神は、エデンを築き賜うた〜Let it go〜 ③
ゼロスの言葉に、ルシファーは動きを止めた。
ゼロスは少しバツが悪そうに口籠りながら、言った。
「その魂の男……、……えーと?」
「この男、デュポソと申します」
「そう。デュポソは別に、復讐や怨みを持っているわけじゃないんでしょう?」
「は、はい。研究にこそ未練はあれど、人や世に、その様な無念は御座いません」
「なら、ここに残ると良い」
「え!?」
「は!?」
ゼロスの提案に、ルシファーとデュポソが揃って声を上げた。
「実は、ちょうど今から、聖域にいる魂達の住む所を創ろうと思ってたんだ。研究を続けたいだけなら、そこに来ればいいんじゃない?」
「い、いいんですか!?」
声も無く驚くデュポソに変わり、ルシファーが叫ぶ。
「とは言え、今生きてる生き物達の命を奪うのは禁ずるよ。理論の確立程度に留めておいて」
付け足しでそう言うゼロスに、レイスも同意した。
「己の欲求に忠実なのは、良い事。ゼロスのお気に入りの魂共も、何かしらやりたい事があって輪廻に戻らない者共が多い。音楽だろうが、芸術だろうが、解体だろうが、然程違いはない。要はそれにかける、“情熱”と“愛”」
「……まぁ僕は、解体とか傷つける行為は好きでは無いけどね?」
レイスの極論に、ゼロスがそっと弁明を入れる。
「とは言え、レイスも死人の、しかも人間の分際で、これ以上もふもふを傷つける事は許さない。どうしてもと言うなら、グリプスのモンスターを相手にすればいい。あれは、生きているけど幻影に近い者共。死ねば分解されるから、殺さないよう、上手くするといい」
こうして、グリプスの魔物に、新たにキメラが追加される事となった。
グリプスのキメラは、外の世界の実物のキメラより、バリエーションに富んでいるのは、冒険者達の間で“グリプスの七不思議”の1つに、カウントされたとかしないとか。
「……ったく、しょうがねぇなぁ。おい、マリア!」
頭を掻き、ため息を付きながら、ルシファーは聖母マリアを呼んだ。
俺の葉陰で、そっと事の成り行きを見つめていたマリアは、光の姿から美しい人の型を成し、ふわりとルシファーの元に降り立ち、跪いた。
「お呼びでございましょうか? 光天使、ルシア様」
「何度もいうがルシアじゃねぇ。マリア、すまんがこの、“ド外道クズ野郎”を見てやってくれ。オレの管轄で見張っててやりてえ所だが、そうも行かなくなった。言う事聞かねえなら、プレスしてもいいから頼む」
「畏まりました。ルシア様の依頼とあらば、このマリア、聞かないはずがございません」
「? この小娘が、ワシの見張りだと?」
ふと我を取り戻したデュポソが、怪訝そうな顔をしてマリアをじろりと見た。
マリアは、聖母の微笑みをデュポソに向け、一言。
「なにか問題でも? タマを潰しますよ? ド外道クソクズ野郎」
“タマ”とは、当然“魂”の事だよ。
清廉高潔なマリアだもの。まさかそんな訳無い。
デュポソは、マリアのその笑顔に、何故か股間を押さえて押し黙った。
「ま、まぁ。よろしくな、マリア。頼りにしてる」
「ふふ、伊達にこの聖域で、一筋縄では行かぬ魂の持ち主達の面倒を見ている訳ではありませんから。ご心配には及びません」
マリアは、可憐な微笑みをルシファーに向けた。
ルシファーはそんなマリアに、“じゃ”、と短く挨拶をすると、逃げる様に雪雲の彼方に飛び去って行った。
「やぁ、マリア。以前、聖者達の居場所を創ると言って、遅くなってしまったね」
「ゼロス様、お久しぶりにございます。私共は、今のこの安寧なる居場所に感謝こそすれ、1度たりとも不満を持ったことなどございません。気がかりがあったとすれば、世界樹アインス様の、静かなひと時を壊しているのではないかと言う恐れだけです」
