番外編 〜闇落ち勇者 なんか奴隷にされたから、魔王と手を組んでみる事にした⑥〜
俺がラウに近づき、その布団のシーツに手をかけた時だった。それまで、微動だにしなかったラウが、突然悲鳴を上げた。
「ひっ、 や あぁ やああぁ……、ゴメンナサイ! ごめんなさい!! だから、クスリはいやっ いやあぁあぁぁぁ!!! もういやぁ…… やめぇ……」
「!?」
「お願いっ、いやっ……いやっっ!!」
「お、おい!? ラウ! ラウ!!」
俺の必死の呼びかけにも、ラウは赤子の様に泣きじゃくり、まるで話にならない。
「いやぁ、……お願い……も……お願い、死なせてよぉ……」
頭を抱え、必死で泣きながら首を振るラウを、俺は思わず抱き締めた。
「ラウ……ラウ、大丈夫だ。俺は何もしねぇ。何もしねぇから。……ーーーラウよぉ、なんでこんな事になってる? あの時、お前死にたくないって言ってたじゃねぇか……なんで……」
俺はただ、腕の中で藻掻くラウを、暴れてその身を傷つけないよう、抱きしめる事しかできなかった。
言葉がうまく出て来ない。
たとえ出たとしても、それはきっともう、ラウには届かない。
ラウにはもう聞こえない。何者も受け入れない。唯、己の死を願う、壊れた人形。
一体何をしたら、あの飄々とした強いラウが、ここまでなるってんだよ?
なぜ奴らは、ここまでラウを壊した??
ここ迄えげつない事ができる?
俺やラウが一体何をした?
一体何をさせたい?
陥れ、辱め、弄んで、壊して、……それが楽しいのか?
目の前がぐるりと回った気がして、俺はラウを抱いたまま膝を突いた。
吐き気がする。
「おい、起きたのか? ーーーな、なんだこれは!見張りが倒れてるぞ!」
尚も泣き続けるラウの声で、店の奴らが扉の向こうで騒ぎ始めたようだ。
そうか。
あいつらは、それが楽しいのか。
人間共のほうが、よっぽど化け物じゃねぇかよ。
ーーーガシャン。
俺は裸のラウをシーツで包み、窓を割って飛び出した。
俺は今まで、自分を抑えて、我慢して、人間の中に紛れようとしてきた。
頭がガンガンと痛み、吐き気がする。
俺は今まで、こんな奴らの仲間になろうとしていたのか? 自分自身に虫唾が走る。
汚く、強欲で、下品で、恥知らずで、気味の悪い生き物。
神はこんな奴らを俺に救えってのかよ!? ふざけんな!! 死んだってゴメンだぞ!!
ーーーあっちに逃げた! なんだあいつは!
ーーーなんて動きだ! 本当に人間か? 馬鹿野郎、逃がすんじゃねえぞ!!
街の民家の屋根を飛び移りながら、下から耳障りな喚きが聴こえる。
ふと気付くと、俺は泣いていた。
生まれて初めて泣いていた。ってか涙って、元々どんな時に出るんだっけ? わかんねー。
分かんねーよ。
◇◇
誰もいない森の中。フカフカの葉を敷き詰めた、大きな木の虚に座るラウに、俺は採ってきた甘い果物を自慢げに見せながら囁く。
「ラウ、今日も可愛いな」
「……」
ラウは俺の呼びかけに反応せず、焦点の合っていない目で、遠くをぼーっと見つめている。
ふと脳裏に幼い頃の記憶が蘇る。
ーーーひと目惚れ。よろしく
ーーーイビスの声で、「ラブリーラウ☆」って言ってみて
ーーーちゃんとお願いしたら、断られると思って
記憶の中の、小さな薄汚れたラウが笑う。
なぁラウ。お前、俺にこんなこっ恥ずかしい事言わせたかったんだろ?
俺の負けだよ。
もう、お前が何言おうと、面倒くさいとか思わねぇからさ。
ーーー俺を、見ろよ。
俺はラウの唇に口付けた。
「……」
反応はない。
「ーーーっく……」
どれだけ願っても、どれだけ思っても、いつも、誰も、俺なんか見てくれなかった。
お前だけだった。
俺はなんであの時、ーーーお前を連れて逃げなかったんだ?
