モーカム封鎖 ~ 物語の交差する場所
※ モーカム封鎖
まだ朝も早い時間からモーカムへの街道は厳重に封鎖されていた。
「この先は現在封鎖されており進めません!!」
警備の警官がエルマー達の自動車の前に立ちはだかり警告する。
「いったい何が起きましたか?」
何度このセリフを言ったのかしら?助手席で半分寝ぼけているイサベラはエルマーを見つめた。
「伝染病が発生したとの事で安全の為に隔離しています、申し訳ありませんがこの先には進めません」
遥か封鎖線の向こうのモーカム側には軍隊の姿がちらついている。
「ここもダメなの?いったいどうなっているの?ハーバートさんのお屋敷がどうなったのかもわからないし」
エルマーは隣のやつれた様子のイサベラに気遣い気味に目をやった。
「ところでいつまで封鎖が続くのでしょうか?」
「それは我々にはわかりません」
この人達も皆んな同じ事しか言わないわね?何を言うか決められているみたいだわ。
イサベラが警備の警官を見つめると警官は顔を背けた。
これ以上は進めそうに無い、そう判断したエルマーは自動車を反転させるしかなかった。
「ご主人様この道も駄目でしたね」
「モーカムに向かう道は全て封鎖されているみたいだ」
モーカムに行くのは不可能、そして2日もこうして無駄にしている、エルマーは遂に決断した。
「ロンドンに帰るよ」
「畏まりましたご主人様」
「わかったわ・・・」
エルマーはゴーグルを降ろす、自動車はランカスターの市街地に向かい加速する。
「伝染病とか言っているけど、あの気持の悪い化物は何だったの?」
「僕にはまったくわからない、あれを宇宙人だと言われても信じて仕舞いそうだよ、ははっ」
「でもあの時はなぜか全然怖くなかったのよ、とても楽しかったような気がするわ、それに記憶が少し曖昧で」
「危機が迫ると人は生き残るためにそうなる事があるんだよ、そして後になって恐ろしくなるんだ」
「そうなの?」
「あのお屋敷はどうなったのかしら?ハーバートさんが穴に落ちて、その穴の底を見ようとしたら、そこには何も無かったのよ」
「イサベラその話はいい、あの屋敷はあの時すでに壊れかけていたんだ」
「イサベラちゃんが穴に落ちそうだったから持ち上げたんだけど、怖がらせてしまったわね」
「ブリのせいじゃないわ」
その時、自動車が僅かに不自然な震動しはじめた、エルマーの表情に不安の影が指す。
「ご主人様、だいぶエンジンを酷使いたしました、戻りましたら整備が必要です」
「その通りだ」
やがて不自然な震動は収まりエンジンは再び快調に戻った。
「しばらくは大丈夫そうだな」
「この時間なら日が暮れる前にこの前泊まったホテルまで行けるはずだよ」
落ち込んだイサベラに美しい景色でも見せてやろうとエルマーは思う。
「マンチェスターを通ってチェスターフィールドに抜ける道を通るよ、来たときと同じ道だからね」
「またあそこを通るのね、素敵ね」
イサベラが少しだけ元気になった様な気がした、エルマーはそれに微笑んだ。
※ 物語の交差する場所
そのエルマーの自動車を追跡する者達がいる、スマイリーサーカス団の派手な緑の大型馬車が街中を不自然な速度で静かに進んで行くのだが、それにも関わらず往来の人々はその馬車に全く関心を示さない、そして子供達だけが馬車を見つけ稀に歓声を挙げて喜ぶだけだ。
「アクシェイ殿、ドルーブからの報告です、奴らはマンチェスターの方に向かって行きます」
アクシェイは素早く馬車の窓を開け外を確認する。
「確かに、彼らはモーカムへ向かうのを諦めたか」
アクシェイはモーカムのあの夜の事を思い出していた、下等な神の下僕共が奴らの舘を襲ったあの晩の事だ、モーカムの海岸が広範囲に襲われていたが、だがその中心にはあの舘があった、状況的には英国の警察も軍隊もそれに気がつく事は無いだろう、彼らには数多の被害の1つに過ぎないのだから。
彼らが全ての中心にいる、それは我々だけが理解できる認識として。
我らは馬車の中から舘の崩壊する様を最後まで見ていた、見る価値の有るものはあの舘だけだった。
あの日の恍惚状態に陥ったダーシャの言葉を思い出す。
「ダーシャ殿あの下等な神の下僕共が何の為に行動しているのかお解りですか?」
「目的が有るのかもしれませんが、それに意味が有るとは限らないのです」
「といいますと?」
「いかなる物語には主役が居ます、そして重要な人物だけが触れられそれ以外は省略されるではありませんか?省略された者達にも意思や目的があるのでしょう、でもそれはどうでも良い事なのです、物語を盛り上げる為に集められたエキストラにすぎません、エキストラは自分が何をしているか知らくても問題ありませんのよ、彼らが何の為に集められ殺されたか?それは脚本を書いたお方に聞くしかありません」
「この世には物語の無数の糸が張り巡らされています、その糸が交差する点もまた数多存在します、その最も密度の高まる場所に宝珠有り、三つの宝珠が集まるという事は、そこに極めて重要なキーになる何かが存在すると言うことです、私達の晴れ舞台はそこにこそ有るのです」
恍惚状態に陥ったダーシャは全く別の人格が憑依したかの様になる、そして畏怖すべき我らの主の意志の欠片を垣間見せてくれる。
この事はロンドンのラケス達にも伝える必要がある。ラケスの言葉が蘇る、243年ぶりに訪れるその時に向かって今まで秘められた事象がすべて表に現れ始めるのだと。
アクシェイは立ち上がりインド大魔術団員の団員達を見回した、団員はアクシェイが何か言おうとしている事を察し緊張が走る。
「奴らが動き出した、機会を掴み奴らから宝珠を奪取する!!それに相応しい最高の舞台を作り上げる、我らの主に捧げる物語の為に!!」




