神は、エデンを築き賜うた〜Let it go〜 ②
「……魂? 貴方様は一体……。神様と同じ顔……?」
デュポソは目を細めながら、光り輝く衣に身を包んだゼロスを仰ぎ見た。
ゼロスはただ何気なく戻って来ただけだろうけど、この状況に思考が追いつかない様子のデュポソに、俺は紹介役を買って出ることにした。
「彼はゼロス。人間を創造した神だよ」
「! ゼロス神様!? はっ………、ははぁーーーー!!」
「……レイスの時と反応が違う」
平伏するデュポソに、ゼロスは困ったように微笑みかけ、レイスは小さく呟きを漏らした。
「それよりちょっといいかな! 僕、すごいこと思いついちゃってさ、レイスにお願いが有るんだ」
「……それより!?」
「レイスに……、ゼロスが、お願い!? 何!? レイスは、全力で応えるつもり。言ってみて、早く!」
マイペースに話すゼロスに、人生を掛けた謎を“そんな事”と流されたデュポソ。
レイスは、しっかり者のゼロスから、珍しく頼み事の話を持ちかけられ、舞い上がって興奮している。
ルシファーが、悟ったように微笑みながら、そっと、唖然とするデュポソの肩に手をおいた。
“オレは忘れてないからね”、と。
本当に、面倒見がいい男である。
「実は、前に創った方舟なんだけどね、あれ貰ってもいいかな?」
「構わない。それで? お願いって?」
「ありがとう。ーーー……それだけだよ?」
「……。それだけ? ……そう、」
ゼロスの言葉に、レイスは目に見えてテンションがダダ下がった。
この落ち込みようは、流石のゼロスも気づいたようだ。
しまった、という顔をして、慌てて言い募ろうとするが、レイスは逃げるように踵を返し、デュポソとルシファーに向き直った。
「魂が欲しいならくれてやろう。ただし条件は、キメラの死だ。やがて来る死を受け入れるなら、キメラに魂を入れてやる。魂を入れるのは、レイスにしかできない! レイスにしかできない!」
レイス、2回言ったね。
可哀想に、もっと凄い頼みごとを期待してしまっていたんだね。
だけど、創世神が共同で創り上げた、救世の方舟を二つ返事であげてしまうというのは、とても凄い事だと思うよ。
「……人の力とは、ここまでなのか……。しかし、神や悪魔に縋ってでも、ワシはこれを完成させねばならん」
うん。悪魔を創ったのもレイスなんだけどね。
「神よ! どうかキメラに魂を! 届かぬのであれば、せめてその神の御力を、この眼に焼き付けさせてください!」
「……頼む時は、もっと褒めて持ち上げろ!」
「ワシのキメラを、あなた様のハイパーな御力で、我々には思い及ばぬ程の、スペシャリティーブレンドのウルトラパワーを持った、ハイカラなカスタマイズをお願いいたします!! 貴方様だけの!! オリジナルの!! ええー……と、……凄いのが見たいです!!」
ルシファーの合いの手のせいか、デュポソは顔を真っ赤にしながら、なにか一所懸命叫んだ。
そうだね、俺も合いの手を入れよう!
ーーーレッイスの、ちょっといいトコ見てみたいっ! あぁ、見てみたい!
俺達が囃し立てていると、レイスはスっと手を挙げ、それらを制した。
「仕方ない。良いだろう。その貧弱な猫に、魂をくれて、カスタマイズしてやろう」
「「「「「わーーー!! 一気っ、一気っ、一気っ、一気っ、一気っ!!」」」」」
レイスの宣言に、ゼロスも交え、俺達は喝采しながら盛り上がった。
「キメラの魂は、深い紫色がいい。歪んだ愛とはいえ、愛は尊い物。歪な真実の愛より生まれたお前には、気高き魂を与えてやる」
レイスの手に生まれた、美しい紫色の光を放つ魂は、吸い込まれるようにキメラの胸に引き寄せられ溶けていった。
「い、今のが魂? ものすごいエネルギーを感じた。魂と言うものには、これ程のエネルギーが入っている? エネルギーの塊ではないか!」
「そう思っている内は、とてもレイス達に追いつく事は出来ない。魂とは設計図でありプログラムであり、神工知能。人格の導き手にしてその生物のマニュアル。それらの機能を持つ、マナ結晶」
レイスが得意げに淡々と語っている内に、魂を得たキメラの目に、今までに無い輝きが宿った。そしてーーー、
ーーーガブッ
「のぁーーーーーーー!!!」
前触れなく、キメラはデュポソに噛み付いた。
まるで自然に、なんの違和感も感じさせない程の滑らかな動きで、その頭に齧りついたのだった。
「ーーーもう死んでるから大丈夫だろうけど、一体どうして突然齧り付いたんだろう?」
俺の問に答えてくれたのは、ゼロスだった。
