緑の芝生に石垣が目に映る、北西の方向の空はマンチェスターの工場群が吐き出す煤煙(バイエン)で灰色と黒に(カゲ)っていた。


エルマーは作業用手袋をはめボンネットを開きエンジン不調の原因を探り始めた。


「ご主人様、お手伝いいたしましょうか?」

「大丈夫だよルル」


「今の内にルル達の螺子(ネジ)を巻いておくわ」

「イサベラ様よろしくお願いいたします」

イサベラ様はルルとブリジットの螺子(ネジ)を巻き始める。


そして30分程経っただろうか、エルマーが初めて口を開いた。

「ネジが緩んでいるボルトが数本あった、汚れを取り除き締め直すよ」


更に一時間ほど経っただろうか。

「他にもいろいろ緩みが出ていたよ、全て締め直したけどこれで治れば良いけどね」

エルマーは試しにエンジンクランクでエンジンを起動させる。

エンジン音は快調で不気味な雑音が消えていた、車体の振動もだいぶ収まったようだ。

「よしこれでいい」

エンジンを停止させる。


「さすがご主人様でございます!!」

ルルのどこか自慢げな称賛の響きにエルーマーは微笑みを浮かべた。

「帰ってから本格的にオーバーホールが必要だね」

エルマーは燃料の給油を始めた。

そしてエルマーは工具箱をしまい、作業用手袋を外し革手袋をはめ、再びエンジンを起動させる。


「イサベラ出発するよ!!」


自動車から少し離れていた処を散歩していたイサベラが自動車に慌てて戻ってきた。


「だいぶ時間を無駄にしてしまったよ、到着は夜になるかもしれない」

イサベラはだいぶ傾いてきた陽に不安を感じていた。

「夜はいやね」


ふたたび自動車はチェスターフィールドに向って進み始めた。









※ 一世一代の晴れ舞台


「随分暗くなってきたな」

「アクシェイ、彼らの自動車の故障のおかげで、幸いな事に夜になりましたわね」

「ダーシャ殿これは我らの主の思し召しだ、そろそろ歓迎の準備を始めようか」


サーカス団の緑の馬車の後部の扉が開かれ、インド大魔術団の団員達は公演の準備に取り掛かる。


「そろそろ彼らが来るはずだが」


やがて遠くから自動車のエンジン音が聞こえてきた、そしてヘッドライトの灯りが木々を照らす。

「みろ、あれが彼らの自動車だ!!」


「ドヌーブとダーシャ殿は馬車を頼んだぞ!!」

「かしこまりました」

すでに彼らも自動車の者たちが並みの相手ではないと気が付いていた。

「アクシェイ成功を祈りますわ、お気を付けて!!」

それにアクシェイは(ウナズ)きかえす。


「我らの舞台の総てを我らの主に捧げる!!一世一代の晴れ舞台をお見せしようではないか!!」


「いくぞ!!!」




※ 襲撃インド大魔術団


「エルマーまた自動車の調子が悪いの?」

イサベラの声には僅かな不安と恐怖が有った。

「ごめんイサベラ、でも速度を落とせば大丈夫だよ」


「ご主人様チェスターフィールドへの到着は夜半になる可能性があります、最悪の場合野宿のお覚悟を」

「こんな事もあろうかと、野宿の準備もしてきたんだ」

以前なら野宿にロマンチックな感想を抱いたであろうイサベラは夜の闇が怖くなっていた。


周辺には人家もまばらで灯火は皆無、ただ放牧地と森がどこまでも広がっている、今宵はその闇を照らす月の光すら無い。


その時、後部座席からルルが警告を発した。

「後方から得体の知れない何かが追跡してきます!!」

「なんだって!?何が追いかけてくるんだ?」

助手席のイサベラの顔色が悪くなって行く。


「自動車の速度を上げるよ」


「イサベラ様、私の螺子(ネジ)を限界まで巻いてください!!」

ルルの言葉の響きから緊張と危機の欠片(カケラ)を感じた。


「え、ええ、ルル背中を向けて螺子(ネジ)を巻くわよ!!」

助手席の下に置いた巨大な螺子巻鍵(ネジマキカギ)をルルの鍵穴に差し込み巻き始める。

「姿勢が苦しいわ!!」

「もうしわけありませんイサベラ様、それでも急いでお願いいたします」

