表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/582

番外編 〜闇落ち勇者 なんか奴隷にされたから、魔王と手を組んでみる事にした⑥〜

 俺がラウに近づき、その布団のシーツに手をかけた時だった。それまで、微動だにしなかったラウが、突然悲鳴を上げた。



「ひっ、  や  あぁ  やああぁ……、ゴメンナサイ! ごめんなさい!! だから、クスリはいやっ いやあぁあぁぁぁ!!! もういやぁ…… やめぇ……」


「!?」


「お願いっ、いやっ……いやっっ!!」


「お、おい!? ラウ! ラウ!!」


 俺の必死の呼びかけにも、ラウは赤子の様に泣きじゃくり、まるで話にならない。


「いやぁ、……お願い……も……お願い、死なせてよぉ……」


 頭を抱え、必死で泣きながら首を振るラウを、俺は思わず抱き締めた。


「ラウ……ラウ、大丈夫だ。俺は何もしねぇ。何もしねぇから。……ーーーラウよぉ、なんでこんな事になってる? あの時、お前死にたくないって言ってたじゃねぇか……なんで……」


 俺はただ、腕の中で藻掻くラウを、暴れてその身を傷つけないよう、抱きしめる事しかできなかった。


 言葉がうまく出て来ない。

 たとえ出たとしても、それはきっともう、ラウには届かない。

 ラウにはもう聞こえない。何者も受け入れない。唯、己の死を願う、壊れた人形。


 一体何をしたら、あの飄々とした強いラウが、ここまでなるってんだよ?



 なぜ奴らは、ここまでラウを壊した??

 ここ迄えげつない事ができる?

 俺やラウが一体何をした?

 一体何をさせたい?

 陥れ、辱め、弄んで、壊して、……それが楽しいのか? 


 目の前がぐるりと回った気がして、俺はラウを抱いたまま膝を突いた。




 吐き気がする。




「おい、起きたのか? ーーーな、なんだこれは!見張りが倒れてるぞ!」


 尚も泣き続けるラウの声で、店の奴らが扉の向こうで騒ぎ始めたようだ。


 そうか。


 あいつらは、それが楽しいのか。


 人間共(テメエ等)のほうが、よっぽど化け物じゃねぇかよ。





 ーーーガシャン。





 俺は裸のラウをシーツで包み、窓を割って飛び出した。



 俺は今まで、自分を抑えて、我慢して、人間の中に紛れようとしてきた。


 頭がガンガンと痛み、吐き気がする。


 俺は今まで、こんな奴らの仲間になろうとしていたのか? 自分自身に虫唾が走る。

 汚く、強欲で、下品で、恥知らずで、気味の悪い生き物。


 神はこんな奴らを俺に救えってのかよ!? ふざけんな!! 死んだってゴメンだぞ!!



 ーーーあっちに逃げた! なんだあいつは! 


 ーーーなんて動きだ! 本当に人間か? 馬鹿野郎、逃がすんじゃねえぞ!!



 街の民家の屋根を飛び移りながら、下から耳障りな喚きが聴こえる。


 ふと気付くと、俺は泣いていた。

 生まれて初めて泣いていた。ってか涙って、元々どんな時に出るんだっけ? わかんねー。


 分かんねーよ。




 ◇◇




 誰もいない森の中。フカフカの葉を敷き詰めた、大きな木の虚に座るラウに、俺は採ってきた甘い果物を自慢げに見せながら囁く。


「ラウ、今日も可愛いな」


「……」


 ラウは俺の呼びかけに反応せず、焦点の合っていない目で、遠くをぼーっと見つめている。


 ふと脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。



 ーーーひと目惚れ。よろしく


 ーーーイビスの声で、「ラブリーラウ☆」って言ってみて


 ーーーちゃんとお願いしたら、断られると思って



 記憶の中の、小さな薄汚れたラウが笑う。


 なぁラウ。お前、俺にこんなこっ恥ずかしい事言わせたかったんだろ?

 俺の負けだよ。

 もう、お前が何言おうと、面倒くさいとか思わねぇからさ。




 ーーー俺を、見ろよ。





 俺はラウの唇に口付けた。



「……」



 反応はない。



「ーーーっく……」



 どれだけ願っても、どれだけ思っても、いつも、誰も、俺なんか見てくれなかった。

 お前だけだった。


 俺はなんであの時、ーーーお前を連れて逃げなかったんだ?

