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メカ令嬢とメイドロボ  ~ ニルヴァーナの宝珠  作者: 洞窟王
第一章 モーカムへの旅
10/24

ルル錯乱する ~ デリア=バークマン

※ ルル錯乱する


陽が僅かに傾きだしたのどかな午後の陽射しの中、エルマーの自動車は街道をひたすら北上していた。


「イサベラ、まだその新聞を読んでいるのかい?」

「お昼を食べた後だし、眠ってしまいそうだもの」

これお昼のサンドイッチの卵のせいよね?


「イサベラちゃん、他に何か面白そうなニュースは無いのかしら?」


「そうね、あまり面白くないけど、ドイツやフランスで会社や銀行がたくさん潰れてるらしいわよ、エルマーのお金は大丈夫かしら?」

「あらまあ、それは大変ね」

「我が英国は大丈夫なのか?」

「ええ、噂だと書いてあるけど、ウォースパイト氏の財団や会社が危ないらしいわ」

「噂なら良いけどね、ウォースパイト蒸気力財団は僕たちの研究支援者の一つなんだ、それにそこの財閥の銀行に口座があるんだよ」

そこにルルが突然会話に割り込んで来た。

「それは大変!!私を完成させる為のお金が!!お金が!!ご主人様!!銀行からお金を降ろして金庫に入れましょうよ!!」


驚いた、ルルが思いっきり動揺している!!こいつがこんな風になるなんて初めて見たわよ!?

人間なら顔が真っ青になって涙目になっているぐらい動揺しているわね、言葉使いも微妙に崩れているし、なんか目も視点が合ってないし瞳孔が開いている、そういえば最大4倍の望遠機能だっけ?ピントがおかしくなっているわね。


「ルルちゃん気を確かにね、会社や銀行が潰れているって話なんて聞かないでしょ?神は英国を見捨てはしないのよ」

ブリジットが珍しく良いこと言うわね、そんな話聞かないし、この新聞は裏を取らずに噂を書くから当てにならない。


イサベラはエルマーの横顔を眺めた、噂が本当だとすると、これからの研究の事やお金の心配をしなきゃならないしね。


「ねえ、ここにお金儲けの特集があるわよ?」

「エルマーやルルちゃんの役に立つ話かしら?」

「どうかしら?まずアメリカのフロリダ沖の海底の土地が高騰しているらしいわね、今買うとかならず上がるそうよ。あとオランダでチューリップの球根ブーム再来とか、国内で青いバラの開発の目処が立ったらしくて出資を求めている会社があるわよ、高貴な方が名前を貸している信用のできる会社みたいだけど」


「青いバラの花言葉は『不可能』です!!イサベラ様はご主人様を貧乏にしたいのですか?さては私の背が伸びる事を恐れていらっしゃいますね?私は人間ではありませんが、私が完成した暁にはイサベラ様を淑女力で遥かに上回る事が約束されておりますので!!」


ルルはまだ少し調子がおかしいわね?いつもよりかなり変だわ。

「こんな話信じてないわよ!?でも10分の1でも本当なら良いなって思ただけ、それに淑女力ってなに?」

「そういう人が騙されるのです!!」


「何時ものルルではないわね」私は小さく呟いた。


その時自動車が大きく揺らいだ。

「エルマー?少しハンドルが乱れていない?」

「おっと危ない、ごめんねみんな」

もしかして少し動揺しているのかな?


その時突然『ボーン、ボーン、ボーン』と時報が小さく三回鳴った。

「これって!?あの時報じゃないの?もしかしてルル?」

反射的に音のした後部座席のルルを見た、ルルは素知らぬ顔で平然としていたが、突然その表情が豹変した。

からくり人形の顔が悪魔の顔になるぐらい驚いたわよ!?


「皆様3時のティータイムでございます、ご主人様、最寄りの場所に自動車をお止めください」

完全に復活したルルが重々しくも宣告を下した。

なぜかこいつはこの瞬間だけ凄い威圧感があるのだ、威圧機能でもあるのかと疑うぐらい。

「おおっ!?もうこんな時間か?わかった小休止にしよう」


「ねえルル、前から気になっていたけど、やっぱり今の時報は貴女なの?」

お屋敷のどこかに時計があると思いこんでいたわ、小さい音だから聞こえない時もあったのね、普通の柱時計だとお屋敷中で聞こえる大きな音がするはず、私も探偵失格ね。


「イサベラ様そのとおりで御ざいますが?」

何を当たり前の事を聞くのかと憐れむような表情をしている、私はまたムカついてきた。

「エルマー!!ほかにもっと重要な機能があるでしょ?もっと役に立つ機能を削除して、くだらない3時の時報を残したの?」


「「「えっ!!」」」

エルマーと二体の自動人形から同時に声が上がった、そしてこっちを見ている。

それは何か残念な可愛そうな娘を見るような哀れみと蔑みの篭った目線だった。

私は常日頃から言いたかった事を言わずにはいられなかった。

「あなた達には3時のお茶より重要な物など無いと言うわけ?」

私の家族なんてお茶に拘りなんて無かったから?

