番外編 〜闇落ち勇者 なんか奴隷にされたから、魔王と手を組んでみる事にした②〜
俺の名は、イビス。6歳だ。
イビスってのは、赤子を授ける神の使い、コウノトリって意味だ。ま、皮肉だけどな。母親が居ないのに産まれてきたから、コウノトリの仔って事らしい。
というのも、俺はこの村というのも烏滸がましいクソ集落で、忌み仔として扱われてる。
俺の両親は、このクソ村に住む“良い人達”だったらしい。と言っても、良い人とはどんな人かと言うのが、よくわからない。
俺の周りの人がクソすぎるからだ。
そんな両親は、俺が生まれる前に死んだ。
母親の死体から、俺は這いずり出てきたらしい。
覚えてねーけどな。
「やぁ、イビス。今日もいい天気だね、気持ちのいい朝だ」
クソ牧師が声をかけてきた。
天気が良くて気持ちがいい?
確かに日は出て天気はいい。
だけど昨晩の大雪で集落は雪に沈み、それどころではない。
そんな中、袖の破れた半袖半ズボンのボロを纏い、穴の空いた靴を履いて、雪掻きを命じられ一人黙々と震えながら作業する子供にかける言葉じゃないよな。
つまりは、皮肉だ。
せっせと作業する俺を嗤いに来たんだ。
「イビス、あなたは幸運です。身寄りのないあなたに、仕事を与えてくださる家族が出来たのですから。神に感謝なさい」
仕事ばっか与えて、まともな飯をもらってないんだが?
ーーーぐぅ……。
あ、しまった。昨日の昼から何も食ってないから、腹の虫が鳴いてやがる。
「!? 何か不穏な音が聞こえましたが?」
「あ、俺の腹の虫です。昨日から何も食ってなくて」
「ーーー、その事を私に言って何になると思ったのです?」
「は? え、いや今、聞かれたから……」
「は? ですって!? あなたは、自分の粗相のための罰を言いふらし、さも自身が被害者であるよう振る舞い、恩人である一家を貶めたのですよ!? なんと罪深い!」
ーーーバシッ バシッ!
何を言ってるんだよ
牧師は、懐から革の短鞭を出し(なんで持ち歩いてんだよ)、俺を打ち据えた。
「ーーーっ! っ、」
俺は、裂けた皮の痛みを堪え、クソ牧師が、鞭を打ち終わるのを待った。
「はっ、はぁっ、はぁっ……、良いですか、イビス。他者を貶めてはいけません。全ては神がご覧になってあらせられるのですよ」
「……」
無様に息を切らしながら、牧師が何か言った。
正直俺は神という存在が大嫌いだ。主に、このクソ牧師のせいで。
何かにつけては神、神とのたまっているが神が何かをしてくれた事なんて一度もない。
本当に居たとしても、何かしたければ、自分でやれって事なんだろう。
ーーーバシッ!
「う"」
俺が答えず、無言で睨んでいると、クソ牧師が唐突にまた鞭をくれてきた。
油断していた俺の口から、上擦った声が漏れる。屈辱だ。
そして、その反応に満足したのか、クソ牧師は鞭をまた懐にしまうと去っていった。
俺は何事もなかったように、雪掻きの作業に戻ろうとした時だった。
『大丈夫!?』
小さな声が耳元で響いた。
『うぁー、痛そう。全く、酷いことするね。今、傷口を冷やしてあげる』
オレは声を無視して作業を続ける。
声の主の小さな光は、オレの顔の周りをうっとうしく飛びながら、鞭に打たれた血の滴る頬に冷気を当ててくる。
そんな事しなくも、今は冬だし、うんざりするほど雪はあるし、只々うっとうしくて、思わずはたき落としたい衝動に駆られた。
『出来たよ! 次は腕と背中、後……』
光は全く無駄なことをしているとは気付いていないようで、元気な歓声を上げると、小さな人の姿の幻影を映し出した。その背には、氷柱でできた、2枚の羽みたいなものがついてる。
コイツは所謂、妖精と言うやつらしい。妖精と精霊の違いはあやふやで、ただの光のエネルギー体を“精霊”、人に似た姿を現すものを“妖精”と言う。
こうやって、その場のノリや感情で光になったり、化けたりするこいつ等を見ていると、どうもその違い区別など、無いのではないかと思う。まぁ、さほど興味もない。
精霊や妖精は、人前には殆ど姿を見せないと聞いたけど、何故かオレの前には、しょっちゅうこうやって現れてくる。
しかもうっとうしい事に、他の人間には見つからないように、オレのところに来るのだ。