 こんなクソみたいな世界から、二人で。


 目頭がじんわりと熱くなる。


 最近俺はよく泣く。


 悔しくて、寂しくて、悲しくて、ーーーひたすらに後悔して。


 今まで泣いたことが無かったのが嘘のように、ちょっとした事ですぐに泣く。泣いたところで何も変わることなどないのは分かっているけど、只、溢れる涙を止められなかった。



 ◇



 その日も俺は、狩りに出ていた。

 ラウの為に、柔らかく栄養のある若芽や芋、甘い果物やキノコなんかも集める。

 今日は、野生のリブベリーの茂みを見つけ、俺は夢中になってその実を集めた。

 蔓で編んだ籠が一杯になると、俺は急いでラウのいる虚に戻った。


「よぉラウ。遅くなってすまね。早くお前の顔を見たかったんだが、ちょいと良いもの見つけちまってな。喜べ。今日はリブベリーを見つけたぞ。……ラウ?」


 俺はいつもの様に、得意げに籠を掲げたが、そこにラウの姿は無かった。



 ーーーガッ!



 俺はリブベリーの入った籠を、地面に叩きつけると、表に飛び出した。


 あの状態のラウが一人で出歩くなんてあり得ない。

 獣? 魔物?

 俺は耳を澄ませ、ノイズに教わった索敵を開始する。

 目を閉じ、どんな小さな音も聞き逃さない。

 範囲をどんどん広げていく。

 100メートル、木々の葉擦れに、小動物達の足音。

 500メートル、清水の湧き出る音に、虫たちの足音。

 1キロ、2匹の鹿と、それを狙い忍ぶ熊。

 3キロ、ーーー居た。


 俺は駆け出した。

 一人だけ重いものを抱え、走ってこの場から離れようとしている人間の男が26人。


「ふざけやがってぇ!」


 俺は、ラウを一人きりにした己の浅はかさと、クソ野郎共のクソさ加減に、怒り心頭でがむしゃらにひた駆けた。





 ◆◆

〈ラウside〉




 私は今、夢を見ている。


 私は私を捨てた家族が憎かった。

 兄でも、妹でもなく、私を捨てると選んだ家族が許せなかった。


 何としても生き残る。生きて、生きて、生きて生きて、いつかお婆ちゃんになった私は、もっと年老いたあの家族たちに言ってやるつもりだった。




 ーーー私は、全然平気だったよ。




 だけど駄目だった。


 見目がいいからと、こんな遠くの店まで売られてきたけど、所詮奴隷。

 他の女の子達のように、まっとうな相手の客など回されない。当然拒否権もない。

 嫌がる私に、彼らは何かの薬を打ってきた。

 その薬を打たれると、体が火照り、思考が働かない。まるで何かに乗っ取られているような気すらする。

 自分が自分じゃなくなって行く。私の思いとは別に、私の体が男を求め受け入れる。

 お前は誰? 私は誰? お前は私じゃない。お前の名ラウ。私の名はラウ。ラウは私じゃない。私は誰? わたしはーーー


 薬が頻繁に使われるようになり、自分じゃない自分の時間が増えていく。

 違う、それは私じゃない。やめて。もう、私のままで客を取るから、薬はやめて。

 だけど薬のない状態で、その要求に応えられるわけもなく、私はどんどん堕ちていく。


 自ら薬を望み、後悔して、私じゃない私がこの体を使って、私は……、私は生きてるの?


 なんの為に? 意味がない。 この体が欲しいならあげる。

 だからお願い。()を殺して。



 そんな絶望の中で、夢を見た。


 昔、遠い昔に、自分の心のままにあれた頃出会った少年。もう、名前は思い出せないけど、あの光り輝く存在感を持った彼を忘れる事は出来なかった。

 彼は孤独な獣のように振る舞っていたけど、見た目や常識にとらわれず、相手を思いやる優しさを持ってた。

 危ないと思うほどに純粋すぎる彼に、私はひと目で恋に落ちた。

 彼は私を受け入れない。分かってたけど、堪らずその唇を奪った。



 その彼が、私の前に居る。

 これが、夢以外のなんだって言うの?


 ただ優しく私を抱き寄せ、キスを落とし、甘く優しい言葉を囁いてくれる。

 あり得ない。

 彼がこんな事するはずない。

 分かっている。これは夢だ。……だけど、もう少しこの夢に浸っていたい。


 お願い。

 お願いします。 目覚めさせないで。 お願いします。  どうか、




 神様





「おい、ここだ! 奴隷紋の反応はこっから出てるぞ!」


「ったく、手間かけさせやがって。お前はまだ稼ぎ時なんだから、勝手に知らない人に付いてっちゃ駄目だろ? なんてな! へへへ」


「さぁ、とっとと帰るぞ。オメーに使った薬だってバカになんねーんだ。逃げられると思うなよ? 例え死んだってなぁ」


「しかしこいつを連れ去ったやつはどこ行ったんだ? オレ達が来たのに気づいて逃げたのか?」


「さあな、コイツが見つかりゃとりあえずそれで良い。まぁ見つけたら今回の件の礼はたっぷりしてやるさ」



 ーーー願った事は、いつだって叶わない。この世に神なんて、いないんだから。


ちなみに、ラウがお願いしてるのは、レイスにです。


何してんだ!?レイス! もふもふのピンチだというのに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 気づいてないのでは?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