だいたいルルもブリジットもお茶なんて飲めないクセに、なぜここまでお茶にこだわるのか知りたい。


「なによエルマー!!貴方研究に没頭してたまにお茶をはぶいていたくせに!!」

ついでにエルマーに言いたい事があったので言ってやったわ。


「僕にとって研究が一番なんだよ?」

ルルが氷の様に冷たい視線でエルマーの背中を見ている、冷凍機能とかあったらカチンコチンに凍っているわね。


エルマーは車を止めるのに適当な場所を見つけ自動車はそこに滑り込んだ。



※ ダーシャの錯乱


しばらく前の事だ、緑の馬車の中で騒動が起きていた。

馬車の前方で監視を交代し休んでいたダーシャが突然大きな悲鳴を上げたのだ、


「ああ!!!絶望、お金、恐怖、悲しみ!?」

ダーシャは叫びそのまま床に倒れ伏した、周辺の団員達があわてて駆け寄る。

「ダーシャ様!!」

「どうしたダーシャ殿!!」

アクシェイがダーシャを抱え起こした、ダーシャの顔色は悪く意識も朦朧としている。


しばらくするとダーシャの意識が戻ってきた。

「ダーシャ殿何が起きました?」

「はい先程、宝珠から大きな力が、私の意識が嵐に吹き飛ばされたようになりました」

「ダーシャ殿は『絶望、お金、恐怖、悲しみ』と叫びました、これはどのような意味でしょうか?」

「宝珠からの力に吹き飛ばされた用になった時に感じた感情です、宝珠に精神集中していたからかもしれませんが」

「お金とはなんだ?」

大魔術団の誰かがそう疑問を呈するのが聞こえる。


「我々の眼の前の『涅槃の宝珠』はかなり特殊な状態に置かれているようだな、ここからではロンドンの導師達の指導は受けられぬ」

アクシェイはダーシャを見つめる。

「ここまで『涅槃の宝珠』に関して貴方が気が付いた事感じた事があるなら教えて欲しい」

ダーシャは真剣に考え初めた、それをアクシェイは妨げない様にしている。


その時馬車の速度が低下しはじめ、すぐ方向転換し止まった。

「どうしたドヌーブ?」

「自動車が止まりました、しかし距離約100ヤード近くまで接近してしまったので脇道にはいりました」

ダーシャは何かに気がついた様に驚き。

「もうしわけありません、自動車が止まった事を見落としました」

「私にも責任がある申し訳ない」


アクシェイは馬車の窓から周囲を確認する。

「問題ない、街道に出やすいように方向転換だけしておけ」

「了解しました」


「私が感じた事ですが『涅槃の宝珠』がいつもの様な穏やかさを失い、非常に乱れた嵐の中にいる様に感じましたが」

「今までそのような事はありましたか?」

「私は体験した事も教えを受けた事もありません」

「ラケス様でもグレートテンプルの大導師の方々でも『涅槃の宝珠』に干渉する事など不可能です、物質としては脆いのですが本質を変える事は不可能ですわ」

「やはりあの宝珠を確保してかならず持ち帰らねばならぬか」


団員達は当惑した不安げな顔でアクシェイとダーシャを見つめている、英国で初めて遭遇した宝珠が特殊な状態になっていたのだから。



※ デリア=バーグマン


蒸気力財団を退出したデリアはその足でニューオークリーバネット通りのエルマー邸に向かっていた、ヒギンズ教授の件と研究支援の打ち切りに付いて説明する為だ。


デリアはヒギンズ教授から石の解析に協力を求められたあの日を思い返していた。


ヒギンズ教授から正体不明の鉱物の解析に協力して欲しいと話があったのは一年以上前の事だ、化学的な分析はオブライエン教授が行っていたらしいが、解析不能な物質とサジを投げた、有機物なのか無機物なのかすら判断がつかない、それは見かけは美しい宝石の様な石だと。

私はそれに強い興味を持ち快く受けてしまった。


あの後からだ、実験中の事故から感情の力場を発見し私だけがそれを知覚できるようになった。

そしてエルマーは知性ある自動人形を生み出し、シャルロット嬢の引き起こした爆発事故、シャルロットの父親に感情の力場が存在しない事を知った。

そして私は連続宝石盗難事件に巻き込まれ、怪しげな者共に監視されている、ヒギンズ教授は巨大な犯罪に巻き込まれたようだ。


(あの時から、総てが変わってしまった様な気がするのだ、何と言おうか非現実的なお伽噺の世界に迷い込んでしまったかのような)


(そろそろあそこに戻る時が来たのか?向こうから何かしら連絡があってしかるべきだがな)