イサベラは座席に膝座りをして螺子巻鍵(ネジマキカギ)を再び巻き始めた。


車は加速したが再び不快な音と振動が高まる。

「くそこんな時に!!」


「ルルちゃん!!私がランプで照らした方が良いかしら?」

「お嬢様お願いいたします」


ブリジットの両眼に光が灯る、自動車の後部座席の後ろから強烈な二条のビームが追跡者を煌々(コウコウ)と闇夜に照らしだした。

「なに?何かしらあれ!?」

イサベラが間の抜けた声を発した。


「なんだあれは!?」

バックミラーを見たエルマーも動揺を隠せない。


それは何と言い表わせば良いのであろうか?


三人乗りの曲芸用自転車の上に人間が山なりになっていた。

三人が自転車を漕ぎ、その真ん中の座席にひときわ大きな男が座っている、その大男の左右に横乗りする男達がいる、二人は腕を伸ばし真ん中の大男の肩を掴んでいた。

その三人を基盤に、その三人の肩の上に5人の男が立っている、それぞれが腕を伸ばし手を繋いでいるのだ。

それはまるで巨大な東洋の扇子の様な形をしていた、彼らの肌の色と服飾から英国人には見えなかった。


イサベラの口から言葉が漏れた。

「インド大魔術団!!あれはサーカスよ!!」

「イサベラ様、たしかにサーカスにしかみえませんわね」

一見冷静に見えてルルが混乱しているのがわかった、ルルは混乱すると少し言葉使いが可怪しくなるのだ。


「ルルちゃん、向こうは妙に速いわ?」

「なぜこんな処にサーカスがいるんだ!?」

「エルマー様、あまり友好的には見えません、振り切るべきです」


「解っている、でもエンジンの調子が悪いんだ」


曲芸自転車は徐々にエルマー達の自動車に迫って来る。


次第に彼らの表情がはっきりと見分けられる距離になり、イサベラの全身に戦慄が走った。

彼らが怒りや憎しみの表情を浮かべていたら、いや無表情ならばまだ良かったかもしれない、かれらは満面の笑みを浮かべていた、それはまるでサーカースの演者が満場の観客に向ける様な、そんな曇りのない自信に満ちた笑顔だった。

それは闇の向こう側にいる幾千万(イクセンマン)の観客に向けた笑顔であるかの様だった。


「いや、いや、来ないで!!」

イサベラは目を見開いたまま顔を横に振る。

「イサベラ!?」


この時インド大魔術団が形を大きく変え始める、真ん中の大男の上にムカデの様に7人の男達が縦に積み上がって行く。

それは全速で走るエルマー達を追跡する自転車の上で変化していくのだ、それはもはや人間業とは思えなかった。


「ねえ?なによあれ?絶対おかしいわよ!?ねえ?」

「イサベラ様お気を確かに!!」


その人間ムカデが蛇の様にのたくり自動車を跨ぐように伸びて行く。

「あれ!?」

助手席から後ろを向いていたイサベラは、突然上から肩を捕まれ凄まじい力で上に引き揚げられた。


「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「あ!?イサベラ!!」

「イサベラちゃん!?」

人間ムカデに助手席のイサベラが捕獲され空高く釣り上げられた、イサベラは気を失ったのか力なく動かない。

そしてイサベラの麦わらカンカン帽が後部座席に落ちていた。


「ご主人様前です!!」

自動車はタイヤを軋ませながらカーブを曲がり切り、その先の三叉路を自動車はそのまま直進した、だがイサベラを誘拐した「インド大魔術団」はその三叉路を右に曲がり疾走していく。


「ご主人様!!彼らは右に行きました!!」

「しまった!!イサベラ!!」

エルマーはブレーキを軋ませ自動車を急停車させた。


「そんなに彼らは、私の力が見たいのでしょうか?」


表情の乏しいルルから完全に表情が消えていた。

「ではご主人様行ってまいります」

「ルルどこへ行くんだ?」

「ルルちゃん冷静にね、ご武運を祈るわ!!」


ルルが自動車から飛び降りた。





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