「うぜぇ。消えろ」
オレはせっせと脚に冷気を当ててくるコイツに、聞こえないほどの呟きを漏らした。
『!? 僕に気づいてたの! てっきり、見えてないかと思ってたのに』
ーーーしまった。
気付いてないと思われてたのか。もっと無視しておけば良かった。
しかし、言ってしまった物は訂正が効かず、俺はため息をついて観念した。
「気付いてるよ。うっとうしい。関わりたくない、察せよ馬鹿が」
『くぅ〜〜! 辛辣! いいね! 新しいね!』
妖精は、なぜか嬉しようにそう言うと、俺の鼻先に回り込んで来た。
『ね、ね! 僕は精霊のヒューズって名乗ってる。温度を操って、氷や霜を出すのが得意なんだよ! 何か、僕にやって欲しいことがあったら言って! イビス、君の力になりたいんだ』
「うるせぇ。なら、今すぐどっか行けよ。やってほしい事なんて……何もねぇから」
『そんな事無いでしょ! 僕は雪の魔法を扱えるんだよ? この降り積もった雪だってどかせてあげられるよ? そうだ、氷の魔法を教えてあげるよ!』
「っやめろ!!!」
『!?』
「ーーー、余計なことすんじゃねぇ。これは俺の雪だ」
そう。
これは俺がこのクソつまらねえ村から言いつけられた役目だ。
クソつまんねぇ役目だけど、俺の役目だ。
これをこなしてる間は、俺もここに居て良い。
俺の居場所を、勝手に触んじゃねぇよ。
『……っ、ご、ごめん。だけど、君は大きくなったら、神様から与えられた使命を果たさないといけないんだ。だから、魔法とかも使えるようになって欲しかったんだ』
「俺は、神なんか大嫌いだ。そんなやつの使命なんかふざけんな。そもそも、姿を見たこともなけりゃ頼まれごとされた覚えなんざ無いしな。あぁ、そうだ。魔法を教えてくれるっつーんなら、どっかのやかましいチビを黙らせる魔法を教えてくれよ」
俺が嫌味たっぷりにヒューズにそう言うと、ヒューズは神への信仰厚そうな割に、神の悪口は無視してうーんとなにか考え込んでいる。
『僕の声を聴こえなくするまほぅかぁ……、僕は専門外だな』
やかましいチビの自覚はあるんだな。
『そうだ! 音の専門なら、ノイズとヴォイスがいる! 彼女達なら、きっとその魔法を教えてくれるよ』
違う。そうじゃ無い。
しかも何だその、更に喧しそうな名前は。嫌な予感しかしない。
ポンと手を打つヒューズに、俺は半目になって、言葉もなく睨んでいた。
「イビス! なにボケッと突っ立ってんの? ホント気持ち悪い。今日、あんたの迎えが来ることになったよ。雪掻きはもういいから、井戸で身体拭いて、服着替えな」
不意に背中から苛立った声が飛んできた。
この家の女主、レナさんだ。この家の皆は母さんと呼んでいるが、俺はレナさんと呼ぶよう言いつけられている。
俺はレナさんの言葉が一瞬理解できず、口ごもってしまう。
「え? え?」
「ーーー隠すつもりも無いから、普通に言うけど、今日、この村を、人買いが来てるらしい。あんた、そこに乗ってきな」
「……え? ちょ、人買? 俺、ちゃんと雪掻きしてたし、朝から水くみも、火起こしも、洗濯も、ちゃんとしたよ? え? なんで……俺が居なくなったら……」
「そんなのあたし等でするよ。あんたが居なくったって、それまでも普通にしてたんだ。それより、お前と一緒に住んでる方が、こっちはストレスなのよ」
「だけど、それも、言われたとおり、視界に入らないように気をつけてた! 寝る時だって屋根裏に行ってたし」
「そんなの当たり前だろ? イビスはうちの子じゃないんだから。グズグズ言ってないで、早く準備しな! 村長が、入村の帳簿に人買いがあるって、わざわざ教えてくれたんだよ。いつもなら、そんな商売してる奴は早く村から、出てってもらいたいんだけど、今回は、あんたの為に酒場で待ってもらってるんだから。さぁ、早く!」
「だけど……」
ーーーバタンッ
俺は尚も声を掛けようとしたが、それは無視され、重い扉は再び大きな音を立て、閉まった。
俺が集めた、高い雪の壁の前で、俺はただ立ち尽くした。
俺の中で、僅かに引っかかっていた何かが外れ、俺はなんとも言えぬ虚しさだけを感じていた。