「もうオークリーニューバネット通りね」

思わず一人言を呟いた。

デリアが回想にふけっている内に目的地に着いてしまったようだ、だがエルマー邸に到達したデリアは邸宅の雨戸が総て閉め切られているのに気がついた。

その時また何者かに見られているような不思議な感覚に囚われたのだ、周囲を素早く見回すが不審者は特にいない。


(今のはなんだ?一昨日も奇妙な視線を感じた様な気がしたが、私を見張っている連中が居るらしいが)


自動人形しかいないなら出てこないだろうと思いながらも、試しにエルマー邸のドアベルを鳴らしてみたが誰も応じる者はいなかった。


(エルマーとイサベラは外出しているのか?だが私でも自動人形だけ残して長く留守にしたくはないな)


(もし自動人形を外に連れ出すなら自動車しかない、一応裏口を確認しておくか、ガレージの扉の下に大きな隙間がある事はわかっている、自動車があるか下から覗けばわかるさ)


なにか良からぬ事を思いながらデリアはエルマー邸のガレージに面している裏通りに向かう。

裏通りに入りエルマー邸に近づくと、ガレージ横の裏口の前に不審な男がウロウロしているではないか、デリアは警戒しつつ様子を見るが如何にも素人にしか見えない。

「こんにちは、あなたもエルマーさんにご用かしら?」

デリアは男にゆっくりと近づいたがふと足が止まる、男の感情の力場に何か嫌な物を感じたのだ、デリアの味覚が苦味を知覚し、臭覚はごく僅かな腐敗臭を、身体全体から寒気を感じた。

そして男の周囲の感情の場が奇妙に乱れているのを感じた、オーロラのように無数の色が乱れる様に騒いでいる。

デリアは思わず3歩後ろに下がってしまった、そこで男からの感情の力場の影響が薄くなった。


(なんだ!?こいつは?こんなフレイバーは初めてだぞ、いやコカイン中毒患者のフレイバーに似たところがある)


男はゆっくりとふり返った、いきなり美しい女性から話しかけられたので驚いているようだ。

「貴方もエルマー先生の家に用があるのかな?なかなか出てこなくて」

その男は非常に朗らかな表情をしており、まるで総ての苦悩や悩みから解放されたかのような清々しい表情だった。


(こいつコカイン中毒患者ではないだろうか?こういう時にこんな奴に出会うとは)


男の服装はかなり古び汚れたものでスボンも綻びが目立ち、かなり困窮している様に見えた、デリアの心象は更に悪化する、あのエルマーと交友関係にあるとは思えなかった。


「雨戸も閉まっているのでお留守ではありませんか?」

(館の裏側の窓の雨戸が閉じられているのだが、こいつは気がつかないのか?)


「私はあの娘に合わなければならないのです」

デリアの表情が急に厳しいものに変わった、あの娘とはイサベラ以外に無い。

異常者がイサベラに付き纏っている可能性に寒気を感じ、デリアは男の不愉快なフレイバーにかまわず踏み込んだ。


「私はエルマーさんやイサベラさんと知り合いです、どのようなご用件でしょうか?機会があればお伝えできますわ」

「ならば今どこにいるのかご存知ですか?」

「それは私にもわかりません、知っていても教える事はできませんが」

「私はどうしても彼女に合わなければならないんだ!!」

男がデリアに掴みかかって来た、フレイバーは更に澱み吐き気を覚える、男の眼はなかば狂気の光に満ちていた、だが今まで何処からか見ていたのかアパートの住民3人が飛び出してきて男を取り押さえてくれた。


ありがたい、実力行使をせずに済んだか。


アパートの住人が男ともみ合っている。

「ボリス、何をやっているんだ?もういい加減にしろ!!」

「あんた何を考えているの?」

「うるさい、はなせ!!」

その男の名はボリスらしい、デリアはボリスを取り押さえている住民に話しかけた。


「あのその方は誰ですか?」

アパートの住人とボリスがデリアを見つめる。

「そこのアパートに住んでいるボリスと言う小説家志望の男だよ」

「アンタの知り合いか?」

「私も初めてお会いしましたわ」

「そうか、こいつは俺たちが連れて行く、迷惑をかけたな」

騒ぐボリスをアパートの住人が連行していった。


彼らと野次馬が去ると裏取りに静けさが戻る、デリアは周囲を素早く見回し、ガレージ前の鉄柵の扉に手をかけて軽々と飛び越える、デリアの魅力的な体形からは想像できない身軽な身のこなしだった。

素早く地面に伏せ、ガレージ内に自動車が無いことを確認し素早く起き上がる、そして柵を再び軽々と乗り越え今度は裏口に向かう。


(ふむ、自動人形が中にいる可能性もあるが、おっとドアの隙間の上の方に何か挟んでいるな?ドアを開ければ落ちると言うわけか)


原始的な仕掛けを笑ったが、警告の意味はあるので悪くはないと思った。


「早くエルマーと連絡を取らなければならないわね」

デリアは一人言を呟いた。


そしてデリアはエルマー邸を後にした。



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