ホテル・チェスターフィールド ~ アーウェルとシエナ
※ ホテル・チェスターフィールド
エルマー達はチェスターフィールドにほぼ予定通り到着した、自動車で宿泊できる宿を探すのだが、なかなか良い宿が見つからない、小さな町で自動車に対応している宿はかなりの高級ホテルしか無い事に気がついた。
「ルルとブリのネジを巻いてきたわよ、あそこ馬車用のガレージを改装したものなのね」
イサベラがガレージから戻って来た時、エルマーは宿のカウンターで部屋を取っているところだった。
ロビーをざっくり見渡したイサベラは素直な感想を述べた。
「自動車が泊められる宿って高級ホテルしかないの?」
「お疲れ様イサベラ、自動車は高価な物だからね」
イサベラはガレージの鍵をエルマーに手渡す。
「ホテルが無かったらどうする気だったの?」
「万が一に備えてキャンプの準備はしてある、おかしな場所で自動車が故障しないとも限らないしね」
今度はエルマーが部屋の鍵の一つをイサベラに手渡した。
「エルマー2部屋とったのね?」
「そうだよ、二階の一番安い部屋だよ、隣あった部屋だから何かあればすぐ行くから」
「えっ、ええ、当然よね」
「せっかく邪魔者が居ないと思ったのに」
ついボソボソと独り言を呟いたら、エルマーがこっちを見た。
「な、何も言ってないわよ!?」
自分の独り言に自分で呆れてしまった、顔が赤くなる、ええい何を考えているのよ!!
「イサベラ、どうだい食事の後で僕の部屋で話をしよう」
ええ、そうね、とてもお腹が空いたわね、なにか名物の料理とかあるのかしら?そうだお酒はどう、もう子供じゃないし。
「イサベラどうかした?」
「えっ?あ!?、あっ!!、それが淑女に言うことなの?」
前にもこんな事があったような気がする。
「いや、昔の事とか、父の事や父の戦友の話、僕が大学にいられなくなった実験中の事故とか、少し君に話しておきたいと思っただけなんだ」
「ええ、そうなんだ・・」
「少しずつ君に知っておいてもらいたいと思ってね」
「転がり込んできてたったの一月ですから、当たり前ですわよね?」
二人はホテル付属のレストランに向かう。
それはそうとお昼はサンドイッチだったからお腹が空いたわね。
「エルマーこのホテルいろいろお高くない?」
「お金の心配はしなくていいよ」
と言いつつもイサベラはエルマーと二人だけの食事に大いに感動していた。
エルマー邸でも食事を必要とするのはエルマーとイサベラだけだったが、何時もルルとブリジットも同席していた、料理人にして給仕のルルはともかく、ブリジットを同席させるのはエルマーなりの信念があるようだったが。
だからイサベラとエルマー二人だけの食事は初めてなのだ。
でもルルって味もわからないのに良く料理が作れるわね?