ゼロスに声をかけられたマリアは、優雅にゼロスに跪いた。
「そう。まぁアインスは気にして無いみたいだけど、約束だからね」
ゼロスはどうやら、聖者たちの住居を本格的に創る気の様だ。
それが出来たら、聖者達は、仮住まいの俺の葉陰ではなく、その地で楽しく過ごす事が出来るようになるんだろう。
因みにマリアは、ここに来てから毎日欠かす事なく、日が昇ると同時に、「今日も同居させて頂きます。ご迷惑かと存じますが、よろしくお願い致します」と、丁寧にも挨拶に来てくれていた。
俺は、賑やかなのが好きだから、“寧ろ居てくれて嬉しい”と、その都度返事をした 。
マリアは自身の後に、この聖域に来た魂達の面倒を、良く見ていた。それもあって、聖者達はみんな行儀が良くて、何故マリアが、そこまで俺に気を遣ってくれていたのかは、未だに分からない。まぁおそらく、彼女の生来の律儀さと、心根の優しさからなのだろう。
聖者達は、俺の話し相手であり、実に楽しい時間を共に過ごさせてくれた。
聖者ルカが、俺の幹に「オホホホホ!! 芸術はビッグ・バンなのよぉーー!!!」などと叫びながら落書きをしたり、聖者セシリアが「何という音だ! 素晴らしい、素晴らし過ぎるー!!」と、叫びながら、俺の葉を木琴よろしくビシビシとタクトで叩きまくっていたのも、今となっては、切なくなるほどに愛しい記憶のひとつだ。
そんな彼等を、いつもマリアは、微笑みながら締め落としていたね。
俺は、そんな事をふと思い出し、少し寂しい気持ちになりながら、その成り行きを見守った。
「聖者たちの住居は、空に創ろうと思ったんだ」
「空に、ですか?」
「そう。以前創った方舟だけど、急いで創ったせいで細かい機能は荒削りなんだけど、マナの塊なんだ。エネルギーだけは無駄に秘めてる」
「……あの時は、感心させられればそれで良かった。色んな雑味を混ぜるより、レイスの肉そのものから創り出すほうが、成型とか、色々簡単」
肉を捏ねて、設定を付け足して無いと言う事か。
確かに、細かい設定は成されていないとは言え、方舟のサイズで、全てがレイスの純粋な肉で出来ていると言うなら、内に秘められたエネルギーは、神獣達に匹敵するかもしれない。
「これを土台にすれば、大地を空に浮かせる事ができるし、後付の設定で、聖者の魂以外は入れないよう、ガードを掛けることもできる。聖者達だけの楽園だよ」
得意気に説明するゼロスとは対極に、レイスは何だかどんどん気持ちが沈んでいるようだ。
「……ゼロスは賢い。色々な事を考え付くし、色々な美しい物を創ることが出来る。……今回は、新たな大地を創る。大地には魂は不要。つまりレイスも、不要。ーーー……」
「……。」
俯き、ブツブツと呟いてたレイスがふと顔を上げ、明るい声で言った。
「……レイス、ちょっと、……帳の外に行ってくるね!」
「駄目だよ!!? レイス!!」
「……何が駄目? この場にレイスは……不要」
「ひ、必要だよ!? レイスが大地を創ってよ!上の飾り付けは僕がやるから!」
必死でレイスがこの場を離れようとするのを、止めるゼロス。
後でこっそり、ゼロスに訳を聞いてみたんだけど、「ここで一人で行かせて、ディスピリアの親戚なんかを創られたら大変だもの」だそうだ。
なる程。
「だけどレイスは、成型が上手じゃない。レイスがやると、グリプスの地下や、魔窟の様になる」
「う"……」
レイスの言い分に、言葉を詰まらせるゼロス。
俺はレイスに言った。
「大丈夫。出来るよ」
次話でLet it go……じゃなくて、エデン編、完結です。
よろしくお願いいたします。