「肉体の記憶だね。魂はなくとも脳というメモリー領域に蓄えられた記憶はある。切り刻まれた事、縫い付けられた事、、血と内臓と骨とを抜き取られた事、それら全てを覚えてるからね。憎しみ、怒り、恐怖、どれを感じ取ったかは知らないけど、魂が入った事によって、それらを本能として処理できる様になったんだよ」
なる程。
「それに、愛もある。歪んだ愛には歪んだ愛を。とても、美しい親子愛」
うーん、それはどうかな? レイス。
ともあれ、齧られているデュポソは嬉しそうに微笑んでいる。
「魂、なるほど魂! これが魂か! 今迄悩んでいたことが嘘のようだ! そう、これが生き物としての反応なのだ! ワシはこれを、望んでいたのだ!」
……齧られながら歓喜するデュポソは、少し危ない人に見える。
「だけどレイスの力はこんなものでは無い。自由にカスタマイズして欲しいと言ったな。レイスは何でも出来る! 何処まで出来るか試してあげる。そう。生まれ変わるのだ、キメラよ!」
レイスが嬉々として、そう宣言すると、手をかざした。
「キメラを初めてみた時から、もふもふ成分が足りないと感じていた」
レイスの言葉に、キメラの猫の頭に、美しい黄金の鬣が生える。
「そんな貧弱な体では、直ぐに死んでしまう。生き残る為の力と武器も必要」
キメラの筋肉が盛り上がり、手足に鋭い鋼の爪と、口には獅子の牙が生える。
現在進行形で噛み付かれているデュポソは、今にも砕けそうになりながら、その奇跡に目を見開いている。
デュポソは、涙を流しながら「もう死んでもいい」とか呟いているけど、もう死んでいるからね。
ーーーガギィン!
「グルオォォオォォォーーーーー!!!」
とうとう、キメラは、レイスにより授けられた力強い顎と牙で、デュポソの頭を噛み砕いた。
そして、歓喜の咆哮をあげる。
なおも興奮し、牙を向き、毛を逆立て続けるキメラに、レイスが歩み寄り、優しく囁いた。
「ーーー、苦しかったな。最後にお前に自由に空を舞う翼を与えてやる。鷹のように、思う様に空へ、風に乗り羽ばたくといい」
光の粒子がキメラの背に集まり、力強い一対の鷲の翼がその背に付いた。
キメラは戸惑ったように自身の背を振り返り、その翼をはためかせた。
「グルゥ……」
噛み砕いたデュポソを吐き捨て、キメラは戸惑ったように、低く喉を鳴らせ、レイスを見つめた。
「お前は、自由だ。自分のために、さぁ飛びだしてみろ。……もう、二度と泣く必要はない」
「ガオォォーーーーーー!!!」
キメラは一声高く嘶き、翼をはためかせ飛び上がった。
ここに、人間によって造られた“キメラ”という魔物が誕生したのだった。
キメラがこの先どのように生きるのかは、神すらも与り知らぬ事である。
キメラはキメラとして、己の為に、今後自由に生き続けるのだろう。
だけどまあ、あの様子を見る限りは、レイスに懐いたみたいだし、人間達には“魔物”として分類されそうな予感はある。
空の彼方に消えていったキメラを見送った一同は、ふとデュポソを見た。
「……で、誰? なんでここに連れてきたの? ルシファー」
一瞬の沈黙の後、ゼロスが尋ねた。
「あ、はい。神々の創造物を勝手に改悪し、合成獣キメラなんかを作った奴でしたので、主神様方に謝罪させようと連れてきたのですが……」
「別に、怒ってはないよ。確かに僕の創った物を改悪したなら怒るけど、あそこまでやったら、もう完全な別物でしょ。猫でも獅子でもヤギでも蛇でも鷹でもない。キメラって生き物だよ」
「レイスも、もふもふを傷つけたのは腹が立ったけど、愛ゆえなら情状酌量。レイスがもふもふしたいのと同じくらい切り刻みたかったと言うだけ。歪んだ愛を持ったのは、創造主のゼロスのせい。デュポソは悪くない」
「えぇ!? 僕!?」
「……なんか、謝罪も要らなそうな空気になっちまいましたね。連れて帰ります」
「え……」
ルシファーがそう言い、デュポソの頭を鷲掴んだ。
「帰るって、い、一体どこに!?」
「何処って、取り敢えず地獄だ」
「じっ、地獄!? い、嫌じゃ! 地獄なんぞ行かん! せっかく魂の秘術を目の当たりにしたんだ! この神秘の研究をワシはもっと続けたい!」
「わがまま言うな。さ、とっとと行くぞ。ゼロス神様、レイス神様、どうもお騒がせ致しました。失礼致します」
亡者の嘆きを押さえ込み、ルシファーは深々と2柱の神に跪き、飛び立とうと羽を拡げる。(飛ぶのに羽は要らないんだけどね)
「あ、ちょっと待って」
そんな二人を、ゼロスが引き止めた。
続きます(*^^*)
結構残虐な行いをする魔族等が既に闊歩しているので、デュポソの行いも、意外にスルーする神々……。
アインスに実害が出ることがあれば、ブチ切れしてたかもしれませんが(笑)