二人はシェパーズパイに野菜とトマトを添えた料理を注文した。
「ねえ、もう大人だしお酒を飲みたいのだけれど?いいでしょ?」
「だめだよ?」
そこをエルマーは無慈悲にバッサリと切り捨てる。
イサベラは『手強いわね』と心の中で舌打ちすると、気分を切り替えて一心不乱にシェパーズパイと戦う事にした、フォークをシェパーズパイに突き刺すと美味しそうな汁が食欲を刺激する臭いと共ににじみ出てくる。
うん、このひき肉とチーズの組み合わせが最高よね。
「イサベラ、あわてなくてもそれは逃げないよ」
生温かい目で見るエルマーに気がついて上目使いで睨みつけてやったわ。
※ エルマーの絵
夕食を終えてエルマーの部屋で休憩する、これがいろいろ緊張するのよ?それに外も大分暗くなってきたわね。
「僕たちが向かっているモーカムに父の戦友だった人がいるのは話したよね」
「ええ、聞いているわ、そういえば戦友って事は戦った事があったって事なのかしら?」
「ああ、そう言うことになるか、詳しくは解らないが父の所属部隊が戦っている、父の残したメモから推理できた事なんだ、父の家族宛の手紙にはまったく書いてなかった事だ、だから父の戦友から直接話を聞きたかった」
「何処で何と戦ったかも解らないの?」
「記録がほとんど無い、父も戦友も黙秘命令が出ていたのかもしれない」
「えーと、たしかニルヴァーナのルビーもアーウェルさんが持ち帰ったものなのでしょ?」
「でも石を見つけたのは一年程前に父の遺品を整理した時なんだ、石は10年前に父がインドから持ち帰っていたものだ、遺産整理の為に宝石を鑑定に出したら偽物と鑑定されたよ、宝石商の鑑定人が材質に興味を持ち始めたようなので、自分で調べたかったから慌てて持ち帰ったんだ、ははっ」
「それで私のお父様やヒギンズ先生やデリアさんを巻き込んだのね?」
「正直、ここまで大きな事になるとは思わなかったんだよ、デリアもあんな事になるなんてね」
「ねえ、ルル達に心があるのはニルヴァーナのルビーのおかげなんでしょ?」
「あの石は普段は単なる石なんだけど、決められた電圧や圧力を加えると、知性のような何かを生み出す、これは僕が最初に気がついた」
私には良く解らないので何を聞いたら良いのかもわからなかった。
「だけど最初に石に電圧を加えてみようと思いついたのはデリアなんだ、彼女はその実験中にあの事故を起こしたんだ」
思い出した、デリアさんがお屋敷に来た時にそんな話をしていたような気がする。
「ヒギンズ先生と僕は知性のある機械の研究をしていた、実現できるのは100年先になると予想していたんだ、機械式計算機があるだろ?あれが何万台も必要になるだろうと思っていたからね」
それってどれだけ大きな機械になるんだろう?
「そして半年程前に、僕たちの研究支援者のウォースパイト氏が研究の視察に訪れた、僕とデリアも立ち会ったんだが、その場に在学中のウォースパイト氏の娘のシャルロット嬢もいてね、その視察中に爆発らしき事故が起きた」
「爆発らしきってなんなの?エルマーもその場にいたのに?」
「初め何が爆発したのかすら解らなかったんだ、シャルロットが重症で静養生活に、デリアも3日程気を失っていた、研究所の壁に大穴が開くし大変だったよ、
デリアが復帰後に調査が本格的に始まったんだが、ガスが溜まっていてそれに引火して爆発した事にされたよ、だが大学の研究室があれから使えなくなってね、実質的に追放されたに等しい」
「デリアは爆発した時に消滅した物を疑っていたようだけど、彼女にもはっきりとはわからないらしい、爆発現場が片付けられてしまっていて調べようが無くなったんだ」
現場の確保は調査の鉄則なんですけど?エルマー達って大学から煙たがられていたのかもね。
「その後から自宅の研究室で研究を継続したんだ、そこからブリジットが生まれルルが生まれた・・今はこのくらいかな、ニルヴァーナのルビーについて説明するのはとても大変なんだ、僕にも解らない事の方が多い、真面目に説明しようとすると狂人と思われるだろうね」
「あの石と別のニルヴァーナのルビーがあったとして、同じ様に知性を生み出せる保証はない、この世に一つしか無いって事はそう言う事なんだよ」
石で知性を作り出せるとして、それがあの自動人形になる仕組みがまだ良くわからない、でもなんとなく聞かない方が良い、なんだろうそんな予感がしてきたわ。
イサベラは何か考え込んでいる様に見えたので、エルマーはしばしイサベラの顔を眺めていたようだ。
「父の遺品の中からメモを見つけたのは一年前、戦友の住所がわかったのは最近の事なんだ、彼に手紙を出したのが一月以上前だが、返事が無かったので接触する気が無いと思っていた、だが最近になって急に僕に話をしたくなったらしい、そして何かを僕に渡したいらしい」
「その何かって、もしかしたらニルヴァーナのルビー?」
「実は、僕はそれを期待しないでもないんだ、正直言うと研究用にどうしても欲しい、父の部隊が何をやっていたのかそれに関する情報かもしれないけどね」
それが石ならルルの妹が生まれるのかしら?そうだ石に性別とかあるのかな?
