御伽の国の螺巻姫 ~ ウエストスミス家の崩壊
※ 御伽の国の螺巻姫
エルマーが取り出した拳銃を見てイサベラは目を丸くした。
「そんなの持ってたの?」
「万が一の護身用だよイサベラ」
「ご主人様、私が完成しておりましたら、内蔵型の小型機関銃であのような者達など一掃してご覧にいれるのですが、残念でございます」
「ルルなぜそれを知っているんだい!?」
「完成予定図を見つけてしまいました・・・」
「ルル、まあいろいろ物入りなんだよ、もう少しまってくれないかな?」
「もしやイサベラ様の養育費が財政を圧迫しているのではありませんか?」
「何よ!!小さな子供みたいな事いわないで!!」
その化け物たちは徐々に館に迫りつつある、その化物達の姿がよりはっきりするにつれ、その容姿の不愉快さが顕になっていく、全体的に魚と蛙と人の特徴を混ぜた様な姿で、個別に大きな差異がある事が見分けられる様になってきた。
あるものは巨大な魚と蛙を合成したような二足歩行する化物でしか無かったが、ある者はより人間的な特徴を残している個体も数多く見受けられる。
「ご主人様、彼らが館の敷地に侵入してきますがどういたしますか?」
「もう少し様子を見よう、館の中に入って来ないなら帰るのを待とう」
化け物たちは館に取り付くと窓をノロノロと叩き始めた。
「ちょっと、中に入ってくる気よ!?」
「まずい、雨戸を閉めて置くべきだった」
「ご主人様、窓の数が多すぎます、侵入を防ぐのは不可能です」
ソファに座り込んだハーバートはつぶやいていた。
「現実が夢を追い越したのではないのか?」
「ご主人様、海から切れ目なく奴らが来ます、やはり水際で海に叩き落とすべきでした」
なんかフラグが立ちそうなセリフを吐きながらルルは外を観察している。
エルマーが決意を固めた。
「強行突破しよう、これ以上数が増える前に自動車を動かしてここから離れる」
館のどこからかガラスが割れる音が聞こえてきた。
「私とお嬢様で掃除をいたしますので、ご主人様方は自動車へ、安全を確保するまで私たちは自力で移動いたします」
「ルルちゃん、それが一番だわね、あまり荒事は得意じゃないけどガンバリますわ」
ルルが少し嫌そうな顔をしながら、手提げ金庫に石碑拓本の欠片と呪物を戻しエルマーに手渡した。
そしてエルマー達は玄関に向かいルルがドアを開け放った。
ルルがドア近くの化物を蹴り跳ばし、ブリジットがその鋼鉄の腕で化物を吹き飛ばす。
「自動車まで血路を開きます、皆様ついて来てください」
イサベラは玄関脇に置いてあった、クランク棒をエルマーに手渡して巨大な螺巻鍵を抱きかかえた。
ルルが縦横無尽に怪物を蹴り飛ばし始めた、煌々と両眼のランプを燈したブリジットが細い鋼鉄の腕を振るい怪物を放り投げながら蹂躙していく。
今だにソファに座り込んだハーバートは窓の外で起きている現実離れした情景をただ呆然と眺めていた。
それは窓のスクリーンの向こう側の馬鹿げた冒険活劇を見ているたった一人の観客の様だった。
「夢から覚めたのでない、私は夢の中に何時の間にか迷い込んでいたのだ」
イサベラがハーバートがついて来ていないことに気がついた。
「ハーバートさんがまだ中にいるわ、呼んでくる」
「わかりましたイサベラ様、できるだけ急いでください、私たちのゼンマイが切れる前に脱出しなければなりません」
「イサベラちゃんの護衛はまかせて」
ハーバートの思考は迷走する。
「彼らは現実の存在ではない、あちら側の住人なのではないか?私はいつの頃からか誰かが考えついた馬鹿げた夢物語の中にいるのでは?彼らこそ総ての元凶ではないのか?」
その時ハーバートの前にイサベラが立った。
「ハーバートさんはやく行きましょう、まもなく舘の中に化物が入ってきます」
「君か?いったい何処に行こうと言うのかね?」
「安全な場所に避難しましょう、私たちと一緒に」
イサベラの声には冷静さと落ちつきと気品すらあった、ハーバートはふとイサベラを見上げた、なぜかイサベラが恐ろしい程美しく見えた、快活でどこか軽薄で平凡な娘と思い込んでいたが、彼女は現実離れした美しさを持った若い女性だった。
部屋の暗がりが魅せる魔法なのだろうか?
