ダウニング街10番地
※ ダウニング街10番地
ロンドンの中心部のダウニング街に位置するその建物、あまりにも高名な建造物の玄関の扉には「10」とだけ書かれている。
その執務室を官邸の職員達が見慣れぬ人物が訪問していた、職員たちもその人物を好奇な目で眺め、首を傾げながらその正体を推察しようとしていた。
執務室には不機嫌そうなブルドックの様な面相の頭の禿げた男が真っ昼間から酒くさい息で何かをムシャムシャと齧っている、その執務室の机の上にはイサベラがこよなく愛する新聞が置かれていた。
その訪問者は英国観光局の役人という肩書であったが、その来訪者はうんざりした様に男を見下ろしていた。
「我が英国の首相が昼間から酒を飲んでおるのか?」
その男こそ時の英国首相アーサー=ボールドウィンその人であった。
「ヴァージル、お前は道徳を垂れにきたのか?なら帰れよ」
「そうはいかんわ、例の案件を片付けてきたので報告しにきた」
「ああ、あれか」
ヴァージルと呼ばれた英国観光局の役人は、ボールドウィンの前に幾つかの報告書を投げた。
ヴァージルは例の新聞に目を停めると、何とも言えない表情を作る。
「お前まだそんな新聞を読んでいるのかよ?エロ小説のレベルだけ妙に高いと言われる新聞だぞ?」
「この新聞の良さが解る奴こそ知性が高い証拠なんだぞ、いいか?この新聞が取り上げた瞬間それは真面目に検討する価値が無くなるんだ、その意味が理解できんのか?」
最初の報告書を読み進めていたボールドウィンは訪問者を見上げた。
「結局、時限式信管の沈底機雷を開発して攻撃したのか?」
「そうだ、それが一番安全だとされた様だな、お前の信管が下についている機雷のアイデアは危険すぎたので却下だった」
「俺は海軍には詳しいんだがな・・」
「巣は完全に破壊され、奴らの殆どは去ったと」
「化物共の屍体などは総て回収したそうだ、あとは情報操作だけだ」
ボールドウィンは五芒星を囲むバラと中央に塔の記章が入った報告書を読み進めている。
「妖精女王の魂魄とその分析と追跡か、こちらはここ最近画期的な進展が見られたようだな」
「ここ300年の成果を遥かに上回る結果が僅か1年で得られている」
ボールドウィンは最後の報告書を読み始めた。
その報告書の片隅に印刷された奇妙な記章が目を引く、五芒星に目と炎を象形化した記章だ。
「これが最大の問題だな、妨害と嫌がらせを推進しているか非常に厳しいようだな」
「俺からの意見だが、各関係機関で情報の共有をすべきだ、すでにお互いに足を引っ張り始めているぞ?」
「あいつら物凄く仲が悪いんだよな、お前が仲裁する?」
「・・・・」
「まあこれを読んでみろ」
机上の新聞を指し示す。
扇情的な煽りでモーカムの怪異について書かれている『モーカム湾の海底に建設されていた火星人の侵略基地を我が海軍が攻撃しこれを破壊した』
火星人はモーカムの湾岸を荒らし、人や家畜を浚い科学実験の材料にしていたがその野望は潰えたと続いている。
まあ他の記事も全部そんな調子ではあるが。
「高名な科学者が、火星の運河が干上がったため、火星人による地球侵略の危険があると事前に政府に警告していたと書いてあるぞ」
「本当にそんな科学者がいるのか?」
「聞くだけ野暮だろ?」
「まあ先にこれに書かれてしまうと、モーカムの怪異はまともに相手にされなくなるな」
「だがなモーカムでは宇宙人説がかなり支持されているようだぞ」
「あれを見るとそう思うだろうな、しかしこの記事だがあんたが書かせたのか?」
「下手に隠すよりこいつに書かせたほうが良いんだよ」
「・・・・・」
「読み終わったのか?これらの報告書は全部処分しなきゃならないからよこせ」
ヴァージルは報告書をいそいでとりまとめた。
「ところで、モーカム湾の怪物だが奴らは何処へ行ったんだ?」
「それは知りませんね、近くにいたら同じやり方で何度でもあぶり出してやりますよ」
「へへ、フランスかアメリカにでも行ったんじゃあねえの?」
アーサーはグラスの残りを飲み干した。
ヴァージルは不機嫌に執務室を去っていった。