重要な事に気がついた様な気がしてイサベラはまた考え込んでしまった。
「イサベラ、僕が君と初めて出会った時の事は覚えているかい?」
さっそく私は昔を思い返そうとした、何時の頃からかエルマーはオブライエン家と親しく交流するようになっていた、イサベラの両親が健在だった頃の記憶と共に懐かしい思い出がよみがえってきた。
エルマーと初めて出会ったのはイサベラが7~8歳の頃のはずだが、残念な事にイサベラの記憶の中には残っていない。
「ごめんなさい、昔の事は全然思い出せなくて」
「僕は良く覚えているよ、君の最初の挨拶は『私はイサベラ、貴方がエルマーですか?』だったよ、ははっ」
はっ?妙に大人ぶった子供みたいな変な挨拶よね?
「初めてあった時は君を不思議な子供だと思ったんだ」
「私って不思議な子供だったの?」
「奇妙な事を話す子供だと思った、イサベラの未来の姿を絵に描かせたがったり、お話をつくってとせがんだりね」
これで私のお母様やお父様が描いた私の宝物の由来がわかったけど、変ね、なぜお父様達は教えてくれなかったのかしら?もしかして私が忘れると思っていなかった?
「じゃあ、あの絵は私がおねだりした絵だったんだ」
「オブライエン博士がそう言っておられたよ、僕もとても良い絵だと思う」
私を見るエルマーの目が優しかった、あの絵は今の私の部屋の壁に飾られているわ。
でもなぜか引っかかるわね。
「イサベラは僕にも絵をおねだりしたんだよ、そこまでは覚えている、だけど何を描いたかまったく覚えていないんだ」
「えっ?そうだったの?」
私は焦り初めた、初めて聞く話、もしそれが本当ならエルマーの絵も家のどこかに残っているはずだけど見たこと無い。
「まだ家のどこかに残っているのかも、こっちに持って来ていないスケッチブックがあるのよ」
「君ならあの日の事を覚えているかと思った」
なんとなく気まずくなった、私は全然覚えてなかったのだから。
やはり一度は家に行かないとね、あまり行きたくない気もするけどお掃除しなきゃね。
エルマーが描いた絵なら何としても探さないと、絵が見つかれば色々思い出すかもしれないわね。
※ アーウェルとシエナ
「どうお茶でも飲まない?」
エルマーは宿のボーイを呼び出し紅茶とデザートを注文すると、ホテル専属の給仕がやってきてお茶を出してくれた。
でもルル以外に給仕されるのも新鮮、とても贅沢な気分ですわね。
イサベラが何となくお嬢様気分をドヤ顔で堪能していると、エルマーは訝しげにイサベラを見つめてくる『なんだこの顔は?』とエルマーの表情から解読できたので、イサベラは慌てて表情を整えた。
「ねえ、君はプリマス生まれだったよね、プリマスにいた頃の事は覚えているのかい?」
「お父様達からは聞いているけど、7歳の時にロンドンの郊外のあの家に引っ越したの、プリマスに居た頃の事はほとんど覚えていない、青い空に青い海の記憶だけ」
「ねえ、今度はエルマーの家族の事教えてよ?」
「何が知りたいのかな?」
「私の家にアーウェルさんとシエナさんが来たのは1回だけよね?それも随分昔の事よ?」
「そうだな、博士との繋がりが僕だったからね」
「でも、私はロンドンのお屋敷に何度も行った事あるのよ、でもエルマーのご両親の事余り良く知らない、エルマーとしか長くお話した事無いし」
エルマーとイサベラが会うのはオブライエン博士の家の事が多かった。たまに研究室にイサベラを連れて来た事もあったな。
エルマーはここ10年の出来事を思い返していた。
「僕の父がインドに赴任していたのは知っているかい?」
「父がインドに赴任していたのは5年間なんだが在インド軍に赴任していたらしい、在インド軍はインド在住のイギリス人が将校を勤めて現地人の兵士を指揮する、だが父の部隊は特別だったようだ」
「アーウェルさんは特別な任務についていたの?」
「どうもそのような気がするのさ、部隊の情報がほとんど無い」
「インドにはイギリス人部隊も駐留しているんだが、こちらならもっと父の事を知っている人が多かったんだけどね」
「イギリス人部隊なら全員いずれは帰ってくるって事なの?」
「そうなんだ」
「父は僕が君と出会う前にはこちらに帰ってきていた、その後も軍務に付いていたよ、だが父が急死してね、死因は心臓麻痺と言われているが、まだ納得できないところがある」
イサベラはエルマーが父の死因に不審を抱いていた事に驚いた。
「まさか貴方は自殺や殺人かもしれないって考えているわけ?」
「自分の父親の事だからね、納得できないだけかもしれないが、心臓が悪かったと言うことも無かったから」
まだ何か言えないことでもあるのかしら?