居間の入り口から煌々と輝く二つの光が室内を照らしだす。
「さあ、イサベラちゃんもハーバート様も早く行きましょう」
「さあ行きましょう」
イサベラがこちらを見つめている、イサベラの瞳は深い吸い込まれるような美しい蒼だった。
ハーバートは無性に彼らと共に行きたくなった、何か素晴らしい事が起きそうな、そんな愉快な予感がするのだ、あの化物も意に介せずに蹂躙していくこの一行ならば、世界の果てでも月にでも行けそうだった。
「ああ、そうだこんなところで座り込んでいてどうする、私も軍人だ」
「では自動車の所に急ぎましょう」
窓の外で繰り広げられている冒険活劇の世界に飛び込んで行く、私には何か重要な役割があるのでは?そんな思いが込み上げてきた。
「そうだな、退役軍人というものは、いつでも重要な役どころだ、若い者に規律と克己の精神を教えそれを未来に・・・・いや何を考えているのだ?」
その時、総てが静止した、総ての音と動きが止まったような、そんな奇妙な錯覚に捕らわれた時。
巨大な螺巻鍵を抱えたイサベラが後ろ手に手を差し伸べた、まるでお伽噺の螺巻姫にお伽の国に誘われているような不思議な感覚に捕らわれる、ハーバートは皮肉な微笑みをうかべ手を伸ばしかけ。
そこで固まった。
ハーバートの精神の奥深くから何かが警告を発していた、それは少しずつ心の奥から湧き上がる確信となり、明確に拒絶の意思となった。
あくまで現実の世界に軸足を残すそれがハーバートの答えだった。
いったいこの娘は今どんな表情をしてるのだろう?
ハーバートの意識をそれが掠めた。
※ ウエストスミス家の崩壊
再び時が動き始めた。
不気味な化け者達が各所の窓を破壊し侵入し始めている、舘のあちこちから物が破壊される音が響き渡り始めた。
「イサベラちゃんもハーバート様も早く!!」
化物を掴み放り捨てながらブリジットが叫んだ、口から激しく火花が散る。
ハーバートはこの人形ならイサベラの表情が見えているのだろうかと場違いな考えをした。
イサベラが数歩進んだ、ハーバートに後ろ手で差し伸べた手はすでに引っ込められていた。
「ブリジット!!ハーバートさんを運んで!!」
その時、舘全体が軋み始め、何かが壊れる様な騒音が響き渡り、舘全体が僅かに鳴動しはじめた。
イサベラが振り返った、それは怯えた半泣きの顔をしていた。
「お、お家が壊れるわよ!!」
その瞬間ハーバートが立っていた床が崩壊し、ハーバートは声も無く穴に落ちて行った。
「ハーバートさん!!」
イサベラはいきなりブリジットに掴み上げられた、持ち上げられたイサベラは穴の底に落ちたハーバートを確認しようと思った、だがその穴の底には何も見えなかった、そこには真の暗闇よりも暗い虚無で有るかの様に暗黒の深淵が口を開けていた。
絶叫を上げるイサベラを掴み上げたままブリジットは玄関に急ぐ。
ルルは自動車の周囲の化物を駆逐していた、エルマーはエンジンの起動を試みていたが慌てているのか失敗を続けている。
「ご主人様落ち着いて下さい」
「いやうまくいかなくて」
その時、館が鳴動しはじめ、女性の悲鳴が響き渡った、その直後から大きな破壊音が響きわたり始めた。
「イサベラ!?」
エルマーは思わず立ち上がった。
その直後、イサベラを掴んだブリジットが館から出て来た、ブリジットは空いた手で化物を吹き飛ばす。
「イサベラちゃんは気を失っているわ」
それでもイサベラは巨大な螺巻鍵をしっかりと抱きかかえていた。
「ハーバートさんはどうした?」
「お屋敷が壊れ始めて、ハーバートさんは床が抜けて下に落ちたの」
「居間の下に地下室なんてあったのでしょうか?」
「それは後だ、館がもう崩れる、早く自動車を動かさないと巻き込まれるかもしれない」
館の外壁がいよいよ剥げ落ち始めた、エルマーはクランクを回し遂にエンジンを起動させた。
「とりあえず自動車を館から離そう」
自動車は館から離れたが、その間にも館の崩壊が進んでいく。
「ご主人様、まもなくゼンマイが切れる頃合いです!!」
近寄ってくる化物を蹴り飛ばしながらルルが叫んだ、普段冷静なはずのルルから焦りを感じる。
「わかった後部座席にブリジットとイサベラを、助手席にはルルが乗ってくれ」
ルル達の動力が切れたら化物を防ぐ手が無くなる。
最後まで戦っていたルルが助手席に乗り込んできた。
「とばすよ!!」
エルマーは自動車で海とは反対側の坂道を全速力で下り始めた、丘の反対側にも化物がいたが容赦なく跳ね飛ばす。
助手席のルルは物言わぬ人形となりイサベラは気を失ったままだ、彼らを乗せた自動車は夜の街道をひすら海岸から離れようと走り続けていた。
その遥か後ろで丘の上のウエストスミス家が崩れ形を失っていく。
エルマー達の向かう正反対側、モーカム湾の沖に黒い軍艦の影があった、軍艦は何かを次から次と投下している、そして重く響く轟音がどこか深いところから鳴り響いていた。
完成予定図それは黒歴史




