番外編 〜闇落ち勇者 なんか奴隷にされたから、魔王と手を組んでみる事にした⑩〜
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「ーーー……それは、勇者が正しい」
世界樹様が話し終えた後、邪神がポツリと呟いた。
世界樹様の語りは、まるでなんの飾り気もなく、まさに俺の人生のあるがままだった。
それどころか、俺の知らない俺の名や、ラウの事迄知っている。
まるでずっと俺と共に旅をし、共に泣き、共に笑い、今の時代に戻って来たような、そんな話だった。
「ラウを汚らしい手で汚すなど、万死に値する。ここに来るまで、使命を果たしつつ、害人共を消すとは、いい仕事をした。レイスは、お前の行動を称賛する」
邪神は若干名残惜しげだったが、無感情にそう言うと、ラウを俺に渡してきた。
「お前、勇者にしてはなかなか見込みがある。レイスはお前を手伝ってやりたくなった」
「レ、レイス様!?」
慌てるガルガルを無視して、邪神は続けた。
「ラウは生き返った。この後お前はどうしたい?」
この後……?
ラウを生き返らせることに必死で考えて無かった。
だけど、ここまで来たら、もう、引き返せるわけ無いだろ?
「この世界の人間共を、皆殺しにする」
「そうか。奴隷などという階級が出るくらいだ。人間共も増え過ぎたということだろう。レイスが人間共に直接手を下す事はできない。ラムガル、手伝ってあげると良い」
「!? し、しかし、余が直接下したとしても……」
「ラムガルは人間共に対して、禁魔法制約は受けているけど、使わない分には消しても良い。今までだって、図らずも消した奴らは数百万じゃ効かない」
「た、確かに」
「勇者は、人間共の代表。それが人間を消すと決めたのだから、それはそういう事なのだろう」
「な、なる程。しかし、……」
「うん。だけど確かに、全滅させるとなると、流石にゼロスは落ち込むと思う。……お前、少し妥協して、人間を少し残すことにしない?」
壮大なスケールで、サクサクと人類滅亡決定の予定が立てられる中、突然俺に話が振られ、俺は思わず口籠る。
「す、少しって……?」
「一番位……?」
って、2人かよ! つか、2人だけ残して後滅ぼすとか、寧ろ当てつけだよな!? 絶対喧嘩売ってるよな!?
邪神、ハンパねえぜ。
「嫌なら、やめてもいいよ?」
ふと、俺の胸から声が響いた。
「ーーーーーーーーーーーーーーッッ、ラウ!!」
思わず叫んだ。
そこには、美しい鮮血の色をした瞳で、じっと俺を見上げるラウの姿。
「お前……目が覚めてたのかよ……」
生き返ったときも感動したが、今また、俺の中から熱い思いと、涙がこみ上げてくる。
「うん。実は、世界樹様の昔話の時から起きてた」
「結構前じゃねえかよ! ……ホントにお前ってやつは……」
「ラウって呼んでよ。ラウは、貴方の胸の中で起きたことにしたかったの」
「あぁ、ラウ。ラウ!」
「ねぇ、ガルガル。何あれ? なんだか胸がムカムカする」
「はっ、以前、おおっぴらに愛を語り合う者達を見たとき、それに苛立ちを感じる事があると聞いた事があります。予は何も感じぬので、真実を確かめようが無いのでございますが。……あのレイス様、予の名前は……」
邪神と魔王が何か言っているが、俺はそれどころじゃ無かった。
「ラウを生き返らせてくれてありがとう。ラウも、貴方とまた一緒に居られて嬉しい。しかも、ラウにメロメロとか、最高過ぎる」
「……ラウ? 貴方って、……?」
「だって呼び方が分からない。ラウは貴方が大好き。貴方の名前はイビス? ナラク? それともアルス?」
……名前?
名前なんて、どうでもいい。
見た事もないやつにつけられた名前や、嘲笑や畏怖から付けられた名前なんて……。
名前なんて、何でもいい。 だけどーーー、
「お前がつけろよ。俺の名前。 得意だろ? お前がつけた名なら、俺はきっとその名を好きになる」
「そう。ーーーなら、“アビス”」
「アビス。 俺の、名前」
「そう、アビス。ラウの、勇者様」
「ねぇ、アインス。なんだか顔がムズムズして、目を背けたくなる。これは何?」
『そうか、これはレイスには少し早いかもしれない。だけど、きっといつかレイスも、憧れる日が来る。そう、アレは“アオハル”って言うんだよ』
「アオハル。ーーー、駄目。レイスには耐えられない。そんなものに憧れる未来なんて、来なくていい。 ……未来が、恐ろしい」
邪神と世界樹がなにか話してやがる。
まぁ、俺には関係ない。
「ねぇアビス。今なら引き返せるけど、どうする?」
「ーーー、俺は、 やっぱり許せねぇ。この世界を。お前をこんな目に遭わせた人間共を」
「そう、わかった。じゃあ、ラウも一緒に行くよ。良いでしょ?」
そして、俺達の世界への復讐劇が開幕した。
◇◇◇
「ナ、ナラク!? ひひ、ひ、久しぶりだねっ」
「よぅラット。儲かってそうだな?」
「お、お陰様でね。その、色々おかしな噂聞くけど、僕は信じてないよ? 嘘だよね? 今だって、ナラクの声を聞いても、その……平気だし?」
「……。」
「な、何で答えないの? 何で? 嘘でしょ? 昔、ほら、仲良くしてたでしょ? 今だって、仲良しでしょ?」
「テメェが仲良しなのは、金払いの良い俺だろ? つまりはもっと金払いの良いやつが居れば、そっちと仲良くするってわけだ。例えば、国王とか?」
「なっ!? そ、そんなわけっ」
「そんなわけ無い? はっ、毒の入った茶の準備しながら言うやつのセリフじゃねーよな?」
「な!? い、入れてるわけ無いでしょ!? 何でそんな事……」
「分かんだよ。俺には。違うってんなら飲んでみろよ。そのブルーのラインの入ったコップの方だ。 さぁ。」
「ーーっ。……ぅ、うわぁああぁあぁあぁっ!!」
「ほら、尻尾出した。チョロいな、ネズ公」
窮鼠猫を噛む。
言葉の如くラットは牙を向き、俺に毒を投げ付けてくる。
そんなもん当然当たるわけもなく、ラットの耳元で俺はデスメタルで囁く。
「後な、俺の名前はナラクじゃねえ。“アビス”だ。ーーーあばよ」
「ーーーがッ」
ーーーッパン!
皆殺しだ。