こんなクソみたいな世界から、二人で。
目頭がじんわりと熱くなる。
最近俺はよく泣く。
悔しくて、寂しくて、悲しくて、ーーーひたすらに後悔して。
今まで泣いたことが無かったのが嘘のように、ちょっとした事ですぐに泣く。泣いたところで何も変わることなどないのは分かっているけど、只、溢れる涙を止められなかった。
◇
その日も俺は、狩りに出ていた。
ラウの為に、柔らかく栄養のある若芽や芋、甘い果物やキノコなんかも集める。
今日は、野生のリブベリーの茂みを見つけ、俺は夢中になってその実を集めた。
蔓で編んだ籠が一杯になると、俺は急いでラウのいる虚に戻った。
「よぉラウ。遅くなってすまね。早くお前の顔を見たかったんだが、ちょいと良いもの見つけちまってな。喜べ。今日はリブベリーを見つけたぞ。……ラウ?」
俺はいつもの様に、得意げに籠を掲げたが、そこにラウの姿は無かった。
ーーーガッ!
俺はリブベリーの入った籠を、地面に叩きつけると、表に飛び出した。
あの状態のラウが一人で出歩くなんてあり得ない。
獣? 魔物?
俺は耳を澄ませ、ノイズに教わった索敵を開始する。
目を閉じ、どんな小さな音も聞き逃さない。
範囲をどんどん広げていく。
100メートル、木々の葉擦れに、小動物達の足音。
500メートル、清水の湧き出る音に、虫たちの足音。
1キロ、2匹の鹿と、それを狙い忍ぶ熊。
3キロ、ーーー居た。
俺は駆け出した。
一人だけ重いものを抱え、走ってこの場から離れようとしている人間の男が26人。
「ふざけやがってぇ!」
俺は、ラウを一人きりにした己の浅はかさと、クソ野郎共のクソさ加減に、怒り心頭でがむしゃらにひた駆けた。
◆◆
〈ラウside〉
私は今、夢を見ている。
私は私を捨てた家族が憎かった。
兄でも、妹でもなく、私を捨てると選んだ家族が許せなかった。
何としても生き残る。生きて、生きて、生きて生きて、いつかお婆ちゃんになった私は、もっと年老いたあの家族たちに言ってやるつもりだった。
ーーー私は、全然平気だったよ。
だけど駄目だった。
見目がいいからと、こんな遠くの店まで売られてきたけど、所詮奴隷。
他の女の子達のように、まっとうな相手の客など回されない。当然拒否権もない。
嫌がる私に、彼らは何かの薬を打ってきた。
その薬を打たれると、体が火照り、思考が働かない。まるで何かに乗っ取られているような気すらする。
自分が自分じゃなくなって行く。私の思いとは別に、私の体が男を求め受け入れる。
お前は誰? 私は誰? お前は私じゃない。お前の名ラウ。私の名はラウ。ラウは私じゃない。私は誰? わたしはーーー
薬が頻繁に使われるようになり、自分じゃない自分の時間が増えていく。
違う、それは私じゃない。やめて。もう、私のままで客を取るから、薬はやめて。
だけど薬のない状態で、その要求に応えられるわけもなく、私はどんどん堕ちていく。
自ら薬を望み、後悔して、私じゃない私がこの体を使って、私は……、私は生きてるの?
なんの為に? 意味がない。 この体が欲しいならあげる。
だからお願い。私を殺して。
そんな絶望の中で、夢を見た。
昔、遠い昔に、自分の心のままにあれた頃出会った少年。もう、名前は思い出せないけど、あの光り輝く存在感を持った彼を忘れる事は出来なかった。
彼は孤独な獣のように振る舞っていたけど、見た目や常識にとらわれず、相手を思いやる優しさを持ってた。
危ないと思うほどに純粋すぎる彼に、私はひと目で恋に落ちた。
彼は私を受け入れない。分かってたけど、堪らずその唇を奪った。
その彼が、私の前に居る。
これが、夢以外のなんだって言うの?
ただ優しく私を抱き寄せ、キスを落とし、甘く優しい言葉を囁いてくれる。
あり得ない。
彼がこんな事するはずない。
分かっている。これは夢だ。……だけど、もう少しこの夢に浸っていたい。
お願い。
お願いします。 目覚めさせないで。 お願いします。 どうか、
神様
「おい、ここだ! 奴隷紋の反応はこっから出てるぞ!」
「ったく、手間かけさせやがって。お前はまだ稼ぎ時なんだから、勝手に知らない人に付いてっちゃ駄目だろ? なんてな! へへへ」
「さぁ、とっとと帰るぞ。オメーに使った薬だってバカになんねーんだ。逃げられると思うなよ? 例え死んだってなぁ」
「しかしこいつを連れ去ったやつはどこ行ったんだ? オレ達が来たのに気づいて逃げたのか?」
「さあな、コイツが見つかりゃとりあえずそれで良い。まぁ見つけたら今回の件の礼はたっぷりしてやるさ」
ーーー願った事は、いつだって叶わない。この世に神なんて、いないんだから。
ちなみに、ラウがお願いしてるのは、レイスにです。
何してんだ!?レイス! もふもふのピンチだというのに!