「ねえシエナさんの事を教えてくれないかしら、一度しかあった事が無かったのよ」
実はイサベラは彼女の顔をすっかり忘れていた、アーウェルとは何度も会っているので性格とか理解しているつもりだ。
エルマーは少し驚いたが、すぐに納得したように。
「母が死んだのは父が戻ってきて2年後の事だったね、君とは一度しか会った事が無かったな、君も小さかったからロンドンの家に遊びに来る事はできなかったからね」
そうね一人でエルマーの家まで遊びに行けるようになったのは最近の事でした。
「母は美しい人だった、若い頃はモテたと聞く、あとお茶にものすごく拘りがあってね、几帳面な人で整理整頓やホコリが落ちているのが許せない人だったな、それで僕は散らかすのが好きになったのかもしれないな、ははっ」
イサベラはエルマーの書斎の酷い散らかりを思い出し、戻ったらなんとかしようと決意を固めた。
でもお茶にこだわるのはワイルド家の伝統なのかしら?
その時、イサベラがさり気なくすっかり暗くなった外の景色を見ようとして、窓のカーテンの向こう側に夜よりも黒い人の形をした闇を見た。
そして驚きと恐怖のあまり窓の方向を見たまま硬直してしまった。
「イサベラどうした?」
イサベラの突然の表情の変化に驚き慎重に彼女の視線の先を向く。
「ま、窓、窓よ!!」
エルマーが思い切って窓に駆け寄りカーテンを開けると、なんとそこにルルが居た。
「「・・・・・・」」
ルルが二階の客室の窓から室内を覗いていたのだ。
「ルル何をしているの?」
イサベラは窓を開けようとしたが思いと止まった、ルルは窓の外枠を掴み腕の力だけで身体を支えて室内を覗いていたのだ、これでは窓を開ける事はできない。
よく疲れないわね、自動人形なら疲れないか。
「ご主人様が心配でこちらに参りました」
「イサベラ、ルル、小さな声でね」
ガラス窓越しの会話なので声があまり良く聞こえない。
「ルルどうやってここまで来たの?」
「ガレージの天窓から屋根に上り、屋根から窓枠を伝いここまで来ました」
「と言うか私が何かすると思ったの?」
「それも含めてご主人様をお守りしなければ成りません」
「よく私たちの部屋を知っていたわね?」
「お忘れですか?万が一に備えてお泊りのお部屋を私達に教える手はずではありませんでしたか?」
「「あっ!!」」
エルマーとイサベラが同時に叫んだ。
ルルはエルマー達から連絡が無いので自力で部屋を探しに来たのだった。
エルマーは頭を搔きながら。
「ごめんね忘れていたよ」
私も夕食とお酒の事で頭がいっぱいだったわよ・・・
「ルル、イサベラ、今日は早めに休もう、二人共部屋に戻って」
エルマーのお母様の事はまた機会があれば聞きたいと思う、時間はいくらでもあるしね、私は残っていたお菓子を慌ててお腹に仕舞って部屋に引き揚げたわ。
チェスターフィールドの夜はこうして暮れていった。




